襲撃の夜
「できるなら人は傷つけたくないな~。」
『慶、この世界では地球、いや日本人のモラルを守っていては危険です。』
『ケイさん、人を傷つけたくないという考えには賛同しますが、時には勇気を持って乗り越えなければならないこともあります。』
城から宿に向かい、そしてゴディア商会に向かう途中で僕がボソリと呟いた言葉に"瑠璃"とマリオンが反論してきた。
『そりゃ、正当防衛なら反撃はするけどね。ただ、それ以外だと積極的に人と戦う気にならないんだよな~。』
『悪党に人権はありません!』
『何処の盗賊キラーのセリフだ。まあ、この世界に人権って認識は無いだろうね。』
地球ではネットに接続され色々な会話データを蓄積してきた"瑠璃"はネットスラングな言葉やアニメ・ラノベから引用してきたセリフを言う時があるが…ネタが少し古い。
『人権とは何か判りませんが、"瑠璃"さんがとても良いことを言った気がします。』
マリオンも何か漫画のキャラの決めのポーズで頷いている。この二人が普段はどんな会話をしているか一度チェックをしたほうが良いかもしれないと僕は心にメモった。
"瑠璃"とマリオンのこの世界での人権論議をBGMにして僕は商会へと急いだ。
◇
ゴディア商会ではゴンサレスが僕を待っていた。
「ケイさん、お話はパーティの方から伺いました。襲撃の情報をありがとうございます。」
「ゴンサレスさんは既に襲撃の事を掴んでいたのでしょう?」
「それは…まあ、商売でも戦いでも一番重要なのは情報ですから。」
「それなら僕達にも一言言って欲しかったです。」
「あまりケイさん達に迷惑はかけたくないという会頭の意向でして。その分護衛の方は頑張ってもらうつもりだったのですが…。」
「その護衛任務ですが、逆に商会から情報が漏れてませんか?」
僕はゴンサレスに護衛任務の内容が"アルシュヌの鷲"に筒抜けだった事を話した。
「その件はあえて漏らしていて、情報の伝わり方から商会内にいる盗賊のメンバーを洗い出しているのです。」
ゴディア商会は、今回の件を機に内部にいる盗賊と繋がりのあるメンバーを特定し、問題となるような者を排除するつもりだとゴンサレスは話してくれた。
「本当は打ち合わせの時にお伝えするつもりだったのですが、乗馬とか色々ありまして…伝え忘れてました。申し訳ない。」
ゴンサレスが深々と頭を下げて謝ってくる。
(忘れてたんじゃなくて言わなかったんだろうな。)
ゴンサレスがこの件を話す気が無かったであろうことは僕も察した。イザベルとゴトフリーの推薦があったとはいえ、いきなり出てきた中級の下クラスのパーティを信用するのはリスクが高い。
それに"アルシュヌの鷲"と繋がりがあることも知られているのだろう。もしかしたら僕達はゴンサレスに試されていたのかもしれない。
「なるべく隠し事は無い方が良いと思うのですが?」
「ええ、でも敵を騙すには味方も一緒にと言いますから。」
"敵を騙すには先ず味方から"のこの世界版の言い回しなのだろうが騙される方は大変である。
しかし、盗賊の襲撃を知らせたことで僕達が盗賊に組みしていないと判断はしてくれただろう。
「ところで僕のパーティのメンバーが先に来ていたと思うのですが?」
「パーティの方には倉庫の方に行ってもらってます。」
「では、モノは倉庫に保管されているのですか?」
「建前はそうなっていますが…ケイさんには教えておきましょうか。素材の入った"無限のバック"は商会の金庫の中に入っています。倉庫には素材の目立つ一部の部分だけが保管されています。」
商会の事務所の奥に巨大な金属の金庫が据え付けられていた。見た目には頑丈そうで扉をこじ開けるのは難しそうに見える。
「錠前が…」
「ええ、ドワーフの職人に作らせた最新の物です。素晴らしいでしょう。この金庫を作るのにドワーフの職人が何年もかけて錠前の機構を考えたのですよ。今までの錠前と違って扉には鍵穴しか開いていないのですよ。つまり鍵が無いと絶対開けられないのです。」
ゴンサレスは金庫の鍵が最新の物であることを自慢したが、地球の鍵を知っている僕にはその鍵が安心できるような作りでないことを知っていた。
鍵はウォード錠と呼ばれるタイプであった。ウォード錠は鍵の形でロックを開閉するため、単純な形なら実は簡単に開けることができる。それに鍵の形さえ知っていれば簡単に合鍵を作ることもできる。
この世界では南京錠ではなく扉に埋め込まれたというだけでも最新式の鍵なのだろう。
「鍵は誰が持っているのですか?」
「私と会頭が持っています。」
鍵はゴンサレスとゴトフリーが持っていると言われ、僕は店にゴトフリーが居ないことに気がついた。
「ゴトフリーさんは?」
「会頭は娘さんが心配なので屋敷の方に居られます。あちらは"暁の剣士"と"麗しき翼"が護衛に当たっていますので、盗賊たちもあちらを狙っては来ないでしょう。」
僕も上級の下ランクのパーティが二つもいるならゴトフリーの屋敷は問題ないだろうと思った。"麗しき翼"はワイバーンと戦って勝てるだけの力を持っているのだ。
「ところで、こちらには僕達以外に冒険者はいないのですか?」
見たところ、商会の事務所には冒険者や傭兵のような人がいなかった。
「いつも倉庫の警備をお願いしている冒険者のパーティがいますが、それ以外は職員だけです。今回は襲撃してきた賊を退治することが目的ですから、あまり警備を増やすのも盗賊に警戒されます。その代わり今夜の夜勤を務める商会の者は元冒険者ばかりです。」
ゴンサレスがニヤリと笑う。僕が辺りを見回すと確かに体格のごつい商人らしく無い面構えの男や目つきの鋭い女性など十人ほどそれらしき人がいた。足元にはそれぞれ武器が隠されていたりするのだろう。
(ここを襲撃する賊のほうが可哀想な気がしてきたな。)
時刻はそろそろ夕方で辺りは暗くなってきた。襲撃はおそらく深夜に行われる。今なら夕食を取る事ができるだろうと思い、ゴンサレスと別れて僕は倉庫に向かった。
◇
倉庫ではエミリー達が警備の冒険者パーティであろう四人の男達に囲まれていた。ナンパでもされているのかと思ったが、どうやら警備の話でもめているらしい。
「どうしたんだ?」
「ケイ…こいつらがあたし達はいらないって言うんだよ。」
エステルはひどく怒っていた。リリーもエミリーも言葉には出さないが不満気な顔をしている。
警備の冒険者パーティは、金属鎧の二人に革鎧の男性とローブを着た魔術師の老人の四人である。全員男性で、前衛の金属鎧を着た二人は二メートル近い体格をしていた。
「ゴンサレスさんが何を言ったか知らないが、倉庫は俺達のパーティだけで守る。」
金属鎧の男のうち二十歳前後の若い方が、腕を組んて倉庫の前に立ちふさがり、僕達を睨みつけて言い放つ。僕よりも圧倒的なボリュームのある体格で言われるとかなりの迫力で、リリーとエミリーは少し怖がっていた。
「初級の上クラスのお嬢ちゃんじゃ…足手まといかな。」
魔術師の老人は心配そうにエミリー達を見て言ってきた。こちらは経験の少ない僕達の心配をしているのだろう。
確かに、僕達のパーティは経験が圧倒的に足りてないのも事実である。このまま無理に警備として入っても逆に連携できず、戦いとなったら混乱してしまうだろう。屋内での戦闘で連携できずに戦うのは危険である。
僕はこの場は一旦引き下がることにした。
「わかりました。倉庫の方はそちらにお任せします。」
「ケイ」「ケイさん」「仕方ありませんね。」
不満そうなエステルと、諦め顔のリリーとエミリーを連れて一旦倉庫を離れることにした。
◇
ゴンサレスに食事に出ると声をかけて外に出た僕達は、商会から少し離れた所にある食堂で夕食を食べていた。
「ケイ、あんなこと言われて引き下がるの。」
食事をしながらエステルが不満げに僕に噛み付いてきた。
「あの場は仕方がない。何しろ僕達は警備に雇われたわけじゃない。押しかけて来ただけだからね。」
僕達はミシェルのお願いで自発的に動いただけなのだから、あちらからすると勝手にやってきて邪魔をする連中に見えるだろう。
「それでは、私たちは何もせず見ているだけ?」
リリーは怒ってストレスが溜まっていたのか、大量に料理を注文しており、彼女の周りに皿が山積みされていた。細身の彼女が料理をどんどん食べていく姿に周りの客が呆気にとられている。
「いや、ミシェルが頼んできたということはそれなりに理由があると思うんだ。だから警備はするよ。」
「ケイには何か考えがあるのですか?」
エミリーの言葉に頷くと僕の考えをみんなに話し始めた。
◇
深夜、真っ暗な街を二十人程の盗賊達が徐々にゴディア商会に向けて集まってきた。
商会はとっくの昔に業務を終了し、残っているのは倉庫の警備をしている冒険者パーティと事務所の十人ほどの人員だけである。
僕とエステル、リリーは商会の建物の屋根の上でじっと盗賊たちが集まってくるのを待っていた。エミリーは事務所の方で回復役として待機している。ゴンサレスには警備の冒険者とのやりとりを話して、僕達は上から状況を見て行動すると伝えたのだ。
もともとエミリーとリリーは近接戦闘はできない、なら屋根の上から敵を逃さない様にする狙撃役として配置し、僕は盗賊団が倉庫に入ったらその後ろから襲いかかるつもりである。
「思ってたより人数が多い。"アルシュヌの鷲ノ爪"が全員出てきてるのか?」
時代劇の盗賊団のように集まって進んでくる黒ずくめの盗賊に僕は警戒を強めた。数は向こうのほうが多いので警戒するに越したことはない。
「どうする、先制して攻撃しておく?」
エステルが弓を構えたが、僕は止めさせた。
「逃げられても困るんだ。襲撃が始まったら予定通りに逃げる盗賊を狙って欲しい。」
そんな話をしている間に盗賊達は倉庫に近づいていた。そこで盗賊たちは瓶から液体のような物を振りまくと一斉に火を放った。
「まさか。火をつけるなんて。」
「ケイ、まずいよ火が辺りに回ると…」
「くっ」
倉庫は木造部も多く中には燃えやすい商品も多いため燃え移ると大火事になってしまうだろう。商品を盗みにきた盗賊がまさか火を放つとは思ってもみなかった。
盗賊たちは火をつけると窓を突き破ったり扉を蹴破って倉庫に雪崩れ込んでいった。
「まずは火を消さないと。」
僕はエステルとリリーの二人を抱きかかえると、倉庫の屋根に飛び移った。
「「きゃぁ」」
かなりやんわりと着陸したはずだが、二人は悲鳴を上げてしがみついてくる。
「リリーは水か氷の魔法で火を消してほしい。エステルは作戦通り、外に出てくる盗賊を矢で狙って。」
魔法で火事などの大きな火を消すのは実は難しいが、あの程度の火であれば魔法で消火は可能だ。念の為にリリーにはマナ注入をしてあるので、魔力も持つはずだ。
二人にそう告げ、僕は下に飛び降りて盗賊を追って倉庫の中に飛び込んだ。
◇
倉庫の中では十名ほどの盗賊と冒険者、商会の人達が戦っていた。
人数は盗賊の方が多いが、剣の腕前や魔法の援護があるため、戦いは有利に進んでいた。
「火を消すんだ。商品に燃え移ったら大事だぞ。」
ゴンサレスも倉庫のに来たのか、消火を命じる声が聞こえる。商人としては商品を守るのが第一である。火に気付きすかさずこちらにやって来たのだろう。
「外の火は仲間が消します。中の火を重点的に消してください。」
僕がそう叫ぶと、近くにいた盗賊が短刀を手に襲いかかってきた。
(力加減がうまくいくかな)
倉庫の中では槍は振り回せないため僕は無手である。鎧を着ているため盗賊は喉元を狙って短刀を突き出してきた。
(ミシェルほどではないけど、意外と鋭い攻撃だな。さすが武闘派の盗賊団だな。)
突き出された短剣を紙一重で避け、その手を掴んで柔道の一本背負の形で盗賊を投げ飛ばした。
「ぐはっ」
床に叩きつけられた盗賊はうめき声を上げ、動かなくなった。
《人間(男):意識を失っています。》
ログを見る限り単に気絶しているだけのようである。殺さないようにうまく力の制御はできているようだ。
仲間を倒された盗賊は僕を取り囲むだけで、なかなか襲ってこなかった。倉庫の中の戦いも有利に進んでいるようだが、盗賊は積極的に攻めていない事に僕は気付いた。
(防御に徹している?時間稼ぎか。)
火を放ったりして見た目は派手に暴れまわっているが、盗賊達は時間を稼いでいるようだ。商品の安全確保の為に事務所に居た人員の半分が倉庫に来ており、事務所は手薄になっている。
「こちらは陽動か。」
僕がその事に気付き叫ぶと同時にエミリーに持たせていた"瑠璃"から通信が入った。
『慶、エミリーと他の人たちが寝てしまいました。これは魔法でしょうか?』
事務所を襲った盗賊には魔法使いがいたようだ。盗賊が魔法を使ってくるとは思ってもいなかった事務所の人達は眠らされてしまったようだ。
『すぐに行くから、エミリーに危険が迫っているようなら連絡して。』
"瑠璃"の通信に返事を返し、倉庫から出ていこうとする僕に三人の盗賊が襲いかかってきた。
「ええい、邪魔だ。」
殺してしまえるなら簡単に突破できるのだが、殺さないように力を加減して、しかも複数の人間と戦うことがこんなに難しいとは思わなかった。
盗賊は怪しく光る短刀や小剣(多分毒が塗られている)で鎧の隙間を狙ってくる。おそらく刺さっても影響はないと思うのだが、念の為に腕の装甲部分で弾き返しておいた。
三人の盗賊は連携して襲ってくるため倒しきれないでいると
『慶、金庫が破られました。早く来てください。』
"瑠璃"からの通信が入った。ゴンサレスが自慢していた錠前だが、長くは持たなかったようだ。
(盗まれてしまうとまずい。大怪我程度は我慢してもらおう。出力アップだ)
金庫が開けられたことで焦った僕は盗賊達を力任せに排除することに決めた。
「死なないでくれよ。」
そう叫ぶと出力をあげた僕は、正面で短剣を構えていた盗賊に向かって踏み込んでいった。
時速百五十キロの踏み込みから…腹や胸を殴ってしまうと死んでしまうので…ローキックで足を狙った。
ローキックを当てると盗賊は腰を軸に一回転しそうになり、そのままだと床に頭をたたきつけ死んでしまうので、僕は慌てて手を掴んで引き止めた。
助けるために掴んだ手の肩が脱臼してしまったらしく彼は大きく悲鳴をあげた。床にそっと降ろすと両足の粉砕骨折と肩を脱臼した痛みで盗賊はのたうちまわる。
「「なに」」
背後で隙を伺っていた二人には僕が目の前から消えたように見えたのだろう驚きの声をあげて床に倒れている仲間を見ていた。
「悪いけど、時間が無いんで…」
僕は盗賊が落とした短剣を拾い、左手にいた盗賊に避けやすいように投げる。
「そんなものが当たるか。」
短剣を投げつけられた盗賊は我に返って回避する。僕は盗賊が短剣のほうに一瞬気を取られた隙に踏み込んで、ローキックで足を刈り取った。今度は一回転しないように力を加減したが、両足は綺麗に折れているだろう。崩れ落ちる盗賊の手を踏みつけ、小剣を奪い取ると手の届かないところに投げ捨てた。
「ば、化け物か。」
残った一人の盗賊がブルブルと震えながら叫ぶが答えてやる義理はないし時間もない。彼もローキックで両足を骨折してもらい、短剣を奪い取る。
両足を折られて床に転がった盗賊達は化け物でも見るような目で僕を睨んできた。
(やっぱり対人戦はキツイな。でも骨折なら後で治療できるし今度から骨折狙いでいくことにしよう。)
「おとなしくしていれば後で治療してあげるよ。」
僕はそう三人に言って事務所に向かった。
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