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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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"アルシュヌの鷲"の動乱

「ミシェル、何故ここに?」


 アルシュヌの街の義賊集団"アルシュヌの鷲"のリーダーであるミシェルが宿にいた。彼女にはドヌエル男爵の件でお世話にはなったが、それ以後特に繋がりは無い。エミリー達も何故貴方がここにという顔をしている。


「ケイ、頼む助けてくれ…。」


 ミシェルは疲れた顔をして、僕にすがりついてきた。


「「「ちょっと!」」」


 慌ててエミリー達がミシェルを僕から引きはがず。


「ミシェル、怪我をしているじゃないか、どうしたんだよ?」


 よく見るとミシェルは傷だらけで、服には血が滲んでいる部分もあった。


「とにかく、ここじゃまずいから…部屋に運ぼう。」


 宿の食堂は今は人がいないが、だれでも入ってこれる場所である。犯罪組織のリーダと話をするような場所ではないし、怪我人を置いておく場所でもない。僕はミシェルを抱えると女性陣の部屋に運び込んだ。





 部屋に運び込まれたミシェルはエミリーの"回復の奇跡"による治療を受けた。着ている物も薄汚れ所々が切り裂かれていたので、比較的体格に似ているエミリーの服を着せることになった。

 もちろん僕は部屋の外で全てが終わるまで待たされていた。


 治療が終わり、僕が部屋の中に入ると窮屈そうにエミリーの服を着込んだミシェルがいた。苦しいのか胸のボタンをいくつか外している。


(うう、目が吸い寄せられる~)


 胸の谷間に目が吸い寄せられそうになったが、エミリー達の険悪な雰囲気を感じて、なんとか視線を顔のほうに持ち上げた。


「何があったのか話してくれないかミシェル。」


 手当と着替えが終わったミシェルを囲んで事情聴取が始まった。


「"アルシュヌの鷲"が分裂しそうなんだ。」


 いつもの勝ち気な雰囲気とは異なり、まるで負け犬のように打ち拉がれた様子でミシェルは話し始めた。


 "アルシュヌの鷲"の分裂、その事の起こりはドヌエル男爵の失脚であった。

 イザベルの裁判に始まったドヌエル男爵とその仲間の貴族達の処分により、アルシュヌの街と伯爵の領地で不正を行っていた連中の大多数がいなくなってしまった。

 アルシュヌの街の義賊集団"アルシュヌの鷲"はそういった貴族連中を主なターゲットとした盗賊集団だったので、これによってその存在意義が薄れてしまったのだ。


「ドヌエル男爵憎しで団結していたのが、その理由が無くなったら…後は静かに消えていく。あたいもリーダーをやめてしまうつもりだったんだけど…。」


「今度は普通の盗賊としてやっていこうという奴らがいたんだな。」


「若い奴の中には以前から普通に盗賊をやっている奴らがいてね、そいつらを抑えていた長老達が多数引退したおかげで一気に組織がおかしくなっちまたんだ。」


 ドヌエル男爵と対抗していた幹部達が、男爵の失脚を気にやる気を無くしてしまい、引退したらしい。それによって若い連中が幹部となってしまったのだが、そいつらが義賊の看板を下ろして盗賊に鞍替えしようとしているらしい。


「ミシェルはリーダーを降りたの?」


 リリーが尋ねるとミシェルは首をふった。


「引退したかったけど、義賊派と盗賊派で今後の主導権を巡って争っている状態であたいがリーダーを降りたら収集がつかなくなると思ってね。おかげで義賊派のトップのあたいは盗賊派の連中に狙われてるよ。」


 ミシェルは盗賊派グループの刺客に襲われ、返り討ちにしたがその際に手傷を負ったらしい。


「あんたのところの部下、ユーリだっけ、そいつらとかはどうしたんだ?」


「あいつらは危険だからあたいから遠ざかってもらってるのさ。自分の身ぐらいは守れるしね。あたいとしては"アルシュヌの鷲"のメンバー同士で争ってほしくはないのさ。だけどこのままじゃ義賊派と盗賊派で衝突して血の雨が降っちまうだろうね。」


 ミシェルは肩を落としてガックリとしている。ドヌエル男爵の失脚が原因ということは僕にもその一因があるのだが、僕には今のミシェルに対し何ができるのか判らなかった。


「それで、助けて欲しいって…ミシェルは何をして欲しいんだ?僕達は近いうちに王都に行くんだ、できることは限られてるよ。」


「あんた達がギーゼンとゴディア商会から大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材の運搬の護衛を引き受けたこと、大掛かりな囮と少数精鋭の本命で王都に向かうことは知ってるよ。」


 ミシェルは、僕が今日聞いたばかりのまだエミリー達にすら話していない事を知っていた。何故そんな情報が漏れているのか、僕はミシェルの話から護衛の依頼が危ない状況にあることに頭を抱えた。


「ケイ、ミシェルの言っていることは本当なのでしょうか?」


 リリーは事の重大さに気付き、青い顔をして僕に尋ねてきた。僕は無言で頷く。


「そこまで情報が漏れているのですか。ギーゼンはまだしもゴディア商会なら情報管理はできていると思ったのですが…。」


 僕の困った顔をみてミシェルはため息をついた。


大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材を欲しい奴はそれこそ森の木の数ほどいるよ。今回はそれを一度に運ぼうってんだ、皆しのぎを削って情報を集めてるさ。義賊だった頃の"アルシュヌの鷲"なら余所者を排除して手を出さなかっただろうけど、今はね。」


 盗賊をやろうという連中が、こんな美味しい話をほっておくわけはない。


「商会を襲うこともあるということですか?」


「おそらく、今日の夜か明日の夜…明日になると護衛の冒険者パーティが商会にいるかもしれないし、そう考えると今晩の可能性が高いね。」


「この事は商会には?」


「伝えてはいない。ギーゼンならまだしもゴディア商会はドヌエル男爵の金づるだった商会だ。恨んでいる連中も多いんだ。」


 ドヌエル男爵と繋がりのあったゴディア商会は"アルシュヌの鷲"の標的でもあった。男爵の失脚を引き起こしたとは言え、人の恨みはなかなか消えないのだ。


「今晩襲撃があるとして、それを防げばどうなるのでしょうか?」


「今回の襲撃には、盗賊として名前を売って"アルシュヌの鷲"のリーダーになりたい奴がいる。そいつは襲撃に参加するだろうから……頼める義理ではない事はわかっているが、そいつを捕まえてくれないか。」


「…名前は?」


「ウーゴってやつさ。」


 ミシェルは吐き捨てるように言った。





 ウーゴはアルシュヌの街の外から流れてきた冒険者だった。中級の下クラスの冒険者だったのだが、辺り構わず暴力を振るう凶暴な性格であちこちの街で問題を起こして最終的にアルシュヌの街にやって来た。そしてアルシュヌの街で一般市民を殺してしまい、冒険者ギルドから除名されてしまった。

 そんな彼を拾ったのが"アルシュヌの鷲"の下部組織"アルシュヌの鷲ノ爪"であった。

 "アルシュヌの鷲ノ爪"は武闘派の組織であり、ドヌエル男爵の手下の盗賊達と死闘を繰り返していた。そんな戦いの中で、ウーゴはその持ち前の凶暴さを活かして頭角を表し、"アルシュヌの鷲ノ爪"の幹部となっていた。


 ドヌエル男爵の失脚に端を発した"アルシュヌの鷲"の組織の変化は、義賊として組織を運営していた長老達が軒並み引退という事態になっていた。その中には"アルシュヌの鷲ノ爪"のリーダーも入っており、ウーゴは自動的にリーダーに昇格していた。

 リーダーとなったウーゴは、行く当ての無くなったドヌエル男爵の配下の悪党たちを"アルシュヌの鷲ノ爪"に吸収し、それにより"アルシュヌの鷲ノ爪"は組織で一気に勢力を伸ばした。



「ミシェルはまだ殺せないのか?」


 "アルシュヌの鷲ノ爪"のアジトであるスラム街の廃屋の中でウーゴは部下の報告を待っていた。


「手傷を追わせたらしいですが、送った刺客は返り討ちにあったようです。」


 部下の報告にウーゴは顔をしかめる。二メートルを超える巨体の彼が不機嫌なオーラを出すと、部下は後ずさった。


「居場所も掴めないのか?」


「下町で見失ったようで…。」


「さっさと見つけて始末してこい。」


 手近な部下に激をとばすと、慌てて走っていった。


 ウーゴはもともと"アルシュヌの鷲"の義賊という縛りが気に入らず、普通の盗賊としてやっていくべきだと言ってきた。組織が変わる今、それを実行に移すべきだとウーゴは考えているが、それには現リーダーのミシェルが邪魔である。


 ミシェルは"アルシュヌの鷲"のリーダーの座を引退すると言っているが、その前に後継者を指名する。義賊としてやっていきたい彼女は、武闘派で盗賊をやりたがっているウーゴを指名することは無いだろう。

 そこでウーゴは、後継者を指名する前に彼女を始末したいのだ。


「ゴディア商会を襲撃する手はずはどうなっている。」


「へえ、二十名ほど腕利きを集めてあります。」


「襲撃は今晩だから、準備を進めておけよ。」


 ミシェルの暗殺の他にもウーゴはゴディア商会を襲撃して大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材を強奪するつもりである。これだけのお宝を奪えば"アルシュヌの鷲"は義賊から盗賊へと変わったことを印象付けられ、たとえミシェルが自分を後継者に選ばなくてもこれだけの大仕事を成し遂げた自分がリーダーと名乗りをあげることに誰も文句を言わないだろうと思っているのだ。


 実際のところ大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材を強奪すればルーフェン伯爵も黙っているわけには行かず、"アルシュヌの鷲"の壊滅に向けて動きだすのだが、ウーゴはそこまで頭が回らなかった。


「街から運び出される前に奪ってやる。」


 ウーゴの頭には"アルシュヌの鷲"のリーダーとなり、大金をつかみとる自分の姿が浮かんでいた。





 ミシェルの話を聞いた僕達はゴディア商会の襲撃に対しどうすべきか話し合っていた。


「商会に襲撃があると警告しましょう。」


「そうですね、商会の警備が厳しくなれば盗賊も襲撃を控えるでしょう。」


 エミリーとリリーが言うとおり、商会に警告を出せば襲撃は無くなるだろう。しかしそれでは"アルシュヌの鷲"の問題は片付かない。僕達が王都に行っている間にこの街で盗賊たちの抗争が始まってしまうだろう。


「商会に警告は出すけど、ミシェルが言ったようにウーゴ達を捕まえてしまいたいな。」


「ケイ、盗賊のためにわざわざ危険を犯すの?盗賊の間で片をつければ良いんじゃないの。」


 エステルがミシェルを睨みながら僕に言ってくる。


「街のためにも"アルシュヌの鷲"の問題は解決しておいたほうが良いと思うんだ。それにゴディア商会を襲うのを止めさせろとミシェルも命令できないのだろ?」


 ミシェルは僕の言葉に頷く。


「今まで義賊だった"アルシュヌの鷲"が盗賊になってしまい、この街の裏を支配するとなると、街の住民との間に様々な問題・争いが発生するだろう。それによって少なからぬ犠牲者が出ると思うし、伯爵家もそんな盗賊となった"アルシュヌの鷲"を今までみたいに扱うわけもない。おそらく取り締まりを強化し、下手をすると"アルシュヌの鷲"を潰してしまうかもしれない。そうなると、この街の裏を仕切るものがいなくなり、さらなる混乱が発生すると思うんだ。」


 僕が"アルシュヌの鷲"が単なる盗賊となった場合の問題点を説明して、エミリー達は危険性を納得し、僕がしようとしていることを理解してくれた。


 理屈が分かれば後は行動するだけである。


「エミリー達にはゴデイア商会に行き、襲撃が有る事を伝えて欲しい。ただ、警備を増やすんじゃ無くて罠にかけて捕まえたいとゴトフリー氏かゴンサレスさんに伝えて欲しい。」


「ケイは?」


「アルシュヌの街の治安に関係することだからね、城に言って話をしてこようと思っている。このハンカチがまだ有効ならアーネストには会えると思うしね。」


 僕は以前アーネストからもらったハンカチを取り出した。


「ケイ達がウーゴを捕まえるなら、あたいは盗賊派の切り崩しの準備をするよ。引退している長老達にも動いてもらうよ。」


 そう言ってミシェルは部屋から出ていこうとする。


「外に出たらまた刺客に襲われるんじゃ…」


「ケイ、あたいを誰だと思っているんだい。刺客なんて返り討ちさ。」


 ミシェルはそう言って部屋を出て行った。


(無理しなきゃ良いんだけどね。)


 僕にはミシェルが無理をしてるように思えた。


 ミシェルが出ていって二十分ほど経ってから、宿の周辺に監視している様な不審な人物がいないことを確認すると僕達は宿を出た。



 この不審人物のチェックだが、実は"瑠璃"にお願いしてやってもらった。

 マリオンと一緒になった"瑠璃"は、本体から百メートルほどの範囲なら立体映像の姿で障害物を無視して移動でき、その状態で映像が居る所の状況を見たり聞いたりすることができのだ。

 "瑠璃"によるとそれはプログラムとして取り込まれたマリオンの機能らしい。映像もほとんど見えないぐらいの透明度で現れることができるので、影の薄い幽霊のように人に気付かれずに動き回ることができる。


『助かるよ"瑠璃"。』


『いえ、支援プログラムとして当然のことをしただけです。原理が不明なのがちょっと不安ですが、この機能は慶にとって有用と判断します。』


 僕は仮想現実(VR)システムを起動して"瑠璃"の頭を撫でてやった。プログラムの"瑠璃"の頭を撫でるのがどのようなことに当たるのか、ちと悩むところであるが、そうすることで"瑠璃"が気持ちよさそうにしているので深く考えないことにした。





 ルーフェン伯爵の城でアーネストからもらったハンカチを見せると、まだその効力が続いているのか城の中に入ることができた。侍女は僕を城の厩舎に案内した。

 厩舎では新たに作られた騎獣用の建物があり、そこにシフォン(グリフォン)とアーネストが居た。相変わらずアーネストはシフォンをマッサージしている。


「ケイ、シフォンに会いに来たのかい?」


「シフォンは元気にしてるかな。シフォン?」


「くぁああ」


 僕の問いかけに満足そうにシフォンが鳴き声をあげる。居心地は良いようだ。


「今日はアーネストじゃなく、伯爵家にお願いが有ってきたんだ。気付いているかもしれないが、"アルシュヌの鷲"の件で…」


「うん、知ってるよ。ただ、義賊とはいえ"アルシュヌの鷲"は盗賊だ。犯罪者には味方は出来ない。が、街が混乱するのも困るんだ。だから、"アルシュヌの鷲"には前のままで義賊でいて欲しかったんだ。しかしドヌエル男爵が居なくなっただけでこうも変わるとは、僕も予想が出来なかったよ。」


「そうか…伯爵家はどうするつもりなのかな?」


「盗賊団として舵を切っている奴の頭を潰す。ただ、単に潰すと伯爵家と"アルシュヌの鷲"が対立するだけだから、大義が必要になるのさ。」


「ゴディア商会の襲撃はそれに当たらないと思うんだけれども?ゴディア商会は男爵の金づるだったから駄目だと思うんだが。」


大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材を強奪しようとした、というところが大儀になるのさ。王都でアレを売った時に得られる税金で伯爵家はスラム街の整備や孤児院の設置と言った慈善事業をすると明後日発表することになっていてね、それを強奪しようとした奴が捕まるなら他の"アルシュヌの鷲"のメンバーも納得するだろう。」


「それなら、先に発表すればよかったのに。」


「いや、これは街の裏を仕切る奴らへの警告にもなるのさ。伯爵家は、"アルシュヌの鷲"には今のままの義賊でいて欲しいってね。さっしの良い奴なら言わなくても判るんだけれども、今回の首謀者はちょっと頭が足りないみたいでね。」


「なるほど。じゃあ、商会をわざと襲わせて捕まえるのは決まっていたことだったのか?」


「ゴディア商会には伝えてあるけど、ケイがいてくれたほうが安心だと思うよ。」


「僕も依頼が始まる前に失敗するんは嫌だからね。伯爵家の思惑がわかったのは良かった。じゃあ、僕は商会に向かうことにするよ」


 僕はアーネストに別れを告げ城を後にした。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


何回か書きなおしたのですが…ちと亀さんは引っ張りすぎですね。

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