ミンチは困るので、対人戦闘を習います
僕が乗馬ができることが判り、イザベルやゴトフリーもこちらに来ていたので、ゴディア商会の応接室で中断していた商隊の旅程に付いて詳細な打ち合わが行われた。
ゴディア商会には王都までの地図どころかこの国の詳細な地図(と言っても大きな村や町の名前と山、川、森などが描かれているだけ)が有ったので、見せてもらい記録しておく。
(この国ってオーストラリアより少し小さめぐらいの大きさだな。北と南は森で東に海、西は別の国か。領土からすると大国だが、大半が魔獣の森か。)
こちらに来てから通ってきた道は距離などを測定して簡易のマップを作成してある。それからこの国の大きさを推測してみたのだが、バイストル王国はかなり広大な領地を持っている国であった。
旅程の打ち合わせでは、ゴンサレスから要注意箇所(野盗が出やすい場所や峠などの難所)を教えてもらった。
「サハシさんは野盗と戦った事は?」
「いえ、人型の魔獣…ゴブリンやオーガとは何度も戦ったのですが、野盗というか人とは戦った事がありません。」
これだけオーガやゴブリンと戦い、殺してきていうのも何だが、僕は人と戦うのは気が引ける。普通の日本人としてのメンタリティでは人を殺すことはなかなかできないものだ。魔獣は見境なく襲ってくるし、人の言葉も喋らないので人間という感じがしないのだが、本当に人間が襲ってきた時僕は対処できるのか不安である。
「今度の旅では魔獣より人が敵になります。覚悟はしておいてください。」
「…はい。…ゴンサレスさんは当然野盗と戦ったことがありますよね。何か注意すべきことがあれば教えてください。」
「そうですね、一度貴方の腕前も見ておきたいし、後で冒険者ギルドの訓練場でお手合わせをしながら教えてあげます。」
「それは…助かります。」
「いえいえ、こちらはもう冒険者を引退して十数年、腕は錆びついてますよ。」
ゴンサレスは笑うが、剣ダコだらけの手をして錆びついているもない。彼は初級の冒険者ぐらい簡単に捻れるだけの力は持っていると僕は思っている。
打ち合わせ終了後、僕は宿に戻って剣を回収してから冒険者ギルドに向かった。
◇
冒険者ギルドには既にエミリー達が来ており、新しくした装備を確認していた。
エステルはマントと鎧、弓が新しくなっており、弓は以前のものに比べ大きくなっている。鎧も柔皮鎧だったのが、硬皮鎧になっており、ゴツくなっている。後、近接用だろう小剣が新しく装備に追加されていた。
リリーはマントとローブ、杖が新しくなっており、杖は以前のシンプルなものとは異なり石が埋め込まれ、いかにも魔術師が持っていそうなものになっている。
エミリーはネイルド村で買った柔皮鎧は変わらず、鎧の下に着る服とマントを新調、更に腰に短剣を追加していた。
「ケイ、遅かったね。」
目ざとく僕を見つけたエステルが先に声をかけてくる。
「乗馬の訓練してたんでね。」
「乗馬?」
リリーが何故って顔をしたので、ギルドホールの隅の方に集まって護衛任務で馬に乗る必要があることを話した。
「そっか、ケイって馬に乗れなかったのか。」
「いや、もう大丈夫だよ。」
エステルが弱点を見つけたりと言った顔をするが、乗馬プラグインを入れた今の僕に乗馬という隙はない。
「私達も馬に乗る必要が有るのでしょうか?」
リリーも乗馬はできると言っていたが、あまり好きではないようだ。エミリーも不安そうである。
「多分二人は大丈夫だと思う。ここじゃ詳しいことは話せないけど馬は僕とエステルで良いと思う。」
魔法使いとシスターは奇襲された時に困るので、馬車に入れておいた方が良い。僕は馬車に乗せてもらうようゴンサレスにお願いしてみるつもりだ。彼も反対はしないだろう。
「ケイは装備を新しくしないのですか?」
「鎧はこれでいいし、剣もある…マントぐらいは新調するかな?」
エミリーの言葉に自分の装備を考えてみる。
「…ケイ、その剣だけどかなり重いよね。」
「そうだね、エステルの三倍ぐらいの重さかな?」
「なっ、なんで私の体重が出てくるのよ。」
エステルが顔を赤くしてマントで体を隠す。そんなことをしてもスキャンすれば彼女の体重が判ってしまうのだが…いやそんなセクハラしませんけど。
「それだけ重いと馬に乗れないのでは?」
「あれっ……そうだね。」
リリーの指摘に僕はまずいことに気がついた。僕の重量は外部装甲を装備した状態で100kg程度、フルプレートを着た人の装備重量は重くても150kgぐらい、これなら馬にも乗れそうだが、僕の剣は黒鋼甲虫の角による特注で重量は200kgもある。これを背負って馬に乗れば馬が潰れてしまうだろう。
「あんまり重いと馬もへばるのが早いからなるべく軽い装備にしたほうが良いと思います。」
「そうだね、鎧は仕方ないけど、武器は後で店を回ってみるよ。」
エミリーの忠告通り、重い荷物を載せていると当然馬は疲れやすい。あまり重量のある物を運ばせるとあっという間にへばってしまう。
「剣は馬車に積んでもらうしか無いかな。」
"無限のバック"に入れてもらえれば重量は関係なくなるが、イザという時に取り出せない。やっぱり武器は新しく調達する必要がありそうだ。
(どっちみち、対人戦だとこの剣はオーバースペック過ぎて使いづらいんだよな。)
巨大な魔獣や硬い魔獣を相手にするにはこの剣が無いと辛いが、普通の人間にこの剣を使うとなると、かなり手加減をしないと人間のミンチができてしまう。
人と戦うと聞いた時点で一応新しい武器が必要かなとは考えていたのだ。
そんな話をしている間にゴンサレスが冒険者ギルドにやって来た。
「サハシさん、お待たせしました。時間もないことですし、早速お手合わせをお願いしたいのですが。」
「はい、訓練場を借りてきます。」
受付嬢に訓練場を借りると告げて、僕はゴンサレスと共に向かった。エミリー達も僕達の後に付いて来た。
昼近いこともあり、訓練場には人が少なかった。ギルドの職員から備え付けの木剣を借りると、僕とゴンサレスは訓練場の真ん中辺りで対峙した。
ゴンサレスは柔皮鎧を着て、幅広の剣タイプの木剣を右手に構えている。僕は両手剣タイプの木剣を両手で構える。
「じゃあ、はじめましょう。」
軽い挨拶の後、僕達は剣を構え戦いを始める。
《人間(男):スキャン開始.....終了。木刀を装備。脅威度1.0%》
ゴンサレスを見据えるとログが表示される。サブギルドマスターのフランツ程ではないが、木剣で有ることを考えると、ゴンサレスはフランツと同じぐらいの強さかもしれない。
ただ、どちらにしても僕が全力で戦うとミンチになってしまうので、手加減をしなければならない。この戦いは僕がどの程度力を抑えれば人間と戦えるかという実験でもあるのだ。
(力を押さえないとゴブリンの二の舞いだ。まずは出力は0.01%ぐらいで)
《主動力:賢者の石 0.01%で稼働させます。》
ログの表示とともに、僕は体が途端に重くなったように感じる。普段の出力の100分の1に絞ったのだが、かなりキツイ。昔の生身の僕が鎧を着て木剣を持っている感じだ。
(出力を落としすぎたかな。)
「どうした?かかってきなさい。」
ゴンサレスも僕の変調を感じたのか怪訝な顔をして言ってくる。
「すみません、ちょっと木剣に慣れてなかったので、戸惑いました。では参ります。」
(出力を0.1%に変更)
さすがに0.01%では戦いにならないと考え、出力を0.1%に上げる。対人戦ということで僕は剣道の動作パターンを選択してゴンサレスに木剣を打ち込む。
「ふむ、変わった剣術だな?」
剣道に特有のすり足からの上段打ち込みに感想をつぶやく。ゴンサレスは僕の木剣を弾き、スキだらけの胴体に打ち込んできた。僕はそれを紙一重で回避して後ろに下がった。
(出力を0.2%に変更)
剣が弾かれたのを見て、僕はゴンサレスの技量ならもう少し出力を上げても良いと判断した。
先ほどの倍程度の速度で再び打ち掛かるが、両手剣サイズの木剣で剣道のパターンはあまり相性が良くないのかゴンサレスは軽々と攻撃を避けてしまう。
「素直な攻撃だな。正確急所を狙ってくるが、それだけに予測しやすい。」
ゴンサレスはどこぞの青い巨星のようなセリフを言って、今度は彼から打ちかかってきた。
五十代とは思えないスピードで木剣を振るってくる。
攻撃自体は見切れているのだが、両手剣では捌ききれず、僕は攻撃を何発か体に食らってしまった。
《胸部に衝撃を検出。機体の損傷チェック開始...終了。損傷なし。》
「とても怪我で引退したとは思えない打ち込みですね。」
「ほう、あれだけ食らってもまだ元気とは、体力はありそうだな。」
普通の人なら木剣の打撃を数発受けたら骨が折れたり打撲によって動きが鈍くなる。僕は衝撃によっていくつかの警告ログが表示されるが、特に行動に支障はない。
ゴンサレスは戦っているうちにだんだん冒険者時代を思い出してきたのか、口調が変わってきた。
(さすが、元中級の上ランクの冒険者、このままじゃダメ出しされそうだな。もっと速度を上げよう。出力を0.3%に変更)
「体は丈夫な方なので…ちょっと本気で行きます。」
出力を0.3%に上げると、僕は剣道から今度はゲームの大剣使いのパターンに攻撃パターンを切り替えた。突進してからの下段からの切り上げや、剣を振り回しての回転、ついでに足技も入れての攻撃パターンは剣道とは異なり、隙が多いが一度決まると大怪我をしてしまうだけの威力を持つ。
出力をあげた事による速度と力の上昇も影響して、僕の攻撃にゴンサレスはたちまち防戦一方に陥った。
「いきなり手数も技も変わるとは。しかも速度も力も増している。これが本気ということか。」
木剣で攻撃を受けがなしながらもゴンサレスはつぶやけるだけの余裕があるようだ。
一連のコンボ攻撃の最後の上段切りを彼は木剣を構え受け止めようとする。
(まずいな、これじゃ木剣ごと押しつぶしそうだ。)
木剣と木剣が激突した瞬間僕は力を抜こうとしたが、それはゴンサレスの反撃によって不要となった。
「はっ!」
《マナの上昇を検出。》
気合とともにゴンサレスは物凄い力で僕の木剣を弾き返した。ネイルド村のドワーフ鍛冶師ヴォイルが言っていたマナによる体の活性化だろう、僕の目にはゴンサレスが一瞬光ったように見えた。木剣を弾き返し、隙だらけになった僕の胴体に木剣を打ち込み…寸止された。
「…参りました。」
僕は両手をあげて降参した。
「突然動きが変わったり、速度も力も変わったりと不思議な戦い方をするな。ただ、隙が多すぎる。魔獣なら良いが、人間が相手だと反撃を食らってしまうぞ。」
ゴンサレスのダメ出しは僕も納得する内容であった。記憶している武術やゲームなどの動作パータンを元に組み立てただけの攻撃は、経験豊富な戦士には通用しないということだろう。
(パターンだけじゃ駄目だな、もっと攻撃の組み立てを考えないと。)
「ケイ、棒術のほうが人間が相手なら有効ではないでしょうか。」
「サハシは棒術も使えるのか。」
エミリーは村で僕が鉄の棒を使ってゴブリン退治をしていたのを知っている。両手剣は確かに攻撃力はあるが、人間相手なら棒術の方が攻防一体で良いのかもしれない。
「ええ、今の剣を手に入れる前は鉄の棒を使ってました。」
僕はギルド職員に頼んで棒はなかったため木の槍を持ってきてもらった。長さは前に使っていた棒と同じく長さは二メートル程度、刃先も木製でバランスは少し悪かった。グルグルと回して感触を確かめる。
「そろそろ良いかな?」
ゴンサレスがじれったそうにしているので、僕は頷き木槍を構えた。
「じゃあ、いきますよ。」
僕は槍を矢継ぎ早に繰り出す。ゴンサレスはそれを弾き懐に入り込もうとしてくるが、僕はそれに対し足元への打撃技で寄せ付けないようにする。
ゴンサレスは僕の槍術のスピードに付け入る隙が見つけられず、攻めあぐねていた。時々マナの活性化による身体強化を使った防御で槍が弾かれ懐に飛び込まれるが、槍の柄の部分でことごとく防御した。
一進一退の戦いを三十分ほどすると、ゴンサレスの息が上がってしまいそこで手合わせは終了となった。
「ふぅ、現役を引退した老人に、長期戦は辛いな。」
「いえいえ、凄いと思いますよ。」
僕はゴンサレスの戦いのセンスと持久力に驚いていたのだ。パターン化された攻撃とはいえ、かなりの速度で繰り出される突きをことごとく弾くか避けていたのだ。
息を整えると、戦いの高揚が収まったのか、ゴンサレスは口調が元に戻っていた。
「サハシさんは剣より槍と言うか棒術の方が合っていますね。」
「そう…ですか。そうですね。」
僕の場合、対人戦では切れ味よりもどれだけ手加減ができるかである。棒はその点手加減しやすいと感じた。
その後、僕はエミリー達も交えて、ゴンサレスに対人性の注意事項や矢や魔法攻撃への対処などのアドバイスを受けていた。エステル達もあまり対人戦は経験しておらず、非常にためになる話を聞くことができた。
まだまだ話を聞きたかったが、ゴンサレスは商会に戻って商隊の準備が有るというので今日はお別れとなった。
「色々教えてくださってありがとうございます。」
「サハシさんには護衛で頑張ってもらわなければなりませんから。明後日はよろしくおねがいします。」
そう言ってゴンサレスは立ち去ろうとして、不意に僕に近づいてきた。
「ところで、私にはサハシさんは剣も槍もずいぶん力を押さえているように感じました。」
ゴンサレスは僕がぎくりとするような事を呟いて訓練場を出て行った。
(力を抜いていたのがバレていたのか?)
内心冷や汗を出しながら僕はゴンサレスを見送った。
◇
ゴンサレスと別れた後、近くの食堂で昼を食べ、午後からはエステルの新しい弓の試射やリリーの新しい杖を使った魔法の威力を確認することになった。
エステルの弓は前のものより大きくなったので引くのにより力が必要となった。ゲームじゃないのだからいきなり筋力が上がるわけ無いのだが、エステルは武器屋で触ってみるとこの弓が引けることに気付いて買ったそうだ。
(不思議なことも有るな。そういえばリリーもエミリーもマナ注入したことで魔法の威力が底上げされた様な事を言っていたな。同じことがエステルにも起きているのだろうか?)
「ほら、今までだったら的に刺さるだけだったのにこの弓なら的を貫いてるよ。それに狙ったところによく当たるんだ。」
嬉しそうにエステルは僕に新しい弓の威力を見せてくれた。
(力が強くなっただけじゃなく視力やその他の部分も能力が上がっているのかな?)
マナによる体の活性化での身体能力の向上は、先ほどゴンサレスに見せてもらった。マナ注入で体の活性化が自然と継続しているのかもしれない。
リリーの新しい杖は魔力の使用効率が上がるという仕掛けが施してあり、これによって唱えた魔法の数と威力が向上するというものだった。
「新しい魔導書で覚えた氷結弾、この杖なら三回は唱えられるんですよ。」
リリーが的に向かって氷結弾を放つと、命中した的の一帯が凍りついていた。直撃なら人は凍りついて死んでしまうだろうが、至近弾なら足を凍りつかせて捕縛にも使えるだろう。
「凄いね、高かったんじゃ?」
「ええ、金貨100枚でした。これでもかなり値切ったんんですよ。」
(100万円の杖か。ゲームと一緒でこういったものは高いんだな。)
杖に頬ずりしているリリーに僕はちょっと引いてしまった。
冒険者ギルドからの帰りに武器屋に寄って新しい武器として槍を購入した。騎馬でも徒歩でも使えるように二メートルほどの長さの柄に三十センチの穂先が付いている。棒術としても使えるように柄の部分は頑丈な木で革を巻きつけて強化してある物を選んだ。
槍の穂先カバーが木製の弱いものしかなかったので、武器屋の隣りの鍛冶屋に頼んで鉄製の頑丈な物を作成してもらうことにした。これは、普段はなるべくカバーを付けて棒のようにして扱いたいからである。
後、対人ということで投擲に使う木の弾を幾つか作ってもらうことにした。ゴムがあれば良いのだが、この世界では見つかっていない。鉄の弾では威力の調整が難しく、鉛ではちょっと重いので木が手頃だと思ったのだ。 出来上がったのは某吸血鬼ハンターが使いそうな直径五センチほどの白木の杭だった。先を尖らせすぎると必殺のアイテムになってしまうので、先端はあまり尖らせないようにしてもらい、二十本ほど準備してもらう。
投げナイフの様に腰に巻くベルトがあればよかったのだが、サイズが合わなかったので小さな袋に入れて腰に結わえておくことにした。
買い物を済ませ、僕達が宿に戻ると、そこにはミシェルが待ち構えていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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タイトルで出落ち感が
王都出発までなかなか話が進まないし、新装備で女の子と絡ませようと思ったら渋いおっさんとの手合わせ回に..




