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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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王都へ…の前に乗馬を習おう

「今日は、商隊の出発日が明後日に決まったことと、商隊の参加メンバーの紹介をしようと思いお呼びしました。」


 部屋に入ると、早速ゴドフリーが護衛の依頼に付いて話を進める。部屋にいる三人の男性が護衛する商隊のメンバーなのだろう。ゴドフリーは順番に彼らを紹介してくれた。


「こちらが、アベルさん、ギーゼン商会の番頭です。サハシ殿も顔を知っておられますよね。」


「ええ、どうもお久しぶりです。」


「お久しぶりです、サハシさん。私は商隊のサブリーダを努めさせていただきます。」


 アベルさんは四十代後半の赤毛の男性で、ヒゲがトレードマークの商人といった風貌である。徴税官への提出書類を作るときに一緒に頑張ってもらった番頭で顔見知りである。



「そしてこっちが、うち(ゴディア商会)の番頭のゴンサレスです。」


「ゴンサレスです。今回の商隊のリーダをさせていただきます。」


 ゴンサレスは五十代前半の黒髪の男性で、商人とは思えないほど筋骨隆々である。握手を交わすと彼は手を力いっぱい握りしめてきた。


(この力、かなり鍛えているな。商人とかじゃなくて、実は傭兵とか?)


 僕は手を握れられても痛くは無い。しかし、握ってくる彼の手の力は商人とは思えないほど強い。


「ふぅ、会頭が推薦するだけの事はありますね。」


 ゴンサレスは元冒険者で、三十代半ばで怪我によって引退するまではゴディア商会の商隊の護衛を専属で引き受けていた。引退する際にゴドフリーに誘われゴディア商会に入り、そこで商人として頭角を表し、番頭にまで上り詰めた人だった。


「私がこうやって握手すると、たいていの冒険者は怒るか握り返してくるのですが、平然としている人はなかなかいません。」


 ゴンサレスの冒険者としてのクラスは中級の上、一流の冒険者だった彼は商人となった今も鍛錬を怠ってはいないらしい。彼の手は商人の手ではなく、剣を振るうための手であった。


「いえ、あまりの強さにびっくりしていただけです。」


 僕はゴンサレスが手を握りながら顔というか目を見ていたことに気付いていた。彼はそうやって人を判断してきたのだろう。



「最後に、こちらがヘクター徴税官です。」


 最後に紹介されたのはルーフェン伯爵家から派遣された徴税官であった。

 僕がいうのもおかしいが、二十台半ばと若い役人で、金髪のイケメンだがなんだか軽薄な感じ男性であった。


「はじめまして、サハシさん。噂は色々聞いております。」


 ヘクターは薄笑いを浮かべ挨拶をする。ヴィクルンド男爵にも聞いたが、僕は城では噂になっているらしい。


「どんな噂かは知りませんが、僕はただの冒険者ですよ。」


 徴税官といえばドヌエル男爵の息のかかった者が大勢いた部署であり、そこから派遣されてきたということは僕を敵視していてもおかしくはない。僕は愛想笑いの下に警戒心を隠して挨拶を返した。


「ところで、ヘクターさんはなぜ商隊に?」


「ヘクター徴税官は、大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材の輸送に付き添い王都に駐留して、商会による王都での素材販売の監視を行うそうです。それが王都で素材を売ることに対してルーフェン伯爵家が出した条件なのです。」


 僕の疑問にゴトフリーが答えてくれた。高値で売れる素材であるので、伯爵家としては税をかけるつもりなのだろう。


「なるほど、面倒ですね。」


「はい、本当に面倒です。まあ、手間は増えますが、ドヌエル男爵がいた頃よりは利益は逆に出るので我慢ですね。」


 ドヌエル男爵にピン撥ねされるよりは税は軽いと、ゴトフリーが苦笑しながら話してくれた。





 商隊のメンバーとの顔合わせが終わった後、王都までの具体的な旅程の話となった。

 ゴトフリーとイザベルがその辺りの説明してくれる。


「ゴトフリーさん、商隊は二つ出すということですか?」


「ええ、普通に商品を運ぶ商隊と大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材を運ぶ商隊の二つです。」


「二つの商隊を同時に出すって…一つは囮ですか?」


 僕の言葉にゴトフリーは頷いた。


大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材は高値で売れますからね。野盗・盗賊の類が襲ってくることは考えらます。そこでダミーの商隊には冒険者の護衛を多く付けて囮とし、別の商隊が本命を運びます。」


「そんなにうまくいくのでしょうか?」


「もちろん囮の商隊にも少しは大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材を運ばせます。こちらは無限のバックを使わないので目立ちますから、賊はこっちに目が行くでしょう。」


「なるほど。で僕達はどちらの護衛をするのでしょうか?」


「もちろん本命の方です。」


 力を入れるところではないはずなのだが、僕を見つめてイザベルが拳を握りしめて力説する。


「囮の方には"暁の剣士"と"麗しき翼"と"天空の盾"に護衛を頼みます。上級の下ランクのパーティが二つと中級の中のパーティが護衛に付いているなら、そちらが本命と思うでしょう。」


 "暁の剣士"は僕も聞いた覚えがある有名なパーティだ。"麗しき翼"は先の大暴走(スタンピード)でワイバーンを倒したパーティである。

 さすがゴディア商会、そんな有名なパーティを囮にするとは太っ腹である。いや、大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材がそれだけの価値があるということなのだろう。

 ちなみに"天空の盾"は大水晶陸亀(クリスタル・トータス)と戦った時にギーゼン商会を護衛していたアドルのパーティである。彼も大水晶陸亀(クリスタル・トータス)素材の利益に関わっているので護衛として呼ばれたようだ。


「本命の方はサハシ殿のパーテイに護衛をしてもらいます。商隊のメンバーはゴンサレスとヘクターとアベルの三名になります。」


「三名ですか。」


 本命の商隊のあまりの人数の少なさに僕は驚く。


「少数精鋭というか、"無限のバック"は一人で持ち運べますからね。目立たない事を重視しました。」


 ゴトフリーの説明では、囮の商隊は街の大通りから堂々と隊列を組んで出発するが、本命は裏の方から別途、馬車で出発する。最初は王都に向かわず、大回りして王都に向かうという念の入れようだ。


 アルシュヌの街から王都までは普通の商隊で二週間ほどかかるが、馬車だけなら大回りしてもその半分の一週間で辿り着ける。


「本当なら本命の方に私が入りたかったのですが…」


「いや、それでは目立つでしょう。イザベルさんは囮の方にいてください。」


 イザベルは囮の商隊の指揮を取る事になっている。商会主がでばらなくても良い気がするが、ギーゼン商会としてもこの商いは成功させたいし、イザベル本人がどうしても王都に行きたいと言い出して、囮の商隊の指揮を取ることになった。

 囮は襲撃される可能性が高いのだが、護衛の冒険者パーティが強力なので大丈夫だと信じたい。






「ところで、サハシさんとパーティの方は馬に乗れますか?」


 商隊の編成の話が終わったところで、ゴンサレスが乗馬ができるか僕に尋ねてきた。


「ゴンサレスさん、馬に乗る必要があるのですか?」


「ええ、馬車で移動するのですから、護衛は馬に乗れないと付いていけません。」


 もちろん僕に乗馬の経験は無い。僕は馬に乗れなくても走って追いつけるのだが、それを言う事はできない。エミリー達には乗馬できるか尋ねた事は無いので判らない。


「馬車は六人乗りなので、御者も含めると全員乗れます。しかし護衛がついていない馬車は野盗に狙われやすいので、できれば何人か馬に乗って欲しいのですが、サハシさんまさか…」


 アベルがそう言ってくる。彼は僕が馬に乗れないと思っていなかったのだろう。


「はい、実は馬には乗ったことはありません…。」


 ここで見栄を張ってもしょうがないので、僕は正直に乗馬経験が無いことを伝える。


「それは…困りましたね。」


 僕の「乗れない」宣言に、アベルは頭を抱え、イザベルやゴトフリーは驚いていた。中級の中ランクの冒険者が馬に乗れないのは珍しいのだろう。ヘクターは面白そうに僕を見ていた。


「私が乗馬しましょうか?」


「ゴンサレスさん、お気遣いはありがたいのですが、護衛される側を馬に乗せるのは…。」


 襲われるとすると、馬に乗っている人から襲われるはずで、護衛対象を危険に晒して良いわけが無い。

 かなり困った感じで僕は周りを見回した。




「さてどうしたものか……サハシ殿はバランス感覚は良い方ですか?」


「ええ、良い方だと思います。ゴンサレスさん、それが何か?」


 僕はジャイロを内臓しているので、どんな動きをしてもバランスを崩すことはない。今の体なら、床運動で"後方かかえ込み(ツカハラ)2回宙返り1回ひねり"だろうが"後方伸身宙返り(シライ)4回ひねり"だろうが"キャット空中三回転"でも着地をピタリと決められるし、それが平均台の上でも同じことができるだろう。


「今ままで馬に乗ったことは無いとのことですが、一度乗って試してみては?意外とうまくいくかもしれませんよ。」


 ゴンサレスは一度馬に乗せてその結果を見ることを提案してきた。


「そうですね、乗ってみたら意外とすぐに乗りこなしてしまうかも。」


 アベルがゴンサレスの言葉にのってくる。

 僕はそんな無茶なと思ったが、乗れないことには護衛任務を引き受けることが出来ないとなれば、乗馬を断る理由は無い。

 打ち合わせを一旦中断し、ゴディア商会の厩舎で乗馬を試すこととなった。





 ゴンサレスと僕はゴディア商会の厩舎にやって来た。ここには王都や別の街の支社との連絡や護衛の冒険者が使うための馬が十頭ほど常時準備されている。

 ゴンサレスは厩舎の中でも一番大きな馬を僕の前に引っ張ってきた。


「こいつは体は大きいけどおとなしい奴です。普通にしていれば振り落とされることも無いでしょう。」


「そうですか、ちょっと触らせて下さい。」


 肩まで百七十センチはある大きな馬に僕は前から近寄り、鼻の前に手を出した。馬は僕の匂いを嗅いでくれたので、どうやら第一段階は合格のようだ。


 なぜ馬に乗ったことが無い僕が馬の扱いを知っているのか、それはマリオンのおかげである。マリオンは昔馬を世話していたことがあり乗馬もできるそうで、AR(拡張現実)表示で視界に現れると、馬のことについて教えてくれたのだ。


『そうです、目線より上に手を持って行かないで、そのまま撫でてください。』


 マリオンの的確な指示に従い僕は馬の鼻を撫でてやる。すると馬は僕に対し安心したのか、首を寄せてきた。


「馬の扱いは上手ですね。それだけできるのに、馬に乗ったことが無いのですか?」


「馬の扱いは知識で知っていただけですよ。」


「頭で知っていてもそうそう実践できない物なんですが…これだけ慣れれば良いと思います。乗ってみてください。」


 ゴンサレスが手綱を渡してくれるので、それを受け取り僕は馬に乗ることになった。ここでもマリオンの的確な指示で僕は問題なく馬に跨った。


「手助けも無しに…サハシさん、私達に馬に乗ったことが無いと嘘をついてませんか?」


 あまりにもスムーズに馬に乗ってしまった僕をゴンサレスは疑いの目で見つめてくる。


「いえ、本当に乗った事はありません。この馬がおとなしいから簡単に乗れましたよ。」


 マリオンに教えてもらいながら乗馬したと言えないので僕は苦しい言い訳をした。


「そうですか。まあ中級ランクの冒険者であればそれぐらいの体捌きはできるでしょう。では歩かせてみましょう。両脹脛で馬の腹をギュッと圧迫して下さい。」


 ゴンサレスの指示の下僕は馬を歩かせた。意外と簡単に馬は歩いてくれる。


「上手ですね。じゃあ、次は速歩で。馬の腹をポンと蹴ってください。」


 速歩に移ろうと僕は馬の腹を軽く蹴ったが、力が強すぎたのか馬が駈け出してしまった。商社の狭い敷地内でこの速度は危険である。


「サハシさん危ない。馬を止めて……止まりましたね。」


 このままでは危ないと判断した僕は、一時的に体の制御をマリオンに渡し、馬を止めてもらったのだ。


『ありがとう、マリオン。助かったよ』


『いえ、これぐらいなら簡単です。それに久しぶりに馬に乗れて嬉しかったです。』


 マリオンにお礼をいうと、彼女も馬を扱えたのが嬉しかったのかAR(拡張現実)表示で微笑んでいた。


 僕は手慣れた手綱さばきで馬の向きを変えて、速歩でゴンサレスに駆け戻った。


「サハシさん、本当に乗ったこと無いのですよね。」


「ええ、今回が初めてです。いや、乗馬って思ったより簡単ですね。」


「いや、そんな事は……まあ、乗れるようになったのならそれで良いのですが。」


 ゴンサレスは大きくため息を付いた。乗馬して歩かせ、少し走らせただけで一気に馬を思いのままに操れるようになったのだから、ゴンサレスには僕が馬に乗れるのに嘘を言っていたように見えたのだろう。


「本当に初心者なのか?天才とでも言うのか…信じられん。」


 ゴンサレスはブツブツと言いながら僕の乗馬の練習を見ていた。


 僕の乗馬の腕がいきなり上がった理由は、マリオンの乗馬の経験を元に身体制御のプラグインを"瑠璃"が組んでくれたおかげである。

 僕の体はプログラムでその動作を最適化して制御できる。それによって偽造書類を作るほどの精密な動きから格闘ゲームの必殺技のようなアクロバティックな動きまで行うことができるのだが、今回は乗馬という部分に関しての体の動作、馬の操作の部分を"瑠璃"がマリオンの知識から抽出してプラグインにし、それを組み入れることで、一気に僕の乗馬の腕が上達したのだ。

 ある意味インチキというかチートだが、これによって僕の乗馬問題は解決したのだった。





 後で、エミリー達に乗馬の経験を聞いたところ、全員馬に乗れると答えた。エミリーも村にいた一頭の馬で練習していたらしい。

 冒険者はギルドで教えてくれるらしいので、暇があったら習っておくものだとリリーに教えてもらった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


話が進んで無くて申し訳ないです。


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