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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
33/192

悪霊の正体

 門を開け飛び込んだ僕に真っ黒な手が襲ってきた。黒い手は視覚化された不正アクセスだ。まるで某ゴム人間のパンチの様に無数の手が僕に伸びてくる。

 門を閉めると、僕に食い付いた手を切り払う。手が吸い付くたびに体の奥から何かが吸い取られているようだ。


(僕を経由してマナを吸い取っているのか。)


 黒い手を切り払ったり、避けたりしながら僕は"瑠璃"のシステム中心部へと続く道を進んでいった。


 黒い手(不正アクセス)は、僕が向かっているシステム中心部から伸びて来ている。どうやら悪霊(ウィルス)は"瑠璃"の中心部まで辿り着いているようだ。僕は"瑠璃"のファイアウォール()を管理者権限を使い全て解除して(開けて)しまった。ネットワークが繋がっていない状態で、既に相手が既に内部に入り込んでいるのではファイアウォール()は邪魔者でしか無い。

 ファイアウォール()がなくなったシステムの中を僕は中心部めがけで全速で進んだ。





「"瑠璃"、…大丈夫か?」


 中心部に達した僕はそこで壮絶な女(?)同士の戦いを見ることになった。


「ここから出て行ってください。」


「私はここから出て行くのよ。もう暗くて狭いところは嫌なの。」


 僕の目の前では"瑠璃"と銀髪の美女がキャットファイトを繰り広げていた。

 この状態(キャットファイト)に視覚化されるのは誰の趣味なんだろうと思いつつ、二人がお互いの(防壁)を引き裂きあっている姿に僕は見入ってしまった。


 "瑠璃"は先ほど着替えた中世風の装飾の多いドレス姿だったのが、あちこち破れ、肩やお腹が出てしまい、裾も短くミニスカート以下になっている。ほとんど下着姿も同然だった。


 相対する銀髪の美女も同様な服装で、"瑠璃"と同じくかなり際どい姿になっていたが、こちらは破れた箇所が徐々に修復されていた。


(自己修復しているのか。サービスカットが少ないぞ。)


 ちょっとエッチな目で見ていると、僕が来たことに気付いて「慶、見てないで助けてください。」と"瑠璃"は応援を求めてきた。

 我に返って銀髪の美女を後ろから羽交い締め(優先順位を落とす)にした。


「だ、誰ですか貴方は。いやらしい、離してください。」


「誰と言われても、そこにいる"瑠璃"の仲間だよ。君こそ"瑠璃"の体に入り込んで何をしているんだ?」


 僕はじたばたと暴れる(優先順位を変動させる)銀髪の美女を必死で抑えこむ。そんな僕を影から黒い手が伸びてきて、僕を掴み引き剥がそうとする。


(くっ、マナが吸い取られていく。)


 僕からマナを吸い取るたびに銀髪の美女の服が修復されていく。

 僕が苦戦している間に"瑠璃"は体制を立て直し、新しい(防壁)に着替えた。彼女はシステムの中心部に(防壁)を構築すると、短剣(駆除プログラム)を取り出して黒い手を切り払った。


「慶、防壁の再構築が完了しました。もう大丈夫です。」


 黒い手から介抱された僕は銀髪の美女に対し押さえ込み(実行停止)を行った。かなりいやらしい体勢だが、それによって彼女は暴れる事ができなくなった。


 押さえ込み(実行停止)で彼女は動けなくなったが、影からは黒い手が次々と出て、僕の本体に向かって伸びていく。


「この手を止めてくれませんか?」


 銀髪の美女にお願いしたが、彼女は答えてくれなかった。


「慶、彼女は一体何なのですか?こんなウィルスは初めて見ました。」


 "瑠璃"はネットワークに接続されていた時様々な攻撃(クラック)を受けたが、一度も内部に侵入された事はなかった。そんな彼女はネットワークの無いスタンドアローンの状態でウィルス(悪霊)に侵入されたことにショックを受けているようだ。


「"瑠璃"、この女性はウィルスじゃない、悪霊だ。」


「悪霊?新しい概念のクラック・プログラムでしょうか?」


 "瑠璃"は悪霊という概念が理解できていないようだ。


「いや、悪霊って霊魂とか魂とかの悪霊だよ。こちらに来て"瑠璃"も魂と言うか心を持ったと思うんだけど、それを感じないかな?」


「…」


 "瑠璃"は銀髪の美女と自分を見比べ考え込んでいた。


「ところで、君の名前を教えてくれないかな。」


 "瑠璃"が考え込んでいる間、僕は銀髪の美女に対し尋問することにした。


「マリオンよ。」


 吐き捨てるように彼女は名前を名乗った。

 マリオンの影からは相変わらず黒い手(不正アクセス)が出続けている。彼女に止める気が無いようなので、僕が剣を影に刺すと黒い手の出現は止まった。


「マリオンさんは、あの隠し部屋で死んでいた人(白骨死体)ですよね。なぜ"瑠璃"に取り憑いたんですか?」


「そうよ、あの死体は私よ…この子に取り憑いたのは、美味しそうな匂いがしたからよ。」


 どうやらマリオンは自分が死んでしまってるという自覚は有るようだ。


「そうですか。できればなぜこうなったのか事情を聞かせて欲しいのですが?」


 僕がそう言うと、マリオンは諦めたのか自分のことを話し始めた。


 自分がこんなところで死んでいる事情…ヴィクルンド男爵に攫われ、監禁されていた事や、家督を付いだ本妻の子供によってここに埋められて死んでしまったこと…や、死んで悪霊となってしまったが、部屋から出られず長い年月を過ごしていたら、突然"瑠璃"が落ちてきたこと。"瑠璃"の本体から美味しい匂いがしたので取り憑いた事を話してくれた。


「黒い箱の中に美味しい物(マナ)が詰まっている物が有ったから、一生懸命吸い出そうとしたら|彼女《"瑠璃"》が出てきたの。誰もいなかったはずなのに突然彼女()が出てきたからびっくりしちゃって…慌ててこの箱から出ていこうとしたんだけど、何故か出れなくて…仕方が無いので彼女に気付かれないように隠れていたの。」


 "瑠璃"を再起動したのはマリオンだったようだ。"瑠璃"は起動と同時に霊=魂を作り出したようだ。マリオンが出れなくなったのは、"瑠璃"が起動と同時にファイアウォール()を構築したからだろう。


「突然暴れだしたのはなぜです?」


「実はさっきまで寝ていたんだけど、突然体が熱くなって目が覚めたの。見たら部屋の壁が壊されてて、やっと外に出られるって喜んじゃって…そしたら影から手がいっぱい出て彼女に襲いかかってたの。…」


 僕が充電(マナ注入)したことで、寝ていたマリオンを起こしてしまい、壁が壊れていることに気付いて"瑠璃"のシステム(肉体)を手に入れて地下室から出ていこうとしたらしい。


「外に出たいだけですか?男爵家に恨みとかは無いのですか?」


「随分前の話だし、男爵家に恨みはもう無いわ。だって男爵もその子供ももういないんでしょ。ただ私はここから出たいだけ。そしてもっと外を世界を見て感じたいの。」


 彼女はずいぶん落ち着いて来たようだ。閉じ込められている間に外へ出たいという思いだけが残ってしまったようだ。


「なるほど、貴方の事情は判りました。それではもう暴れる気は無いと思って良いのでしょうか?」


「さっきは突然襲いかかって悪かったと思っています。もう暴れる気はありませんが…影から伸びるこの黒い手は私には止められません。私の意思に関係なく美味しい物(マナ)に勝手に襲いかかっていくみたいなの。」


 マリオンの意思に関係なく黒い手(不正アクセス)はマナを求め伸びていくらしい。今マナが豊富なのは僕の体なので、そちらに向かって伸びていったみたいだ。


(マリオン本体と黒い手の発生部を切り離せれば良いのかな?)


 悪霊をウィルス・プログラムと考えると、本人と悪霊の部分を機能毎に分割できるのではと僕は考えた。この黒い手はマリオンの意識外で動いているらしいから別のタスク(悪意の意識)だといえる。話を聞く限りマリオン自体は悪い霊には感じられなかった。彼女の悪霊で有る影を切り離せないか、僕は分析してみることにした。


「"瑠璃"、手伝ってくれないか?」


「……はっ…無限ループしてました。」


 "瑠璃"は自分に魂が宿ったかどうかという思考で無限ループに陥っていたらしい。


「いまから彼女(マリオン)のプログラムを解析する。"瑠璃"は彼女の気を引いて(雑談して)おいてほしい。」


「了解しました。雑談は大得意です。」


 もともと人とのインターフェイスの為に作られたのだ、"瑠璃"はマリオンと話を始めた。


 "瑠璃"がマリオンの気を引いている間に僕はプログラムとして悪霊を解析することにした。"瑠璃"のシステムのプログラム稼働状況をモニターし、マリオンと思われるプログラムをピックアップする。


(影は今(駆除プログラム)で停止している。演算負荷がかかっている部分がマリオンの本体だろう。)


 僕は今動いていない(負荷のない)モジュールにマークをつけていき、強制停止をかけてみる。しかしモジュールは止まらないか、止まったと思ってもすぐに復活してしまう。


(まあ、悪霊だし普通のウィルス並みにはしつこいな。停止できないなら分離してしまうしかないか。マナを求めて引っ張られる性質を使って何とかならないかな……ちょっと危険そうだけど、やってみるか。)


 僕はマリオンの本体と影の部分を分離する手段を思いつき、その手段の準備のため一旦本体に戻った。

 本体に意識を戻し、待っているエミリー達に"瑠璃"の状況とマリオンの事を簡単に話し、そして彼女を助けるための作戦をエミリーに伝える。エミリーには今回は頑張ってもらわなければならない。


「エミリーは僕の合図で死霊退散(ターンアンデット)をお願いします。」


「はい、判りました。」


 エミリーは潤んだ目で僕に返事をして僕の手を握りしめた。





 マリオンを分離するために本体の準備を整え、僕は再び"瑠璃"の内部に戻った。

 "瑠璃"はマリオンとかなり打ち解けた様子で会話を続けている。人工知能と悪霊の会話ってどんな内容かと興味がそそられたが、後でログでも見せてもらうことにして僕は二人に声をかけた。


「今から"瑠璃"と僕の間の防壁を解除するから、"瑠璃"はマリオンをしっかり繋ぎ止めて(プロテクトして)おいてください。」


「慶、それだと黒い手が本体に侵入してしまいます。危険ですからやめてください。」


「仕掛けはちゃんとしてあるよ。それよりマリオンは意識をしっかり持って"瑠璃"にしがみついていてください。」


「何をするのか判りませんが…これでよいでしょうか?」


 マリオンは"瑠璃"にしっかり抱きついた。貴族風のドレスを着た緑髪の美少女と銀髪美女の絡みは、なかなか絵になる光景だったので僕はキャプチャして保存しておく。


「じゃ、やるよ。」


 "瑠璃"と本体との間のファイアウォール()を開放し、心臓の出力を上昇させた。


《主動力:賢者の石 3%で稼働させます。》


 僕の体の方から光が溢れてくる様な感じが伝わってくると、マリオンの影がズルズルと動き始める。(駆除プログラム)で繋ぎ止められているはずなのだが、剣がズルズルと抜けおち影から大量の黒い手が飛び出した。


(ここでマリオンと切り離せないと失敗だな。)


 僕はシステムに命じてマリオンの本体タスクの複製を作らせる。もし複製したほうにも魂が入っていたらどうしようかと思ったが、予想通り複製には魂がなかった。

 複製なので姿はそっくりであるが、魂が有る方に比べ精彩が無いというか白っぽい感じである。次にそのコピーと起動し、一瞬本体のタスクを緊急停止させた。


「ひっ!」


 マリオンがどう感じたが分からないが、タスクを停止させると、悲鳴を上げて彼女は気絶してしまった。

 影のタスクは急に停止した本体タスクに戸惑ったが、コピーしたタスクを見つけるとそちらに処理対象を移して活動を開始した。


 コピーしたマリオンの体が真っ黒に染まると、そのまま影と一緒に僕の本体の方に飛び去っていった。


「"瑠璃"、マリオンの方を頼みます。影が再び発生しないか監視を厳にしてください。」


 "瑠璃"のシステムに悪霊のタスクとファイルが残っていないことを確認し、僕は影を追って本体に戻った。





 本体に戻ると黒いマリオン()がマナを求め暴れまわっていた。僕の本体システムは彼女に乗っ取られたのか、管理者権限が書き換えられ、手が付けれない状態になっている。


「この短期間で僕のシステムを乗っ取ったのか、悪霊って凄いな。」


 本体システムを乗っ取られた割に僕はのんびりとしていた。それは乗っ取られたのが仮想システム上に構築されたダミーの方だからだ。

 "瑠璃"と僕の間にダミーのシステムを作成し、影がそちらに入るように仕向けたのだ。

 人間のクラッカーであれば絶対引っかからない様な単純な手であるが、悪霊には全く判らなかったのだろう。

「エミリー、死霊退散(ターンアンデット)をお願い。」


「判りました。」


 合図とともに死霊退散(ターンアンデット)による柔らかなしかし圧倒的な光が僕のシステムをダミーごと浄化し始めた。

 死霊退散(ターンアンデット)の威力を上げるため、エミリーにはキス(マナ注入)しておいたのだ。エステルとリリーが羨ましそうにしていたが、今回はしょうがない。

 浄化の光の前に黒いマリオン()は逃げ場を探し暴れまわったが、既に周りとの接続を切ってあるダミーのシステムから逃げ出すことはできない。そして黒いマリオン()は光に包まれ消えていった。

 ダミーシステムを本体から消去して、僕は仮想現実(VR)システムを解除した。





 目を開けると心配そうな顔をしてエミリー、エステル、リリーが僕を見つめていた。


「ケイ、うまくいったのでしょうか?」


 エミリーの問いかけに、"瑠璃"の姿が元に戻っているのを見て、僕は頷いた。


「ケイ、あ、あれ。」


 エステルが指さすと"瑠璃"の姿がマリオンに変わっていた。


「すいません、お礼が言いたくて、しばらく"瑠璃"さんに代わっていただきました。ケイさん、私を救っていただきありがとうございました。」


「マリオン、君はこれからどうするんだ?」


「ここから出ればどうなるのか…もしかしたら消えてしまうかもしれませんが、"瑠璃"さんはこのままここにいて良いと言ってくれてはいますが…」


 マリオンがそこまで言ってから"瑠璃"の姿に変わった。


「慶、私がこうやって立体映像のように体を出せるのはマリオンさんの機能()のおかげなので、できれば私の本体に同居させてあげたいのですが…」


「"瑠璃"が良いなら構わないが、影とか容量とか処理負荷とかは大丈夫なのかな?」


「不要な記録を幾つか消すことで容量は確保できると思います。処理はタスクが幾つか増えましたがギリギリ許容範囲内です。影のほうが今のところ発生していません。それよりエネルギーの消費量が増えますが、そちらは大丈夫でしょうか?」


「そっちの方は大丈夫だよ。」


 賢者の石が生み出すマナは膨大である。"瑠璃"が増えても問題はない。

 再び"瑠璃"の姿がマリオンに変わった。


「受け入れて下さってありがとうございます。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします。」


 こうしてマリオンを仲間にした僕達は、ヴィクルンド男爵の屋敷を後にした。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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