"瑠璃"と悪霊
02/23 駆除アプリ->駆除プログラム
「私が再起動したのは今から三ヶ月前でした。ネットワークも入力・表示デバイスも無い状態で起動したため、最初は真っ暗で心細かったです。そのまま三日ほど経過した時、私はこの地下室に自分がいることに気付いたのです。なぜ突然そんなことができるようになったのか私にも判りません。」
三ヶ月前ということは、僕がこちらの世界に落ちてきた二ヶ月前になる。"瑠璃"が同じ事故に巻き込まれ転生したなら時間が合わないことに僕は気付き、"瑠璃"の内部時計を確認する。すると"瑠璃"の内部時計は二ヶ月ほど先に進んでいることが判った。
(僕と"瑠璃"の間で時間差があるのか。)
「その状態で屋敷内を自由に動けることに気付き、私は屋敷の中をあちこちを見て回りました。実体が無いので壁も床もすり抜けることができるのですが、何故か屋敷の敷地から外には出れませんでした。この屋敷には使用人らしい人が数名いたのですが、皆私を見るなり何か叫んで逃げて行きました。彼らには何度も話しかけたのですが、言葉が通じないため誰も話を聞いてくれず、二日もすると、屋敷には誰もいなくなってしまい、私は一人ぼっちになってしまいました。」
"瑠璃"は悲しそうな顔をしたが、エミリー達は当然だろうという顔で頷いていた。
「それから三日ほどでしょうか一人の男性が訪れました。」
「除霊を依頼された神父さんですね。」
エミリーの言葉に"瑠璃"は少し考え、頷いた。
「彼は神父だったのですか…確かに聖職者っぽい服装でした。彼は私に何事か叫び、先ほどエミリーさんがやったように何か光を当ててきたのですが、特に影響はありませんでした。それを見た神父は何事か叫んでそのまま屋敷から走って出て行きました。」
「死霊退散が効かなかったので、逃げ出したんだろうね。」
「その後、一月ほどの間に鎧を着込んだ人やローブを着た人達が三回訪れ、剣で切られたり、炎や氷、そしてエネルギー体をぶつけられましたが、何度やっても私に効果が無いと判ると諦めて屋敷を出て行きました。」
「剣も魔法も効かないのですか?"瑠璃"さんは凄い精霊なのですね。」
立体映像だろう"瑠璃"に攻撃をしても無意味なのだが、それを知らないリリーが驚いている。
「相手も何も出来ませんが、私も何も干渉出来ないのです。また誰も居なくなってしまったので、私はここで記憶にある歌を口ずさんでいたのです。そして今日、ケイ達が屋敷に訪れました。」
屋敷の悪霊の正体はやはり"瑠璃"だったようだ。アニメ調の3Dキャラクターの容姿と日本語、実体のない立体映像の姿、この世界の人たちは彼女は悪霊と判断せざるを得なかったのだろう。
しかし、ここまで"瑠璃"の話を聞いてたが、彼女は本当に人間の様に考え会話をしている、言ってみれば魂が入ったように僕には感じられた。昔のプログラムだった頃の"瑠璃"とはまるで別人である。
「"瑠璃"は寂しいとか悲しいとか感じたのかい?」
「はい、そうですね。昔の私なら"寂しい"とか"悲しい"とは言葉だけの物だったのですが…今日までの三ヶ月の間、一人でいた間はその言葉の意味が実感できます。…実感できるなんて、おかしいですね。私はどうしてしまったのでしょうか。これはバグなのでしょうか?」
"瑠璃"はプログラムだった頃との違いにかなり戸惑っているようだ。
「"瑠璃"は感情を持った…いや魂を持ったというべきかな。僕もこっちに来てから不思議な事に多く会ったけど、"瑠璃"のことは特に凄いことだと思う。」
「こっちに来てから?」
エステルが、僕の言葉に疑問を持ったのか首をかしげる。自分の迂闊な発言に気付き、僕は"瑠璃"に注意しなければならないことを思い出した。
《"瑠璃"、僕達が別の世界から来たということは秘密で…》
慌てて"瑠璃"との会話を彼女達に聞かれないように通信回線に切り替え、エステルとリリーに僕達が別の世界からこちらに来たことを話さないように命令する。
僕の体や能力については、エミリーがある程度説明しているが、異世界から転生(?)してきたことはまだ話してはいない。
《了解。制限事項を厳守します。》
「私も慶も遠くの田舎から来ましたので。」
エステルはそういうことかと納得したようだ。
悪霊の正体が"瑠璃"だとわかったので、この依頼は"瑠璃"をここから連れ出せば解決するのだが、彼女はこの屋敷から出られないらしい。
「本体から一定距離以上離れられないってことかな?」
「そうなのかもしれません。私の本体は何処にあるのでしょうか?」
「屋敷内は探したの?」
「はい、でも見つからないんです。」
「ケイ、本体ってなんなのですか?」
「えーっと、"瑠璃"が宿っている御本尊というか核というか、これぐらいの大きさの黒くて四角い物なんだけど。」
エミリー達に"瑠璃"の本体である制御ユニットの大きさと色、形を教える。こちらの世界には無いものだからかなり目立つはずだが、僕の体と同じく変質していたら僕でも判らないかもしれない。
《慶、接続しているならその電波強度から方向を割り出せるのでは無いでしょうか。》
《そうだね、ちょっと試してみるよ。》
《接続状態の確認:電波強度の測定中.....》
「ケイ、…なぜグルグル回っているの?プッ、変なの~」
僕は電波強度から方向を割り出すためグルグル回転していたのだが、それがエステルのツボに入ったのか彼女は笑い転げてしまった。それに釣られてリリーも笑っている。
「こっちの方向かな?」
電波の強さから"瑠璃"本体の方向を割り出した僕は、地下室の壁の一角に向けて進んでいった。
「この壁の奥に"瑠璃"の本体が有るらしいんだが…」
レンガで作られた地下室の壁の奥から電波は届いてくる。
「地面に埋まっているの?」
「隠し部屋でも有るのでしょうか?」
「地下にそんな物を作るなんて、貴族って贅沢ですね。」
僕とエステルとリリー、エミリーはそちらの壁を調べたが、隠し扉みたいなものは見つけることが出来なかった。そこで僕は地中センサーを起動して壁の奥を調べることにした。
《地中センサー スキャン:開始....終了》
センサーで計測したところ壁の奥に空洞…おそらく部屋が有ることが判った。
「この奥に部屋が有るね。確かこの上は物置のはずだけど、下に降りる階段はなかったね。」
僕の言葉にエミリー達は頷く。物置は雑多に荷物が置いてあり、詳しくは見ていなかったが下に降りるような階段はなかったはずだ。
「隠し部屋って、お宝があるかも。ケイなんとかならないの?」
エステルが期待に満ちた目で僕を見つめムチャぶりしてくる。
(壁の厚さは一メートルってところかな。なんとかなるか。)
「剣で切れるかも。試してみるよ。」
《主動力:賢者の石 5%で稼働させます。》
壁を剣で切り裂くにはかなりの切れ味を要求される。僕は出力を上げて剣を構えた。
「ふんっ!」
振り下ろした剣は壁にめり込み、切っ先が壁の向こうに抜けた感触が返ってきた。僕はそのまま下まで切り下ろした。同じことを三回、縦と横に繰り返すと壁は四角く切り抜かれていた。
「ほんと凄い切れ味ですね。」
リリーが僕を褒めくれる。
「フッ、またつまらぬものを切ってしまったゼ。」
思わずカッコを付けたセリフと共に剣をひねって切り抜いた壁をこちら側に倒した。
◇
地下の隠し部屋、小説でもゲームでも存在している理由として色々なパターンが有る。エステルが期待しているような隠し金庫的な物もその一つだが、出入口が無い場合はやはりアレというのが一番多いということを僕は失念していた。
そう、アレとは…死体の隠し場所ということだ。
隠し部屋がリリーの明かりの魔法によって照らしだされると、そこには椅子に座った状態の白骨死体が有った。来ている服から女性の死体だと判る。
後で聞いたのだが、何代か前のヴィクルンド男爵はとある平民の女性を愛し、妾にしようと何度も説得したが彼女はそれを聞き入れなかった。そこで男爵は彼女を攫ってこの地下室に幽閉したらしい。
その後男爵が死んでその子供に家督が移った時、女性の存在が問題となり男爵の子供は何を思ったのか、女性を部屋ごと壁を作って地下に隔離してしまうという暴挙に出てしまった。当然、女性はそのまま死亡してしまった。
今のヴィクルンド男爵は、先祖が行った蛮行の事実も隠し部屋についても知っておらず、冒険者ギルドに依頼を出したのだ。
「お宝があるって雰囲気じゃないね。」
「スケルトンではないですね。」
「あの死体からは邪悪な気配は感じられません。」
僕は少し白骨死体に驚いていたが、女性陣は特に臆することも無く観察している。日頃から生き死にに直面しているこちらの世界の人、しかも冒険者は女性でも逞しい。
"瑠璃"の本体はその白骨死体の側に落ちていた。天井を見ると穴が開いており、瓦礫が大量に落ちている。
(もしかして僕と一緒で上から降ってきたのかな?屋根ー>物置ー>床を突き破って地下室って流れか?それだと物凄い音がしたと思うんだけど…)
"瑠璃"の本体の強度について祖父は「象が乗っても大丈夫」とか「大気圏突入だってできる」とか言っていたが、本当にそれだけの強度を確保していたようで、特に目立った損傷はないみたいである。
僕は"瑠璃"の本体に近寄りそれを拾った。白骨死体に近づくのは嫌であったのだが、仕方がない。
本体はホコリまみれだったが、かすり傷一つ無い状態で、何か過剰な処理をしているのかほんのりと暖かくなっていた。バッテリーのインジケータを見るとかなり消耗しており残量表示が残り一メモリで点滅している状態だった。
(充電はワイヤレスでも出来たよな。)
"瑠璃"の本体は腰の端子に接続することで充電できるが、ワイヤレスでの充電にも対応している。本来なら端子につないで充電したほうが良いのだろうが、何故か僕はワイヤレスでの充電を選んでしまった。
僕は"瑠璃"の本体を抱きかかえ充電を開始した。
《デバイス"瑠璃"にマナを注入中: 500ミューオン/秒で伝達されています。》
ログには電力では無く、マナを注入と表示された。パワーリソース系もこちらの世界に来て変化しているようだ。
「"瑠璃"、本体に充電しているけどどう?……"瑠璃"?」
《警告:デバイス"瑠璃"からの不正なアクセスを検出。ファイアウォールでアクセスを拒絶しました。》
充電を始めた"瑠璃"は、地下室の中央で笑顔のまま固まっていた。何か本体に異常事態が起きたようだ。
(フリーズしたのかな?でも不正アクセスって…まさかこの世界でコンピュータウィルス?それとも何か別の物が?とりあえず、ウィルスなら駆除しないと…)
《デバイス"瑠璃"のシステムスキャン中...ウィルスと思われるプログラムを検出。駆除を実施します。....》
"瑠璃"のシステムにウィルスが入ったとログに表示され、自動的に駆除プログラムが走り始めた。
「"瑠璃"、どうしたんだ。」
エミリー達は何が起きているのか判らず、呆然と僕を見ている。
その時だった"瑠璃"の立体映像がバグったかのようにモザイク状になり、そして見知らぬ女性に姿を変えた。
「なっ、誰だ?」
「ようやく、ようやく外に出れるのですね。」
長い銀髪と切れ長の目をしたスレンダー体型の美人な女性…その姿は僕の知る限り"瑠璃"のデータには無い…は、嬉しそうに微笑んで地下室の出口に移動を始めた。
《デバイス"瑠璃"に感染したウィルスの駆除に失敗。リトライ中...》
ログにウィルス駆除失敗の表示がされる。
(もしかしてこの白骨死体の魂が"瑠璃"に取り付いた?お約束すぎるだろ!)
「エミリー、"瑠璃"が悪霊にとりつかれたみたいだ。死霊退散を…。」
「判りました。」
エミリーが僕の指示で死霊退散を唱え、映像の方にかけてしまった。当然効果は無い。
「そっちじゃない、こっちの本体と死体にかけるんだ。」
慌ててエミリーが呪文を唱え、僕と"瑠璃"本体、そして白骨死体を柔らかな光が包み込む。
(効いてない!)
依然として"瑠璃"の姿は変化したままであった。"瑠璃"の本体は、宇宙空間でも動作可能な様に外側に特殊な素材を使ったと聞いていたが、それが魔法を弾いたのだろうか。
《慶、かなり手強い…ウィルス…です。もっと処理…を…助けて…。》
"瑠璃"からとぎれとぎれにメッセージが届く。どうやらかなり危険な状態のようだ。
(こうなったら、直接接続して…それだとこっちも感染する危険性が高いんだけど…やるしか無いか。)
"瑠璃"を再起動するといった強行手段も有るのだが、その場合、今の"瑠璃"が残るか不明である。せっかく魂を持った彼女を失うのは避けたい。
「皆、今から少し僕は動けなくなるから。もし僕が暴れだしたりしたら死霊退散をかけてほしい。」
僕はエミリー達にそう言って腰にある"瑠璃"と僕を直接接続する物理端子のある場所に本体を固定した。
(体の制御系はシステムから外して、仮想現実システムを起動。"瑠璃"に接続するぞ。)
《義体制御システム・シャットダウン...デバイス"瑠璃"との物理接続を開始します。》
なぜこんなモードが僕に用意されているかだが、祖父が資金集めの一つとして仮想現実の実験に僕のシステムを提供したからだ。試作された仮想現実を僕がテストしてそれをフィードバックすると言った感じで打ち上げの直前までテストしていたシステムである。
電子世界では人間の処理速度なんて取るに足らないものではあるが、直感的にデータやプログラムの流れを知覚できるこのシステムは、僕の体の制御プログラムやロケット制御ソフトのデバックに非常に役に立っていた。今回のケースでもこのシステムが使えないかと考えて起動したのだが…。
目の前が真っ白になったと思ったら僕は本棚が浮遊する奇妙な空間に浮いていた。
以前は視覚と聴覚ぐらいしか情報が無く、目前に浮かぶTV画面を操作するといった感じであったが、今はリアルな世界に感じられるほどの質感で再現されいてた。
例えるならドット絵のゲームが3Dレンダリングされたゲームに置き換わり、その中に入り込んでしまったという感じだ。
(リアルに替わったのは良いけど、肉体や触った感覚まで再現されているのはちょっと困るな。)
見ると人間だった頃の体が再現され、手も足もある。考えた方向に移動もできるようだ。試しに本棚の本をとってみると、記憶領域に格納されている情報が僕の頭に流れ込んでくる。
(おっと、こんなことしている場合じゃなかった。"瑠璃"を助けに行かないと。)
"瑠璃"との接続は大きな門で表現されていた。門がファイアウォールなのだろう。"瑠璃"側から侵入してこようとするデータが門をたたく音が耳に聞こえてくる。
(門を二重に作って、後は駆除プログラムを準備だ。)
僕は門をもう一つ背後に作り出し、駆除プログラムを手に取る。裸であった僕の体に鎧と剣が装備された。
後ろの門が閉じているのを確認して僕は"瑠璃"へと続く門を開けて飛び込んだ。
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