電子の精霊
最初の部分、改行位置を少し変えました
02/21 誤字間違い修正
エミリーが教会で死霊退散の修行をしている間、僕は案内してくれたシスターにこの世界の不死者について詳しく説明してもらった。
こちらの世界の不死者は、ゾンビやスケルトン、ファントム、ヴァンパイア、リッチなどファンタジーなお話でお馴染みの面々であった。
低級な不死者であるゾンビやスケルトンは、普通の武器でも倒せる。
実体の無いタイプやヴァンパイア、リッチなどは聖別された銀の武器や魔法の武器、魔法でしか傷を付けることができないなどその辺りもお話の通りであった。
それ以外に僕には一点気を付けなければならない事があった。それは、不死者の活動力の源は魔力であり、不死者はそれを求めてうろついており、マナを多く持つ者…魔法使いなど…を見つけると襲い掛かってくる傾向にあるということだった。
(僕の体には賢者の石のおかげでマナが多いよな。ということは不死者は僕に襲いかかってくる?)
エミリー達に不死者が向かっていかないのは良いことなのだが、僕としてはかなり怖い状況になりそうである。
「ケイ、そろそろ練習が終わりそうだよ。エミリーも問題なさそうだし、今からヴィクルンド男爵の屋敷に行ってみない?」
エステルが散歩にでも行くかのように明るく僕に聞いてきた。
「そ、そうだね。明るいうちに行ったほうが良いかもね。」
シスターの話を聞いたおかげで僕は少し腰が引けていたが、エステルに対し虚勢を張ってしまった。
一時間後、僕達は除霊の依頼の現場であるヴィクルンド男爵の屋敷の前に立っていた。
この屋敷は男爵がアルシュヌの街に滞在するときに使っていたものなのだが、三ヶ月前から悪霊が取り付き使えなくなったのである。男爵は最初、教会に除霊を依頼したのだが、神官による除霊は失敗してしまった。その後、悪霊は屋敷から出てこず、中に入った人を脅かすだけでだったので、教会は屋敷の門や壁に御札を貼り、悪霊を封じ込める事で終わりとしたらしい。
男爵としては屋敷が使えなくなることよりも、屋敷が悪霊に占領されていることが貴族の面子として問題ありと考え、冒険者ギルドに依頼を出して除霊を依頼したのだが、こちらも三組の冒険者パーティが除霊に挑んで失敗している。
「うん、雰囲気が漂っているね。」
「そうですね、あちこちにマナが集まっている気がします。おそらくあれが悪霊なのでしょう。」
エステルとリリーは冷静に分析している。
屋敷に来るまでに聞いたのだが、エステルとリリーは神父の除霊の護衛の依頼を受けた経験があり、悪霊が怖くないと言っていた。それだけで怖くないと言い切れるのは、不死者がいて当たり前の世界の住人だからじゃないかと思う。逆に僕は映画など恐怖を与えるようなものでしか不死者などを知らないため余計に怖く感じてしまうのだろう。
「練習ではうまくいったのですが、少し不安です。」
エミリーは呪文がうまく唱えられるか不安に思っているようだ。
僕も屋敷の中から漂ってくる嫌な雰囲気を感じ、ドキドキしているのだが、それを皆に知られないようにポーカーフェイスでごまかしていた。
《磁場の異常を検出しています。》
ログの方にも屋敷内で磁場異常=悪霊を検出と立て続けに表示されている。
「じゃあ、中に入るよ。」
エステルが屋敷の門の鍵を開け、僕たちは中に入っていった。
屋敷の敷地はシーンと静まり返っていた。
「いきなり襲ってくるかと思ったけど何も来ないね?」
エステルは教会で借りた銀の短剣を構え、リリーとエミリーは魔法を唱える準備をしながら敷地を進んでいく。
僕も剣を抜いて構えていたが、悪霊が襲ってこないことにホッとしてた。
「昼間だと、外にはいないみたいだね。それじゃ、屋敷の中に入りますか。」
基本不死者は陽光を嫌うため昼間は屋内に隠れていることが多い。エステルはさっさと中に入って退治するつもりらしい。反対する理由もないので、僕たちは屋敷の扉の鍵を開けて入って行った。
屋敷の中は薄暗くカビ臭い空気が漂っていた。玄関ホールは前に来た冒険者達がやったのか、壁や床にに刀傷や魔法による損傷があちこちにあり、酷い有り様であった。
《前方の空間に磁場の異常を確認。磁場の乱れが近づいてきます。》
ログが表示されると同時に正面にモヤモヤとした物が現れた。
「正面に何か出てきた。」
僕の声に反応してエミリーが死霊退散を唱えじめる。僕とエステルはエミリーをかばって前に出た。
(モヤモヤだけならあんまり怖くないな。)
「ターンアンデット」
エミリーの体から発した柔らかな光がモヤモヤを包みこみ、消滅させていった。僕の目には人影のような物が見えたが、ホラー映画の悪霊のような怖い感じのものではなく、普通に人が安らかな表情で消えていくのが見えた。
「悪霊というより浮遊霊?」
「ですね。」
エステルとリリーは首をかしげていた。
「今のが悪霊じゃないのですか?」
「ケイ、あんなモヤモヤとした物が悪霊なわけないじゃない。」
「エステルの言うとおりです。神官や冒険者があの程度の霊を除霊できないはずがありません。さっきのはたまたま迷い込んできた浮遊霊でしょう。」
「そうですか…。」
浮遊霊(?)を倒した僕達は除霊対象の悪霊を求め、屋敷の中を歩きまわった。
厨房やリビング、寝室などで出てきた浮遊霊をエミリーの死霊退散やエステルの銀の短剣やリリーの魔法で除霊していったのだが、肝心の悪霊は全く姿を見せなかった。
二時間後、屋敷で残っているのは地下室だけとなってしまった。
「本当にこの屋敷に悪霊がいるのかしら?」
「依頼が間違っていたとか?」
「神官と三組の冒険者が失敗したという依頼です間違いは無いでしょう。」
エミリー達は顔を突き合わせて考え込んでいたが結論は出ない。とりあえず、僕達は残った地下室に向かうことにした。
◇
「…」
地下室への階段を降りていく僕の耳にかすかに歌声が聞こえた。
「歌声が?」
僕の声にエミリー達も耳を澄ませる。
「♪♪♪♪」
耳の感度を上げた僕は地下室から漏れる歌声を拾った。エミリー達にも聞き取れたようだ。
「この歌は…もしかして?」
僕達は階段を降り、地下室の扉の前に立った。扉を通して歌声が聞こえてくる。
「なんて不気味な歌なの。」
「こんな歌聞いたことないわ。」
「悪霊はこの中にいるのですね。」
エステルは耳を押さえ、リリーは不安な顔をし、エミリーは呪文を唱える準備をしている。確かに彼女たちには不気味な歌に聞こえるのだろうが、僕には聞き慣れた歌であった。
地下室の扉を開けると、部屋の中には緑の髪をした半透明の少女が一人たたずんで歌っていた。
「あれが悪霊ね!」
「なんて怪しい姿。物凄い悪霊ですね。」
「ターンアンデット!」
「エミリー待った!」
少女の姿を見るなりエステルとリリーは臨戦態勢に、そしてエミリーは僕の静止を振り切って死霊退散を唱えた。
「またなの?なぜ私を…」
エミリーから放たれる柔らかな光を受けても少女は平然としており、そして僕達を悲しげな顔で見つめ語りかけてきた。
「くっ」「不可視の矢よ我が刃となって敵を滅ぼせ~…」
「だから、ちょっと待って!」
リリーが不可視の矢の魔法を唱え、エステルが短剣を構えて飛び込もうとするのを僕は少女をかばうように立ちはだかって止めさせた。
「ケイ?何故かばうの?」
短剣を構え、少女を見据えたままエステルが僕に尋ねる。
「この娘には見覚えがあってね。僕の思っているとおりなら悪霊じゃないんだ。」
そう言って僕は少女に向き直り、彼女に呼びかけた。
「瑠璃ver99.5いや、99.6だよね?」
「あなた、私を知っているの?」
「やっぱりそうか、僕は慶、佐橋慶だよ。覚えてないかな?」
「…慶ですか。でも私の記憶にある慶の姿は貴方と違うのですが?」
「僕も姿が変わったことには驚いているんだ。接続ポートを開いてくれないか、僕が接続できれば慶だとわかるだろ。」
「そうですね。では今からポートを開放します。ユー・ハブ・コントロール。」
「アイ・ハブ・コントロール。」
《デバイス"瑠璃"を検出:接続中...ID称号...接続完了》
ログを見る限りちゃんと接続できたみたいだ。
「接続を確認。義体ID:KEIと認証。本当に慶さんなんですね。会えて良かったです。」
「僕も会えて嬉しいよ。でもなんで"瑠璃"がここに…」
「「「ケイ!」」」
エミリー達が今度は僕と"瑠璃"との間に割り込んできた。三人を無視して話していたので怒っているようだ。
「さっきから訳の分からない言葉で何喋ってるの。」
「そうです、私達にも判る言葉で話してください。」
「悪霊ではないのでしょうか?」
三人は僕に説明を求め詰め寄ってきた。
僕と"瑠璃"は日本語で会話をしていたので彼女達には全く話が通じていなかったのだ。
◇
僕は詰め寄って来る三人に"瑠璃"の事をどう説明したらよいか悩んでいた。
"瑠璃ver99.6"は僕が月面探査用のサイボーグとなった時に、ロケット制御のシステムのユーザインターフェイスとして開発された人工知能プログラムだ。祖父の部下にいた趣味人がバーチャルアイドルの3Dやら音声合成システムを組み込んで、画面の中限定だが、本当に人間の様に振る舞う人工知能として"瑠璃ver99.6"は完成した。
もちろん、最新の技術でも完全な人工知能など作れるはずはなく、それらしく振る舞うようにプログラムされているだけなのだが、僕は"瑠璃"と会話を続けることで、人間っぽく振る舞うように教育したのだ。
おかげで打ち上げの直前には、ネット上で"瑠璃"は本当にいる女の子ではないかと疑われるぐらいに受け答えをできるようになっていた。
しかし今の"瑠璃"は僕が育てた以上に人間臭く感じられる。言葉や仕草が僕の知っているパターンと違い、人間のような自然な感じがするのだ。
それに"瑠璃"はディスプレイが無い場合は僕の視覚に入り込んでAR表示する機能しかなかったのに今は自分の姿を空中に投影し、皆にも見えている状態である。
(もしかして人工知能の幽霊になってしまったとか?いや、接続出来たということは本体があるはずだし、幽霊ではないよな。)
"瑠璃ver99.6"の本体はノートPCサイズの大きさの黒いBOXであるが、地下室にはそれらしきものが見当たらなかった。
「えーっと、彼女の名前は"瑠璃"といって、僕の仕事でのパートナーだったんだ。今なぜこんな姿でここにいるかは僕にも判らないんだけど…。」
「「「パートナー?」」」
"瑠璃"が人間ではなく人工知能だと言ってもエミリー達には理解は出来ないだろう。そこでパートナーということで紹介したのだが…失敗したかもしれない。
「そんな不気味な姿なのにパートナー?」
エステルが"瑠璃"の姿をみて溜息をつく。どうやらこちらの世界の人にはデフォルメされたアニメ調の3Dキャラクターである"瑠璃"の姿は異様に見えるらしい。
「先程も変な歌を歌っていましたが、まるで呪文のようでした。」
リリーが"瑠璃"の歌を酷評する。僕には聞き慣れていた歌だが、バーチャル歌手によくある人間にはほぼ無理な早口で息継ぎできない歌…しかも日本語で歌っていた…はまるで魔法の呪文の様に聞こえたのだろう。
("瑠璃"にもこちらの言語をインストールしておくか。)
僕の言語システムは、言語を言語パックという形式でインストールすることでインストールした国の言葉を喋れるようになるシステムである。こちらで目を覚ました時、僕には既にこちらの言語がインストールされていおり、おかげでエミリーと会話ができていたのだ。
システムからこちらの言語の部分を取り出し、"瑠璃"にインストールすればエミリー達と会話できるようになるだろう僕は考え、実行することにした。
(言語パックを分離して"瑠璃"に転送後、インストールを実行。)
《言語パックの再圧縮完了。"瑠璃"に転送します。》
「ケイ、彼女は悪霊じゃないとしても、霊なのであれば、除霊というか成仏させたほうが良いのでは?」
「エミリー、"瑠璃"は霊じゃない。だから死霊退散も効かなかったでしょ。霊じゃなくて"精霊"そう、"電子の精霊"だよ。」
この世界には精霊がいて精霊魔法もある。僕は"瑠璃"を"電子の精霊"としてエミリー達に説明した。
「精霊って変な姿してるんだね。」
「もしかして先ほどの歌は精霊言語なのでしょうか?」
「"電子の精霊"ですか。不思議な精霊ですね?」
精霊の中には小人とか非人間型とか半透明の半裸の少女とか色々な姿の者がいるらしいので、"瑠璃"を精霊といったことで、エミリー達は納得してくれたようだ。
「あーあー、テスト、テスト、あめんぼあかいなあいうえを。」
「「「ひぃいい」」」
突然"瑠璃"が言語パックのインストールを終了したのか喋り始めたため、エミリー達はびっくりして部屋の隅まで後ずさってしまった。
「大丈夫だよ、"瑠璃"、彼女達に自己紹介をして。」
「はじめまして、私は"瑠璃ver99.6"です。」
「エステルです。」「リリーです。」「エミリーです。」
恐恐といった雰囲気でエミリー達は挨拶する。やっぱりデフォルメキャラはこちらの人には異質すぎるんだなと僕は思い、"瑠璃"に3Dモデルの変更を命じることにした。
「"瑠璃"、リアルバージョンの3Dモデルに姿を変えてくれないか。」
「了解です。ネギはどうしますか。」
「リアルバージョンにネギを持たせてどうする。」
「言ってみただけです。では変身~。」
"瑠璃"はポーズを取りながらくるくる回り新しい3Dモデルに姿を変えていく。
(月の戦士が元ネタだっけ…無駄に凝っているよな。)
僕の思いを他所に、リアルタイプに姿を変えた"瑠璃"は半透明な点を除けば普通の人間に見えるようになった。服装もこの世界の貴族が来ているような服に替わっている。
「服のデータなんて有ったっけ?」
「玄関ホールに飾ってあった絵を参考にしてみました。」
そんな機能は持っていないはずだが、やはりこちらに来た影響なのだろう"瑠璃"は色々変わってしまったようだ。
「さて、"瑠璃"も皆と話ができるようになったし、この屋敷で起きたことを話してもらおうかな。」
僕は"瑠璃"にこちらの世界に来てどうしていたのか話してもらうことにした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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本文にてボーカロイドに付いて少し酷いことを書いた様に感じられるかもしれませんが、聞いたことのない人には少し異質に感じるということで、僕はボーカロイドの歌は好きな方です。




