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ディルック村とエミリーの事情

03/30 改稿

04/29 改稿

 三十分ほど歩くと村の入り口である門にたどり着いた。村は魔獣から守るために村全体を高さ二メートルほどの木の塀で囲んでいた。

 門の上に村の名前が彫られた看板らしきものが飾られていたが、その文字は僕には読めなかった。


「(ディルック村だと彫ってあるんだろうな。しかし、言葉は通じるのに字は読めないのか)」


《ディルック村を辞書に登録しました》


 ログが表示され、看板に掘られた文字が、辞書に登録されたことが分かった。文字画像とその読み方をデータベース化して、どんな未知の文字も読むことができる機能が僕には搭載されている。

 月面探査が任務の僕に、なぜ未知の文明と接触するときに役立ちそうな機能が搭載されているか、理解に苦しむところである。この機能が実装された時、祖父は月で異星人とでも接触することを想定していたのだろうかと僕は思ったものだ。


「お帰りエミリー。慌てて畑に飛び出して行ったけど、何か有ったのかい? …おやどうした、泥だらけじゃないか。それに後ろの騎士様は誰なんだね?」


 門番なのか、槍を持った若い男が門の脇に立っていた。泥だらけのエミリーの姿に驚き、そしてその後ろにいる僕を見て誰何してきた。


「アレフさん、お疲れ様です。こちらの騎士様は、サハシ様とおっしゃって、先ほど私がゴブリンに襲われていたところを助けていただいたのです」


 エミリーは、僕が畑で埋もれていたことを伝えずに、自分がゴブリンから助けてもらったことだけをアレフに話した。


「(実は空から落ちてきたんです。って言っても信じてもらえ無いだろうな)」


「ゴブリンがこんな村の近くまで出てきたのか。不味いな、これから畑は植え付けの時期だぞ。畑に出られないとなると、死活問題だぞ」


 門番のアレフは、ゴブリンが村の畑に現れたことにショックを受けていた。


「アレフさん、村の自警団でゴブリンは退治できないのですか?」


 差し出がましいと思いながらも僕は彼に聞いてみた。


「騎士様は、自警団って村人の若い男が交代でやっていることを知らないのですか。畑が忙しい時期は、自警団の仕事をしている暇はありません。作物の植え付けのこの時期は、どれだけ人手があっても足りないぐらいなのです」

 アレフは僕が騎士だと信じているのか村の自警団について話してくれた。彼の説明通りだとすれば、確かに農作業が忙しい時期であれば自警団は動けなくなる。


「(この世界の文明レベルだと、農作業は全て人の手でやるしかないのか。作物の植え付けって良く分からないけど、村人総出でやる作業なんだろうな)」


 村を取り囲む広い畑を見て、僕は植え付け作業が大変であろうと思った。


「アレフさん、サハシ様は村のことを良く知っておられません。そんな事を言われても、お困りになるだけです」


「エミリー、騎士様は民を守るためにいるのです。こんな時こそ、騎士様の出番ではないですか」


 エミリーが、僕を擁護しようとしたが、その言葉を遮りアレフが騎士の心得を話しはじめた。


「(困ったな、僕は騎士なんかじゃ無いんだけど。ここでそれを言っても信じてくれないだろうな)」


 「騎士道大原則ひと~つ」と、延々と騎士の心得を語るアレフに、僕は自分が騎士ではないと言い出せないでいた。





「サハシ様、申し訳ありませんでした。アレフさんは、騎士として仕官する夢をまだ捨てきれていないのです」


「いや、なかなか面白い話でしたよ」


 二十分ほどアレフに騎士道を聞かされた事にエミリーは謝ったが、僕としては、この世界の人の騎士について話が聞けて面白かった。

 僕に騎士道を語った後、アレフは、ゴブリンが村の近くに出たことを村長に報告しに行った。門番がいなくなり不用心に思ったが、代わりの人がすぐ来るらしいので、僕とエミリーは門をくぐってディルック村に入った。


 ディルック村には、僕が今まで見たこともない、中世ヨーロッパか東南アジアの田舎の村のような家が立ち並んでいた。そんな家々の間を通り、エミリーは僕を教会に連れて行った。


 教会は村の中央にあり、村の家のたたずまいを考慮するとかなり立派な建物であった。これから村人の教会、そして神への信仰心の高さが分かる。


 エミリーと僕が教会に入ると、初老の人当たりの良さそうな男性が出迎えてくれた。恐らくこの男性が神父様だろうと、僕は思った。


「エミリー、急に畑に走って行ったと思ったら、泥だらけになって帰ってきて。一体何があったのですか? それと、そちらの騎士様は何方なのですか?」


「こちらの騎士様は、サハシ様とおっしゃいます。私が畑でゴブリンに襲われているところを助けて下さったのです」


「何と、畑にゴブリンが」


「でも、全てサハシ様が退治してくださいました」


 エミリーは、僕を騎士だと神父に紹介した。神父は、エミリーがゴブリンに襲われたと聞いて驚いたようだったが、僕がゴブリンを全て退治したと聞いて胸をなで下ろしていた。


「はじめまして、僕はサハシ・ケイと言います。このような格好をしておりますが、騎士などではなく、ただの旅人です」


 先程から騎士様と言われているので、エミリーには悪いが変な誤解を生まないように、僕は旅人であると自己紹介した。

 僕が騎士ではなく旅人と言ったことで、神父は意外そうな顔をした。


「サハシ・ケイ様ですか。余りこちらでは聞かない名前ですね。私はこの教会を預かるローダンといいます。エミリーをゴブリンから救っていただいたそうで、ありがとうございます」


 ローダン神父は、深く頭を下げ僕に感謝の言葉を述べた。そして頭を上げると、僕がどんな人物なのか見極めるようにじっと顔を見つめてきた。


「たまたま彼女がゴブリンに襲われそうになっていたので助けたのですので…」


 ローダン神父のお礼の言葉に、日本人の性が出たのか、僕は謙遜した返事を返してしまった。


 そんな僕をみて神父は微笑んだ。


「ゴブリンを退けるほどの腕をお持ちなのに、御謙遜なされなくても。それにそんな立派な鎧を着ておられるのに、ただの旅人とはおかしな話です。…もしかして、サハシ様は冒険者を目指しておられるのでしょうか?」


 どうやら、この外部装甲()を着ていると、この世界では騎士に見えるようだった。しかし、騎士でないのに鎧を着ていることから、ローダン神父は、僕を冒険者志願の若者と思ったようだ。


「(この世界じゃ冒険者って職業があるのか。なら騎士よりは冒険者志願の方が、都合が良さそうな気がするな)」


 ゲームの世界のように冒険者という職業が有ることが分かり、僕は少しワクワクしてきた。


「この鎧は祖父から譲り受けた物なのです。僕は冒険者には憧れていますが、田舎者なのでどうやって冒険者になれば良いのかわかりません。神父様、御存じであれば方法を教えていただけないでしょうか」


 僕はとっさに出任せを言ってしまった。エミリーが、僕のついた嘘に何か言ってこないか心配であったが、彼女は黙っていた。


「そうですか、その鎧はお祖父様から譲り受けられたのですか。サハシ様のお祖父様は、さぞや立派な騎士であったのでしょうね」


 ローダン神父は、僕の出任せを信じてくれたようだ。


「それで冒険者になる方法ですが、正式に冒険者になるのであれば、冒険者ギルドで登録する必要があります。この村には冒険者ギルドはありませんので、近くの街、…一番近いのはアルシュヌの街ですが、そこにギルドの支部がありますので、そちらで登録する必要があります」


 どうやら冒険者ギルドの支部は、この村にはないらしい。ラノベにありがちな、ギルドで冒険者登録するという展開を期待していた僕は、少しがっかりした。


「神父様、村長様であれば、サハシ様を冒険者として仮登録をできるのではありませんか?」


 今まで黙っていたエミリーが、神父との会話に割り込んできた。エミリーが言うには、村長であれば冒険者を仮登録できるらしい。


 ローダン神父は少し考え込んで、


「確かに村長さんならできますが、無理にこの村で登録を行う必要はないでしょう」


 と首を横に振った。

 仮登録とはどんな物かわからないが、ローダン神父がそういうのだから何か理由が有るのだろう。しかしエミリーは思い詰めたような顔で僕を見つめてきた。どうやら彼女は僕に冒険者になってもらいたいようだった。


「(エミリーは、僕を冒険者にして何をさせたいんだ?)」


 そんな事を考えながら僕はエミリーを見ていたのだが、


「神父様、私はサハシ様を冒険者としてお迎えして、北の森のゴブリンを退治してもらいたいと思っております」


 エミリーは、そんな事を言い出した。


「北の森のゴブリン退治ですか? そんな事、出来るのですか」


 エミリーの考えを聞いたローダン神父はかなり驚いた様子だった。いや僕もいきなりそんな事を言われて、驚いていた。


「ミリー。北の森のゴブリンは、村の自警団でも手が出せないのですよ。それをサハシ様御一人で退治して貰うおつもりですか?」


「いえ、サハシ様なら可能です。先ほど私をゴブリンから助けてくださった時、十匹のゴブリンを瞬く間に倒されていました」


 エミリーの話を聞いたローダン神父は、僕に確認するかのように視線を送ってきた。僕はその視線に対して、黙って頷いた。


 ローダン神父は、エミリーと僕を交互に見ながら考え込んでいた。


「ミリー、貴方は少し頭を冷やす必要があります。体も土で汚れていますし、裏の井戸で体を清めてきなさい。サハシ様の件は、その後です」


 ローダン神父は、そう言ってエミリーの手を引いて強引に教会の裏手に連れて行ってしまった。


 しばらくすると、奥で二人が言い争う声が聞こえてきた。どうやら、ローダン神父がエミリーに何か諭しているらしいが、彼女はそれを拒んでいるようだった。





 戻ってきたローダン神父は、疲れた顔をしていた。どうやらエミリーの説得は、うまく行かなかったらしい。


「お騒がせして申し訳ありませんでした。サハシ様、エミリーの言ったことを真に受けないでください」


 ローダン神父は僕に頭を下げると、大きくため息をついた。


「エミリーの両親はこの村の農家をしていたのですが、畑に出ていた時に北の森のゴブリンに殺されたのです。たった一人残されたエミリーを私が引き取って育てたのですが、ゴブリンへの憎しみは消えてなかったのですね。しかし、このようなムチャな事を言うとは、エミリーは一体何を考えているのでしょう」


「なるほど。」


 僕は、神父の言葉に頷くことしかできなかった。


「(エミリーはずっとゴブリンを憎んでいたのだろう。しかし、この村の人ではゴブリンを退治することはできない。そこにゴブリンを退治できる僕が現れたことで、ゴブリンへの憎しみがあふれ出てしまったんだな)」


 僕はエミリーの求めていることが、ようやく分かった気がした。北の森のゴブリン退治は村人には不可能だが、僕にはそれを実現する力が有り、それをエミリーは知ってしまったのだ。


「サハシ様、先ほどエミリーが話したことは、事実なのでしょうか?」


「ええ、僕はゴブリンなら何匹いても問題なく勝てるでしょう」


 ここで嘘を言っても仕方ないと、僕はローダン神父にエミリーが言っていたことは事実だと告げた。


「本当にそれだけのお力があるのですか。……本当にそうであれば、差し支えなければ、北の森のゴブリン退治をお願いできませんでしょうか」


 そう言って、ローダン神父は頭を下げて、ゴブリン退治をお願いしてきた。


「北の森のゴブリンを全て討伐してくれとは言いません。エミリーの気持ちが落ち着く程度で良いのです」


 ローダン神父は、ゴブリンを少しでも退治できればエミリーの気持ちが落ち着くと考えているのだろう。しかし僕は、その程度ではエミリーの心の中の憎しみは消えないと思っていた。


「(まあ、他にすることもないからな)…僕のできる範囲で良いのなら引き受けます」


 この世界に来ていきなりであったが、これも何かの縁ではないかと思い、僕はゴブリン退治を引き受けることにした。





 その夜は、教会に泊めてもらう事になった。僕が一銭も持っていないこともあるが、エミリーがぜひ教会に泊まって欲しいと言ってきたからだ。

 夕食にも誘われたが、普通の人間の食事を取ることができるか、まず自分の体の状態をチェックするまで分からないので、余りお腹が減っていないと断ってしまった。


 教会の来客用の部屋に案内され、一人になった僕は自分の体を点検していた。

 本来ならメンテナンスベッドに横たわり点検をする必要があるのだが、緊急用のメンテナンスプログラムを起動することである程度のチェックはできる。


《メンテナンスプログラム起動。セルフチェックを行います。...現在異常は認められません》


「(エラーは無しか。後は消耗品の関節系部品がどの程度持つかだ。エネルギーは水分さえ取れれば何とかなるはずだ。食糧は、栄養カートリッジなんてこの世界じゃ入手は不可能だろうな。「通常の食事でも栄養は取れる」と祖父は言っていたが、本当かどうかは実際に食事をとってみるしかないか)」


 僕の体は、人として生活できる事を目指してメンテナンスフリーになるように設計されていた。しかし、関節や動力系の部分には定期的に交換しなければならない部品が存在するし、シリコンオイルなどの潤滑油も定期的に必要であった。これら消耗品が切れると、本来の性能で僕は動けなくなってしまうのだ。


「(とにかく体の構造を調べないと)」


 僕は意を決して外部装甲()を外していった。


「なっ、これは、一体どうなっているんだ?」


 外部装甲を外し、素体というべき体を見た僕は、驚きの余り叫んでしまった。

 本来、外装の下は人工筋肉と特殊合金の骨格による、出来の悪い人体標本のような体であった。しかし今は、全身をラバー状の黒い素材で覆われた人間らしい体となっていた。人が黒いウェットスーツを着ているような姿が、今の僕の体であった。


「(良かった、これならまだ人として扱ってもらえそうだな。前の人体標本もどきの姿だと、きっと化け物扱いされただろうな。この体なら、人に見られても変な服を着た人で通せるだろう)」


 僕は安堵すると、更に点検を続けた。


「(関節部のメンテナンスハッチとかは無くなっているのか。いや、あったとしても補修部材がないから意味がないか。それで唯一残っているのが、胸部動力部のメンテナンスハッチか。此処はブラックボックスだから、緊急事態以外では開けるなと言われていたっけ。だけど、この状況では開けて見てみるしかないだろう)」


 僕は意を決して胸部メンテナンスハッチを開けた。

 メンテナンスハッチの胸にあったのは、鼓動する心臓でも燃料電池でもなかった。そこにあったのは、表面には細かな文字がところ狭しと書かれている黒い石炭のような塊であった。これは科学・工業的な産物というより、オカルト若しくは錬金術士の範疇の物体のように、僕には見えた。


「(これが僕の心臓なのか。祖父の言っていた理解不能の技術って、コレ(・・)のことなんだろうな。しかし、この石炭の塊にしか見えない物は何なんだろう)」


《主動力:賢者の石のチェックを開始します.....チェック終了。現在賢者の石は出力1%で稼働しています》


 目の前に心臓についてのログが表示された。そして僕は、その内容に驚いた。


「(賢者の石(・・・・)だって。僕の心臓部には、そんなモノ(・・)が入っていたのか。賢者の石(・・・・)って言えば、錬金術での最高の触媒じゃないか。何故そんなモノ(・・)が僕の体に…)」


 胸のハッチをそっと閉めると、僕は大きなため息をついた。


「(そういや、ため息をつけるのも何年ぶりだろう)」


 僕はベットに座り込み、胸に手を当てて僕の体の秘密について考えこんでしまった。


 そんな時だった、「コン、コン」とドアがノックされた。


「はい?」


「エミリーです。サハシ様、夜分申し訳ありませんが、御相談があるのですが…。入ってよろしいでしょうか」


「(もうそんな時間なのか。どうしよう。相談ってきっとゴブリン退治についてだよな。まあ、とにかく話を聞いてみよう)」


 僕がドアを開けると、そこには薄い寝間着のような服を来たエミリーが立っていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


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