裁判の後日談
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裁判の翌日のお話です。まだ男爵は生きていますが、前話の最後に書いた通り、決着はついています。
02/21 誤字脱字修正
パーテイの翌日、エミリー、エステル、リリーとイゼベルは二日酔いで寝込んでいた。昨晩は酒で全員酔いつぶれてしまったので商会に泊めてもらったのだ。一緒に飲んでいた商会の人達は、少し顔が青ざめているがちゃんと仕事をしている。僕はどんなに飲んでもほろ酔いぐらいにしかならないので二日酔いにもならず元気なため彼女たちの介抱をしていた。
「ううー、ケイお水ー。」
「二日酔いはなぜか魔法で治らないんですよ。」
「二日酔いを神聖魔法で治すのは神への冒涜です。」
「頭が痛い~」
昔TRPGで朝起きると自分に魔法をかけて二日酔いを治すドワーフの神官とかいた気がするが、リアルに神聖魔法が使えるこの世界でそれをやるのはまずいのだろう。
宴会をした部屋のソファーにダウンしている彼女達に人数分の水を運んでやる。
「僕はこれから冒険者ギルドにいきたいとおもうのですがみんなは…」
「いってらっしゃい。」「同じく。」「うう、起き上がれません」
僕は一人で冒険者ギルドに向かうことになった。
冒険者ギルドに入ると、僕を見つけたのかいつもの受付嬢が飛んできた。
「サハシ様、ギルドマスターが執務室でお待ちです。」
受付嬢は小声で言ってくれているのだが、僕を見つけるなり駆け寄ってくるので目立つことこの上ない。
「またあいつが?」
「赤銅蟻の巣を潰したらしいぜ。」
「そりゃ嘘だろ、潰したのはフランツさんらしいぞ。」
「ギルドマスターも物好きだな。」
「俺のフィネルちゃんにいつも絡みやがって。」
何か別な意味で目立っている気もしたが、僕はそそくさとギルドマスターの執務室に入っていった。
ちなみにフィネルとはいつも僕の相手をしてくれる受付嬢の名前である。小柄で茶色い髪をショートカットにしている為に子供っぽく見えるが、普通に可愛い娘さんである。
執務室ではマスターのディーナとサブマスターのフランツが僕を待っていた。
「サハシ、来たか。」
「昨日、絶対来いと言っていたじゃないですか。」
「赤銅蟻の巣を潰した件がギルドで話題になっていて、このまま放置してはギルドが冒険者の動向を把握していないということになって問題になるんだよ。」
赤銅蟻の巣を潰すなら中級の上クラスのパーティが複数もしくは上級クラスのパーティが必要らしい。しかし緊急依頼を受けた中にそんなパーティはいなかった。そこで誰が巣を潰したのだろうかと冒険者達の間で話題になっているのだ。
「大水晶陸亀といい、最近誰が倒したかわからない件が増えてきてな、ギルドとしても困っているんだよ。」
ディーナとフランツが僕を睨んでそう言ってくるが、僕はあさっての方向を向いて知らないふりをした。
「いや、きっと通りすがりの優秀な冒険者が倒したんですよ。僕は知りませんよ。」
「「まだそんなことをいうのか!」」
二人に突っ込まれて、さすがにとぼけるのも限界を超えてしまった気がして、僕は渋々赤銅蟻の巣を潰したことは認めた。
ただ、女王やその親衛隊蟻を倒したとは言わず、兵隊蟻を避けつつ巣に潜り込んで目的物を取り返したところで勝手に巣が潰れて崩壊した、という風にごまかして報告をした。実際のところは巣を掘り返さないと理解らないのでこの報告でごまかせるはずである。
「運が良かったと言いたいのだな。」
「ええ、そういうことです。だって中級の下の冒険者が単独で巣を潰すなんてできるわけ無いでしょ?」
ディーナとフランツはものすごく不満気な顔をしていたがこれで何とか納得してもらった。
「運が良かったとはいえ、赤銅蟻の巣を潰したのは事実だから、サハシのランクを中級の中に上げることにする。しかし本当にこれでよいのか?」
「ええ、できればランクアップは無しが良いのですが……仕方ありません。」
「変わったやつだよお前さんは。」
ディーナとフランツに最後まで睨まれながら僕は執務室を後にする。ロビーに行くとちょうどカウンターに座っていたフィネルにタグの書き換えを行ってもらう。
「もう中級の中にランクアップですか、すごいですね。」
フィネルが、呆れたような少し憧れているような目で僕に書き換えを終えたタグを手渡してくれた。
「運が良かっただけです。」
「運だけじゃこんな短期間でランクアップはできませんよ。私はサハシさんはすごい人だと思ってます。」
フィネルの頬が少し赤くなっているのを見た周りの男性冒険者の視線が僕に突き刺さるのを感じ、僕はタグを受け取ると駆け足でシフォンが待つ騎獣の厩舎に向かった。
「アーネ…じゃなくてジョン、来てたのか。」
厩舎ではアーネストがシフォンをマッサージしていた。今日は周りに人がいるので偽名のジョンと彼を呼ぶことする。
声をかけた後で、僕はシフォンを彼に譲るという話を思い出したが、まず男爵の件を聞いておくことにした。。
「やあ、ケイ。昨日はご苦労だったね。」
「いや、そっちこそ大変だったろう?男爵はあれからどうなったんだ?」
「ああ、今は自宅で軟禁中だ。屋敷は罠だらけだったから逆に牢獄として使えてよかったよ。数日中に裁判を行って処分が決まると思うよ。」
「そうか…まあ、処分が決まったら教えてくれ。…後、シフォンを君に譲る件だけど、ジョンはこの子を本当に大事にしてくれるかな?」
「本当に譲ってくれるのか?ああ、大事にするさ。」
アーネストがしがみついてスリスリするとシフォンも彼に頬を擦り寄せている。相思相愛で結構なことである。
「シフォンもそれで良いみたいだな。譲ると言っても何か必要なわけじゃないから、そのまま貰って行ってくれれば良いのかな?」
「一応譲渡の書類は必要だと思うが…ギーゼン商会で売買の契約書でも作らせれば良いんじゃないか?」
「別にただで譲るよ?」
「もともと金貨一万枚で卵を買いに出していたんだ、そういう訳にはいかないよ。」
「そういうものかな?」
僕としてはシフォンを金で売ったように思えて少し嫌だったが、アーネストはシフォンの価値を認めて金を出すのがあたりまえだということらしい。
僕達はギルドを出て売買の契約書を作るためにギーゼン商会に向かった。
ギーゼン商会ではようやく二日酔いから復活したエミリー達とイザベルが遅めの朝食をとっていた。
「あ、アーネスト殿下なぜこんなところに。」
僕と一緒に現れたアーネストにイザベルが狼狽える。
「この姿の時はジョンでお願いしますね。と言っても今日は伯爵家のアーネストとしてケイとの売買契約書を作成してほしいと思って来たのです。」
「は、はぁ?」
状況が掴めていないイザベルにシフォンの事を話し、アーネストにシフォンを売却するための契約書の作成をお願いした。商売の話になるとイザベルの顔が引き締まり商人の顔となる。彼女はテキパキと番頭に指示を出し契約書を作っていく。
「ではケイさんから、ルーフェン伯爵家へグリフォンを金貨五千枚で売却するということでよろしいでしょうか?」
「それでお願いします。後、騎獣の手綱の分は別にお支払いしますので。」
「それぐらいおまけで良いのに。」
「いや、こういう事はきっちりしないとね。」
意外と細かいアーネストの注文に従いイザベルは売買の契約書を作成して行く。
実は契約の部分で一番もめたのは金額のところであった。僕は最初金貨百枚といったのだが、金貨百枚のグリフォンでは箔がつかないとか何とか言って、アーネストがどうしても一万枚と言い張ったのだ。どんなに良いものでも安い買い物ができないのが貴族ということで、高い金を出して買ったという事実が必要らしいのだ。
さすがに一万枚は貰いすぎに感じたのでなんとか五千枚まで値段を下げさせたのだ。
「それで君たちに大金が入るんだから良いじゃないか。僕もシフォンを自慢するときにその美しさがわからない相手に金貨百枚より五千枚という方が納得させやすいしね。」
「なるほどね~。」
契約書が作成され、僕とアーネストがそれぞれサインをしてシフォンは正式に彼のものとなった。
アーネストはニコニコしながら「今から冒険者ギルドに行ってシフォンを引き取ってくる」と飛び出していった。
「アーネスト殿下って…変わってますね。」
「…イザベル、あれはアーネスト殿下の趣味で…男ってそういうのにこだわるのさ。」
「そういうものですか…。」
◇
丁度良い機会だったので、僕は昨晩の宴会で作ったハンバーグとマヨネーズのレシピを作成し、それをギーゼン商会に販売するという契約書も作ってもらった。レシピは金貨百枚で売ることにし、継続的に売上が見込めそうなマヨネーズは売上の5パーセントを受け取る契約にした。
「5パーセントってえらく安いのですが、それでよろしいのでしょうか?」
「ええ、本業は冒険者ですから。商売で儲けたいなら商人になりますよ。」
「サハシ様なら一流の商人になれます…やっぱりイザベルお嬢様と結婚を…。」
そんな話をギーゼン商会の番頭と繰り広げていると、商会の前に以前見たことのある馬車が止まった。
「あれは確か…ゴディア家の?」
馬車からはゴドフリーが降り、ギーゼン商会に入ってくる。この街一番の商会の会頭が護衛もお供も付けずにやってくるとはよっぽど慌てていたのだろう。
「すまない、ゴディア商会のゴドフリーだが、ギーゼン商会の会頭とお話がしたいのだが……サハシ殿なぜここに?」
僕が番頭と話をしているのを見てゴドフリーは驚いていた。
「いえ、まあ裁判でお分かりのようにイザベルとは知り合いなもので。それよりゴドフリーさんはなぜこちらに?」
「いや、ついさっきギーゼン商会の使いがゴディア商会に訪れてね、大水晶陸亀の素材の件で話をしたいという事だったので、慌ててこちらに馬車を走らせたんだ。」
「ゴドフリーさん、わざわざこちらに来られなくても。明日にでも私がそちらに伺いましたのに。」
店の奥からイザベルが出てきてゴドフリーに挨拶をする。
「いや、大水晶陸亀の素材の件と聞いて慌てないなら商人じゃありませんよ。それでどのようなお話で。」
「いや、さすがにここでする話ではありませんので…どうぞこちらに。あと、ケイも一緒に来てください。」
僕とゴドフリーは重要な商談を行うための防音の聞いた部屋に通された。
「で、お話とは?」
「ゴトフリーさん、慌てないでください。お話というのは大水晶陸亀の素材を王都で販売したいということについてです。」
イザベルは裁判を経験したことで一皮むけたのか、何か落ち着いている。逆にゴトフリーのほうが興奮しすぎている。
「うちの商会はアルシュヌの街でそこそこ大きい商会ですが、大水晶陸亀の素材を単独で扱えるとは思ってません。第一街で素材を多く買ってくれそうなのはルーフェン伯爵家ぐらいで後は武器や防具を作っている職人達がごく僅かに買ってくれるぐらいでしょう。そこで素材を買ってくれそうな顧客を探さなければならないのですが、一番顧客がいそうな王都に販路を持っているのはこの街ではゴディア商会だけです。そこで我が商会としてはゴディア商会にその販路をお借りしたいというか、ぶっちゃけ共同で大水晶陸亀の素材を扱いたいと思っているわけです。」
「ふむ、それはこちらとしても願ったり叶ったりですが…でサハシ殿はなぜ同席を?」
「ケイは…サハシさんは大水晶陸亀の第一発見者で、ギーゼン商会にそれを売った張本人だからです。」
イザベルには僕の力を秘密にしておいてほしいとは言ったが、大水晶陸亀の素材を売った件は喋ってはいけないとは言わなかった。イザベルはイタズラっぽい目で僕を見てクスリと笑った。
「サハシ殿が発見者だったのか。道理であの裁判に関わってくるわけだ。」
「当商会ではサハシさんに大水晶陸亀売却益のある程度を支払うことになっていますので、この席にお呼びしました。」
「サハシ殿の件は判りました。それと、大水晶陸亀の素材の共同商いと王都の販路の件ですが、こちらもお引き受けします。」
「良かった、お受けいただきありがとうございます。こちらもあんな巨大なものを置いておく倉庫がなくて実は困っていたのです。」
イザベルとゴトフリーが握手して、大水晶陸亀の素材はギーゼンとゴディア両商会が協力して扱うということになった。
「ゴディア商会には無限のバッグが複数あるので大水晶陸亀の素材を保管しておくのも楽でしょう。うちは一つしか持っていないので、素材の保管だけに使うと他の商いに影響が大きいんですよ。」
無限のバッグは中に無限に物が詰め込め、持ち運びの重さも感じず中の物も腐らないとまさにチートなアイテムである。商人にしてみれば、無限のバッグがあれば倉庫もいらないし運搬でも荷馬車を使う必要がなくなる。しかし現在存在する無限のバッグは遺跡や地下迷宮から出てくる物だけでありその数は少ない。たった一つでは使い方が限られてしまうのだ。
「そうですね、ゴディア商会保有の無限のバッグの一つを大水晶陸亀の素材専用に提供したほうが良いかもしれませんね。ところで素材の回収はいつ頃終わるのでしょうか?」
「ギルドに問い合わせないと正確には判らないのですが、後二日か三日で終わると思います。」
「それなら、今度王都に向かう商隊に間に合いますね。ルーフェン伯爵家と相談のうえ、素材を持ち出しの許可をとって王都に運びましょう。」
「そうですね、では近日中に伯爵家の許可を早急に取ります。」
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イザベルとゴトフリーでどんどん話が進んでいく。商人でない僕はそれを他人事のように聞いていたが、最後にお鉢が回ってきてしまった。
「王都への商隊ですが、これだけの貴重な素材を運ぶなら優秀な護衛を付ける必要がありますね。」
「そうですね、変な護衛をつけると物が物だけに持ち逃げとかされるかもしれませんし。」
イザベルとゴトフリーの視線が僕に集まる。
「では、サハシさんに護衛をお願いするということで」「指名依頼をさせていただきます。」
「えっ?」
「サハシさんなら強いですし。」
「ちゃんと商品を届けてくれますよね。」
「…パーティのメンバーに相談してからで良いでしょうか。」
どうやら僕は王都に向かうことなったらしい。
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