裁判の判決
裁判、一話でまとめきれず、二話構成になります。
02/21 誤字脱字修正
体内時計のアラーム機能で僕は目覚めた。宿の部屋の窓から光が漏れてきており、外はそろそろ明るくなってきていることがわかる。今日はイザベルの裁判の日、まず教会にエミリー達とレオノーラさんを迎えに行く手はずだ。
宿の一階に降りて顔を洗い眠気を取り去ると、宿の主人に台所を借りて朝食を作る。卵と酢と植物性の油とくればわかるように作ったのはマヨネーズだ。マヨネーズとゆで卵と混ぜて卵サラダを作り、パンにはさんでタマゴサンドを作る。それだけでは彩りがないのでハムとレタスに似た野菜にマヨネーズをつけてパンにはさみハムサンドを作る。マスタードがあれば良いのだが、こっちの世界ではまだ見かけていない。
作り終えるのに一時間ほどかかったが、パンが黒い以外は意外と良い出来のサンドイッチが出来上がった。台所を借りたお礼に主人にタマゴサンドを一つ試食してもらうと是非作り方を教えてくれと言われたので、戻ってきたら教えてあげると約束した。サンドイッチをバスケットに詰めて教会に向かった。
教会ではエミリー達とレオノーラが僕を待っていた。
「おはよう、早いね。」
「おはよー」「おはようございます。」
「ケイ、教会の朝は早いんですよ。」
まだ朝食を食べていないというので持ってきたサンドイッチをみんなで食べることにする。
「うう、男のケイが作る料理がこんなに美味しいなんて。」
「もっと食べたいのですが、量が…」
「この調味料は初めてです。ものすごく美味しいのですが、後で作り方を教えてください。」
「教会でこんな贅沢な物食べて良いの?」
マヨネーズを使った料理は彼女たちに好評であった。食事をしながら昨日の赤銅蟻の襲撃の件を話しておくと、なぜ私達を連れて行ってくれなかったのとエステルとリリーから怒られてしまった。急いでいたことと、レオノーラの護衛のほうが重要だということを説明し納得してもらったが、代わりにまたハンバーグを作ることを約束させられた。
「このタマゴを挟んだパンってケイが作ったのか!」
タマゴサンドの最後の一つがいつの間にか消えて、僕とエミリーの間にアーネストが立ってタマゴサンドを食べていた。
「アーネスト、なんでこんなところに。」
「「「アーネスト殿下!」」」
アーネストは驚く僕達を尻目にタマゴサンドを食べ終わる。
「君たちを迎えに来たんだが、本当ならもっと後で顔をだすつもりだったけどあんまりにも美味しそうなんでつい手が出てしまったよ。」
どうやらアーネストは僕達を迎えに来てくれたらしい。
「それはありがたいが、城の方は大丈夫なのか?」
「君たちが裁判に来てくれないと始まらないからね。城の門番にまでドヌエル男爵の手が回ってそうなので確実を期すために僕が出張ってきたのさ。」
アーネストの出現で女性陣は最初は少し緊張したようだが、彼の意外と取っ付き易い性格と女性のような顔立ちが警戒心を和らげたのかお茶を飲みながら話をしていた。
「アーネスト、ゴディア商会のゴドフリー氏の方は大丈夫なのか?」
「あっちはまだ伯爵家御用達の商人の肩書があるし、なんとでも言って城には入れるさ。それにドヌエル男爵は彼を裁判に呼ぶつもりらしい。」
裁判の段取りにつて話をしているうちに時間が来てしまった。僕たちは城に向かう事になるが、当然アーネストは城に着くまでマントを被って隠れてついてくる。
予想通り、城の門番にはドヌエル男爵の息がかかった兵士が配置されており僕達の入城を阻んだ。アーネストが姿を現すと最初は驚いたが、彼を偽物と言い放ち逆に拘束しようとした。こんな美人がそうそういるはずもないのによくそんなことが言えるなと思っていたら、城の中から別の兵士達が現れ門番を拘束してしまった。
「ほんと、こういうのは伯爵家の恥だよな。誰がこの伯爵領の主人か思い知らせてやらないと。」
アーネストが凄んでも怖いというよりすごく妖艶な感じしかしないのだが、兵士達はものすごく緊張して門番を連行していった。
城の中に入るとすでに裁判が始まっているらしく、慌てて僕達は裁判が開かれている部屋に向かった。
裁判ではあと少しでイザベルの有罪が決まりかけていた。
「ちょっと待ってください。大水晶陸亀を討伐したのはタウンゼンじゃないありません。別な人です。僕はそれを証明できます。」
僕は裁判のまっただ中に駆け込んで叫んだ。
僕の姿を見て、イザベルの諦めかけていた顔が一気に明るくなり、そして彼女の目から涙が溢れ出した。
◇
ドヌエル男爵はほくそ笑んでいた。タウンゼンの告発が認められれば…絶対に認められるのだが…莫大な富を生む大水晶陸亀の素材を全て自分の物とすることができるのだ。素材をゴディア商会を通じて王都で売り捌き、その金を持って王都の貴族に自分を売り込み、うまくすれば王都の貴族の仲間入りができるかもしれないのだ。
ドヌエル男爵の子飼いの裁判官がタウンゼンの訴えを聞き、イザベルの弁明を形式的に聞くが、薬で彼女は喋れない状態にしてあるので、弁明などできない。これはイザベルが思いの外強情でなかなかいうことを聞かなかった為の措置だ。アーネスト殿下がいなければ獄中で病死していただろう。
冒険者ギルドのマスターもこの裁判を傍聴しているが、立場上冒険者であるタウンゼンの訴えを退けることはできない。誰か他に大水晶陸亀を倒したと名乗り出るものがいなければ、彼女は動けないのだ。
イザベルの弁明が終わり裁判官が判決を言い渡そうとした時に突然部屋の扉が開けられ、男一人とと女が四人飛び込んできた。裁判を傍聴していたドヌエル男爵配下の貴族と裁判官が突然の出来事に驚く中、男がタウンゼンが大水晶陸亀を倒していないと叫びだした。
ドヌエル男爵は侵入してきたのがイザベルと付き合いのある冒険者であることに気付いた。
(門番の兵には誰も通すなと言っておいたのに。何をやっているのだ。)
男爵は言いつけを守れなかった兵に腹を立てながらも、相手の素性がわかったので落ち着きを取り戻し怒鳴り返した。
「貴様は誰だ、神聖な裁判を邪魔するなどもってのほかだ。」
「僕は冒険者です、同じ冒険者としてタウンゼンが大水晶陸亀を討伐したというのは偽りだと訴えます。」
飛び込んできた男、ケイはタウンゼンが嘘を付いていると訴えた。
◇
僕達の乱入により部屋の中はざわついていた。タウンゼンを逆に訴えたが裁判官はそれをどう扱えばよいか判らずドヌエル男爵を見て指示を求めている。
「そんなもの受け付けられん。第一証拠があるのか?」
ドヌエル男爵は僕を見据えて馬鹿にしたように言い放った。大水晶陸亀を本当に倒したなら、冒険者としてその功績を黙っているわけが無いはずで、三日間も名乗り出る者が居なかったからドヌエル男爵はタウンゼンに名乗り出るように言ったのだ。今更証拠を持って現れるはずが無いと思っているのだろう。
「証拠はあります。」
自信満々に言い切る僕にドヌエル男爵は少し驚いたようだ。
「いや、そんなもの見るまでもない。衛兵、小奴らをつまみ出すのだ。」
僕達を排除するように兵士に怒鳴ったが、その時傍聴席に居たギルドマスターのディーナが立ち上がった。
「冒険者同士の訴えなら冒険者ギルドの管轄だ、今からこの裁判は冒険者ギルドのマスターが裁判官を務めるのが筋だと思うのだが?」
「そんなことは知らんぞ。ここは冒険者ギルドではないのだ、ここでは儂が法律なのだ。」
興奮したのか、ドヌエル男爵がとんでもないことを言い始めたが、周りの取り巻きの貴族たちはそれに賛同し、ディーナに罵声を浴びせかける。
「静粛に、今から判決を…」
「判決を下すのはまだ早い。」
裁判官が木槌を叩き、静粛にと叫び、僕達の訴えを無視して判決を言い渡そうとした時、傍聴席の後ろから二人の男が数人の兵士を引き連れて現れた。もちろん現れたのはフリップ殿下とアーネストである。
フィリップ殿下はアーネストと同じ金髪碧眼の…普通の顔立ちの人だった。それなりに鍛え上げられた体をしているが、服装が普通であれば一般市民に紛れてしまうぐらい平凡さが漂う人だった。隣に立つアーネストが絶世の美女なだけにその平凡さが一層際立つ。
「フィリップ殿下…それにアーネスト殿下まで。なぜこんなところに…」
突然現れたルーフェン伯爵の息子達にドヌエル男爵は狼狽したように叫んだ。
「伯爵領ではいつからお前が法律になったのだ?」
「いえ、それは、言葉のアヤというものでして…。」
「ふむ、では今からこの裁判はルーフェン伯爵の代理であるフィリップが裁判官を受け持つ。ディーナ殿もそれでよろしいかな?」
ディーナはフィリップ殿下の言葉に頷き席に腰を下ろした。
フィリップ殿下は裁判官を下がらせその席に座った。その斜め後ろにはアーネストが立つ。
「まず、タウンゼンという冒険者が訴えている、ギーゼン商会の大水晶陸亀の素材の不法売買の件だが、そこの冒険者、 「ケイ=サハシです」 サハシの訴える件の片が付くまで保留とする。」
「そ、それは…。」「わ、判りました」
ドヌエル男爵とタウンゼンはフィリップ殿下に睨まれ着席する。取り巻きの貴族達もさすがに伯爵家跡取りには表立って何も言えないので沈黙している。
「ます、冒険者サハシにタウンゼンが大水晶陸亀を倒していないという証拠を見せてもらおう。」
フィリップ殿下の言葉に僕は頷き、まずはレオノーラに証言をしてもらう。
「そこにいるタウンゼントいう男ですが、八日前にうちの店にきて、その晩は私と一緒に過ごしました。支払いの時にもめたので、店に行けば彼がその晩に泊まったということを店員が証明してくれます。」
「俺はそんな店に行った覚えはないし、金でもめたこともないぞ。」
「フィリップ殿下、そんないかがわしい店の女の言うことなど証拠の価値はありませんぞ。」
タウンゼンとドヌエル男爵がそれぞれ反論する。レオノーラの証言は言ってみればジャブみたいな物で、僕もこれで訴えを覆せるとは思っていない。
次に僕はディーナに大水晶陸亀の甲羅を運び込んでもらう。胸の部分には僕が剣でつけた傷が残っている。
「これは大水晶陸亀の胸の部分の甲羅だ。この甲羅に付いている傷が致命傷となって魔獣を倒したと思われる。タウンゼン、お前が倒したのなら同じ傷をここにつけることができるはずだな?」
ディーナの言葉にタウンゼンは青い顔をして頷く。
「だが、今は俺の剣がない。」
「お前の剣ならここにあるぞ。」
アーネストが城の兵士に預けられていたタウンゼンの剣を差し出す。タウンゼンは汗をだらだらと流しながらそれを受け取った。
「さて、やってもらおうか。」
タウンゼンはよろよろと甲羅の前に立って剣を振りかぶった。なかなか振り下ろせなかったが、皆の視線に耐え切れず剣を振り下ろす。
キンッと音を立て、タウンゼンの剣は折れてしまった。
「傷すら付けられないか。よくそれで大水晶陸亀を倒したものだ。」
フィリップ殿下が冷ややかに言う。
「殿下、タウンゼンは大水晶陸亀を倒した時の剣を無くしてしまったのです。彼以外に大水晶陸亀の甲羅を切り裂ける者はおりませんぞ。」
ドヌエル男爵が苦しい言い訳をはじめる。
「サハシ、お前はこれを切れるか?」
フィリップ殿下の言葉に僕は頷き、布で包んで背負っていた剣を抜いた。巨大な剣に皆が驚く中、僕は剣にマナを十分に注ぎ込み切り下ろした。音も立てずに剣は甲羅を切り裂き、ほぼ同じ傷跡をつける。
「どうやらここにも大水晶陸亀を倒せる者がいるようだが?」
「そ、その剣は俺のだ、お前が盗んだんだな!」
「ネイルド村のヴォイルって鍛冶師に聞けばわかるけど、これは僕の剣だよ?」
「いや、それは確かに俺の剣だ、それなら甲羅を切り裂けるのだ。」
「そうだ、タウンゼンの言うとおりだ。そいつがタウンゼンの剣を盗んだのだ。」
タウンゼンとドヌエル男爵の主張を僕は呆れた顔で聞いていたが、タウンゼンにはすこし痛い目をみてもらうことにして剣を彼に渡すことにした。
「じゃあ、これで甲羅を斬ってくれ。」
「この剣なら、ちゃんと斬れるさ。」
僕は剣をタウンゼンに渡す。タウンゼンは剣を両手で受け取った。
「ぎゃあっ。」
僕が軽々と扱っているから見かけより軽いと思ったのだろう、しかし見かけ以上にこの剣は重く、二百キロあるのだ。当然タウンゼンは剣を持ちきれず、剣で手と脚を潰される。
「おやおや、自分の剣なのに持つこともできないのかな?」
手と脚を潰されて転げまわるタウンゼンにエミリーが回復の奇跡を唱えていた。
「どうやら、タウンゼンが大水晶陸亀を倒したというのは嘘のようだな。よってサハシの訴えを認め、タウンゼンの訴えを却下する。」
フィリップ殿下の裁定を告げる声が部屋に響き渡った。
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