蟻退治
02/21 誤字脱字修正
街を飛び出した僕は人目を避けるため街道を外れる。目的地の大水晶陸亀の解体現場の位置は登録済みなので迷うことはない。本当に全力疾走だと音速を超えてしまうので大体時速百キロ位の速度で走る。
大水晶陸亀の解体現場までは二十キロほどなので二十分程で辿り着いた。
「蟻?」
解体現場では僕が見たのは冒険者ギルドの職員が巨大な蟻の魔獣と戦っている光景だった。
魔獣の名前は赤銅蟻、巨大な蟻の魔獣で、大きさは二メートル弱。集団で襲いかかってくる厄介な魔獣である。その名の通り体を覆う殻は金属のような硬さを持っており、矢や剣の攻撃が効きづらい。硬いためなかなか倒せずにいると複数の蟻に周りを囲まれ手足を拘束され巣に運び込まれ餌となってしまうという恐ろしい魔獣である。
そんな赤銅蟻が無数に大水晶陸亀の死骸に群がっていた。蟻らしく大水晶陸亀の肉を巣に持ち帰っているらしい。
ギルド職員も追い払おうと攻撃を仕掛けるが、赤銅蟻に比べ圧倒的に数が足りていない。
僕はそんな戦場に飛び込み赤銅蟻を切り倒していった。体が硬いと言っても僕の力と剣であれば豆腐のように切り裂ける。
戦いながらフランツを探し、彼が大水晶陸亀の上でギルド職員の指揮をとっているのを見つけた。僕は彼の側まで駆け上がって声をかけた。
「フランツさん、助けに来ました。」
「おう、サハシか助かるぜ。」
「戦況は?」
「怪我人はいるが死んだ奴はいないぜ。蟻共は大水晶陸亀の死骸が目的だからこっちは邪魔しなきゃ見向きもされないのさ。」
確かに赤銅蟻は大水晶陸亀の肉を運ぶのに邪魔な職員を攻撃はするが、それ以外は無視している。
「今は働き蟻だけだから良いが、兵隊蟻共がやってくると厄介だ。そいつらが来たらこの戦力じゃもたんぞ。」
「ギルドマスターは冒険者を募ってましたが、援軍が来るのはまだまだ後ですね。」
「まあ、大水晶陸亀を諦めりゃ被害も出ないけどな。そういうわけにもいくまい。」
大水晶陸亀の素材を魔獣に奪われたとあっては、冒険者ギルドとしてもまずいだろう。そういえば僕が必要とする心臓部の辺りの部分はどうなっているかと見ると、すでに蟻に運ばれたのかごっそりと無くなっていた。
「あの部分はもしかして?」
「ああ、心臓のあたりは真っ先に蟻が持っていったぜ。」
どうやら赤銅蟻はマナの豊富な部分から優先して巣に運んでいったらしい。まずいことに肉だけじゃなく僕が必要としている甲羅の部分も無くなっていた。
「僕は奪われた部分を取り返しに蟻を追いかけます。フランツさん、後はよろしくお願いします。」
「おい、サハシ、無茶はよせ。」
フランツの静止を聞かず、僕は飛び降り、赤銅蟻がやってくる方向に向けて駈け出した。
赤銅蟻は本当に蟻らしく列をなして解体現場に向かって来ていた。その列を僕は逆に進む。進路を妨げない限り赤銅蟻は襲いかかってこないので、列の側面を走りぬけながら僕は蟻の触覚や脚を切り裂いていった。僕の力なら叩き斬っても良いのだが、さすがに全ての蟻を斬り殺して進んでいくのは目立つし時間がかかる。脚を切っていくだけなら切れ味の良い剣を持っているからだと言い訳にはなるし、触覚や脚を切るだけで赤銅蟻はまっすぐ進めなくなりその場をウロウロするだけだ。後はギルド職員と後続の冒険者達でなんとかしてもらうことにする。
「しかしものすごい数がやってくるな。なんとかしてこの列を中断させないと、………蟻ってたしか匂いをたどっていくんだっけ?」
僕は鼻に意識を集中させて臭気センサーを稼働させてみた。
《臭気センサー:起動....》
センサーによって検出された蟻の道標となる匂いがまるで足跡のように視界に表示される。
「これを何とかすれば良いんだな。」
十匹ほど倒して列に切れ目を作り、匂いのある部分の地面を剣でごっそりと薙ぎ払った。
「後は匂いを円を描くようにつけてやれば…」
倒した赤銅蟻の死骸から臭いを出す部分を切り取り、百メートルほどの円を描くように地面にループを描いていった。
僕は次に来た蟻が描いた輪に沿ってグルグルと回り始めたのを見て作戦がうまくいったことに喜んだ。
「これであっちにはもう蟻は行かないな。」
念のため同じようなループを幾つか作りながら先を進む。途中で大水晶陸亀の素材を抱えた働き蟻を見つけては倒して確認したが、目的の胸の甲羅の部分は見つからなかった。
そして日も暮れ辺りが真っ暗になった頃に僕は蟻の巣穴まで辿り着いてしまった。
「目的の甲羅はこの中か…入るしかないのか。しかしこの巣穴はどれだけ深いんだ?」
《地中センサー スキャン:開始....終了》
電波と超音波振動で地中をスキャンするセンサーが起動し、巣穴の地下の状態をスキャンしてくれた。穴の深さはおよそ百メートル、おおよその巣の形が表示される。巣の形は図鑑などで見る蟻の巣そのものだ。
「餌として運んだならこの辺りだな?」
どこに向かうか辺りをつけて、僕は穴に飛び込んだ。
穴の中は当然のことながら真っ暗であった。しかも蟻酸のせいで空気も非常に悪く、おそらく人間の呼吸には適していない。赤外線モードに視界を切り替え、息を止める。
《緊急用エアーを使用します。残り時間60分》
僕の体は宇宙開発用なので外部エアータンクがなくても宇宙空間で活動できる。体内の緊急のエアータンクを使用して活動できる時間は六十分、それまでに甲羅を探して地上に出なければならない。
「時間内にたどり着ければ良いんだけどね。」
そう呟いて僕は巣穴を下に降りていった。
赤銅蟻の巣穴は直径二メートルほどであり、僕が立って歩けるほどの大きさであった。中はひっきりなしに蟻が動いており、部外者である僕を排除しようと兵隊蟻が間断なく襲いかかってきた。
さすがにこの広さでは普通に剣をふるうことが難しく、剣で突いたりキックやパンチで蟻の相手をする。兵隊蟻は働き蟻の二倍ぐらいの大きさで、小剣のような牙とお尻に付いている毒針を武器に三匹がまとめて襲い掛かってくる。牙の攻撃を右手の剣を盾に受け流し、左手のパンチで一匹を叩き潰し、キックでもう一匹を蹴り飛ばす。そうやって蟻の死骸を作りながらのろのろと進んでいった。
二十分ほどで僕は食料貯蔵庫と思わしき場所にたどり着いた。
「あれ、無いぞ?」
動物や魔獣の死骸が大量に積み重なっていたが、探している大水晶陸亀の甲羅は見当たらなかった。
「途中で持っている蟻を見逃したか、もしくは女王の所かもしれないな。」
多くのマナを含む魔獣の肉は魔獣にとって物凄い御馳走なので、女王に食べさせるために持っていったのかもしれないと僕は考えた。
「残り時間は三十分か…」
悩んで居てもしょうがないので、一番奥にある大きな部屋を目指してまた巣穴を進み始めた。
食料貯蔵庫から出てしばらくすると兵隊蟻が襲ってこなくなった。どうやら巣の兵隊蟻を倒しきってしまったようだ。働き蟻は襲ってこないので楽々と女王の部屋にたどり着く。
女王の部屋は二十メートル四方の大きさで天井も高さが五メートルほどある。その部屋の奥に女王蟻と思しき巨大な白い塊が鎮座していた。
「うゎでかっ。…あれは亀の甲羅? まずい食べようとしている。」
奥のほうで女王に大水晶陸亀の素材を食べさせようとしている働き蟻を見つけて僕は焦った。慌てて女王蟻に駆け寄ろうとすると親衛隊なのだろうか兵隊蟻を三倍ぐらいにしたような大きな蟻が三匹襲いかかってきた。
立ちふさがる親衛隊蟻に向かって剣を振るうと、蟻は飛び退って口から液体を吐き出した。
横に跳ねて避けると液体は地面に落ちそこを溶かし始めた。どうやら強力な蟻酸らしい。
(当たるとどうなるかわからないな。全部避けるしか無いか。)
酸を避けながら親衛隊蟻の一匹を斬りつけると驚いたことに剣をはじき返した。現在の僕の賢者の石の出力は1%、ワイバーンでも切り裂ける剣を弾き返すとは、親衛隊蟻の殻はワイバーン以上の硬さを持っているらしい。
どうやって親衛隊蟻を倒そうかと考えながら女王蟻を見ると、女王は素材を食べ始めており、グズグズしていると証拠がなくなってしまうところであった。
「もう猶予が無いな。一気に決めさてもらおう。出力を5%にアップ。」
《主動力:賢者の石 5%で稼働稼働させます。》
僕は出力アップさせ剣にマナを込め、それに伴い剣がうっすらと光り始めた。光りだした剣を警戒したのか蟻達は後ろに下がって女王蟻との壁になるように隊列を組み直した。
「クラッシュ○ーン」
某アニメの主人公の必殺技を真似て、剣を前に突き出し両手で保持して女王蟻の頭に向けて全力で突進した。
音速を超えた突撃で女王の壁となっていた親衛隊蟻は貫かれて消し飛び、剣は狙い通りに女王蟻の頭を刺し貫いて、爆発四散させていた。
「普通に切ったほうが良かったな…orz」
アニメじゃないんだから敵を爆散させるような攻撃は別な意味で被害が大きいんだなと蟻の体液まみれになり僕は後悔した。
女王蟻が食べ残した大水晶陸亀の素材を確認し、なんとか胸の部分の甲羅が原型を留めていることに僕は安堵した。
「?」
畳一畳分ほどの甲羅を持ち上げると、心臓部の残骸から小指の先ほどの大きさの小さな赤黒い小石が転げ落ちたのに気付いた。拾い上げて見ると賢者の石に非常に似ている。
「これは賢者の石?」
《対象物をスキャン:開始...終了 賢者の石の確率25%。微弱なマナの放出を確認。》
スキャンの結果では賢者の石ではなく別物らしいがマナをわずかながら放出している。大水晶陸亀はその巨体を維持するのにマナを大量に必要としていたはずなので、賢者の石のようなマナのジェネレータを持っているとすると、それがこの小石ではないかと僕は考えた。
そんなことを考えていると、天井からギシギシという音と共に土や小石が落ちてきて僕に降りかかった。最後の攻撃は音速を超えていたのでその衝撃波が巣穴に大きなダメージを与えたらしく崩れ始めたらしい。
「やばい、天井が崩れる。生き埋めになる前に逃げないと。」
僕は小石をポケットに入れ、甲羅を抱えると一目散に部屋から逃げ出した。
女王の部屋が崩れ始めると共に巣穴全体も連鎖で崩壊し始めた。とんだ安普請の巣穴である。全力で駆け抜け、巣穴が崩壊する前に何とか地上にたどり着くことができた。
◇
巣穴が崩壊し終え蟻が出てこない事を確認して、僕は解体現場に戻った。
解体現場には援軍の冒険者達が来ており、赤銅蟻は全部退治されていた。
「サハシ、無事だったか。」
戻ってきた僕の姿を見てフランツが駆け寄ってきた。
「何をしてきたのか知らないが、すごい格好だな。」
フランツが顔をしかめる。僕は巣穴に入った時点で嗅覚をカットしていたため気付かなかったが、体中蟻の体液と蟻酸まみれなので物凄い匂いがするのだろう。
「なんとか取り返してきましたよ。」
僕は甲羅を下ろしてフランツに見せた。
「おお、取り返してきたのか。」
フランツが驚いて下ろした甲羅を眺める。僕は近くのギルド職員に水と体を拭くものを分けてもらい体にこびりついた汚れを拭い取った。臭いはまだ残っているみたいだがこれで外見は綺麗になった。
「これは明日の裁判で使うのでこのまま僕が街に運んでしまいたいのですが、よろしいでしょうか?」
再び甲羅を担ぎあげ、フランツにこのまま街に戻る事を告げる。
「そりゃ構わんが、馬車とか使わないのか?」
「僕が運んだほうが安全で早いですから。では先に街に戻っています。」
そう言って僕は街に向かって駈け出した。
◇
街に入るときに門番の兵士に臭かったのか顔をしかめられた。ものすごい匂いだったのだろう、深夜で人があまり居なくてよかった。
冒険者ギルドに甲羅の部分を預けに行くと、深夜にもかかわらず冒険者が大勢いて賑わっていた。どうやら昼に発行された緊急依頼の完了報告をしているらしい。
ギルドマスターのディーナもフロアにいて解体現場での状況報告を職員から聞いていた。
「サハシ、戻ってきたか。」
僕の姿をみてディーナは駆け寄って来て、途中で立ち止まった。
「なんとか証拠を確保してきましたよ。」
顔をしかめるディーナに僕は甲羅を見せる。
「それは良かったが………とにかくその臭いを何とかしろ。」
ディーナの好意によってギルドのお風呂を借り、臭いを落とすことになった。
この世界では風呂は貴族や裕福な商人が週一回入る程度の贅沢なものであり、庶民は水浴びか布で体を拭くぐらいである。冒険者ギルドではいろいろな作業で体を汚す人がいるので体を綺麗にするためにお風呂が常備されている。
「はぁ~いいお湯だ。」
サイボーグになる前はお風呂に入るのが好きだった。機械の体になった後はもちろん風呂に入れない、二度と温かいお湯に浸かることはできないだろうと諦めていたのだが、まさかこっちの世界で再びお風呂に入れるとは夢にも思わなかった。
最初は防水機能が効いているか、どこかでショートしないかと不安だったが、警告もでないので気持よくお湯に浸かっている。
「今度温泉のあるところに行きたいな~。ああ、でも裸になれないから普通の温泉じゃまずいか。」
この世界に温泉があることを祈りつつ僕は体と鎧を隅々まで洗って匂いを落とした。
お風呂から出てさっぱりとした僕は、イザベルの裁判の場で行うことの最終打ち合わせを行うためにギルドマスターの部屋に向かった。
「…これが僕の考えですが、どうでしょうか?」
「ふむ、冒険者ギルドとしてもこれなら問題なく口を出せるな。」
証拠も証人も揃ったし、僕は後は裁判を待つだけである。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。




