ゴディア家
02/21 誤字修正
僕とエミリーが押し込まれた馬車は内装も豪華な作りで金のかかったもので有った。アレッシオは僕達を御者側の席に押し込み、自分は執事と反対側の席に座った。馬車はすぐに走りだした。
僕とエミリーが抵抗もせずに馬車に乗り込んだ理由は、向かいに座る少女の名前を聞いたからだ。アレッシオ=ゴディア、名前といいいかにもお金持ちの姿からも想像できるが、ギルドの情報屋からもらった資料から彼女がゴディア商会の現会頭の娘であると僕は知っていた。
ゴディア商会はアルシュヌの街で一番大きな商会である。初代の会頭が貴族との商売を成功させ伯爵家のお抱えとなることで、アルシュヌの街一番の商会に成長させた。現在の会頭ゴドフリーは二代目であり先代に比べ覇気が足りないと言われている。彼は子宝になかなか恵まれず、四十近くになってようやく娘を一人も受けたが出産の時に妻を亡くしてしまい、一人娘を目に入れても痛くないほど可愛がっている。
僕がギルドの情報屋からの情報を思い出していると、エミリーが向かいの席に座っていたアレッシオに質問を投げかけた。
「どうしてこんなことをするのですか?」
「突然馬車に押し込んだりして申し訳ありません。まさか貴方が私を救ってくれた人達だとは思ってもいなかったので慌ててしまったのです。それにあのことを言われると困るのです。」
「あのこととは男の子の格好をしていたことですか?」
僕がそう言うと彼女は頷き隣の執事の様子を伺う。
「お嬢様、なぜ大地の女神の教会に出向いてしかも寄付したいなどと言い出したかと思えば、また下々の街にでて庶民の子供たちと遊んでおられたのですね?ゴディア家のお嬢様ともあろうものが...」
「ごめんなさい...私、お家で一人でいるより街を歩くのが楽しいの...」
アレッシオは叱りつけるジョーバー執事に謝っている。どうやら男の子の格好で街をうろつく事が彼女の息抜きだったのだろう。
「お嬢様がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。御二方はどのようにしてお嬢様と知り合われたのでしょうか?」
「昨日アレッシオさんが馬車に轢かれ瀕死の状態で教会に運ばれてきたのです。その時私が全回復の奇跡で彼女を治療しました。」
「僕は彼女のパーティの仲間です。その時に教会に居合わせていただけです。」
アレッシオが瀕死の重傷を負って教会に運び込まれていたことにジョーバー執事はショックを受けていた。
「申し訳ございません、お嬢様の命の恩人とは。ぜひお礼をしたいので当家においでください。」
「昨日は失礼な事をしてしまいました。ぜひお礼をさせてください。」
二人はお礼をするから屋敷に来てくれと言うが、既に馬車に乗っているのだから、まさに事後承諾である。そうやって話をしているうちに馬車は街の中心地帯に向かって走り、十分ほどでゴディア家の屋敷に着いた。
ゴディア家の屋敷は街の中心部に近い資産家が住む高級住宅地でも一等地に建っており、庭も屋敷もかなり広大なものであった。
「お帰りなさいませお嬢様。」
玄関の前に何人ものメイドが並びアレッシオを出迎える。漫画とかアニメでしか見たことのないメイドの出迎えの中をアレッシオと僕達は進み、屋敷の応接室に通された。
そこで僕達はアレッシオとジョーバー執事に自己紹介をし、彼女を助けた時の状況を話した。
「僕はケイと言います。彼女はエミリー。後二人の仲間とともに冒険者をやっています。エミリーはあの教会で回復の奇跡を信者にかけるボランティアをやっています。昨日はそのボランティアの最後にアレッシオさんが重傷を負い運ばれてきたのです。エミリー以外に全回復の奇跡を唱えられる人がいなかったので、彼女がアレッシオさんを治療したのです。」
「成る程、エミリー様はその若さで全回復の奇跡を使えるとか素晴らしい力の持ち主でございますね。」
「いえ、私なんか...それにあの時は私はボランティアで力を使い尽くしていて、ケイの魔力回復薬がなかったら全回復の奇跡は唱えられませんでした。」
「なんと、魔力回復薬を使われたのですか?見も知らぬ子供の為に高価な魔力回復薬をためらいもなく使われるとは、ケイ様はなんとお優しい方なのでしょう。」
実際は魔力回復薬など使わず魔力注入だったので、ジョーバー執事の賞賛の声はものすごく心苦しかった。
「しかし、お嬢様を轢いた馬車は何所のものだったのでしょうか。」
「貴族の馬車としか聞いていませんが、アレッシオさんを運び込んだ教会の付近の住人であれば何か知っているかもしれません。」
「そうですね。当家としましていくら貴族とはいえお嬢様に危害を加えたのです、ただでは済ませたくないものです。」
そう言ってジョーバー執事はメイドに何事か言いつけた。
「でも、貴族の馬車ではどうしょうもないのでは?」
エミリーの言う通り、このバイストル王国では貴族は特権階級であり、平民がその馬車の前に飛び出そうものなら進行を妨げたという理由で無礼討ちされることも黙認されるのが普通だ。。
ルーフェン伯爵はそういった貴族の特権を振りかざし平民を虐げることを禁ずるという方針を打ち出しているのだが、配下の貴族の中にはそういった伯爵の方針を快く思っていない者が多い。ちなみにドヌエル男爵も平民を見下している貴族だ。
「いえ、当家も成り上がりとは言え王都にまで販路を広げている商会です。いくらお嬢様が庶民の格好をしていようともそれを轢き逃げした方にはそれなりの報復をしないと舐められてしまいます。」
ジョーバー執事はお嬢様を傷つけられたことで少し憤っているのだろう、かなり過激なことを言っている。
「ジョーバー、昨日の事故は道に飛び出した私も悪いのです、貴族に失礼があるとお父様にご迷惑がかかるやもしれません。何もなかったことにしてはもらえませんか?」
「ですがお嬢様....」
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アレッシオとジョーバー執事が言い争っているのを聞きながら僕とエミリーはメイドが出してくれたお茶とケーキを楽しんでいた。
突然応接室のドアが乱暴に開けられロマンスグレーの中年の男性が飛び込んできて、アレッシオを抱きしめた。
「アレッシオ、大怪我をしたと聞いて駆けつけたんだが...元気そうだね?」
「お父様、また早とちりされて。私が怪我をしたのは昨日です。そしてそこにおられるエミリー様とケイ様に助けていただいたのです。」
飛び込んできた中年の男性はアレッシオの父親であるゴドフリーだった。人前で父に抱きしめられて恥ずかしいのか顔を真赤にしたアレッシオがジタバタと暴れていた。
「おお、娘を助けていただきありがとうございます。なんとお礼を言ってよいか。」
「旦那さま、こちらのエミリー様が全回復の奇跡を唱えて瀕死であったお嬢様を助けてくださったそうです。そしてケイ様はお嬢様のために魔力回復薬を提供してくださったそうです。」
ジョーバー執事の説明を聞き終えるとゴドフリーは僕達の手を握り感謝の言葉を伝え、謝礼としてエミリーに金貨百枚、僕には代わりの魔力回復薬を贈ることを約束した。
「いえ、僕はお礼目的にアレッシオさんを助けたわけではないので謝礼は不要です。」
「私もケイと同じです。」
謝礼を断る僕達に感動したゴドフリーはさらに謝礼金を増額してきたので、僕達は全て大地の女神の教会に寄付してくれるようにお願いした。
ゴディア家の屋敷を立ち去る時はアレッシオとゴドフリー親子がわざわざ玄関先まで見送ってくれた。その時メイドの一人がジョーバー執事に何か耳打ちをし、驚いたジョーバー執事が更にゴドフリーに耳打ちをした。それを聞いたゴドフリーは酸っぱいものでも食べた様ななんとも言えない顔をして何事かつぶやいていた。
僕はそれを見ないふりをしてお別れの挨拶をして...ジョーバー執事が馬車を出すと言ってくれたが、丁寧にお断りして徒歩で...屋敷から立ち去った。
「ゴトフリーさんはそんなに悪い人ではないみたいですね。」
屋敷から十分離れたところでエミリーがそう言った。僕は頷いて同意する。
「商人の顔をした時はどうか分かりませんが、今日会ったゴトフリーさんは娘を溺愛する父親でした。あれを見る限りは悪い人には見えませんね。それにアレッシオさんもちゃんと僕達にお礼を言いましたし、ジョーバー執事も悪い人ではありませんでした。後、ゴトフリーさんはドヌエル男爵との付き合いはあまり良いものに思ってないと思われます。」
「なぜそう思われるのですか?」
「最後にジョーバー執事がゴトフリーさんに耳打ちしていたのを聞いたのですが、アレッシオを轢いたのはドヌエル男爵の馬車だったらしいです。その際にゴトフリーさんは「ドヌエル男爵め許さない」と言ってましたからね。」
自分の娘を轢き殺しかけた貴族は商会とつながりの深いドヌエル男爵だったのだ、ゴトフリーさんも渋い顔をするはずである。
その後、僕はエミリーを教会に送ってから宿に向かった。
宿に向かう途中でミシェルからもらったバンドを左手から外し手に持つ。やがて正面から一人の男が歩いてきてすれ違い様に「そこの角を曲がれと」呟いた。僕は言われたとおりに角を曲がり路地に入ると、今すれ違ったばかりの男が立ってた。
「"アルシュヌの鷲"のユーリだ、何か用か?」
「今すれ違ったはずなのにどうしてここに?...いや気にしないでくれ、ミシェルに今日の夜ゴディア商会に忍びこむから誰か一人腕の立つ盗賊を貸してほしいと伝えてくれ。」
「理解った。」
男が去ってからしばらくして僕は路地を出た。ユーリは既に姿が見えない。センサーにも引っかからずに僕を監視するその能力に僕は感心するばかりだった。
宿に戻ると自分の部屋に入ろうとして中に人がいるのに気づいた。
《音響、赤外線、動態センサーに反応があります。部屋の中に人間(女)が存在します。》
(誰だ、宿の女将さんって今下にいたよな。まさか...)
僕が部屋に入ると、そこにはミシェルがいた。髪を黒く染め、どうやったのかわからないが顔もかなり違った風に見えるように変装している。普通の人が見たらおそらく別人と思うだろう。しかし僕の場合は様々なセンサーで相手を認識できるので変装は無意味である。
「ミシェルか、リーダのあんたが何故ここにいる。」
ミシェルは僕に名前を呼ばれて驚いていた。どうやら自分の変装によほど自信が有ったらしい。
「ケイ、よくあたいだって判ったね。変装には自信が有ったんだけどね~。」
「僕はミシェルが変装してもすぐ理解るんだよ。」
「そんな、あたいのことがすぐ理解るだなんて...」
僕はなにか変なことを言ったのだろうか、ミシェルが顔を赤くしてもじもじしている。
「で、なんでミシェルがいるの?何か用事あったっけ?」
「ケイが、腕の立つ盗賊を貸してほしいというから、一番腕の良いあたいが来てやったのさ。」
ミシェルが胸を張って言う。
「さっきそこの路地でユーリだったっけ、彼に言ったばかりなのに...何故こんなに早くミシェルに話が伝わっているのか教えてほしいんだけど?」
「それはね、ひ・み・つ...」
今朝の僕への仕返しなのか、色っぽくミシェルが返してきた。
「秘密か、まあ、それはいいんだけど、出かけるのは夜遅くの予定なのにこんな早く来てどうするの?」
「い、いや、一緒にご飯とか食べても良いかなって。」
確かに夕飯を食べることを考えてなかったが、エミリー達が教会でレオノーラの護衛をしているのに僕がミシェルと食べに行って良いものだろうかと考えてしまった。
「い、嫌なら出直すよ。」
僕が黙ってしまったのでミシェルは断られると思ったのか、帰ろうとした。ミシェルが何故か気落ちしてた風だったので気の毒に思った僕は彼女を引き止めた。
「"アルシュヌの鷲"には色々お手伝いしてもらっているので、リーダーの貴方にお返ししますか。今日の夕飯は僕がおごりますよ。」
「そう..だね。じゃあたいが美味しい店に連れていくからそこで奢ってね。」
ミシェルが連れて行ってくれたのは街の住民が主に食べに来るような大衆食堂っぽい店であり、街の人達でごった返していた。料理は美味しく少しではあったがお酒も飲んでしまった。僕の場合アルコールは一定数以上吸収されないので飲んでもほろ酔い以前で止まってしまう。酔わないのにお酒を飲んでしまったのはエールではなく焼酎に近い蒸留酒が有ったので懐かしかったからだ。
ミシェルは顔見知りの人から何か言われて照れていたが、僕は街の人達が話している世間話でドヌエル男爵やギーゼン商会の話題が多かったのでそれを聞くのに一生懸命だった。ミシェルの話に適当に相槌を打っていたら何故か彼女がすごく喜んでいたので、後で何が有ったか聞いておくことを心にメモった。
◇
深夜、僕はミシェルから黒装束を借りて顔まで隠した盗賊スタイルでゴディア商会の店舗に忍び込んでいた。店には深夜にもかかわらず何人もの従業員が働いていたが、ギルドで貰った情報を元に過去の会計簿を置いてある場所には人気はなく、僕とミシェルは誰にも見つからずに忍びこむことができた。
過去の資料を一時間ほどかけて記録し、痕跡も残さず店を後にする。
「何か証拠は有ったのかい?」
「証拠というか、ドヌエル男爵はゴディア商会に横流しした物をそのまま売っているんですよ。もう、清々しいくらいです。それに貴族相手にリベートや賄賂を渡しても特に罪は無いですからゴディア商会は男爵が渡した物を売り利益の半分を男爵に渡すということが通常の会計簿に堂々と載っていますね。」
「絶対調査されない自信があるんだな。」
「城と違って商会とかを調査するのは徴税官ですから、そちらは男爵の息がかかってますからね。これで今まで集めた資料の裏が全てとれたよ。」
後はルーフェン伯爵の長男を動かすだけである。
かなり慌てて書いたので文章が...後話あまり進んでません。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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