神様疑惑とゴブリン退治
2014/03/23 改稿
僕がこの世界で初めて会った人は、エミリーというシスターであった。
くすんだ金髪と大きな目が特徴の可愛い系の顔だち、身長は160cm、多分十六歳ぐらいの少女である。
《対象のデータを測定...測定完了。身長160cm、体重50kg、バスト83cm、ウエスト60cm、ヒップ84cm》
「(また勝手に測定してるな。ん、まあこのデータを見る限りエミリーは理想のプロポーションをしてるね。安産型?)」
僕がエミリーの身体データによからぬ想像をしてたら
「ところで、サハシ様はなぜこんな所に埋まっておられたのですか?」
と聞かれてしまった。
「僕にもわからないんだ。気が付くとここに埋まっていて…」
僕は記憶を取り戻したのだが、結局打ち上げからこの世界に来て、ここに埋まっているまでの記憶は全くなかった。
「(病気の時に、退屈しのぎに読んだラノベの転生物に状況が似ているな。しかし、今の僕の体は、人間というよりサイボーグの方が近い。どうせ転生するなら普通の人間の体にしてくれれば良いのに。何でこんな中途半端な体なんだろう)」
「あの…もしかして、サハシ様は天界から落ちてこられたのでは?」
「えっ?」
エミリーがとんでもない事を言い出したので、僕は思わず聞き返してしまった。
「私が教会でお祈りを捧げていると、天よりこちらの畑に向かって光が落ちてくるのが見えたのです。慌ててここに走ってきたのですが、何も見当たりませんでした。見間違いかと落胆したのですが、畑に穴が開いていることに気付いて、恐る恐る穴を覗いて見ると、そこにサハシ様が埋まっておられたのです」
エミリーの話が本当だとすると、僕は天より落ちてきた事になる。確かにそれなら僕が穴に埋もれていた理由もつくのだが…。
「(こんな穴に埋まるほどの高度から落ちてきたのか。良く無事だったな)」
僕が考え込んでいると、エミリーが僕をキラキラとした目で見つめていることに気付いた。
「サハシ様はもしかして天使様なのでしょうか?」
「いや、それはない。絶対に無い!」
僕はエミリーのとんでも発言を即座にきっぱりと否定する。
「(現代テクノロジーの塊だった僕が、天使の訳はないでしょう。それに天から落ちてくる天使って、堕天した悪魔じゃないか?)」
「見ての通り僕は普通…ちょっと変わっているけど普通の人間だよ。天使様なんてとんでもない」
「そ、そうですか。天使様じゃない…のですか」
エミリーは、僕が天使様じゃないと否定したので、ものすごくがっかりした様子だった。
僕はエミリーのがっかりした顔を見て少し申し訳ない気がした。
「(シスターが天使様って言うのだから、何か信仰的なことで悩んでいるのかな?) あの、シスター・エミリー、僕は天使様じゃないけど何か困った事があるなら相談にのりますよ」
「いえ、私の早とちりでサハシ様に御迷惑をお掛けしました。お気になさらないでください」
彼女いない歴=実年齢の僕としては、かなり勇気を振り絞って言ってみたのだが、エミリーに申し訳なさそうな顔でお断りされてしまった。
◇
エミリーは、僕を見ながら何か考え込んでいた。そこでようやく僕は、辺りを見回すだけの余裕が生まれた。
先ほど彼女が言ったように、僕がいるのは畑の中であり、まだ何も植えられていないのか耕された状態のままである。右手側から後ろに向かって森といっても良いような林があり、左手側には畑と道、その先には村らしきものが見えている。
僕が周囲を見回していると、
《周辺地形のスキャンを開始しますか?》
とダイアログが表示された。辺りを知りたいと思ったことで、月面の詳細マップを作るための機能が選択されたのだろう。僕は"Yes"と念じて辺りのマップ作成を実行した。
《体を360度回転させてください》
僕は、マップを作る時の訓練通りに、クルリと体を回転させた。こうやって三百六十度スキャンすることで、周辺の簡易マップが作成されるのだ。作成されたマップは、視界の右上にオーバーラップされて表示された。
「(やっぱり、体の機能はサイボーグそのままだよな。でも体の形とか全然違うし、皮膚の触感とか…まるで人間だった時みたいに感じるんだよな。顔も生身のように感じるよな)」
僕は自分の顔を触り、その手触りや髪の色を調べてみる。触ってみた感じは、生身の人の顔のように感じる。
祖父には悪いが、サイボーグとして作ってもらった顔は、マネキンというか特殊メイクに失敗したみたいな顔で、触った感触は人間の皮膚とは程遠いものであった。
「(それに、エミリーも僕の顔に驚いていなかったみたいだし、普通の人の顔に見えているんだろうな)」
「あの、サハシ様?」
僕がぐるぐる回って、顔をぺたぺた触っていたので、エミリーが不審に思ったようだ。
「ごめんごめん、ちょっと変なことしてたね。気にしないで」
「そ、そうですか。…それで、このままここで立ち話もなんですので、教会にいらっしゃいませんか?」
「そうだね、そうした方が良いかな。ところで、僕みたいな人が教会に行っても良いの?」
「はい、大丈夫です」
エミリーは僕が教会に来てくれるのが嬉しいのか、笑顔でそう答えた。他に行くあてのない僕も、教会に行くことに依存はない。
先ほど作成した簡易マップによると、村の入り口までは二キロメートル弱…歩いて三十分程の距離だった。村まで案内するというエミリーの後を、僕は付いていった。
◇
エミリーの背中を見ながら村に向かってトボトボと歩いて行くと、視界にログが表示された。
《動態センサーに反応があります。後方100m、8km/hの速度で10個の未確認オブジェクトが接近してきます》
僕が振り返って後を見ると、身長120cmぐらいの背丈で、醜い小鬼のような生物が十匹、林の中から駈け出してくるのが見える。
「エミリー、後ろ、後ろ」
コントのようにエミリーを呼んでしまったが、彼女は振り向いてくれた。
エミリーは小鬼を見ると、「ゴブリン、こんな村の近くまで出てくるなんて!」と叫んで恐怖と怒りに顔を歪めていた。
「(おお、ファンタジーゲームの定番のモンスターやって来たよ。って僕達、何げに危機的状況?)」
《未確認生命体:スキャン開始...終了。石器と思われる斧及び槍を装備。脅威度:0.3%》
勝手に脅威度がスキャンされると、結果がログ表示される。
「(脅威度のパーセント表示が判り辛いな。もし僕が負ける確率だとすると、0.3%って…ゴブリンはゲームの定番通り凄く弱いのか?)」
僕がそう考えると、
《未確認生命体...以後ゴブリンと名称を登録。ゴブリンと現在の装備で戦った場合は99.7%の確率で勝利します》
と表示された。
さすがにここまで表示されると僕でもゴブリンは脅威でないことが理解できる。まず負けないという事で、僕はゴブリンと戦って見たくなってしまった。きっと自由に体が動かせることが嬉しく、そしてゲームのようにゴブリンが現れたことでそんな選択をしてしまったのだ。
「エミリー、あいつらは僕が倒しますよ」
エミリーにそう言って僕はゴブリンに向き直った。
「サハシ様、幾らお強くとも素手であの数のゴブリンと戦うのは無謀です。村に戻れば自警団もおりますし、村の中までゴブリンも追ってはこないでしょう。早く走って逃げましょう」
エミリーは僕の手を掴んで引っ張ってくる。
僕は彼女に笑いかけて、そっと彼女の手を振りほどく。
「まあ、見ててください」
そう言って僕はゴブリンの群れに向かって歩いて行った。エミリーと話している間にゴブリン達は二十メートルほどまで近づいている。
「(さて、どれから片付けようかな)」
僕の考えが反映されたのか、
《脅威度に応じてターゲットの優先順位を提示します》
とログが表示され、ゴブリンにターゲットマークと優先順位の番号が重なって表示された。
僕はまず[1]と番号が振られたゴブリンに向かって全力で走りだした。
サイボーグとなった僕は、100mを20秒で走るのがやっとであった。それが地球の現代科学の限界だったのだ。それ以上の速度を出すと関節が壊れてしまい修理が必要となってしまう。そのため身体の制御にはリミッターが設けられおり、体が壊れるような無理な動作ができないようになっている…はずだった。
ドコーン
「(えっ?)」
物凄い音がすると、ゴブリンとの20mの距離を一瞬で、というか一歩で近寄っていた。
ゴブリンと正面衝突しなかったのは、幸運だった。僕はゴブリンの群れを二歩で抜き去り、そこで脚を突っ張り立ち止まった。
恐らく僕は、音速の壁を安々と突破してしまったのだろう、轟音が鳴り響き、音速を超えたことで発生するソニックブームで、ゴブリン達は吹き飛んでいた。
そして僕は。自分が引き起こしたソニックブームを地面に足をめり込ませてやり過ごした。
「(今、音速超えてたよね。僕の体はどうなってしまったんだ。まさか加速装置でも付いているのか)」
ゴブリン達は、初めて経験するソニックブームに吹き飛ばされて、パニック状態であった。
「(まさか、全力で走ったら音速を超えるとは思わなかった。つまり、身体能力がとんでもない事になっているのか。つまり全力でゴブリンを殴ったら…放送禁止なスプラッタ状態になること請け合いだな。よし、ここは殴るんじゃなくて投げる方向でいこう)」
以前の僕の腕力は、50kgの物を20mの距離に投擲できる程だった。走ってみて、身体能力が上がっていることに気付いた僕は、それがどれだけ変わっているか試すことにした。
僕は、手近に倒れているゴブリンを掴むと、林の方向に思いっきり投げ飛ばした。
「〇γεΖηζδΕТтжш」
ゴブリンは、何か意味不明の言葉で叫びながら遥か彼方へ飛んでいった。
「(やっぱり腕力も強化されているのか。これじゃほとんどスーパー○ンだよ)」
自分の力に驚きながらも、僕は次々とゴブリンを捕まえて、同じように投擲した。どのゴブリンも訳の分からない悲鳴を上げて、空の彼方に消えていく。
捕まえる時に、ゴブリン達は石の斧や槍で攻撃してきた。しかしその攻撃は、僕の外部装甲に傷一つつける事ができなかった。何しろ外部装甲は、炭素繊維とセラミックの傾斜素材という、最先端の技術で作られていて、軌道上の微小隕石との衝突にも耐えるように設計されているのだ。銃弾ですらはじき返す性能を持っている外部装甲が、石器で傷付くわけもない。
ものの一分とかからずに、ゴブリンは全て片付いてしまった。あれだけ遠くに投げてしまえば、たとえ生きていたとしても二度と戻ってくることはないだろう。
「エミリーさん、ゴブリンは退治しましたよ。……あれ、エミリーさん、何所に行ったんですか?」
僕は得意になってエミリーに話しかけたが、振り返ると彼女の姿は見当たらなかった。
「(ん?)」
よく見ると、僕がゴブリンに向かって走りだした所の地面が盛大にえぐれていた。そしてその横には、大量の土砂をかぶって窒息寸前のエミリーが倒れていた。
「(音速を超えるような踏み込みだったからな。そりゃ地面も抉れるか…)」
◇
僕は、エミリーを慎重に抱き起こして、土をそっと払い落とした。
「ごめんなさい、エミリーさん大丈夫ですか。」
「ひ、酷いです。突然土をかけて目潰ししなくても良いじゃないですか」
エミリーは、僕が彼女に土を掛けて目潰ししたと思っているようだった。
「ごめんなさい、ちょっと力加減がわからなくて。でもゴブリンは退治しましたよ」
「えっ?」
涙や鼻水でドロドロの顔を粗末な布で拭っていたエミリーは、驚いて辺りを見回す。しかしゴブリンは僕が投げ捨ててしまったため。影も形も無い。
「ゴブリンがいたと思うのですが、私夢でも見ていたのでしょうか?」
「いや夢ではありません。先ほどまで十匹のゴブリンがいましたよ」
「では、ゴブリンは何処に?」
「ゴブリンは、全部あそこまで投げ飛ばしてしまいました」
僕はゴブリンを投げ飛ばした林の奥の方を指差す。それをエミリーは信じられないといった顔で見つめる。
「サハシ様、嘘はいけません。怪力自慢のオーガでも、あそこまでゴブリンを投げることはできませんよ」
エミリーは僕の言うことを信じられないようだった。僕もゴブリンをあんな遠くまで投げ飛ばせるとは思ってなかったので、彼女がそれを信じられないのも当然だろう。
「確かに信じられませんよね。でもゴブリンは確かにいましたし、退治はしたんですよ」
僕は、足元に落ちているゴブリンの石斧や槍を拾ってエミリーに見せた。
「確かにゴブリン達が持っている武器ですね…」
「取りあえずゴブリンは退治できたし、僕達も無事だったのですから良しとしませんか?」
エミリーは何か釈然としない顔をしながらも、僕がゴブリンを退治したことを認めてくれた。
僕が天から落ちてきて埋まっていた穴と、全力で走った際にできた巨大な穴を畑に残して、僕とエミリーは村に向かって歩き出した。
「(後で穴を埋めに来ないといけないのかな?)」
後ろを振り返って、僕はそんな事を考えてしまった。
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