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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
19/192

商会と教会

02/21 誤字修正

 翌日、エミリーは街の大地の女神の教会にディルック村のローダン神父からの手紙を渡しに行き、エステルとリリーは街での聞き込みっぽいことをするらしい。

 お昼すぎに冒険者ギルドで落ち合うことにして、僕はギーゼン商会が今どうなっているか、様子を見に行くことにした。



 ギーゼン商会の建物は大通りから少し外れた場所にあり、商品を保管しておく大きな倉庫と隣接した建物であった。僕が中に入ると手代や番頭が大慌てで書類を整理していた。


「ケイ様、申し訳ありませんが今取り込み中で...。」


 大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の件で顔見知りになった番頭が挨拶もそこそこに忙しそうに書類整理をしている。


「イザベルさんの様子を聞きに来たのですが、忙しそうですね。」


「イザベル嬢様は城に拘束されていて、私達は会わせてももらえません。それに大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の不正売買の嫌疑から、今までの商いの記録を提出しろと言われてその対応に追われていて、とても忙しいのですよ。」


 あちこちで番頭や手代が書類を見ながら計算をしている。この世界では商人がかろうじて四則演算をできるぐらいで、普通の人は計算をちゃんとできる人は少ない。商人にしても小学生の高学年以下の計算能力しかもっていないのだから、計算の間違いも多く、商会の会計をやり直すとするとものすごい時間がかかるだろう。

 現に目の前で番頭さんが書いている計算も間違っている。


「あの、そこ間違ってますよ?」


 僕は番頭に計算ミスを教えてあげる。


「えっ...ああ、間違ってる。昨日から徹夜でやってるんですが、このままじゃ明日までに提出なんて無理ですよ。」


 番頭は泣きながら計算をやり直している。


「明日まで提出なのですか?かなり無茶な要求ですね。」


「昨日、お嬢様が逮捕されて途方に暮れている私達に徴税官がやって来て、"明日までに記録を提出しないと不正の恐れありとみなして一時商売を停止させる"って言ってきたんですよ。全くこんな話聞いたことがありません。」


 その徴税官はおそらくドヌエル男爵の配下の者だろう。男爵は大水晶陸亀(クリスタル・トータス)の素材だけでなく、ギーゼン商会を潰すか、手に入れるつもりらしい。


「僕は計算がかなり得意なんですが、お手伝いしましょうか?」


「いや、でも、商会と関係のない人に手伝ってもらうのは...」


「いや、でも冒険者の依頼で店番とかあるし、会計処理の手伝いってあっても良いじゃないですか。それにこのままじゃ明日までに終わらないのでしょ。」


「そうなんですが、余所者に商会の会計を見せるなんて....でもこのままじゃ...少し待っていて下さい。」


 番頭は書類整理をしている他の番頭と手代を集め僕に手伝ってもらうか協議し始めた。

 僕は番頭さんが整理してた書類の束をペラペラとめくってその内容を記録していく。僕の中には宇宙船の制御や軌道計算をするためのプログラムだけじゃなく表計算プログラムも入っているので、それに当てはめていけば簡単に計算できてしまうのだ。しかも数値は目で見て考えるだけで入力できる、たとえギーゼン商会が今の三倍の規模であっても半日もあれば会計処理など終わらせる自信がある。


「やはり、お手伝いは...」


 協議の結果、お手伝いを断ることに決めたことを伝えてくる番頭に僕は書類の束を渡して


「これのチェックは終わりましたよ。こいつとこいつは計算が間違っているので直したほうが良いですよ。」


 と何枚かミスのある書類を渡してあげる。


「へっ? 終わったって? こんな短時間に...」


 絶句している番頭をおいて他の番頭が整理していた書類もパラパラとめくり記録・計算していく。

 次々と書類を整理してミスの指摘を行う僕を最初は疑っていた他の番頭と手代であったが、僕の計算が間違えのないことが分かってくると次々と書類を僕に渡してきた。


一時間もすると全ての書類、大福帳の整理が終わり、商店の倉庫を回って在庫の管理まで含め二時間で終えることが出来た。


「えーっと、そこの数字は金貨三十枚で。」


「なるほど」


「こちらはいくらになるでしょうか?」


「えーとあの商会との取引は、回復薬の素材を五百個の購入で。」


 僕の頭のなかにギーゼン商会の全てを入力は出来たが、出力はプリンターが無いので手で書くしかない。番頭達に必要な値を口頭で答えることで提出書類を作成してもらった。


「サハシ様のお陰で提出書類を作製することが出来ました。本当に有難うございます。」


 番頭が目を真っ赤にして泣きながらお礼を言ってくる。


「いえいえ、ギーゼン商会にはお世話になっていますから。」


 ぜひとも商会に入って欲しい、いやイザベルと結婚して跡を継いでもらえばなどと言い始める番頭や手代を振りきって商会を後にした。





 まだお昼には少し早い時間だったので、僕は大地の女神の教会に向かってエミリーと合流することにした。


 アルシュヌの街の規模になると教会もさまざまな宗派(神様)のものが存在するが、その中でも大地の女神の教会は一番信者が多いらしい。大地の女神の教えは生活に密着した物が多く、奉仕活動や開拓村への教会の設立などを積極的に行い、神聖魔法による治療なども他の教会に比べ割安で行っている。

 あと、他の教会はその規模に応じて上層部の汚職などが目立つようになるのだが、大地の女神の教会はそういったことがほとんど無いらしい。そこも民衆の支持を得ている要因だろう。ただ、大地の女神の教えの中には人の平等を謳っている部分があるため、貴族などの権力者とはあまり相性が良くない。


「大きな教会だな。」


 大地の女神の教会はその信者の数に応じた大きな建て構えをしている。ヨーロッパの大伽藍のような華麗さ華美さは無く、その大きさに比べ内装は質素で真っ白な作りであった。

 その一角で神聖魔法の治療を施している所にエミリーがいた。どうやら彼女も治療に協力していたらしい。

 エミリーは僕に気付いたが治療の途中なので動けない。僕は治療が終わるのを教会の中で待つことにした。

 エミリー達教会の神官とシスターは次々と訪れる信者達を、回復の奇跡で治していく。その中でもエミリーは一番多くの人を治しているみたいだ。その光景を僕は壁に寄りかかって見ていた。




「教会にはどのような御用で?」


 背後からいきなり声をかけられ僕が驚いて振り向くと、そこには質素ながらも他の神官やシスターと違い高級感漂う服装をした初老の男性が立っていた。


「いえ、彼女を待っているだけです。」


「シスター・エミリーのお知り合いですか。ああ、あなたがローダンの手紙にあったサハシ殿ですね?」

 

「ええ、そうですが。あなたは?」


「私はリオネルと申します。非才の身ですがこの教会で神官長をさせていただいております。」


 神官長ということは、この教会で一番偉い人だ。慌てて僕も自己紹介をする。


「これは失礼しました。僕はケイ=サハシです。エミリーと一緒にディルック村から来ました。村ではローダン神父に大変お世話になりました。」


「私はローダン神父とは修行の頃からの友人でして、筆不精の彼がわざわざ手紙であなたのことを書いてきたので一度お会いしたいと思っていたのですが、今日会えるとは神のお導きでしょうか。」


 ローダン神父は手紙に僕のことを書いていたらしい。僕についてローダン神父は何を書いたのだろう。




「ケイ終わりましたよ。……リオネル神官長さま。お話中のところ失礼しました。」


 治療を終えたエミリーが僕のところに来たのだが、リオネル神官長と話をしているのを見て慌てて後ろに下がってしまう。


「シスター・エミリー、あなたはこの教会のシスターでは無いのですから、そんなに畏まらなくてもよろしいですよ。私はサハシ殿と少しお話をしていただけです。」


「でも、神官長様と気安くお話するのは少し気が引けますので。」


「手紙を渡しに来られただけなのに、教会の治療の奉仕に加わっていただいたのですから、お礼を言わなければならないのはこちらです。なんでも回復の奇跡がものすごくお上手だと治療を担当している神官から聞いておりますよ。」


「ええ、それはネイルド村で数多くの怪我人を治したので...」


「回復の奇跡は唱えれば上達するものではありません。きっと貴方の献身を大地の女神様がお認めになったからです。」


「...」


 エミリーが沈黙している。彼女としては神聖魔法の腕が上がった理由が僕がマナを注入したこと(キス)にあることを知っているからだ。あれからエミリーはマナの保有量が以前より増えたらしく、それによって神聖魔法の効率が上がり、回復の奇跡による治療効果も上がっているらしい。


「さて、お二人の邪魔をしても悪いので...サハシ殿、良ければまた教会に来てくださいね。」


 リオネル神官長が教会の奥に引っ込もうとした時、教会の扉が乱暴に開かれ男達が十歳ぐらいの少年を運んできた。


「どうしたのですか?」


 リオネル神官長がただごとでない雰囲気を感じ尋ねる。


「そこの通りで子供が貴族の馬車に轢かれたんだ。このままじゃ危ない。回復の奇跡をかけて欲しい。」


 少年は馬車に轢かれたのかお腹が潰れている。即死しなかったのが不思議なくらいだ。

 慌てて治療担当の神官が駆け寄って回復の奇跡をかけているが、重傷すぎで回復するまでには至らず、かろうじて命をとどめている状態だ。


《人間(女):スキャン開始.....終了。腹部に致命的なダメージが有ります。早急な治療を提案します。》


(少年じゃなくて女の子だったのか..)


全回復の奇跡(リカバリー)を使える...シスター・ジェルソミナはいないのか?」


「彼女は産休で先週からいません。」


「他には? 誰かいないのか?」


 僕がリオネル神官長を見ると彼は首をふる。


「私は神聖魔法が苦手で回復の奇跡がやっとです。」


「エミリーはどう?」


 エミリーに視線を移すと、彼女は首を振った。


「回復の奇跡を唱えすぎました。全回復の奇跡(リカバリー)には(マナ)が足りません。」


 少女を見ながら悔しそうにエミリーは言った。


(マナが足りないだけなら)


「リオネル神官長、あの部屋を借ります。」


「よろしいですが、なにをされるのですか?そこは....」


 リオネル神官長の言葉を最後まで聞かず、僕は側にあった小部屋(懺悔室?)にエミリーを引っ張りこんだ。

「ケイまさかここで?」


「あの子を助けたいからね。大地の女神様も許してくれるよ。」


 そう言って僕はエミリーにマナを注入(キス)する。時間が無いので急速注入になってしまったがエミリーは慣れているから大丈夫だろう。


 部屋から出るとエミリーは少女に駆け寄り全回復の奇跡(リカバリー)を唱えた。僕も心配で側に着いている。


「大地の女神よ傷つき倒れ伏したる彼の者に命の息吹を与え給え~リカバリー」


 呪文の詠唱と共に少女にまばゆいばかりの光が集まる。光が収まると跡形もなく傷が無くなった少女が横たわっていた。


《人間(女):スキャン開始.....終了。 特に問題はありません。脅威度0.0% 》


「おおー、傷が跡形もなく治っている。」


「傷一つなく治せるとは、彼女の全回復の奇跡(リカバリー)は素晴らしい。」


「あのシスターは誰だ?見たことが無いが、新しく入信した人か?」


 周りのざわめきからエミリーの全回復の奇跡(リカバリー)はすごい効果だったらしいことがわかる。


「あれ、僕は?」


 傷が治った少女は目を覚まし、お腹を押さえ不思議そうな顔をする。


「お嬢さん、馬車に轢かれた傷は彼女が治療してくれたよ。」


 僕がそう言うと少女は顔を赤くして


「僕は男の子だ。」


 立ち上がると教会から走って逃げ出した。

 突然逃げ出した少女に僕や周りの人が唖然としてしまった。


「ケイ、あの子は女の子だったのですか?」


「エミリーは気付かなかったか。男の子の格好をしているけど、女の子だったよ。でもあの子はなんで逃げ出したんだろう?」


「普通全回復の奇跡(リカバリー)はものすごいお布施を要求されるのです。それで逃げ出したのでは?」


「そんな感じではなかったけどな~」


 結局少女は戻ってこず、ここに連れてきた人達も単に通りすがりで、たまたま馬車に轢かれる場面に出くわし善意でここに運び込んだらしく、誰も彼女については知らなかった。

 僕も教会の人も全回復の奇跡(リカバリー)についてお布施を欲しいわけではないのでみんな特に追求することはしなかった。


「尊い命を救っていただきありあがとうございます。」


「気にしないでください。目の前で救える命があるのに、なにもしないなんて僕には耐えられなかっただけですから。」


「サハシ殿は立派な考えをお持ちですね。何かお困りの際は私を訪ねてください。」


 リオネル神官長が少女を助けたことで僕達にお礼を言う。小部屋を借りたのは貴重な魔力回復薬(マナポーション)を彼女に飲ませる為と嘘をついたのだが、魔力回復薬(マナポーション)はかなり高額であり、それを見ず知らずの少女のために使った僕にリオネル神官長は感心していた。


 この騒ぎの為、僕達が教会を出たときにはすでに昼を過ぎてしまっていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


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