エステルの憂い
エステル回です。
02/21 脱字修正
イザベルとの商談(?)をまとめた僕はその内容をパーティのみんなに伝えるべくエミリー・エステル・リリーの三人を探していた。
すでに辺りは暗くなり、あちこちで火が焚かれており、商隊の人が集まって話し込んでいた。その中に三人が居ると思ったのだが、どの焚火の傍にもいなかった。
「何所へ行ったんだろう。」
商隊の人に三人のを見かけなかったかと尋ねると、彼女達が林の中に入っていったと聞くことができた。
「何で林の中に?」
僕は三人を探して林の中に入っていった。
ビルと森でゴブリンの巣を追いかけたことが役に立ち、彼女達が通った跡を追いかけることができた。十分ほど追跡すると森の中で何か喋っている三人を見つけることができた。
「何でこんなところにいるの?」
「「「ケイ!」」」
話し込んでいた彼女たちは僕の接近に気づいておらず、声をかけられ、ビックリしている。
「いや、そろそろご飯を食べたいからあっちに行こうよ。」
僕は林の外を指さして三人を連れていこうとしたが、僕が一人で来ていることを確認したエミリーとリリーが近付いてきて、僕の両脇を抱えてさらに林の奥に連れ込まれた。
「えっ、何でこうなるの?」
二人に挟まれ森の奥に連れ込まれた僕は混乱している。
「ケイにお願いがあります。」
「エステルさんとキスしてください。」
「へっ?」
二人の言葉にますます僕は混乱していくのだった。
◇
エミリーとリリーの二人の話をまとめると、大水晶陸亀との戦いやその後の治療の騒ぎでリリーと僕がキスをしてしまったことでエステルがどうもパーティの中で疎外感を覚えているらしいこと、そしてパーティを抜けたいと言っているとのことだった。
「ケイさんにエステルがパーティを抜けないように説得してほしいのです。」
「それは判るがなぜそこでキスの話になるんだろう?」
「それはやはりエステルだけがキスをして無いからです。」
「他の二人にして残り一人にしないなんて駄目です。仲間はずれはいけません。」
どうやらキスの有無で女の子は変わるらしい。僕には難しい話だった。
「でもエステルがキスなんて望んで無いなら...」
「そんなことはありません。」
リリーが肩を掴んでものすごい力で僕をシェイクする。
「エステルがケイさんを嫌いなわけないじゃないですか。それともケイさんはエステルが嫌いなのですか?」
「いやいや、僕だってエステルは可愛いと思うし、パーティのメンバーだし、二人と同じぐらい好きだよ。」
エミリーが一番と言って欲しかったと思うが、ここは少し空気読みました。
「エステル、聞いての通りケイも貴方を私達と同じぐらい好きと言ってくれてます。」
そんなエミリーが僕の後ろで話しを聞いていたエステルを僕の前に連れてくる。僕はエステルが会話を聞いていた事に照れてしまう。
「ケイは本当に私をみんなと同じぐらい好きなの?」
エステルは泣いていたのか目が赤く、いつもと違って女の子らしい仕草で僕に聞いてくる。
(うう、ものすごく可愛い)
「聞いてた通り、僕はエステルもエミリーやリリーと同じぐらい好きだ。パーティを抜けるなんて言わずに僕に付いて来て欲しい。」
顔から火が出そうなぐらい恥ずかしいが、これが僕の嘘偽りのない気持ちである。
「嬉しいです。」
顔を手で覆って泣き始めるエステル。エミリーとリリーは僕に目線で「キスしなさい」とプレッシャーをかけてくる。
僕は覚悟を決めてエステルの肩を抱きしめ、顔を軽く持ち上げキスをした。
「マナを注入してあげてください。」
リリーが僕の耳元でささやくので、エステルにもマナを注入していく。
「あん..」
エミリーやリリーと違って魔法が使えないエステルはマナ注入に弱いのだろうか、稼働率1%の状態でゆっくり注入しているにもかかわらず、気持ちが良くなってくる時間が早い。一分ほどでエステルは恍惚とした表情のまま気絶してしまった。
「これでエステルも」「私達の仲間です。」
手をがっしりと握り合うエミリーとリリー。僕は気絶したエステルを抱きかかえながらなぜこうなってしまったのか思い悩むのであった。
◇
翌日、僕と顔を合わせたエステルはスッキリとした顔をしており、いつもの彼女に戻っていた。
昨晩は僕に近付かないようにとリリーが念をおして三人で夜遅くまで何かを話し込んでいた。耳の集音率を上げれば話の内容は聞けると思うが、会話の内容が恐ろしくてそんなことは出来なかった。
「ケイ様、おはようございます。」
イザベルが僕に挨拶してくる。僕はそこでイザベルとの商談の話を三人にしていないことを思い出した。
「えーっと、今回の大水晶陸亀を退治した件ですが、アドルさんとイザベルさんとの協議の結果、倒したのではなく死んでいた大水晶陸亀を見つけたという事でごまかすことにしました。後、素材についてはイザベルさんとこのギーゼン商会に買い取ってもらい、商会がそれを売ってえた利益の四分の一を後払いでもらうことにしました。」
僕が昨日の話を説明しても三人は特に反応もなく黙って聞いていた。僕としてはエステルあたりが猛烈に反対すると踏んでいたのだが彼女もこれで問題ないらしい。
「ケイさんならそんな感じで話をまとめると思ってました。」
「だね。」
彼女達の反応が予想外だったので、ニコニコしているエミリーに昨晩何を話したのか聞いたところ、
「ケイが普通の人ではない事を彼女達に話しておきました。そしてできれば自分の事は秘密にしておきたいことも伝えました。後、この世界を見て回りたいと、それに私も付いて行くことを言うとお二人も一緒に行くと言っておられました。」
(すでに根回し済みか。エミリー恐ろしい娘!)
ともあれ、エミリーのお陰で大水晶陸亀の件についてはパーティ内の意見は統一できたようだ。
よく考えるとエミリーだけじゃなくエステル・リリーの面倒も見ることになったのだと後で気付き、自分にそれだけの甲斐性があるのか悩むのであった。
◇
「ところでケイというか私達は今日はどうするのでしょうか?」
「そうだね、とりあえず大水晶陸亀から素材を剥ぐのをやろうかなと。アドルさんのパーティも手伝ってくれるみたいだし、早くやってしまわないと腐っちゃうからね。イザベルさんも冒険者ギルドに使いを出したから今日の午後には応援部隊も来ると思うよ。」
魔獣から素材を剥ぐのは面倒な仕事である。しかも今回の相手は全長三十メートルの巨体だ。
三人は嫌な顔をしながらも、素材がお金になることが判っているので素材を剥ぐための道具の準備を始めた。
周りの商人たちも朝食を早々に片付け大水晶陸亀解体の準備にとりかかっている。 そんな野営地に突然叫び声が上がった。
「おい、アレは何だ?」
「空を飛んでるな。鳥じゃない、結構大きい。」
「ん?アレはグリフォンじゃないか?」
「アドルさんを呼んでこい。」
どうやらグリフォンが野営地にやって来たらしい。
「...そういえばシフォンは何所に言ったんだっけ?」
「確かエミリーが一緒に連れて来てたはずですが。」
僕達の注目を浴びたエミリーは
「すいません、小さくてもグリフォンを連れてきたら問題かなと思い、林の近くで待っているように言って置いてきたのを忘れてました。」
と僕達に謝った。
「じゃ、今飛んできているのはシフォン?」
「その可能性が大きいというか、それしか考えられないよ。」
「アドルさんのパーティがグリフォンに向かったそうです。」
僕たちは大慌てでアドルのパーティを追いかけた。
アドルのパーティが弓と魔法でグリフォンに攻撃を仕掛けようとしたのを寸前で止めて、僕は空を飛ぶグリフォンを呼び寄せた。
「しかし、シフォンはいつの間に空を飛べるようになったんだ?」
「魔獣ですから成長が早いのですね。」
「いろいろな出来事があったけど、あの子が孵ってからまだ一日しか経ってないです。成長が早すぎます。」
などと話しながら僕たちはシフォンが降りてくるのを待っている。シフォンは僕達に向かって降りてくるが、その姿が少し変わっていることに僕は気がついた。
「シフォンってこれぐらいの大きさだったのに、あのグリフォンは馬よりちょっと小さいくらいあるね。」
「シフォンにしては大きいですね。」
「でもケイやエミリーの声を聞いて降りてきたんだから、やっぱりシフォンじゃないのでしょうか?」
降りてきたグリフォンは飛ぶのが下手くそなのかうまく着陸できず、ものすごいスピードのまま僕にぶつかってきた。
「どっせいっ」
僕は力を込めてシフォンを受け止めた。シフォンは僕に会えて嬉しいのか顔をすり寄せてくる。
「この懐き様。やっぱりシフォンです。」
「一晩で成長しすぎです。餌も与えてないのに...あっ」
リリーが何かに気づいたのかシフォンの口の周りを見る。
「何か食べた跡がありますね。おそらくシフォンは大水晶陸亀の肉を食べたのでしょう。」
リリーによると魔獣はマナを過剰に摂取すると成長が早まってしまうらしく、シフォンは僕が倒した大水晶陸亀のマナがたっぷりあふれる肉を食べてしまい急激に成長したのではということだった。
「昨日まで小さかったのに急に成長して困ったな。」
野営地に戻りイザベルさんにシフォンを見せると、街に戻れば騎獣用の手綱とかのアイテムを探してくれることと調教師を探してくれることを約束してくれた。
◇
大水晶陸亀の解体は一筋縄では行かなかった。僕が5%の出力でマナを込めた剣でようやく切り裂ける硬さの皮膚ななのだ、普通の解体ナイフで歯が立つわけがない。
「ケイ、足をこの辺りから付け根まで切り裂いて。」
「サハシさん、尻尾の辺りにも切れ目を入れてもらえませんでしょうか?」
「サハシ様、午後になったら冒険者ギルドの人がドラゴンの皮も切れるという工具を持って来ますから、それまで宜しくお願いします。」
イザベルが頼み込むので、唯一大水晶陸亀の体を切り裂ける剣を持った僕は、魔獣の体の上を駆けずり回る羽目になった。
「しかし、これだけのサイズの素材をどうやって運ぶんだろう?」
「ああ、運ぶのはこれを使います。」
イザベルは僕に手提げサイズの鞄を見せてくれるが、その大きさでは大水晶陸亀の牙すら入りそうにない。
「?」
「サハシ様は"無限のバッグ"を知っておられないようですね。」
「ええ、田舎者なので。」
僕は名前を聞いた瞬間どんな機能を持つアイテムか判ったのだが、知らないふりをして話を聞くことにした。
「この鞄は無限に物を入れることができるのです。しかもこの口より大きな物も入れることができます。それに入れてしまった物は重さを感じないので、本当にどれだけでも物を入れることができるのです。」
「生き物も?」
「生き物は無理です。あと、この中に入れたものは取り出すまでそのままの状態で中に入っています。」
僕はわかっていて聞いたがゲームにあった同名アイテムと同じで生物は無理らしい。しかし中の物は状態が変わらない、つまり時間が停止しているとなると、食料品や生物を運ぶのに便利である。
「それっておいくらなんでしょうか?」
「とても貴重なもので、普通に買うことはまず不可能です。ギーゼン商会もこれ一つしか持っていません。祖父がこれを手に入れてくれたおかげでギーゼン商会はアルシュヌの街で十本の指に入る商会になれたのだと父は言っていました。」
「そうですか...なんとかして手に入れたいものですね。」
「王都まで行けばあるかもしれませんが...」
ファンタジーで一番理不尽なアイテムを目にして、いつもパーティの荷物持ちをしている僕はいつか王都に行き、必ず手に入れると誓った。
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