商隊を救おう
大水晶陸亀を倒し、商人たちが退避している林の所まで戻って来るとエステルとリリー、そして闘いの間に追い付いてきたのかエミリーが近寄ってくる。
「大水晶陸亀を倒したのですか?」
「うん、リリーのお陰で倒すことができたよ。」
「本当に倒したのか..」
「ケイ、リリーのお陰って?」
エミリーは僕とリリーの間に何があったのか聞きたそうにしていたが、
「詳しい話は後にして、まずは怪我人やブレスでやられた人を助けないと。」
と僕は会話の流れを強引に変える。
(リリーとキスをしたって聞いたらエミリーは怒るかな?)
「負傷していた人はあらかたエミリーが治しちゃったよ。」
「後はブレスにやられた人達ですが...」
僕は手近のブレスにやられた人を見る。
《対象人物をスキャン:開始...終了 人間(男性)は水晶と未知のフィールドに覆われています。》
(未知のフイールド?)
《未知のフィールドが何かは不明です。》
(生きているのかな?)
《生命活動スキャン:開始...終了 呼吸停止、体温3度、脈拍無し、仮死状態にあります。》
どうやら水晶に包まれている人は死んではおらず仮死状態にあるらしい。
「まだ生きている?」
「本当に生きているのですか?」
僕のつぶやきを聞いたのか背後から女性の声がする。
「おそらくですが..」
振り返ると赤毛で目付きの鋭い美女が商人らしい男達に抱えられて立っていた。足元はブレスを浴びたのか水晶に包まれている。
「貴方は?」
「彼は家の手代です。本当に生きているなら、助けてもらえないでしょうか。」
赤毛の美女は、目に涙を浮かべながら僕達に水晶に包まれた人を助けてくれとお願いしてくる。彼女を支えている男達も何とかしてくれないかと目で訴えてきている。
「ケイ、彼女はこの商隊の持ち主のイザベルです。ここにいる人達はみんな彼女の商会の手代や丁稚さん達です。」
僕が困っているとリリーが彼女について教えてくれた。
「イザベルさん、仲間と治せる方法を考えますので少し待っていてください。」
僕にすがりつくようにして頼み込むイザベルを先ほどの男達にあずけ僕たちは治療の手段を相談する。
「リリーはこんな状態の人を治せる方法知ってる?」
「聞いたことがありません。試しに状態回復魔法をかけてみたのですが治りませんでした。」
「ケイが水晶を切っちゃえば?」
エステルが乱暴なことを言う。
「水晶の殻だけ切るなんて器用なことはできないよ。切り裂いたとしても本当にそれで助かるかもわからないしね。」
「全回復の奇跡なら治せるかもしれませんが...でも今の私では力が足りず、唱えることが出来ません。でもケイに・・《キス》してもらえれば唱えることができるかも...」
「エミリー良く聞こえなかったけど、ケイに何をしてもらえば全回復の奇跡が使えるんだって?」
「・・《キス》です」
「なに恥ずかしがってるんだい、人の命がかかってるんだからはっきりしようよ。」
「多分エミリーはケイとキスすれば唱えられると言っているのです。」
リリーがエミリーの代わりにエステルの問いかけに答える。
エミリーは「なぜリリーが?」と言った顔でリリーと僕を見つめた。
「キスだって? リリーもエミリーもおかしくなったんじゃないの。」
エステルは怒りだしてしまった。
事情を知らなければ、キスすれば呪文が唱えられるって言われたら「ふざけてるのか」ってなるとは思う。
「エステルは魔法が使えないから理解らないと思うのですが、ケイさんのキスにはそれだけの力があるのです。」
リリーが凄く恥ずかしいことを言ってくる。
僕はそんなリリーの乙女らしいというか恥ずかしいセリフに精神ダメージを喰らい、頭を抱えている。
「なんでリリーがそんなことを知っているんだ。えっもしかしてもう...」
リリーが顔を赤らめて下を向いてしまったので、エステルは僕を睨みつける。
エミリーも何か裏切られたような顔をして僕を睨みつけている。
「あれは大水晶陸亀を倒すのに、どうしてもリリーの力が必要だったんで...」
「キスしたんだ。」「キスをしたんですね。」
詰め寄るエステルとエミリーに僕はコクコクと頷く。
「エステル、エミリー、今はそんなことを言っている時では無いと思うのです。とにかくブレスにやられた人を助けないと。」
「う、そうだね。」
「そうでした、早く皆さんを救わないと。」
リリーが助け舟を出してくれたお陰で僕の弾劾裁判は一旦終了した。でも僕を睨むエステルとエミリーの目はまだ終わっていないと告げていた。
「エミリーはケイにキスしてもらって奇跡を試してみてください。あとできれば私にもキスをしてくださると助かります。」
リリーが何か吹っ切れたかのように指示を出してくる。でもリリーにもキスをする必要があるのか?
「リリーにも?」
「ええ、先ほど状態回復魔法が効かなかったとお話しましたが、あの状態ならもしかしたら治せるかもしれませんし。」
「...わかったよ。人命優先だものな。」
そんなリリーをエミリーとエステルは裏切り者といった目で睨んでいた。
相談が終了したので、イザベルに手代達に魔法をかけて見ることを告げておく。
「なんかキスとか聞こえてきたけど大丈夫なの?」
「それは気にしないでください。」
エステルが大声だったのでイザベルの所まで話の内容が聞こえていたようだ。
人前でキスをするのは恥ずかしいので林の木陰にエミリーと隠れてキスをする。時間を短縮するために賢者の石の稼働率は5%にあげた。
「リリーにもキスをするなんてケイは浮気者です。私は...」
二人っきりになるとエミリーが愚痴をぶつけて来るが、僕はその彼女の唇を強引に奪って愚痴を黙らせる。
「んっ」
前より注入率を上げたので少し苦しかったのかエミリーが少し悶えたが、すぐに恍惚とした表情となり僕の唇に激しく吸い付いてきた。三十秒ほとで唇を離すとエミリーは座り込んでしまった。
「大丈夫?」
「はい、三回目ですから...大丈夫です。」
エミリーに手を貸して立たせてあげる。三回目ともなるとマナの注入にもだいぶ慣れてきたようだ。
「じゃあ、試してみます。」
エミリーが水晶に包まれた男性に全回復の奇跡を唱え始める。
「大地の女神よ傷つき倒れ伏したる彼の者に命の息吹を与え給え~リカバリー」
呪文の詠唱と共にまばゆいばかりの光が集まる。光が収まると水晶から解き放たれた男性が地面に横たわっていた。
「出来ました...」
「やったねエミリー。これで他の人達も救えるよ。」
「ええ、でもかなり力を使ってしまうので後何回か唱えたらまたお願いします。」
「うん、理解った。」
エミリーは次の人に魔法を唱えに向かう。
「ケイ、次は私の番です。」
エミリーがいなくなったタイミングを見計らって、リリーが僕の腕を掴んで林の方に引っ張っていく。
「リリー、慌ててない?」
「エミリーさんが居ない時のほうがケイも良いでしょ?」
確かにそうなんだが、まるで妻が留守の時に旦那さんを誘惑する未亡人と情事を楽しむような背徳感が漂う状況で自分がとてもエッチな男に思えてくる。
(サイボーグになるまで彼女もいなかったし、どっちかといえば草食系男子だったと思うんだけど。こっちに来てから僕ってモテてるのかな?)
リリーは僕を先ほどエミリーとキスした場所に連れて行き、彼女から抱きついてキスをしてきた。
長い黒髪の小柄な体のおしとやか系に見えるリリーは美しいというより可愛い妹みたいな風貌である。今まで僕に対しては少し距離をとっていたはずの彼女だが、キスをしてから何か一皮むけた様に僕に対して積極的にアプローチしてくるようになった。
「ケイ、考え事しないでマナを注入してください。」
リリーはそう言ってまたキスをしてくる。僕はリリーにマナを注入するのに集中した。うん、キスじゃなくてそっちに集中したのだ。
マナを注入してもリリーの魔法では体を全て水晶に覆われた人は回復できなかったが、体の一部や物を覆っている水晶を消すことは出来たので、リリーはそう言った人や物を次々と回復していった。
一度のマナ注入で全員を助けることが出来ず、何回も二人にマナ注入して全ての人と荷馬車など主なものから水晶を取り除くことが出来たのは午後も遅くなってからであった。
「全ての源となるマナよ集まりて彼の者の状態を復活せしめよ。レストア」
リリーの状態回復魔法により最後に残ったイザベルの足を包んでいた水晶は無くなった。
◇
「本当に有難うございます。サハシ様がいなければ私達は全滅していました。」
すでに何回目かになるイザベルの感謝の言葉を僕は受け取っていた。
辺りはすでに暗くなってきており、商隊はここで野営することになりその準備に追われていた。
幸いなことに荷馬車はブレスで水晶に覆われた物があっただけで積み荷にはほとんど被害がなかった為ここで野営をするのは問題ない。
「君たちが大水晶陸亀を倒したんだって?」
僕達がイザベルと話していると護衛の冒険者のリーダー、アドルが話しかけて来た。護衛の冒険者は全員ブレスを喰らって回復後も意識を失っていたのだが、アドルは目を覚まして周りの人に状況を聞き、魔獣を倒した僕達を探してここに来たらしい。
「運が良かったんですよ。」
「バカを言うな、運だけで大水晶陸亀は倒せない。」
「いえいえアドルさん達、護衛の冒険者の方々の攻撃があったからこそ商隊が守れ、僕も大水晶陸亀を倒せたのですよ。」
「いや、俺達は全く歯が立たなかった。」
「...僕としてはアドルさんと共同で大水晶陸亀を倒したことにしたいのです。」
僕としては大水晶陸亀を倒したのは目の前で人が死んでいくのが嫌だったからで目立ちたいわけではないのだ。エステルやリリーは怒るだろうが、できれば大水晶陸亀を倒した名誉も全てアドル達に譲りたいくらいだ。
「俺達が何をしたんだ。」
アドルは僕の言葉を聞いて怒りだした。彼はあの危機的状況で商隊を見捨てなかった程の人だ、とても僕の提案を受け入れてくれそうにはなかった。
そこで僕は少し方向転換することにした。
「アドルさん、訳あって僕はあまり有名になりくないのです。それに僕はまだ冒険者仮登録で、パーティのメンバーも初級の下と冒険者ですら無い子も混じっています。そんなパーティが大水晶陸亀を倒したなんて言ったらどうなります?」
「そりゃものすごく新人が現れたと噂になり、うまくすれば国からもお呼びがかかるだろう。それぐらいものすごい功績だぞ。」
「僕は目立ちたくないのです。それにアドルさんみたいに他人の功績を認めてくれる人ばかりなら問題ないでしょうが、冒険者はそんな人ばかりなのですか?きっと妬まれたり僕達の功績のおこぼれに与ろうと色々画策してくる人達の方が多いでしょう。」
そう、僕の祖父のように多大な功績を上げた人は妬まれ、嫌われる。それが人間ってものだ。みんなが聖人君子ではないのだ。
「まだ冒険者として駆け出すことすらできていない僕達に、この功績は大きすぎます。」
「確かに...」
「そこでなんですが...」
僕はアドルに提案を持ちかけた。
「まず大水晶陸亀は既に死んでいたことにします。そしてそれを僕たちとアドルさん達が見つけたと言うことにしませんか?」
「倒したことすら隠すのか?」
「幸いこの商隊の人以外は大水晶陸亀を見てませんし、倒したと言うよりは信憑性があるでしょう。」
「俺達はそれで良いが、襲われた商隊の人達はどうするんだ? 喋ってしまうと思うが?」
「その辺はイザベルさんにお願いします。」
「えっ?私が?」
突然話を振られてイザベルは慌てた。
「はい、イザベルさんはこの商隊の持ち主で、商会のトップですよね。幸い死人が出てませんし何とかしてほしいのですが。」
イザベルに商隊の人達の対応をお願いする。
「...命を助けていただいた御恩もあり私としてもそうしたいのですが...今回の商隊がうまくいかなかったのでおそらくギーゼン商会はつぶれるでしょう。そんな私の言うことをみんなが聞いてくれるかどうか...」
僕はイザベルからネイルド村に老成体のワイバーンの素材を買い付けて一発当てないと潰れてしまうというギーゼン商会の状況を聞いた。
「そうですか...じゃあ大水晶陸亀の素材をイザベルさんに売りましょう。」
「ええー」
イザベルが驚いて倒れそうになる。あわてて僕が抱き止めると、驚きのあまり青ざめていた顔が一気に赤くなってしまった。
「すいません、驚かせてしまったようですね。」
「い、いえ。それより大水晶陸亀の素材を私に売ってくださると言うのは?」
「言葉通り素材をギーゼン商会で買ってもらいたいのです。どっち道、僕たちじゃあんなデカ物どうしようもありませんからね。...そう言えばアドルさんのパーティーの取り分を忘れてました。アドルさんとは半分で分け合うと言うことでよろしいでしょうか。」
「ちょっと待ってくれ。」
分け前の話を突然降られたアドルさんは胸を押さえて僕を睨み付ける。
「大水晶陸亀の退治の功績はこの際おいておいて、素材を半分にするってどういうことだ?」
「いや、アドルさん達と一緒に発見したわけですし。半分ずつで分けあえばよいかと。」
「サハシ様、大水晶陸亀の素材がいくらで売れるとお思いなのですか?」
「全くわかりませんが。」
ユーインの店で魔獣の素材の値段のリストを記録したが、超レア素材の大水晶陸亀の値段など載っていないので全く見当もつかない。
「捨て値で売っても石龍貨五千枚はするぞ。」
アドルが言った石龍貨五千枚とはおよそ日本円で五十億ぐらいだろう。ちなみに石龍貨=白金貨十枚=金貨百枚である。
捨て値でそれだけなのだ、普通に売れば石龍貨二万枚はいくだろう。
ギーゼン商会の最盛期の年間の売り上げが石龍貨十枚なのだ、その金額の大きさがものすごいことがわかるだろう。
こんな高額の商いをできるのは王都の大商人ぐらいであり、ギーゼン商会ではとても支払える額ではない。
「とてもうちじゃ払えきれません。」
イザベルは既に涙目である。
「別に一度に払ってくれなくても良いですよ。売れたらでよいのですが?」
動揺する二人を落ち着かせ僕は大水晶陸亀の素材の扱いを決めた。
素材はギーゼン商会が全て買い上げ、僕は報酬として売り上げの二十五パーセント、アドルさん達は1パーセントを利益が出た時に払ってもらうことにする。残りは商会の取り分と口止め料である。
「本当に1パーセントでよいのですか?」
「1パーセントでもとんでもない金額なんだぞ。俺たちはこれで十分だ。」
アドルさんは本当に真面目な人であった。
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