vs クリスタル・トータス
02/21 誤字脱字修正
大水晶陸亀に襲われている商人の所まで普通に進むと三十分はかかるだろう。
僕は右手にエステル、左手にリリーを抱え走り始めた。
エミリーとグリフォンは直接戦闘に関われないのでゆっくり来てもらうことにする。
不満気な顔のエミリーにグリフォンのことを頼み僕は二人を抱えて時速60キロで走り始めた。
「「きゃー」」
僕に抱えられた二人は悲鳴をあげるが、僕の目には荷馬車を守っていた冒険者達が大水晶陸亀のブレスで水晶のようになり倒れてしまったのが見えてしまったので、それを無視して更にスピードを上げる。
◇
私ことイザベル・ギーゼンはアルシュヌの街に本拠を構えるギーゼン商会の三代目だ。祖父の代で立ち上げ父の代でアルシュヌの街でも十本の指に入る程度に大きくなった商会は、父の急死により急遽私が後を継ぐことになってしまった。
私は18歳、やり手だった父の後を継いだは良いが商売に関する知識はあっても経験が足りず、いくつかの取引で失敗をしてしまいギーゼン商会は今経営が危うくなっている。
父の死後、私が跡を継ぐことに反対し、私と結婚して店を乗っ取ろうとした番頭を商会から追い出したことで多くの手代も店を去っていった。
そんな時ネイルド村で大暴走が発生し、老成体のワイバーンが二匹も狩られたことが伝わってきた。
街道は大暴走の影響で封鎖されており、未だネイルド村との通行は危険な状態である。つまり商人は誰もネイルド村に向かっていないのだ。
大物ワイバーンの素材をネイルド村で買い上げて街に持ってくれば今までの失敗を取り返すぐらいの儲けが出る。
そして私は勝負に出た。冒険者ギルドで中級の中クラスのパーティを護衛に雇ってネイルド村に向かう商隊を送ることにしたのだ。
街を出て半日、ゴブリンや一角狼などの魔獣と何回か出くわしたが、護衛の冒険者が全て排除してくれた。
雑魚ばかりという彼らの言葉にイザベルは安堵した。これで後は村に着いてワイバーンの素材を買い付けるだけと思った矢先にそいつが現れた。
「何あれ?」
林を抜けるとキラキラと光る山のようなものが近付いてくるのが見えた。
「馬鹿なあんな奴がこんな所に。」
護衛の冒険者は大騒ぎをしている。
近付いてくるのが魔獣、大水晶陸亀だと気づいた時には、魔獣は目前に迫っていた。
「みんな散り散りになって逃げるんだ。」
護衛の冒険者のリーダー...確か名前はアドルとか言ったはず...が商隊の人に叫ぶ。
護衛の冒険者は逃げ出すかと思ったが大水晶陸亀の気を引いて私たちを逃がそうとしてくれている。
大水晶陸亀に向かって火の玉や矢が飛ぶが、魔獣は意にも介さず大きく吠えると馬車に向かってきた。
魔獣の咆哮には人の心を打ち砕く魔力が込められていると聞いたことがあるが、大水晶陸亀の咆哮はまさに魔力が篭っていた。それを聞いてしまった私は腰が抜けてしまい馬車を降りたところで座り込んでしまった。荷馬車の中の手代達も腰が抜けて馬車を降りられないでいた。
冒険者のリーダーはさすがに咆哮に耐えたのか勇敢に魔獣の目の前に出て剣を振るい、馬車の手代達の脱出の時間を稼ごうとしてくれた。
大水晶陸亀はその大きさが災いしてなかなか冒険者を振り払えないでいた。苛立った大水晶陸亀はまとわり付く冒険者にむけ大きく口を開けた。
「ブレスが来るぞ」
大水晶陸亀の口から光る風のようなものが放たれ、それを浴びてしまった冒険者は水晶に包まれてしまった。馬車の中の手代や番頭もみな固まってしまった。私は馬車の影に倒れていたお陰で足だけが固められて状態だ。
大水晶陸亀が目の前にやって来てもう終わりだと顔を伏せたとき彼は現れた。
◇
エステルとリリーを馬車から少し離れたところに降ろして、僕は一人で大水晶陸亀の前に立ちはだかった。大水晶陸亀は突然目の前に現れた(様に見える)僕を訝しげに見ている。
「デカイな~」
近くで見ると大水晶陸亀が凄く巨大な事を実感する。全長は三十メートル以上、背中の甲羅の部分も高さは十メートルはあるだろう。まさに歩く水晶の小山である。
《未確認生命体:スキャン開始.....終了。対象は硬度7の水晶を身に纏っています。脅威度:30.0%》
水晶の硬度は7、鋼鉄より固い装甲を身にまとっているだけあり、ワイバーンの三倍の脅威度と計測される。
「とりあえず後ろの連中を助けだすまで注意を引かないとな。出力3%にアップだ!」
《主動力:賢者の石 3%で稼働させます。》
街へ向かう旅路の途中で、僕はヴォイルから教えてもらった剣にマナを通すということを実践してみた。結果は彼の言う通りで、剣はマナを通すことで切れ味も頑丈さもはるかに良くなった。大体1%上げる毎に倍増していく感じだ。
つまり出力3%ならワイバーンと戦った時に比べ8倍の切れ味と頑丈さを持つ。これなら大水晶陸亀も切り裂けると僕は踏んでいる。
僕は剣にマナを通すと力いっぱい大水晶陸亀の顔を切りつけた。
ガコーン
切りつけたのにまるでドラム缶を金属バットで殴ったような音がする。
剣は大水晶陸亀を殴りつけても持ちこたえたが、魔獣も衝撃で顔が横を向いただけでその頑丈な皮膚にはかすり傷一つ着いていなかった。
「本当に固いな。こうなったら出力5%にアップだ!」
《主動力:賢者の石 5%で稼働させます。》
僕は大水晶陸亀の右側に回りこみ、太さ五メートルはある足に切りつけた。
「グギャァー」
剣は足を切り裂き、大水晶陸亀は苦悶の叫び声を上げた。格段の硬さを誇る大水晶陸亀にとって初めて負った傷かもしれない。
大水晶陸亀は傷を負わせた僕を追い、右に旋回していく。少し距離を取ると、大水晶陸亀は僕を睨みつけ、のそのそと追いかけてきた。
(作戦通り!)
エステルとリリーには、僕が大水晶陸亀を引き付けている間に商人たちを助けるように言ってある。荷馬車の辺りを見ると、生き残っている人と共にブレスによって水晶のオブジェとなってしまった人を運び出している。
(水晶化した人を運ぶのに手間取っているな。もっと時間を稼がないと...)
僕は噛み付きとブレスを左右に飛び回りながら避け、大水晶陸亀の足を切りつけ手傷を負わせる。
さすがに一撃で切り落とせるとは思ってなかったが、大水晶陸亀は固いだけではなくものすごい再生能力を持っていた。切り裂いたはずの足がシュウシュウと音を立てて治って行くのだ。
普通に戦っていたら倒しきれないと僕は判断して、細かくて傷を負わせ、魔獣の憎悪を僕に集中させることにする。
商人たちから五百メートルほど離れると、僕は本格的に大水晶陸亀に対して攻撃を仕掛け始める。
《主動力:賢者の石 10%で稼働稼働させます。》
大量のマナを流し込まれた剣が淡く銀色に光り始める。出力10%は剣が耐えられる限界の出力である。
「まずは右前足。」
出力を10%に揚げ限界までマナを流した剣はたやすく大水晶陸亀の右前足を切り飛ばした。
「ピギュグアー」
よくわからない咆哮をあげ大水晶陸亀が倒れる。
「次は首を...って、顔引っ込めるなよ!」
次は首を切って終わりにと思ったら大水晶陸亀はまさに亀のごとく首も足も甲羅の中に引っ込めてしまった。
僕は試しに水晶の甲羅に一太刀入れてみたが恐るべきことに剣が弾かれてしまった。
(これ以上マナを流すのはは剣が持たないし。どうしよう。)
大水晶陸亀は甲羅の中で回復に務めているのか甲羅の隙間からシュウシュウと音が聞こえる。おそらく治ったらまた襲ってくるだろう。
僕は魔獣の周りを一周して何所か攻撃が効きそうな箇所が無いか探したが、全て水晶の甲羅に覆われていた。
(亀と一緒なら腹のあたりは少しやわらかいと思うんだが...この巨体をひっくり返すのは...オーガでも無理だな。)
全長三十メートルの巨体をひっくり返す算段をしながら周りを見渡すと、ブレスを浴びて水晶化した木が目に入った。二メートルほどの太さの木を剣で切り倒して硬さと強度を調べる。
(なんとか行けそうだな。後は少し地面が傾斜しているところに奴を誘い出して...)
少し離れた場所にゆるやかに下る斜面があるのを見つけ、僕の作戦は固まった。
商人たちを助けているリリーの元に僕は駆け寄った。
「リリー、手伝って欲しいんだけど?」
「えっ?キャァ」
有無を言わさずリリーを抱きかかえると先ほど見つけた斜面の所に連れていく。
「この斜面を君の魔法で凍らせて欲しいんだ。」
「ええ、この斜面をですか?。無理です広すぎます。」
僕が凍らせてほしいと頼んだ斜面は小学校のグランドぐらいの広さがあった。さすがに彼女一人ではマナが持たないという。
「試しにやってみますが、あまり期待しないで下さい。」
リリーは氷の壁の魔法を唱え斜面を二メートル四方を凍らせた。彼女はこの魔法をあと五回は唱えることが出来ると言うが、それではこの斜面を全て凍らせることなど無理だろう。
「うーん、ここを凍らせないと大水晶陸亀が倒せないな~。」
「ケイはあれを倒す気なのですか?」
「この斜面を凍らせれば、なんとか行けそうな気がするんだが。」
「それで倒せるのですか....私にもっとマナが有れば良いのですが...」
そう、リリーに足りないのはマナだ。マナが十分に有れば斜面を凍らせることが出来るかもしれない。
大水晶陸亀の方を見るとそろそろ足が治って動き出しそうだ。あまり時間の猶予は無いだろう。
僕は意を決してリリーに言ってみる。
「リリー、マナが有ればなんとかなるんだね?」
「おそらくですが...でも人が自分の身体に持つマナの量は生涯変わらないものです。」
「一時的にだけど、僕はリリーのマナをものすごく増やしてあげることが出来るんだ。」
「ええ、本当ですか?」
リリーは期待するような目で僕をみつめる。
「ただそれにはちょっとした儀式が必要でね...」
「何でしょう、私に出来ることならなんでもします。その儀式を教えて下さい。」
マナを増やすということは魔法使いとしてものすごく重要なことらしい。リリーが食いつかんばかりに僕に顔を寄せてくる。
「えっとね、儀式ってのは僕とキスすることなんだ。」
「...ケイ、冗談はよしてくださいね。キスでマナを増やすなんて何処のおとぎ話ですか?」
リリーが期待を裏切られたと言ったものすごく怒った顔をする。
「嘘の様に思うかもしれないけど、本当なんだよ。試しに僕の手を握ってみて欲しい。」
僕はリリーの手を握る。そこから少しづつ彼女にマナが流れ込んでいくのを感じる。
「んっ、マナがケイから流れ込んでくる。」
魔法使いであるリリーにはマナの流れが理解るのだろう、僕の手からマナが入っていくのを感じ取っている。
「これで理解ってくれたかな?」
「確かにケイからマナが流れこんでくるのを感じました。でもキスだなんて...」
普段冷静なリリーが顔を真っ赤にして照れているのがすごく可愛い。
「時間があまりない気がするんだ、どうするか決めて欲しい。」
僕の言葉に彼女は真面目な顔になる。
「本当にこの斜面を凍らせたら大水晶陸亀を倒せるんですね。」
「保証は出来ないけどおそらく。」
「...分かりました。キスしましょう。」
リリーが決断してくれた。
「良いんだよね?」
「はい、でも恥ずかしいのでケイは目を閉じていて下さい。」
僕が目を閉じるとリリーの手が僕の顔を優しく抱え下に向けさせた。そしてリリーの柔らかな唇が控えめに僕の唇に吸い付いてきた。
《マナを注入中: 100ミューオン/秒で伝達されています。》
出力10%のままであったのでエミリーに注入した時より急激に注入されリリーの顔が少し歪む。僕は唇をはずし
「きつい?もう少し弱くしようか?」
とリリーに聞いてみる。
「いえ、ちょっと驚いただけです。この短い間のキスで今まで感じたことが無いほど私の身体にマナが満ち溢れています。...ケイ、もっとマナを注いで下さい。」
リリーはまた僕にキスをしてくるが、先ほどとは違い積極的に唇を押し付けてきた。そして注入が進むと共に彼女の顔が恍惚としてくる。
(そろそろ止めないと気絶しちゃうかな?)
僕が唇を離すとリリーは名残惜しそうな顔をするが、自分でそれに気づき顔を真っ赤にしてうつむいた。
「リリー、やれそう?」
「はい、やってみます。...あの、ケイにお願いがあるのですが、私が魔法を唱える間手を握ってもらえませんでしょうか?」
「良いけど?」
「これだけのマナを制御するのが少し怖いのです。」
リリーは僕の手を握ると、氷の壁を唱え始めた。
先ほど唱えた時と異なり、氷の壁が斜面いっぱいに広がってゆく。
「す、すごい、一度にいけるのか?」
リリーはすごい魔法の才能を持っているのかもしれない。たった一回の魔法で斜面を全部凍らせてしまった。
「は、はぁ、こ、こんな大量のマナを制御したのは初めてだったので不安だったのですが、うまく行きました。」
リリーは魔法を唱え終えると座り込んでしまった。彼女の魔法で斜面はスケート場のように完全に凍りついてくれた。
「ありがとうリリー、これであいつを倒せるよ。」
「そうですね、私のキスを賭けたんですから必ず倒してくださいね。」
僕はリリーに頷くと彼女を抱えて皆が避難している林の所まで運ぶ。
◇
斜面を凍らせてから十分ほどして再び大水晶陸亀は動き始めた。切断した右前足も復活している。
「さて、うまく誘導できるかな?」
僕を見つけると大水晶陸亀は近寄って来ないでブレスを吐いてきた。どうやら足を切られたのに凝りて接近戦をやめたみたいだ。ブレスを広範囲に撒き散らすのであちこちが水晶化して足場がキラキラと光眩しい。
「そっちに行くなよ。」
僕は皆のいる林の方に行きそうになる大水晶陸亀を牽制して徐々に凍った斜面に誘導していった。
斜面に足がかかったところで先ほどと同じく右前足を切断する。再び大水晶陸亀は顔と足を引っ込めて防御態勢に入るが、僕はその一瞬を見逃さず、水晶化した木を身体の下に潜り込ませた。
「これで準備は整ったな。出力20%」
《主動力:賢者の石 20%で稼働稼働させます。》
木を担ぎあげるとテコの原理で大水晶陸亀を持ち上げる。
持ち上げた高さはほんの僅かであったが斜面に不安定な状態でいた大水晶陸亀は斜面を滑り落ちひっくり返った。
ひっくり返ったことに焦った大水晶陸亀は顔と治りきってない足を出してじたばたとするが、ひっくり返った亀はそう簡単には起き上がれない。
「これで終わりだ!」
僕は大水晶陸亀のお腹の上に乗ると剣を突き立てる。
予想通り普段敵に攻撃されることのないお腹の装甲は薄く出力10%の剣で切り裂くことが出来た。切り裂かれる痛みで大水晶陸亀が暴れたがお腹は攻撃の完全に死角でありまさに手も足も出ない状態である。
三十分ほどしてようやく心臓の位置を見つけそこを突き刺して僕は大水晶陸亀を仕留めた。
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