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大暴走(3)

お気に入りに入れてくれる方も増えて嬉しい限りです。


02/16 協会->教会

02/18 脱字修正しました

 夜更けまでオーク、ゴブリンの掃討が続いた。オーガがいなくなればオークとゴブリンは壁際で撃退できるため村はなんとか持ちこたえている。

 しかし冒険者の死傷者もかなり出ており、今後この村での魔獣の森の探索活動も縮小せざるを得ないらしい。


 僕とエステルは夕方から休みなく戦い続けており、エステルはもう体力の限界であった。

 そろそろ深夜といった頃になりマナ切れで宿に戻っていたリリーが戻ってきた。

 変わりにエステルを宿で休憩させることにした。

 「ケイは休まないの?」と二人に言われたがまだ大丈夫と見栄をはる。まあ眠いんだけど、いざとなれば覚醒剤(ドーパミン)注入という裏技もある。





「外はどうなってますか?」


「大分落ち着いてきたよ。森から増援も来てないし。」


「朝にまでに何も出てこないようなら大暴走終わりかもしれませんね。」


 そんな会話をしながらリリーが夜食の固パンとミルクを持ってきてくれた。夜食を受け取り僕は休憩をとることにした。


「エステルと仲良くできました?」


「うん、忙しかったけど色々話してエステルもすっきりしたみたいだよ。」


「二人が仲良くなってくれてそれは良かったです。できれば私も...」


 僕にはリリーの後の言葉が聞き取れなかった。なぜなら魔獣の森から巨大な影が飛び上がったのをシステムが感知して警告を出してきたのだ。


《未確認の巨大な飛行オブジェクトを検知しました。》


 暗視モードで森の上に浮かぶ影を見ると、距離が遠い為不鮮明であったが前足の無いドラゴンの様な姿を捉えることが出来た。


「リリー、前足の無いドラゴンみたいな奴が来る。」


 僕の言葉にリリーの顔が青ざめる。


「それは恐らくワイバーンです。私には見えないのですがそれは本当ですか?」


「数は二体、森の奥のほうから飛んでくるよ。」


 僕たちは投石器のそばで寝ていた村人を起こしワイバーンの襲来を警告してもらう。村は深夜にもかかわらず蜂の巣をつついたように騒がしくなった。



 それから十分ほどしてワイバーンが村の上を通りすぎていった。


「あれ?通りすぎていった?」


「スピードが早すぎたので速度を落とすために通りすぎて旋回するつもりです。警戒を緩めないで。」


 リリーの言葉通りワイバーンは旋回すると速度を落として村に戻って来た。


「大きい!」


 初めて見たワイバーンの全長は二十メートルを超えていた。


「そんな大きすぎる。もしかして老成体なの?」


 リリーがワイバーンを見てそのサイズに驚く。


 通常村を襲いに来るワイバーンは全長五メートルほどの若い個体らしい。大きくなると人間を襲うより大きな魔獣を狩ったほうが効率が良いからだ。

 村を襲ったことのあるワイバーンの最大サイズは十メートル。上級ランクの冒険者が倒したが村は甚大な被害を受けた。今回はその倍のサイズで二体もいる。

 周りの冒険者の顔が絶望に彩られる。



 二体のワイバーンは途中で別れてそれぞれが違った方向から村に近寄ってくる。


「ワイバーンってどんな攻撃をしてくるんだ?」


「私も戦った事がありません。というか戦って生きている人のほうが少ない魔獣ですよ。」


 こちらに近づいてくるワイバーンにダメ元で石を投擲する。


「効くわけ無いか。」


 二十メートルを超える巨体に十センチ程度の石礫など屁の突っ張りにもならない。悠然とワイバーンはこちらに向かってきた。


《未確認生命体:スキャン開始.....終了。空を飛ぶ生命体です。脅威度:10.0%》


(ワイバーンで登録)


 スキャン結果が表示される。さすがに脅威度が段違いに高い。


 ワイバーンはすれ違いざまに壁に向かって尻尾を振ってきた。巨大な棍棒のような尻尾の先に針のような物が見える。昔やったゲームの設定じゃ尻尾に毒針があるってあったけど、これは針というより杭だった。刺されたら毒が回るより風穴を開けて死んでしまうだろう。

 尻尾は壁を大きく破壊していった。飛び退るワイバーンに矢と魔法が飛ぶがほとんど届いてない。


「このままヒットアンドアウェイやられると辛いな。」


「ヒットアンドアウェイって?」


「攻撃をして飛び去っていくことだよ。」


 バリスタとかの大きな鉄の矢でもあればよかったんだが無い物ねだりしてもしょうが無い。まさかこの剣を投げるわけにも行かないしな。


「空を飛べる魔法とか無いのかな?」


「空を飛べる魔法はありますが、私は使えませんよ。それに空を飛ぶと行ってもワイバーンに追いつけるほど速度は出せません。」


 リリーが冷静に返してくる。


(空を飛ぶ魔法をかけてもらえれば僕が飛んでこの剣で叩き落とすんだが...ん?そういえば昔爺ちゃんの趣味で圧搾空気を使ったスラスターとか着けられた覚えが...)


 体に意識を集中すると


《スラスターシステム:準備完了 最大60秒の噴射が可能です。噴射後、次の噴射まで120秒の待機時間が必要です。》


 どうやらスラスターは残っていたみたいだ。確か月面で崖とかを登る為のものであんまり出力は高くなかったはずだが、こちらに来てから色々変わっているから試してみる価値はある。


(さすがにみんなの前で飛び上がったら目立つな。一旦壁の外に降りてそこで試そう。)


「リリー、ちょっと試したいことがあるから此処を任せる。」


「えっ? ケイ?」


 リリーの返事を待たず僕は壁の外に飛び降りた。周りの冒険者から「逃げるのか」と声が掛かるが気にせず壁から離れる。



 壁の外側はゴブリンとオークの屍が累々と横たわり、死臭がすごかった。僕の鎧は黒いので壁から五十メートルも離れればおそらく見えなくなるだろう。

 足と背中に意識を集中し圧搾空気を噴射するイメージを送り込むと、背中と足からスラスターが出て来る。軽く噴射してみると二メートルほど飛び上がったので推力は十分あるみたいだ。


 僕が試している間にもワイバーンは壁の上の冒険者を攻撃し壁がどんどん破壊されていく。

 準備を整えた僕はワイバーンが突入してくるタイミングを計算しその目の前にジャンプした。


「グワ?」


 ワイバーンは突然目の前に飛び出した僕にびっくりしたのか、僕を避ける様にコースを修正する。


(意外と小回りが効くな。)


 鋼蜻蛉スチールドラゴンフライと違いワイバーンはかなり自由に飛び回れるようだ。


「逃がさないよ!」


 スラスターを吹かしてワイバーンを追いかける。普通の人間だったらGでブラックアウトしするだろう強引な機動でワイバーンに追いつき、剣を振り下ろした。


 ガッ


 危うく衝撃で剣を落としそうになり僕は弾き飛ばされた。くるくる回りながら地面に落ちていくが姿勢制御プログラムが働きなんとか地面に軟着陸する。


「硬いよワイバーンさん。」


 そう、ワイバーンはものすごく固かった。オーガの身体を紙のように切り裂くこの剣を肩の辺りに打ち込んだのだが、かすり傷程度にしかダメージを与えられなかった。

 ワイバーンは切りつけられたことで一旦村から離れていくが、旋回して今度は僕を目標に突っ込んでくる。


《スラスターシステム:噴射まで105秒お待ちください。》


 スラスターは間に合わない。


(他に何か手はないのか)


 自分の身体を探るように意識を向けて行く。


《腕部射出ワイヤーが使用できます。》


(使えるのか?)


《腕部射出ワイヤー:射程100メートル》


 空を飛んでいるワイバーンには届かないが、僕に突っ込んでくるなら引っ掛けられるかもしれない。

 射出準備を念じると視界に照準マークが出て左手の手首の辺りに小さな穴が空いた。どうやら此処から出るらしい。


 そんなことをしている内にワイバーンは僕の目の前に迫っていた。足の爪で僕を引き裂こうと突っ込んできた。

 その爪を転がって避け、ワイヤーをワイバーンの首に向けて射出する。


 ギッ


 ワイヤーはうまい具合に首に絡まり、僕はワイバーンに引きずられる。地面を蹴って飛び上がるとワイヤーを巻取り背中に飛び乗った。


「ギュァ」


 ワイバーンの背中は首も尻尾も届かない完全な死角なので、文字通りワイバーンは手も足も出なくなる。そこで僕を振り落とそうと懸命にアクロバット飛行を始めた。


「振り落とされるものか。」


 ワイヤーが外れないことを祈りながら、剣をワイバーンの背に突き立てる。先ほど切った肩と違いワイバーンの背中は柔らかく(と言ってもオーガよりは固かった)剣はずぶりとワイバーンに沈み込んだ。


 溢れ出る血飛沫を浴びながら僕は剣を切り下ろし、ワイバーンの胴体を切り裂いた。

 おそらく心臓を切り裂いたのだろう、ワイバーンは即死し地面に向かって落下していった。


(まずい、地面に激突する。)


 ワイヤーを力いっぱい引っ張ると運良く外れてくれた。ワイバーンから飛び降り地面にスラスターを叩きつけるように吹かして着陸する。

 着陸の衝撃はかなり激しく、また少し硬直してしまったが身体に損傷はなかった。


「なんとか倒せたか。」


 僕はため息を付き血まみれの身体で草むらに倒れこんだ。





 壁の上に戻ると血まみれの僕を見てリリーが血相を変えて近寄る。


「ケイ、大丈夫なの?」


「怪我はしてないよ。全部ワイバーンの返り血だよ。」


 それを聞いてリリーは安心したが、とたんに顔をしかめた。どうやら僕の身体はかなり臭いみたいだ。


「もう一体のワイバーンは?」


「"麗しき翼"が倒したみたいです。」


「さすがだね」


 サイボーグの僕が苦労したワイバーンを倒した"麗しき翼"、中級の上というランクは伊達じゃないということだろう。


「"麗しき翼(あっち)"は五人ががりで、魔法を駆使して倒したのに、ケイは一人で倒しちゃったじゃないですか。」


「運が良かったのさ。」


「運だけでワイバーンは倒せませんよ。ほんとなら死んでます。怪我がないならその臭い身体を井戸で洗ってきて下さい。終わったら約束を破った罰にお説教です。」


 リリーに急き立てられて僕は井戸に身体を洗いに行った。血まみれの僕を見て途中であった村人がぎょっとしていた。

 村はワイバーンが倒されたことで大暴走(スタンピード)はこれで終わりだという雰囲気に包まれていた。


 身体を洗って壁の上に戻ると、リリーに約束を破ったことで一時間正座で説教されました。





 夜が明け、魔獣が出てこないことを確認して村長が緊急依頼の完了を宣言した。本当なら丸一日は様子を見るものだが、ワイバーンが出てきたことでさすがに終わりだと判断したらしい。

 死傷者の報告や壁の損害報告が飛び交う中、僕はエミリーに会いに教会に向かった。


 教会では未だ負傷者の治療が行われていた。その中に回復の奇跡を唱えるエミリーがいた。彼女は僕に気付くとシスターに断って僕の方に駆けてくる。


「ケイ、怪我はしてませんよね。」


「ああ、大丈夫だよ。エミリーこそ奇跡の使いすぎてない?」


「ケイにキス(マナの注入)してもらった御蔭でしょうか、何十回も回復の奇跡を唱えたのに全然疲れていません。」


 僕が彼女に口移してマナを注入したが、かなりの効果があったようだ。


「うーん、でも僕もどれだけ効果があるか分からないから無理をしないでね。」


「はい、理解ってます。でも怪我人が多いので頑張らないと...」


 そこまで言ってエミリーが顔を少し赤くしながら小声で


「そこで、もう一度ケイにキス(マナの注入)してもらえませんでしょうか?」


 僕に頼み込んできた。

 断る理由もないので教会の裏で彼女にマナの注入をたっぷりしてあげた。





 壁の外では冒険者と村人が総出で魔獣の死骸を片付けていた。緊急依頼では報酬が一人金貨一枚しか出ない。お金が欲しかったら魔獣の素材を剥ぎ取るしか無いのだ。

 倒した人がわかる魔獣はその人が剥ぎ取るが、誰が倒したか判らない魔獣は早い者勝ちである。

 僕が倒したワイバーンは目撃者もいない(と言うか見られたくなかった)状態で倒されたので、僕やエステル、リリーが向かう頃には大勢の冒険者が群がっていた。


「ケイ、倒したのは俺だって言わないの?」


「そうですよ、ワイバーンはケイが苦労して倒したのに...」


「誰もそれを見てないからね。逆に僕は逃げたと思われているよ。」


「そんな...」


「僕はあまり目立ちたくないから、これで良いんだ。」


 僕の力に興味を持った奴が増えると僕の身体や心臓部の賢者の石に気づくかもしれない。そうなったら普通にこの世界で生きていけないだろう。なるべく目立たないようにすることが重要だ。


「勿体無いな。ワイバーンを一人で倒したなら一気に上級までランクが上がるのに。」


「そうです。」


 エステルとリリーがブツブツ文句を言うがそれをスルーして、僕が倒したと認められている岩頭猪(ストーンヘッド・ボア)の解体を二人と共に始める。岩頭猪(ストーンヘッド・ボア)の毛皮と肉は良い値段で売れるのでこれだけでも大儲けなのだ。



 岩頭猪(ストーンヘッド・ボア)の解体が終わり、毛皮と肉をユーインの店に運びこむ頃にはお昼が過ぎていた。

 エミリーは教会から未だ離れられないみたいなので、持ち込んだ肉をユーインを入れた四人で食べることにした。


「で、厨房に立っているのが男二人ってどういう事だ?」


「だって、ユーインのほうが料理上手だし。」


「私は食べる専門なので。」


 エステルとリリーが顔を赤くして自分たちの女子力の無さを主張する。


「ケイ、あんたはこれで良いのか?」


 そんなユーインの主張を聞き流し、僕はハンバーグを作るのに夢中になっていた。

 祖父と二人暮らしだった僕は料理が作れる。味にうるさい祖父のお陰でかなりの腕前だと思っている。ただサイボーグになってからは作ってなかったので、自分の腕が落ちてないか確認しながら作っている最中なのだ。


 この世界では手の込んだ料理は存在しないらしく、肉といえば焼くか煮込むのが主流でありハンバーグなどのひき肉を使った料理はない。

 岩頭猪(ストーンヘッド・ボア)の肉が丁度豚と牛の間の様な感じだったのと玉ねぎのような野菜、パンがあるのでハンバーグを作ることにしたのだ。


「しかし肉をこねて焼くなんて本当に美味しのかね?」


「まあ、食べてみたらわかりますよ。」


 ソースやケチャップが無いので具材に軽く塩と胡椒で味を付けてハンバーグの形に整形し空気を抜いたら少し寝かせる。リリーが大量に食べると予想されるのでユーインにも作り方を教えて量産する。

 赤外線モードで見ることでハンバーグの焼き加減が管理できるので中はジューシーな感じで焼き上げる。


「これが僕の故郷の肉料理だよ。」


 ハンバーグを恐る恐るエステル、リリー、ユーインが食べる。一口食べたら後はやめられない・止まらない状態で三人はハンバーグの虜になるのだった。


「うまいぞー」


「美味しい」


「おかわり」


 リリーのお陰で僕がハンバーグにありつけたのはその後二時間ほどしてからだった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


大暴走編はもう少し波乱を入れるつもりでしたが長くなりすぎだと思い此処で終わらせました。


お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。

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