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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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足止め

「黙って出てきちゃったけど良かったの?」


 謁見の間から出たところで、エミリーが心配そうに聞いてきた。


「レミリア様には悪いけど、宗教問題で国王陛下と伯爵様の注意を引いている今が逃げ出すチャンスだったんだ。

 あのままだと、なし崩し的に貴族に叙爵されそうだったから、逃げ出したかったんだ」


「それって、逃げ出しても駄目な気がしますが?」


 エミリーはそう言ってため息をつく。


「うっ、それはそうなんだけど…。後で、伯爵様と話を付けるよ」


 僕は苦笑いしながらそう答えて歩き出した。





 謁見の間が解放されたことで、戒厳令が解かれたのか、王宮の通路は人があふれていた。侍女達が慌ただしく行き来し、近衛騎士団の騎士達が走り回っていた。


 僕とエミリーは、そんな人達の邪魔にならないように通路の端をそっと歩いていた。


「ところで、王宮を出て何処に向かうのですか。 宿に戻るのでしょうか?」


「うーん。まずは地下迷宮(ダンジョン)に向かいたいな。地下迷宮(ダンジョン)では、エステル達が僕を待っているんだ。できるなら早く迎えに行ってやりたい。

 それと、エミリーには地下迷宮(ダンジョン)でやって貰いたいことがあるんだ」


「やって貰いたいこと?」


 エミリーが「何でしょう?」という顔をして聞いてくる。


 僕がエミリーにお願いしたいのは、マリオンの中に閉じ込めたソフィアの霊体の浄化である。そのことを説明するのに、現在マリオンがどういう状態かをエミリーに話して聞かせた。当然、小人達についても話すことになるが、意外にすんなりと、エミリーは小人のことを信じてくれた。


地下迷宮(ダンジョン)にそんな小人さんがいたんですね。あの巨人(ゴーレム)は、小人達が操っていたのですか。

 ようやく地下迷宮(ダンジョン)で、ケイが不思議な行動を取っていた理由が分かりました」


 エミリー達は小人達が見えないので、僕が小人達と会話しているのを不思議に思っていたようだった。


「不思議な行動って…。ちょっとショックだな」


 地下迷宮(ダンジョン)で、エミリー達にどのように見られていたのか知って、ショックを受けてしまった。


「ところで、ケイ。地下迷宮(ダンジョン)に向かうということですが、現在王都の門は閉じていますよね? つまり、王都から出られませんが…」


「あっ、そうか!」


(国王陛下と伯爵が褒美の話をするから、すべて片付いた気になっていたが、王都は獣人部隊に襲撃されそうなんだよな)


 貴族に叙爵されそうになって動揺していたのか、門が閉じられ王都から外に出られないことが頭からすっぽり抜け落ちていた僕だった。


「獣人部隊の兵隊さんは、本当に王都を襲ってくるのでしょうか?」


 エミリーは、軍隊が攻めてくるということに不安を感じているのか、心配そうな顔で尋ねてきた。


「うーん、時間が経てば、援軍の兵がやってくることは分かっているから、何とか王都に突入しようとするだろうね。でも王都はそんなに簡単に攻め落とせるとは思わないけど…」


 僕もこの世界の軍事行動に詳しくはないので、はっきりとは答えられないでいた。


(現在王都には第一騎士団の騎士百名と兵士が千名、それに近衛騎士団の騎士が百名の千二百名の兵士がいるんだっけ。

 それに対して獣人部隊は千名。地球の兵法じゃ、砦や城攻めには三倍の戦力が必要だったはず。

 獣人が人より優れた身体能力を持っているとしても簡単に王都が攻め落とせるとは思えないよな。

 でもウーゴ将軍が何の策も無しに、獣人部隊を王都に呼ぶとは思えない。

 王都を攻めるために策を与えているんじゃないか?)


 実は、獣人部隊はウーゴに呼ばれただけで、初めは王都を攻めるつもりは無かったことや、途中でソフィアに出会った彼らが、ウーゴを助けるために王都に突撃してくる事を僕は知らない。

 何か策をもって獣人部隊が王都にやって来ていると僕は、深読みしてしまった。

 そのため僕は、「王都に閉じこもって援軍が来るのを待つ」という王国軍の戦術がまずいのではと考えてしまった。


 もし王都に獣人部隊が入れば、王都の人々が人質となってしまう。そんな事態は起きないようにしたい。


「…エミリー、君は教会で待っていてくれないか」


「教会ですか。まさかケイは王都の外に行くつもりですか」


「うん、ちょっと王都の外の様子を見てくる」


「危険です。こんな事は、兵隊に任せましょう。ケイがやる必要はありません」


 僕を引き留めようと、エミリーが手にすがりついてきた。僕は、エミリーをそっと引き離すと、両肩に手を添えて向かい合った。


「大丈夫だよ。様子を見て(・・)くるだけだから」


「でも…」


 エミリーは少し涙ぐんでいた。僕はエミリーをそっと抱きしめて、「無理はしないから。大丈夫だよ」と耳元で囁いた。


「うん。でも無理しないでね」


 エミリーはそう囁き返した。





 忙しく人が行き交う王宮の廊下で、こんな事(抱擁)をしていた僕達は、目立ってしまった。通路を行き交う侍女に「この人達何やってんの!」というジト目で見られて、慌ててその場を離れたのだった。





 王宮から出た僕達は、"大地の女神"の教会に戻った。その途中に大通りを通り、人々が門が閉じられたことについて話しているのを聞いた。



「門が全て閉じられたって聞いたけど。本当かい?」


「そうらしいね。大門どころか、貴族様用の小さな門まですべて閉じられたってさ」


「ちょっと、そりゃまた大変な事だね。何があったんだい? 門の一斉点検かい? 確か十年前にも合った気がするけど…」


「点検なら、事前に通達があるだろ」


「何でも今回は、緊急事態に備えた軍事訓練らしいよ」


「軍事訓練って、何だよそれは。門が閉まったらこちらは商売上がったりなんだよ。迷惑だよ全く」


「お城で兵隊がバタバタしていたのは、その準備だったのかね~」



 王国としては、今回のクーデター騒ぎと、獣人部隊の王都襲撃は余り公にしたくないのだろう。門は軍事訓練で閉じたと民衆に伝えているようだった。

 そして、軍事訓練ということで、王都の人達は納得しているようだった。


(王都が軍に襲われると知ったら民衆はパニックになるだろうな。それを隠すための軍事訓練か。攻めてくるのは魔獣や他国の兵士じゃないし、軍事訓練だといえば、結構ごまかせそうだな。それに軍事訓練なら多くの兵士が動いても不思議に思わないし、良い手だな)





「"瑠璃"ちゃんもケイが無茶しないように注意してね」


「はい。任せて下さい」


 教会の裏口でエミリーと別れたのだが、彼女は、"瑠璃"に僕が無茶をしないように注意するよう念を押していた。





 王都を出る前に、僕は大通りの露店で、魔法使いが着るようなフード付きのマントを購入した。路地裏に入りマントを着用して、フードを降ろせば、正体不明の男の出来上がりである。


 僕がマントを着たのは、王都の外に出るのに城壁を飛び越える際に正体を知られ無いためである。

 夜中であればこっそりと城壁を越えることは可能だが、今は午後五時ちょい前。太陽はずいぶん暗くなっているが、城壁を飛び越えれば確実に監視の兵士に見つかってしまうだろう。

 僕の外部装甲()は特徴が有りすぎるので、一発で正体がばれてしまう。それを隠すためにマントを羽織ったのだ。


『それで、本当は外に出て何をするつもりなんですか?』


 マントを着ている途中で、"瑠璃"が尋ねてきた。

 人工知能プログラム時代からつきあいの長い"瑠璃"には、僕の考えなどお見通しであったようだ。


『足止めかな』


『獣人部隊の殲滅じゃなくて、足止めですか?』


『殲滅って…。ウーゴ将軍にのせられたと行っても、それは指揮官だけかもしれないし、兵士達はそれに"従っているだけ"かもしれないだろ。

 なるべく、死人は出したくないから、だから足止め。

 城壁まで近づかれたら、人目もあるし手が出しづらいから王都から離れたところで足止めするつもりだよ。

 後は援軍がやってくれば、それで王国軍の勝ちは決まるから』


『死人を出さずに足止めですか…。了解です』


『止めないのか?』


『私は慶のサポートがお仕事ですから。それに死人を出さないのは私も賛成です。人工知能プログラムの私が言うのは変ですが、やっぱり命は大事です』


『"瑠璃"はもう人工知能プログラムじゃないよ。マリオンと同じ魂がある存在だよ』


『そうでしょうか?』


 自分に魂があることが"瑠璃"にはまだ実感できていないようだ。

 その辺は今度ちゃんと話をしたいなと思いながら、僕はマントを着終え、城壁に向かって走り出した。





 城壁に辿たどり着くと、周りに人がいない事を確認して、スラスターを噴かして一気に城壁の上まで飛び上がった。

 城壁の上には監視の兵がいるが、外からやってくる敵を警戒している兵達は、僕が着地するまで気付かなかった。


「誰だお前は? どうやってここに上がってきたんだ」


「壁をよじ登ってきたのか?」


 僕に気付いた兵士が、槍を構えて誰何の声を上げた。あからさまに怪しい格好をしているので当然の行為だろう。

 しかし、僕は兵士達の誰何の声を無視すると、城壁を横切り王都の外に向かって飛び出した。


「お、おい待て、待つんだ」


「飛び降りた! まさか自殺したのか」


 兵士達は飛び降りた僕を見てそう叫ぶが、もちろん自殺するつもりは無い。地上寸前でスラスターを噴かして軟着陸する。

 城壁の上から「生きてる?」「獣人の密偵じゃないのか?」「弓を持ってこい」といった兵士の怒鳴り声が聞こえてきたが、僕はそれを無視して南に向かって駆けだした。





 城壁から一キロほど走ったところで一旦止まり、"瑠璃"にお願いして、上空から獣人部隊を探してもらう。


『どう? 獣人部隊は見つかった?』


『少しお待ち下さい。………多分あれですね。ここから南西に一キロメートルに多数の人影が見えます』


 "瑠璃"が獣人部隊を発見し、南西の方向を指差した。


『了解。じゃあ、ちょっと足止めさせてもらうかな』


 僕は"瑠璃"の指差す方向に向かって駆け出した。



 一分ほど走ると、前方に獣人の集団が見えてきた。


(さて、まずは衝撃波をプレゼントだ!)


《主動力:賢者の石 出力10.0%で稼働します》


 出力を上げた僕は、獣人部隊に向かって地面を思いっきり蹴って突進した。





 ウーゴ将軍を救うべく、獣人部隊は全速力で王都に向かって進軍していた。

 獣人達は、ウーゴがルーフェン伯爵にはめられて反乱を起こしたと思っているが、実際はルーフェン伯爵がウーゴをはめた事実は無く、彼等はソフィアの誘導によってそう思わされているだけだった。

 つまり、獣人部隊の兵士達は、ウーゴを助けたいと思って王都に向かっているだけであり、王都の民衆を害したいとか考えてはいなかった。


 王都まで後二キロほどといったところで、部隊の先頭にいた猫獣人の兵士が、左手前方を指差して叫んだ。


「小隊長殿。あっちから一人こっちに向かってきやすぜ」


「逃げていくの間違いだろ?」


 狼獣人の小隊長は、部下からの報告に訝しげな顔をして怒鳴り返した。

 部隊は王都に向かう南の街道を進んでいたが、途中で出会った商隊や旅人は、獣人部隊に気付くと慌てて街道を外れ逃げていった。

 つまり今まで部隊に向かってきた者など居なかったのだ。


「いや、でもほら、本当にこっちに向かってきますぜ」


「…本当だな。何を考えてるんだあの黒マントの野郎は? おーい、こっちは急いでるんだ、危ないから近寄るな。踏みつぶされるぞ!」


 小隊長が叫んだが、その黒マントの男は聞こえなかったのか、まっすぐ部隊に向かってきた。


「チッしょうがねーな。言って聞かなきゃ排除するまでだ。おいお前、あの男にこっちに来るなと説明してやれ」


 小隊長は、最初に男を見つけた猫獣人に男を排除するように命じた。


「獣人部隊に喧嘩を売るなんて命知らずな奴もいたもんですね。優しく(・・・)教えてやりますよ」


 猫獣人は、指をボキボキ鳴らしながら男に向かおうとしたところ、黒マントの男の足下で土煙が立ち上がった。


 土煙に猫獣人が目を見張る中、黒マントの男は、もの凄い(・・・・)早さで獣人部隊の先頭を走り抜けた。

 それを見て先頭の兵士達が「今のは何だったんだ?」と思ったが、それも一瞬であった。男が通り過ぎた直後、ゴウッと言う音とともに空気の()が彼等を襲ったのだ。


 男の起こした衝撃波で、先頭を歩いていた獣人達は、一瞬で打ち倒されてしまった。


「今の突風は何なんだ?」


「何じゃこりゃ~」


「急に止まるな、危ねーぞ」


「何だ今の音は?」


 先頭の部隊が倒れてしまった為、獣人部隊は隊列が乱れ行軍が止まってしまった。後方にいた者達には、何故行軍が止まったか判らず、怒鳴っていた。





 衝撃波で部隊の先頭をはじき飛ばした僕は、スピードを落として止まる。


『"瑠璃"、どの辺りが走り抜けられそう?』


『この部分ですね』


 上空で部隊の動きを監視している"瑠璃"に兵士に衝突せずに走り抜けられる箇所を教えてもらうと、僕はまた走り始める。

 "瑠璃"の指示によって、部隊を分断するようにジグザグに走り抜けることで、獣人部隊は大混乱に陥った。


「クソッ! 一体何が起きてるんだ」


飛竜(ワイバーン)でも襲ってきたのか?」


「ここは砦の内側だぞ。魔獣がいるわけがないだろう。それに地面を走る小さな飛竜(ワイバーン)なんているか」


「じゃあ一体何なんだ?」


 状況がつかめない獣人部隊の大隊長達は、混乱する部下をまとめるのに精一杯であった。


狼狽うろたえるな! に角ばらけていたら吹き飛ばされる。方円の陣を組んで防御を固めるんだ。外側には盾を持った重装兵を配置しろ」


 狼狽うろたえている大隊長を団長が一喝する。団長は、襲撃者がただ通り過ぎているだけであることを見てとり、部隊毎に防御を固めるように指示を出した。


 獣人部隊は、常に魔獣との戦いで最前線を張って折り、その練度は高い。団長の一喝で兵士達は瞬く間に落ち着きを取り戻し、指示通りの陣型を取り始めた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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