爵位と獣人部隊
2/1 最後の獣人部隊とソフィアの別れの部分を少し修正しました。
ルーフェン伯爵は、内心僕が"勇者"だと思っていた。そこで王国に取り込もうといろいろと画策を行っていたのだった。
しかし、僕は"勇者"では無いと否定した。そのことで、ルーフェン伯爵はガッカリしたのだった。
でもよく考えると、僕が"勇者"であれば、この大陸に再び魔王かそれに準ずる危機が訪れようとしている事になる。"勇者"で無いことで、そんな危機が訪れないことが分かったのだから、伯爵はホッとした心境でもあったのだ。
謁見の間は解放された。だが、僕達は後宮に続く扉を開けて先に進むことはできない。それが許されるのは、王家の者と、ごく少数の侍女達だけある。
現在全ての侍女達は、ウード四世と一緒に後宮にいる。そのため、ウード四世に出てきて欲しいと伝えることができない。
それに気付いた近衛騎士団長が、慌てて通信の魔法道具のある部屋まで戻り、ウード四世に謁見の間の解放を知らせたのだった。
ウード四世は、謁見の間に入ってくるとルーフェン伯爵の元に駆け寄ってきた。ルーフェン伯爵と僕は、膝をついて、ウード四世を出迎えた。
「おお、ルーフェンよ無事であったか。王宮の外に治療に向かったと聞いたが、心配しておったぞ」
「御心配をおかけして申し訳ありませんでした。"大地の女神"の教会にて神聖魔法の治療を受けることができ、王宮に戻って参りました。
…ところで国王陛下、ウーゴ配下の獣人部隊が王都に進軍して来るとの情報はお聞きでしょうか。
現在王都には獣人部隊に対抗するだけの戦力がありません。砦から兵を集める時間を稼ぐために王都の門を閉じる必要がございます。
至急王都の門を閉じる許可書の発行をお願いできますでしょうか」
「国王陛下、この許可書に王印をいただけますでしょうか」
いつの間にか僕達の後ろに控えていたグレースが、王都の門を閉じるための許可書をウード四世に差し出していた。
(グレースさん、ついさっきまで人質になっていたのに…いつ許可書を作成したんだ?)
僕なら一瞬で作成できるが、人間であるグレースにそれができるわけはない。恐らく、こういうこともあろうかと、事前に用意してあったのだろうと思うことにした。
「王都の門を閉じるのか…。これは何年ぶりかの? しかし門を閉じれば王都は大混乱になるぞ」
「十年前の門の点検依頼かと。獣人部隊が王都に入れば、もっと酷い混乱が起きるはず」
「そうかもしれんな。…うむ、許可しよう」
ルーフェン伯爵の言葉にうなずき、ウード四世は許可書を受け取ると、右手で一撫でした。すると許可書に王家の紋らしき印が、一瞬で描き込まれた。
(あれが王印? 右手で一撫でするだけで捺印されたけど、どういう仕掛けなんだ?)
王印の仕組みに僕は興味をそそられたが、今はそれを尋ねるような時ではない。
「時間が無い。門の守備兵に早くこれを届けるのだ」
「了解しました」
ルーフェン伯爵は、ウード四世から羊皮紙を受け取ると近衛騎士の一人に王都の門の守備兵に渡すように命じた。近衛騎士は、受け取った許可書を懐に収めると、駆け足で部屋を飛び出していった。
◇
門を閉じる許可書を発行した後、ウード四世は王座に座りルーフェン伯爵と話し込んでいた。
レミリア神官長とエミリーは、まだ負傷者の手当を行っている。僕は少し離れたところで二人の会話を聞いていた。
「ウーゴ将軍の反乱を阻止できず、申し訳ありませんでした。怪我さえ負ってなければ、あのような暴挙を許さなかったのですが…」
「いや、ルーフェンは余を庇って怪我をしたのだ。謝るのは余の方じゃ」
「国王陛下を守るのは、貴族の義務でございます。当然のことをしただけでございます」
「いや、お主が庇ってくれねば、どうなっていたことやら。しかし、謁見の間の状況から余の解放にはもう少し時間がかかると思っておったが、意外と早かったな」
「それは、あの者の手柄でございます」
そう言って、ルーフェン伯爵は僕の方を見る。その視線に、僕は嫌な予感がしてきた。
「彼奴か。…そういえば、最初にウーゴ将軍を倒したのもあの者だったな。うむ、サハシとやら、大義であった。今回の事が終われば、その方には十分な褒美を与えることを約束しよう」
「過分な評価です。僕は冒険者なので、褒美はできればお金で…」
褒美をもらえるという事で、僕は先手を打ってお金でと言うつもりだったのだが、
「国王陛下、地下迷宮の件もあります。是非この者には名誉士爵、いえ名誉男爵を与えたいと思うのですが」
ルーフェン伯爵がそれを遮って、またもや爵位の話を持ち出してきた。
("勇者"じゃないと言ったのに。爵位の件をまだ諦めていなかったのか)
僕は苦い顔をする。
「おお、それは良い考えじゃ…」
「…あの。僕は冒険者が性分に合っております。貴族になるという話は、遠慮させていただきたいのですが…」
そう言ってみたが、ウード四世とルーフェン伯爵は僕を爵位を与える前提で話しており、僕の言葉は届いていなかった。
「伯爵様、負傷者の治療は終わりました」
そこに、負傷者の治療を終えたレミリア神官長とエミリーがやって来た。
それに気付いたウード四世が、目を見張った。
「…ルーフェンよ、この者は、"大地の女神"の教会の神官長ではないか。まさか…」
「そうでございます。"大地の女神"の教会で治療を受けた後、王宮に神官が不足している状況を鑑みて、レミリア様に神官の派遣をお願いしたのです。
何分依頼が急のことであり、"大地の女神"の教会の方も神官の手配が間に合わず、レミリア様に王宮に来てもらうこととなりました」
ウード四世の前にレミリア神官長とエミリーが膝を着く。
「此度は、ルーフェン伯爵の要請を受け、はせ参じました。
…国王陛下の許可をいただけるのであれば、今後"大地の女神"の神官を王宮に常駐させたいと考えております」
レミリア神官長は、ウード四世にそう奏上した。
「ルーフェンよ、今回の件は、我が王国で長らく守られてきた慣習を破ることになる。貴族であるお主は、それで良いのか?」
困惑顔でウード四世は、ルーフェン伯爵に尋ねる。
「はい。あの慣習があったおかげで"天陽神"の教会が貴族社会にて権威を増したのです。
そして此度のような結果となったと、私は考えております。
今回の事件を切っ掛けにして、あの慣習を無くしたいと考えております」
ウード四世に、ルーフェン伯爵は、何か吹っ切れたような顔でそう答えた。
それに対してウード四世が何か言い出そうとしたとき、ルーフェン伯爵派の貴族達が王座の前に集まってきた。
「国王陛下。我らからもお願いします」
「王宮の現状を考えると、"大地の女神"の教会と協調すべきではないかと考えます」
「我らも此度の件で考えさせられました」
彼等は、ウード四世に"大地の女神"の教会の神官を王宮に入れる事について考えを改めたことを述べてきた。
さすがに今まで慣習を守る側であった年配の貴族達は、賛成するとは言わなかったが、反対意見を述べることもなかった。
「う…うむ。確かに今王宮には神官が足りぬ。…あい分かった。今後は、王宮は"天陽神"の神官だけではなく、他の神々の神官も受け入れることにするとしよう」
暫しウード四世は考え込んだ。そして、"大地の女神"の神官を受け入れると言わず、他の宗派の神官も受け入れると宣言した。
これは、"大地の女神"の教えに反発する貴族達に配慮した者だろう。しかし、この宣言で貴族社会に存在した古き慣習が無くなったのだった。
(爵位の話を忘れてくれる…訳ないか。取りあえず、ここから逃げだそう)
僕は、ウード四世とルーフェン伯爵がレミリア神官長と貴族達に気を取られている隙に、エミリーを連れて謁見の間から抜け出した。
◇
「オラ、お前ら急ぐんだ」
「ウーゴの兄貴が王都でお待ちかねだ」
「馬鹿野郎、兄貴じゃねー。将軍様と呼べ」
「どっちでも良いじゃねーか」
南の砦をウーゴが渡した書状(偽造)で通り抜けたウーゴ配下の獣人部隊は、王都まで後10キロの所まで来ていた。
千名もの大部隊が、王都を取り巻く砦の内側にいることは異常事態である。王都に向かう商人や旅人は、部隊が近づくと街道から外れ逃げていった。
それを見て彼等も自分たちが異常な行動をしていることに気付いていたが、ウーゴ将軍からの命令を破るわけにはいかないため、部隊は王都めがけて進軍を続けていた。
獣人部隊は狼、虎、獅子獣人といった雑多な種族で構成された部隊である。
バイストル王国には、建前上人種差別は存在しない。しかし何処の世界でも差別のような物は発生する。
獣人達は、筋力や頑丈さなどでは人間に比べ優れているのだが、戦術や戦略といった頭脳面では人間や他の種族に劣っていた。そのため軍隊では、獣人達は前線に置かれる事となった。
軍隊では獣人は重宝されるが、指揮官にはなれないというのが長らくの風潮であった。獣人はどんなに武勲を上げても部隊長以上には階級が上がらないのだった。
そのような状況の、ウーゴはその逆境を撥ね除けて将軍にまで上り詰めた。つまりウーゴ将軍は、獣人達にとっての希望の星であったのだ。
ウーゴは、昇進する中で各部隊に散らばっていた獣人から精鋭を集め部隊を作り上げた。獣人だけで構成された部隊の戦力は当然高く、魔獣との戦いにおいて数々の戦果を上げ、それがウーゴが将軍に上り詰める原動力となったのだ。
そのためウーゴと獣人部隊の間には深い信頼関係が結ばれ、獣人部隊はある意味ウーゴの私兵とも言うべき傾向が強かった。
そのことをルーフェン伯爵は常々問題視していた。王国でも指折りの戦力が将軍の意のままというのは危険なことである。
ルーフェン伯爵は、ことある毎に、獣人部隊の縮小、解散を進言していた。そのため獣人部隊の間では、ルーフェン伯爵の評判はすこぶる悪かった。
部隊は進軍していたが、とある丘を越えたところで、誰かが声を上げた。
「おい、門が、王都の門が閉まってるぞ?」
10キロ先に王都は小さく見えていた。普通の人間であればそこから王都の様子を窺うことなどできないのだが、目の良い鷹獣人の一人が、王都の門が閉まっていることに気付いて叫んだのだ。
そのことは、瞬く間に部隊の間に広まった。
獣人部隊の団長は、一旦そこで部隊の進軍を停止した。
「困ったな。あれじゃ王都に入れない」
「どういうこった? 俺達は将軍に王都に呼ばれてるんだよな」
「王都で何が起こってるんだ?」
「分からん。ウーゴの兄貴からは、『今日中に王都に…王宮に来いって』って命令しか受けてないぞ」
王都の門が閉まっていることは彼等にとっても予想外だった。急遽、団長の元に大隊長が集まり、これからどうすべきか軍議が始まった。
「王都の門が閉まるなんて、聞いたことねーぞ」
「これじゃウーゴ将軍の命令が果たせないぞ。命令不服従で将軍にしごかれるのは勘弁だぜ」
獣人部隊の団長は、たてがみのも立派な獅子獣人であった。団長も王都の門が閉まっているという予想外の出来事に困惑していた。
街道上で進軍を停止している獣人部隊に、一人の女性が近づいてきた。
「誰だお前は」
「…そんなドレスでこんな所をうろつくなんて、頭がおかしいんじゃないのか?」
近づいてきた女性は、宮廷の貴婦人が着るような豪華なドレスを身に纏っていた。宝石をちりばめた指輪や首輪を多数身に付けており、商人や旅人というより、貴族の女性として思えない。しかし、貴族の女性が共も付けず、たった一人でこのように場所に現れることはあり得ない。
身長二メートルを超える筋骨たくましい獣人の兵士達は、彼等に臆することなく近づいてくる女性の扱いに困っていた。
女性が近づくと、獣人の兵士達は彼女を避けるように道を空けた。獣人兵士達は、「もしかて貴族かもしれな」と「触れただけで死んでしまいそうだ」と言い訳を言いつつ道を空けた。だが、本当のところは、獣人達はその女性から何か得体の知れないオーラのような物を感じ、恐れていたのだ。
「お前ら何を騒いでいるんだ!」
そんな所にミノタウロスのような牛獣人の小隊長がやってきた。
「部隊長。何とかしてください」
「変な人族の女性がきてるんです」
「何でか、貴族の女が紛れ込んだでやんす」
マッチョな狼や虎の獣人兵士達が、小隊長に泣きつく。
小隊長は、「こいつら何を言ってやがる」と思ったが、目の前に進んできた女性を見て目を見張った。
「ソフィア様?」
獣人部隊に近づいてきたのは、ソフィアだった。そして小隊長はソフィアの顔を見知っていた。
◇
「ソフィア様。何故このようなところに来られたのですか?」
「ウーゴの兄貴でしたら、王都にいってやすぜ」
獣人部隊の大隊長クラスは、ウーゴがソフィアと知り合いであった事を知っていた。人間、しかも"天陽神"の教会の神官ともなれば、獣人を下賎の者達として見下すのだが、ソフィアだけは獣人達に優しくしてくれたのだ。
それも、ソフィアの策謀だったのだが、彼等にはそんなことは分からない。
「私は、貴方達に警告しに来たの。このまま王都に向かえば、貴方たちは反逆者として処断されるでしょう」
ソフィアは、団長の獅子獣人向かってそう告げた。
「…仰っている意味が分かりません。どういうことでしょうか」
団長は、何故自分たちが反逆者として処断されるのか分からなかった。
「それは、ウーゴ将軍が反乱を起こしたからよ。それに呼応するかのように貴方たちは王都に向かっている。当然王国は貴方たちが反乱に荷担していると思うわね」
「馬鹿な、ウーゴの兄貴が反乱だって?」
「そんなこと…ありえねーだろ」
大隊長達は、ウーゴが反乱を起こしたことが信じられないようだった。
「そうね、その件については、ルーフェン伯爵にでも聞いてみれば分かるわよ」
ソフィアはそう言って意味深に薄笑いを浮かべる。
「ルーフェンだって!」
「彼奴が絡んでいるのか」
「もしかすると、兄貴は、ルーフェンの野郎にはめられたんじゃ」
「そうに違いない」
本当は、彼等もウーゴが反乱を起こしかねないことはうすうす感づいてはいた。しかし自分たちに何も知らせないまま反乱を起こすと言うことは無いだろうとも思っていた。訳も無く王都に自分たちを呼ぶことが反乱すれすれの行為だと分かってはいたが、それもきっとウーゴに考えがあってのことだと思っていた。いやそう思いたかったのだ。
そんな彼等にソフィアはルーフェン伯爵の名を告げることで、ウーゴが望まぬ反乱を起こしたという風に考えを誘導したのだ。彼等は、まんまとソフィアの誘導に引っかかってしまった。
「ウーゴ兄貴を助けるんだ!」
「ルーフェンの奴を倒すんだ!」
「「「うら~!」」」
獣人部隊の士気は一気に上がった。怒りに燃えた彼等は、雄叫びを上げて再び進軍を開始した。
獣人部隊の団長は、情報を提供してくれたソフィアに礼を言って彼女と別れた。
団長はソフィアと面識はあったが、獣人である彼にはソフィアの顔色がひどく青白かった事に気付くことは無かった。ましてや、彼女が纏ってたドレスが、アナスタシアが良く着ている紫の扇情的なドレスだったことに気付くわけもなかった。
ソフィアは獣人部隊と別れ、東に向かって歩き出した。
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