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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
116/192

勇者とは?

『"瑠璃"、部屋の中の様子は?』


 ルーフェン伯爵が近衛騎士団長のパーンと話している間に、僕は"瑠璃"に部屋の中の様子を偵察してもらった。


『人質となっているルーフェン伯爵派の貴族は、十名です。

 武装しているのは、買収された衛兵達で十二名。ロベール派の貴族達二十名は、王座(・・)に座っているウーゴ将軍の周りに集まっています』


 "瑠璃"から部屋の中の様子が映像で送られてくる。

 どうやらウーゴは、僕にやられた怪我けがが治りきっていないのか、不遜にも王座に座っていた。


 買収された衛兵達は、五名が人質の貴族を取り囲み、二名が扉の側に、残りの五名がウーゴとロベール派の貴族達を護衛していた。


 ギデオンの姿が見当たらないと思ったら、どうやら彼は治療をしてもらえなかったようで、気を失った状態で床に寝かされていた。


(魔法を唱えられると厄介だからな。宮廷魔術師のギデオンが気絶中なのは助かる)


 部屋の人員配置と人質の状態を確認した僕は、制圧するための方法を検討する。


『"瑠璃"、スタングレネードのような閃光せんこうと爆音って出せないかな?』


 人質を取った相手に突入するなら、催涙ガスとかスタングレネードがあれば便利だ。催涙ガスは無理でも、スタングレネードのような閃光せんこうと爆音は、今の"瑠璃"なら再現できそうである。


 しかし"瑠璃"には、


『多分、可能だと思いますが、…人質の方は、年配の方が多いので、閃光せんこうと爆音は危険だと思います』


 と反対されてしまった。確かに人質にはお年寄りが多い。今まで受けたこともない閃光せんこうと爆音のショックで、心臓麻痺を起こしてしまうかもしれない。


『そうか。お年寄りが多いんじゃ、危険か。…じゃあ、"瑠璃"には、何かに変身して気をそらしてもらうか。どんな姿が良いかな?』


『"不死の蛇"とかはどうでしょうか?』


『あの邪神様は、確かに見た目のインパクトはあったけど、あんまり怖くないんだよな。

 …うん、ソフィアの姿なら、ロベール派の貴族達が動揺してくれそうだな。

 "瑠璃"は僕の合図で、ソフィアの姿に変身して部屋の中を攪乱かくらんしてくれないか』


『了解です。謁見の間でソフィアが復活した、あの状況を再現すれば良いのですね?』


『それでロベール派の貴族達は、大騒ぎになるだろうね』


 突入の手順を"瑠璃"と打ち合わせていると、ルーフェン伯爵はパーン団長との話を終えていた。


「万が一か。確かに近衛騎士が突入すれば、そうかもしれぬな。…サハシ、どうだ?」


 そしてルーフェン伯爵は、僕に突入可能か尋ねてきた。


「何とかなりそうです」


 僕がそう答えると、パーン団長はあからさまに不服そうな顔をする。


「伯爵様、何故我ら近衛騎士団では無くこのような者(冒険者)に依頼するのですか?」


 パーン団長が、ルーフェン伯爵に詰め寄った。


「サハシなら…きっと人質を無事に救出してくれるからだ」


 しかし、ルーフェン伯爵はそう言い切った。それを聞いたパーン団長は、怒りのあまり顔が真っ赤になった。

 ルーフェン伯爵は、近衛騎士団より僕の方が優秀だと言い切ったのだから、パーン団長が怒るのも当然である。


「伯爵様、このような時に冗談はお止めください。近衛騎士団でも不可能事をこのような冒険者風情に可能だと仰られるのですか?

 そのような者に頼るぐらいなら、何とぞ、我ら近衛騎士団にお任せください」


 パーン団長は、つかみかからんばかりの勢いでそうまくし立てた。


「近衛騎士団では、部屋に突入しても近寄る前に衛兵達が人質に剣を突きつけるのは必須。それが分かっているからお前達は突入する事ができずにいるのだろう?

 だが、この冒険者サハシなら、此奴なら何とかする事ができるはずなのだ。責任は儂が持つ。パーン団長、この場は儂に任せてもらえぬか」


 ルーフェン伯爵は、そう言ってパーン団長を説得する。

 しかし、パーン団長は伯爵の言葉に納得できるわけもない。


「どうして、伯爵様は、このような冒険者に御期待なさるのか。我ら近衛騎士団は、王宮で皆様を護るためにいるのです。我らを差し置いて、冒険者に任せるなど我慢なりませぬ」


 パーン団長は、屈辱の余り泣き出しそうな顔になってしまった。


 僕にもパーン団長の気持ちは分かる。僕が彼の立場で、何も実績の無い冒険者に任せると言われたら怒るのは当たり前だ。


(伯爵は、どうして僕をそこまで信頼するのかな。時間の無いこの状況で、僕に突入を任せてくれるのは有り難いんだけど。…団長さんはなかなか納得してくれないだろうから、ここは強引に僕が突入してしまおう)


 ルーフェン伯爵の態度にかなり疑問が残るが、早く国王陛下を解放し、獣人部隊の対応を取ってもらう必要があるのだ。

 僕は二人のやりとりを無視して、サッサと突入することに決めた。


「騎士団長殿。確かに僕に任せるのは不安があるでしょう。ですが、今は時間がありません。申し訳ありませんが、突入させてもらいます」


『"瑠璃"、攪乱かくらんをお願い』


『了解です』


 "瑠璃"がソフィアの姿で謁見の間に姿を現すと、ロベール派の貴族達が騒ぎ始めた。


《主動力:賢者の石 出力10.0%で稼働します》


 攪乱かくらんがうまくいった事を見て、僕は出力を上昇させる。


「お、おい。待て、待つんだ」


 そしてパーン団長の制止を振り切ると、謁見の間に駆け込んだ。


 部屋に入ると、僕はすかさずクロックアップ状態に移行して、加速された思考で、部屋の中の状態を確認する。

 部屋では、ソフィア(瑠璃)がロベール派の貴族と衛兵達の前でフラフラとしており、皆そちらに注意が向いていた。そのため部屋に駆け込んだ僕に誰も気付いていなかった。


(まずは、人質の周りにいる衛兵五人を排除だな)


 部屋に入る前に右手に握り混んでおいた碁石サイズの石礫を、五人の衛兵達に投げつける。

 時速500km/hで投擲とうてきされた石礫は、狙い過たず五人の兜に直撃して、全員ノックダウンさせる。


 そこで、扉の側にいた二人の衛兵がようやく僕の侵入に気付いた。


「誰だお前は!」


「人質がどうなっても良いのか!」


 二人はそう叫びながら、槍で突きかかって来た。


「そんな物!」


 僕は、二本の槍の一方を避けながら先端を叩き折った。そしてもう一つの槍の柄をつかんで、持っていた衛兵を壁に叩き付けた。


「グハッ」


 壁に叩き付けた衛兵は、気絶して崩れ落ちる。


「馬鹿な、素手で槍を折るなんて。 グホッ」


 槍を折られた衛兵は、槍を捨てて腰の剣を抜こうとした。僕は、奪い取った槍の石突きでその衛兵の鳩尾みぞおちを突き悶絶もんぜつさせた。





「ひぃ~。そ、ソフィア夫人がまた蘇ったぞ」


「今度はゴーストになってる」


「助けてくれ~。儂はまだ死にたくない」


 ソフィアに変身した"瑠璃"は、ロベール派の貴族達の前をフラフラと飛び回り、彼等を翻弄していた。

 ソフィアによって兵士が殺された事を見ていた貴族達は、その姿に恐れおののいていた。


「馬鹿野郎、狼狽うろたえるんじゃねぇ。早く、死霊退散(ターンアンデット)をお見舞いしてやるんだ」


 その貴族の中心、王座に座ったウーゴはそんな貴族達を叱咤しったしていた。

 そして、ウーゴは人質達をちゃんと確保するよう衛兵達に声をかけようとしたのだが…。


 ガコッ、ガコッ、ガコッ、ガコッ、ガコッ


 五連続で音が鳴り響き、ウーゴの目の前で五人の衛兵達は、棍棒にでも殴られたように一瞬で打ち倒されていた。


「な、何だ~?」


 ウーゴは、突然倒れた衛兵に何が起きたのか分からず、辺りを見回す。そしてウーゴは、謁見の間に入ってきた黒い鎧を着た男…ケイに気付いた。

 ケイは、扉の側にいた衛兵から槍を奪うと、瞬く間に打ち倒す。


「彼奴は」


 それを見たウーゴは、ギリッと奥歯を砕けんばかりに噛みしめた。頭に血が上り、剣を握りしめてケイに向かって突進しそうになったが、胸に走る痛みがウーゴを思いとどまらせた。

 ウーゴは、ケイに一撃で倒されてしまったのだ。まともに戦って勝てるわけがないのだ。


「サハシ~。こっちには人質がいるんだぜ」


 ウーゴは、ニヤリと笑うと王座から立ち上がった。





 二人の衛兵を倒したところで、ウーゴが王座から立ち上がり人質に向かうのが目に入る。


(人質を盾にするつもりか。ほんと手段を選ばない奴だな)


 僕は槍を持ち直すと、ウーゴに向かって投擲とうてきした。ゴウッと空を切り裂いて槍はウーゴ将軍の肩に突き刺さると、そのまま彼を壁際まで吹き飛ばした。


 槍の投擲と同時に僕も駆け出し、"瑠璃"に翻弄されている衛兵達を殴り倒してしまった。





 突入してから僕が部屋を制圧するまでの所要時間は一分ほどだった。僕に続いて部屋に突入してきたパーン団長と近衛騎士団の騎士達は、既に制圧された部屋の有様を見て唖然あぜんとして立ちすくんでいた。


「彼等の拘束をお願いします」


「あ、ああ。分かった」


 立ちすくむ近衛騎士に気絶している衛兵とウーゴ、ギデオン、ロベール派の貴族達の拘束を依頼する。


「どうだ。任せておいて正解だっただろ」


 パーン団長の横に立っているルーフェン伯爵が我が事のように自慢げにしていた。その言葉にパーン団長は頷くしかなかった。


「ケイ、お疲れ様です」


「サハシさんって凄かったのね~」


 エミリーとレミリア神官長の二人は、相変わらずルーフェン伯爵を支えている。レミリア神官長は、初めて見た戦闘に少し興奮していたようだった。


「レミリア様、人質となっている方の中に怪我をしている人がいます。伯爵様は僕が支えていますので、エミリーとお二人で治療をお願いします」


「そうですね。怪我をしている人を癒やしてあげないと。シスター・エミリー、参りましょう」


「はい」


 二人に変わって僕はルーフェン伯爵を支える。二人が十分に離れた後、僕は誰にも聞かれないような声でルーフェン伯爵に質問をすることにした。


「伯爵様は、どうして近衛騎士団ではなく、僕に人質の救出を任せたのですか?」


「ん? ああ、それはサハシ、お前がそれだけの力を持っていることを知っていたからだ」


 ルーフェン伯爵は、僕の質問に苦笑しながら小さな声で返答した。


(やはり、伯爵は僕の力を知っていたのか。まさか、僕が地球から転生してきた事まで知っているのか?)


 ルーフェン伯爵が、僕の力についてある程度知っていることは気付いていた。

 しかし何処まで…僕がこの世界の人間ではないことや、賢者の石を持っていることまで知ってるのか、そこを聞き出すことにした。


「伯爵様は、僕の力の事を知っておられましたか。…一体何方から聞かれたのですか?」


「アルシュヌの街から王都までの事情は、ヘクターから聞いておる。

 まあ、儂も最初は信じられなかったが…ヘクター(あれ)が儂に嘘の報告をするわけもないからな。

 念のために裏付け調査を行ったのだが、その結果がつい最近儂の所に上がってきたのだ。それで、ヘクターの報告の裏付けが成された。

 サハシ、お前が大水晶陸亀(クリスタル・トータス)を倒し、吸血鬼(ヴァンパイヤ)不死者(アンデッド)の軍団と戦って勝利しているということが判明したのだ。

 そのようなこと、我が王国軍が総力を挙げても可能か分からぬ。つまり、お前は王国軍以上の力を持っておるのだ。

 それに気付いた儂は、最初お前を恐れた」


「僕を…恐れたのですか?」


 僕としては、ルーフェン伯爵に良いように使われている気がしていたのだが、まさか恐怖されているとは思ってもいなかった。


「ああ。王国内にたった一人で軍以上の力を持つ者がいるのだ。恐怖しないわけは無いだろう。それが分かったとき、儂はどうやってお前を王国から排除できるか真剣に考えたぞ」


 クックッと笑いながらルーフェン伯爵が物騒な事を言い出す。


「ちょっと、待って下さい。僕は悪いことには…」


 僕はちょっと慌てた。


「しかしそこで儂は、お前がアルシュヌの街に長らく巣くっていた悪党をお前が退治してくれたという事を思い出したのだ。

 本当の目的はギーゼン商会の娘を助けるためだったのだろうが、お前は安易な暴力に頼らずに裁判で勝利して娘を助け出した。

 つまり、サハシ、お前はその強大な力を使って無法を働く者ではない、王国にあだなす物ではないと儂は判断したのだ」


 それを聞いて僕はホッとした。そんな僕の顔を見てルーフェン伯爵は更に笑った。


 しかし次の瞬間、ルーフェン伯爵は笑うのを止め真剣な顔になった。


「儂はそう判断した。だが、今度は疑問がわいてきた」


「疑問ですか?」


「そう、疑問なのだ。…サハシ、お前は一体何者なのだ?

 強大な力を持ちながら、それを誇るわけでもなく逆に目立ちたくない様に振る舞う。善行に対する報酬も望まない。そんな者などお伽噺とぎばなしの勇者ぐらいしか思いつかぬ。

 …もしかして、サハシ、お前は勇者なのか?」


 ルーフェン伯爵は、あろう事か僕が勇者かと問うてきた。


(勇者とかあり得ないだろ)


 僕は、ルーフェン伯爵がそんな(勇者認定)事を言ってくるとは思ってもみなかった。


 ちなみにこの世界、バイストル王国がある大陸には、神に召喚(・・)された勇者が魔王と戦い、魔王を滅ぼしこの大陸に平和をもたらしたというお伽噺とぎばなしがある。

 この勇者のお伽噺とぎばなしをエミリーから聞いたとき、同席していたローダン神父にそれは実話だと教えられた。

 普通の人々は知らずにお伽噺とぎばなしと思っているようだが、歴史の古い王国や教会では、千年ほど前に魔王と勇者が闘ったという記録が残っていると聞いたのだ。

 ローダン神父は、冒険者だった頃に魔王と勇者の戦いの痕跡を見つけ、それで真実を知ることができたらしい。


「…僕は、勇者とかではありません」


 僕は自分がどうしてこの世界にやってきたのか知らないが、自分が勇者ではないと思っていたので、そう答えた。


「…本当なのか?」


「勇者とは、神とかに選ばれてなる者でしょう。僕は神様に会ったことはありませんから」


 そう聞いて、ルーフェン伯爵は、「そうなのか…勇者ではないのか」と、ガッカリしたような、そしてホッとしたような顔をした。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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