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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
115/192

再び王宮に

「皆さん、行って参ります」


「神官長様、お気を付けて」


「サハシ様、どうかレミリア様をお守りください」


 馬車の準備が整い、レミリア神官長、ルーフェン伯爵と共に僕とエミリーは王宮に向かうことになった。教会の前には、神官とシスター達が馬車の周りを取り囲んでいた。


「シスター・エミリー。レミリア様をよろしくお願いします」


 涙ながらにエミリーに懇願する老シスターもいる。これではまるで今生の別れのようである。

 そんな、神官とシスター達に見送られ、馬車は王宮に向かって出発した。



 "大地の女神"の教会は、スラム街の近くに在る。

 そこから王宮までは3つの城壁を越える必要が在るのだが、僕達が乗っている馬車は、普通に市民が使う物のためいちいち城壁で止められて、中を確認された。

 その都度ルーフェン伯爵が顔を出して許可をもらうのだが、みな伯爵がみすぼらしい馬車に乗っていることに驚いていた。



こいつ(馬車)は、何処どこにつけましょう?」


 王宮に近づくと、御者が王宮の何処どこに馬車を乗り付けるか僕に聞いてきた。


「裏門の…「いや、正面に回してくれ」」


 僕が裏門の方と言いかけたのを遮って、ルーフェン伯爵が正面に馬車を乗り付けるように命じた。


「へ、正面ですかい? すいませんが、あっしの馬車は庶民用のちんけな馬車でして、正面に停めるのは気が引けますが…」


「伯爵様。正門から私が入城するのは…」


「構わん。こういう場合は、こそこそと裏門から入るよりも堂々と正門から入城した方が良いのだ」


 ルーフェン伯爵はそう言ってガハハと笑う。ルーフェン伯爵も大分調子が戻ってきたようだった。





 僕が王宮を後にして、二時間以上経っている。

 謁見の間でのクーデター騒ぎは何事もなく収拾が付いたのか、正門の衛兵達は普段と変わらぬ様子であった。


「王宮の正面にそのようなみすぼらしい馬車を乗り付けるとは、何者だ!」


 正面に馬車を停めると、二人の衛兵が槍を構えて駆け寄ってきた。

 その衛兵の剣幕けんまくに、御者は青ざめて今にも馬車を出して逃げ出しそうだった。僕は慌てて馬車を降りると、御者が馬車を出さないように手綱を押さえた。


「儂じゃ。ルーフェン伯爵だ」


「「る、ルーフェン伯爵様?」」


 僕に続いて、エミリーとレミリア神官長に支えられたルーフェン伯爵が馬車から降車する。その姿を見て、衛兵は慌てて槍を降ろしひざまずいた。


「は、伯爵様。何故なぜそのようなみすぼらしい馬車で王宮に?」


「し、しかも…お連れの方は、"大地の女神"の教会の神官長、レミリア様ではありませんか?」


 衛兵は、ルーフェン伯爵を支えているのがレミリア神官長であることに気付いてしまった。


「うむ。こちらの方はレミリア神官長だ。儂は瀕死ひんしの重傷を負って、つい先ほどまで"大地の女神"の教会で治療を受けていたのだ。

 …レミリア神官長をお連れしたのは、儂の体調がまだ本調子ではないためだ。体調が悪くなった時、神聖魔法で治療をしてもらうつもりだ」


 そう言って、ルーフェン伯爵は二人に支えられながら、正面の階段を上がっていった。二人の衛兵はその後につづく。


「ところで、お前達は王宮で何が起きているか知っておるのか?」


 ルーフェン伯爵が衛兵に尋ねると、二人は困った様子で顔を見合わせていた。


「それが、我らにも王宮の中で何が起きているのか…」


「一時間ほど前、近衛騎士団の方が来られて、当分の間、誰も王宮に入城させるなと…」


 どうやら衛兵達はロベールのクーデター騒ぎについて、何も知らされていないようだった。


「なるほど。それでは、儂は入城できないのか?」


 ルーフェン伯爵が笑いながら問うと、


「まさか、ルーフェン伯爵様の入城をお止めすることは我らにはできません」


 衛兵は苦笑しながら答えた。


 そのような話をしながら、ルーフェン伯爵は王宮の正面の階段を上りきり、二人に支えられながら王宮に入ろうとした。

 それを見て衛兵の一人が、慌ててルーフェン伯爵の前に飛び出し、ひざまずいて行く手を遮った。


「ルーフェン伯爵様、お待ちください!」


何故なぜ、我が行く手を阻むのだ」


 ルーフェン伯爵が衛兵を怒鳴りつける。

 衛兵はその声に押されて、また大貴族であるルーフェン伯爵の行く手を遮るという、不敬の行いに体を震わせていた。


「そ、それは、伯爵様がレミリア様をお連れになっておられるからです。そのまま王宮に入城されて…よろしいのでしょうか?」


 衛兵はつばを飲み込み、体を震わせながらルーフェン伯爵に問いかけた。


「どういうことだ?」


 衛兵からそのようなことを言われるとは思ってもみなかったルーフェン伯爵は、怪訝けげんな顔をする。


「…私は、伯爵様がレミリア神官長様と懇意にされていることを知っております。

 しかし、バイストル王国では、『"大地の女神"の神官を王宮に入城させてはならぬ』という貴族社会の慣例がございます。

 伯爵様がなされようとしている事は、その慣例を破られることでございます。どうかおやめください」


 この衛兵は、貴族の慣例を重んじているのではなかった。彼は、ルーフェン伯爵の立場を案じて、「レミリア神官長を王宮に入れるのはまずいのでは?」と、ルーフェン伯爵に進言してきたのだった。

 もう一人の衛兵も同じ意見なのだろう、その横でしきりにうなずいていた。


「もちろん、忘れてはおらぬ」


「では、なぜレミリア様をお連れになるのですか。どうかお止めください。レミリア様も伯爵様をお止めして下さい」


「…」


 レミリア神官長は、衛兵にそう言われると、何も言わずルーフェン伯爵を見上げた。


「儂は、レミリア神官長とともに、国王陛下の元に参るつもりだ。そして、王宮に"大地の女神"の神官を常駐させることを進言するつもりだ」


 ルーフェン伯爵は、レミリア神官長にうなずきそう答えた。


「な、そのような事をされては…」


 ルーフェン伯爵の言葉に衛兵は、驚き立ち上がりかけたが、途中で気付いてまたひざまずいた姿勢に戻った。


「お主が、儂の身を案じていることは分かった。だが、今王国はそのような古い慣例を破らねばならぬ時に来ておるのだ」


「「伯爵様!」」


 二人の衛兵がそう叫ぶ。しかし、僕達は衛兵の脇をすり抜け、王宮に入っていった。





 王宮は、シンと静まりかえっていた。

 僕達は謁見の間を目指して廊下を歩んでいくが、普段であれば多くの官僚や女官、下級貴族が行き来する王宮の通路は、全く人気が無かった。


「ぬぅ。何がどうなっておるのだ。状況を聞こうにも、誰もおらんではないか」


 ルーフェン伯爵が、そんな王宮の様子に歯ぎしりをする。

 そして、幾つか無人の部屋を通り過ぎた後、ようやく僕達は近衛騎士団の騎士と出会った。


「誰だ! 今、王宮内は出歩かないように通告が回っているはずだぞ」


「ここから先は通行止めだ。さっさと部屋に戻るのだ」


 真っ白な金属鎧に身を固めた二人の騎士が、腰の長剣(ロングソード)をいつでも抜けるように身構え、誰何すいかしてきた。


「儂の顔を見忘れたか」


「こ、これはルーフェン伯爵様」


「御無礼を…」


 ルーフェン伯爵が前に出ると、二人の騎士は慌てて膝をついて礼の姿勢を取る。


「大怪我をされたとお聞きしましたが、どうやらご無事な様子」


「我ら近衛騎士団一同、御心配しておりました」


「うむ。怪我は負ったが、"大地の女神"の教会で治療を受けて、今王宮に戻ってきたところだ。して、王宮はどのような状況なのだ?」


「はっ、現在の状況ですが…」


 近衛騎士団の騎士は、僕達に王宮の状況を説明してくれた。


 それによると、僕とルーフェン伯爵が謁見の間から飛び出した後、衛兵と貴族達の混乱は収まった。

 ルーフェン伯爵派の貴族達は、入ってきた衛兵にウーゴとギデオン、そしてロベール派の貴族達を反乱の罪で拘束するように命じた。


 しかし衛兵達の大半は、ウーゴ達に買収されていた。

 ロベール派の貴族達と買収された衛兵達は、ロベールのクーデターの事実をねじ曲げ、ルーフェン伯爵派が国王陛下を人質にし、ウーゴとギデオンを拘束したなどと言い出した。


 そして、ルーフェン伯爵派の貴族とウード四世(・・・・・)を拘束しようとした。


 幸いなことにウード四世は、買収されていなかった衛兵の助力により、捕まること無く何名かの貴族達と後宮の安全な場所に逃げ込んだとのことだった。


 後宮に逃れたウード四世は、通信の魔法道具で近衛騎士団長に連絡を取った。近衛騎士団は、ウード四世の命により王宮を一時封鎖状態にしているとのことだった。


 そして近衛騎士団は、謁見の間にいるロベール派の貴族達を拘束に向かったのだが、彼等はルーフェン伯爵派の貴族達を人質に取り立て籠もっていた。


 近衛騎士は、王宮で最後の守りを担う選りすぐりの騎士達である。しかし、その数は百人もおらず、大物貴族を人質に取られて手を出しかねているというのが現状であった。


「それと、ウーゴ将軍配下の獣人部隊が王都に向かってきているとの情報も入っております」


 ウーゴ将軍には、傭兵と獣人の混成部隊が預けられていた。傭兵部隊は契約と報酬によって動く者達であり、このような契約外の状況では動くことは無い。


 しかし、獣人部隊はウーゴ子飼いの兵士であり、彼に対する忠誠心も高い。その獣人部隊、約千名が王都に向かってきていると南の砦から連絡があった。恐らく、今回の()を起こすに当たって、念のためにウーゴが呼び寄せていたのだろう。


 王都を護る第一騎士団以外の軍が砦を通るには、国王の書状が必要なのだが、彼等はウード四世の署名入りの書状をもっていた。ウード四世がそんな書状を書くわけも無く、それはロベールによって偽造された物であった。


「そうか。南の砦からということは、後数時間で王都に辿たどり着くな。…第一騎士団はどうしておる」


地下迷宮(ダンジョン)に派遣していた兵士は、各砦の方に戻りました。現在は騎士百名、兵士が千名ほど王都に待機しております」


 ルーフェン伯爵の配下にある騎士団は、第一騎士団である。第一騎士団は王都を護る役目を担っており、騎士五百名、兵士三千五百名の規模を誇る。

 しかし、彼等は通常王都への通り道である東西南北の関所に設けられた砦に滞在しており、普段は王都に半数以下の兵しか駐留させていなかった。


(近衛騎士団を含めて、約千二百名。数の上では若干有利だな。それに護る方が有利なはずだが…)


「至急各砦に連絡を送り、兵士を集めるのだ。それと獣人部隊を通さぬように、王都の門を閉鎖する準備をするように通達するのだ」


 ルーフェン伯爵は、各砦からの兵の集結と、王都の門を閉じる準備を命じた。

 王都の門は、他の都市と違い閉じられることは滅多めったにない。大きさも他の都市の門とは段違いであり、閉じるためには準備が必要である。


「…伯爵様、王都の門を閉じるには、国王陛下の許可が必要です」


 王都の門を閉じる事は簡単ではない。なぜなら、門を閉じてしまえば当然人の出入りができなくなり、流通も滞るからだ。

 食料も燃料も外から持ち込むしか無い王都で、門を閉じると言うことはそれが全て止まってしまうということなのだ。

 そのため、王都の門を閉じるには国王の許可書が必要とされている。


 そして許可を貰おうにもウード四世は、後宮に閉じ込められていた。


「そうだったな。では、大至急国王陛下にお目通りせねばならぬな」


 ルーフェン伯爵はそうつぶやいた。


「しかし、先程もお話したとおり、国王陛下は後宮に…」


 それを聞いて、騎士は首を振って謁見の間が封鎖されていることを再び告げようとしたが、ルーフェン伯爵はそれを手で遮った。


「分かっておる。謁見の間の連中を何とかしなければならないと言うのだろう? それはこちらで何とかする。貴様らは、各砦に兵を出すように通達を出すのだ」


「まさか、伯爵様…」


「案ずるな。人質となっている者達を儂が見捨てるわけがなかろう」


 ルーフェン伯爵は、僕の方を見てそう言う。


(つまり、僕に謁見の間の連中を何とかしろと言うことか…)


 このまま獣人部隊が王都に入れば、王都の人たちを巻き込んで戦いが発生するかもしれない。王都で戦いが始まれば、多くの一般市民が被害に遭うだろう。


 僕は、ルーフェン伯爵の視線にたいし黙って頷いた。





 謁見の間の扉は開け放たれ、入り口付近には十名ほどの近衛騎士が待機していた。

 その近衛騎士の一人が、謁見の間に立て籠もる貴族達と交渉を行っていた。


「ウーゴ将軍、あきらめて人質を解放しましょう。今ならまだ間に合いますよ~」


「うるせー、そちらこそ早く逆賊のルーフェンの野郎を連れて来い。それとも、あいつはもう天国に行っちまったのか?」


 謁見の間からはウーゴの声が聞こえてきた。

 重傷を負っていたはずだが、ロベール派の貴族の中にも神聖魔法を使える者がいて、ウーゴを治療したのだろう。


 交渉を中断して入り口から離れた騎士にルーフェン伯爵が話しかけた。


「パーン団長、どうなっておる?」


「こ、これは、ルーフェン伯爵様。…お体の方は大丈夫なのですか?」


 某ゲームの配管工の様な小粋な口髭を生やした騎士。それが近衛騎士団長のパーンであった。


「ああ、傷は神聖魔法によって癒えた。まだ体力が戻らんから、こうやって支えて貰わぬと歩けぬがな」


 ルーフェン伯爵は、そう言ってニヤリと笑う。


「あ、貴方…様は、"大地の女神"の神官長では。…伯爵様、このお方を王宮に連れてこられて…よろしいのでしょうか?」


 パーン団長は、ルーフェン伯爵を支えてるレミリア神官長に気付いて驚いた顔をする。


「今王宮には、神官が足らぬのでな。"大地の女神"の教会に支援を頼んだのだ」


「そ、…そうなのですか。しかし、あの慣例をお破りになるとは…」


「パーン団長、今そんな事を話しているときではなかろう。ここに全回復の奇跡(リカバリー)を唱えられる神官がおるのだ。多少強引な手を使ってでも奴らを排除するぞ」


「そ、それは。確かに全回復の奇跡(リカバリー)を唱えられる神官がおれば、こちらも手札は増えます。しかし、この中で人質となっておられる方は、王国にとってかけがえのない方ばかりです。万が一の事があれば、どうなさるのですか? 人質の中には、グレース様もおられるのですよ」


 強攻策を唱えるルーフェン伯爵にパーン団長が反論する。


「万が一か。確かに近衛騎士が突入すれば、そうかもしれぬな。…サハシ、どうだ?」


「何とかなりそうです」


 ルーフェン伯爵がパーン団長と話している間に、僕は突入の準備を整えていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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