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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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ルーフェン伯爵の回復

 謁見の間の扉付近では、貴族と衛兵達が入り乱れ押し合っていた。貴族は我先にと外に出ようとしており衛兵は外に出ようとする貴族を押しとどめ中に入ろうとしていた。

 貴族達は逃げ出すことに一生懸命で、ソフィアやウーゴ、ギデオンが既に倒されてしまったことにすら気付いないようだった。


「どけ、衛兵!」


「早くここから出してくれ」


「国王陛下の安全が第一です。我ら(衛兵)が中に入るのを邪魔しないでください」


「儂らが、部屋を出るのが先じゃ」


 こんな状況では、「道を空けてくれ」と叫んでも聞き入れてはくれないだろう。ルーフェン伯爵の様態は一刻を争う状況なので、僕はその混雑した場所をジャンプで一気に飛び越えることにした。


(扉の高さが3メートルも合って助かったよ)


 ルーフェン伯爵を背負って衛兵と貴族達の上を飛び越える僕を見て、彼等は呆気あっけにとられていた。

 20メートルほどの大ジャンプを決めて着地する。もちろんジャンプも着陸も背負っているルーフェン伯爵に衝撃を与えないようにスラスターを噴かしている。

 そして、謁見の間を抜け出した僕は、王宮を抜け出すために走り出した。





 王宮では、人にぶつからないように通路を進むのに苦労した。王宮を抜け出した後は、地上を走るのをあきらめ建物の上を駆け抜けることにした。


 移動の途中で、エミリーに預けてあった"瑠璃"に連絡を取って、ルーフェン伯爵を連れて行くことを伝えようとしたのだが、


『"瑠璃"、今どうしている?』


『はっ? 寝てました…。 け、慶ですか?』


 と、寝ぼけたような返事が返ってきた。


『寝てたって…。まあ良いよ。それより今からルーフェン伯爵を治療するために連れて行くから、エミリーにそのことを伝えてほしいんだけど?』


『ごめんなさい。今私は教会の棚に放置されてます』


 どうやら、"瑠璃"はエミリーがボランティア活動中の間は教会の棚に置かれているようだった。

 "瑠璃"経由でエミリーに伝えるのをあきらめて、僕は一刻も早く教会に辿たどり着くことに集中した。

 その甲斐かいもあり、"大地の女神"の教会までの道のりは、地上で道なりに走ると30分以上かかるのだが、10分で到着することができた。


「サハシ様、そんなに慌てて、どうなされたのですか?」


 "大地の女神"の教会に辿たどり着いたところで、顔見知りのシスターが声をかけてきた。


「レミリア様を…いや、エミリーを呼んできてください。い、いや、何処どこにエミリーがいるか教えてください」


「お背中の方は何方どなたでしょうか? …る、ルーフェン伯爵様!」


 シスターは、僕が背負っているのはルーフェン伯爵と気付いて驚く。


「伯爵様の容態は、一刻を争うのです。エミリーは何処どこですか?」


「は、はい。エミリーさんは…午前の奉仕活動を終えられ、今は神官長のお部屋におられるかと」


 僕の切羽詰まった様子を感じ取ったシスターは、慌ててエミリーの場所を教えてくれた。


「ありがとうございます」


 エミリーの場所を聞き出すと、駆け足で神官長の部屋に向かった。


「レミリア様、失礼します」


 不作法を承知で、僕はノックもせず神官長の部屋に入っていった。


「ケイ? 王宮にいたのでは」


「サハシさん、突然どうされたのですか?」


 部屋に入ると、二人が遅い昼食をとっていた。突然部屋に入ってきた僕に驚きながら、二人は食事を中断し席を立った。


「レミリア様、申し訳ありませんがベッドをお借りします」


 僕は背負っていたルーフェン伯爵をベッドに寝かせた。


「は、伯爵様。一体どうされたのですか?」


 レミリア神官長は、ベッドに寝かされた真っ青なルーフェン伯爵を見て、慌てて回復の奇跡を唱え様とするが、


「レミリア様、回復の奇跡ではもう治りません。全回復の奇跡(リカバリー)でないと…」


 そう言うと、彼女は詠唱を取りやめて、青い顔をして僕の方をすがるような目で見てくる。


「伯爵様は、それほどの重傷なのですか…」


「そうです。エミリー、大至急全回復の奇跡(リカバリー)を伯爵様に唱えてほしい」


「それが、先程まで回復の奇跡のボランティアをしていたので、魔力(マナ)が尽きてしまって…」


 エミリーに全回復の奇跡(リカバリー)を唱えてくれるようにお願いしたが、エミリーは青ざめた顔で首を横に振る。どうやらエミリーはボランティア活動で、魔力(マナ)を使い切ってしまったらしい。


「午前中治療を受けに来る人が多くて…。お昼過ぎにようやく全ての人の治療を終えたの。

 おかげでエミリーさんは魔力(マナ)が尽きてしまって…。

 他に全回復の奇跡(リカバリー)を唱えられる人は…今日はいないの。どうしたら良いのかしら。

 …ああ、そうよサハシさんが、あの魔力(マナ)を回復するお茶を煎れてくれれば良いのだわ」


 レミリア神官長はポンと手を叩いてそう言うが、お茶を入れて魔力(マナ)を回復するような悠長な事をしている余裕はない。


「レミリア様、申し訳ありませんが、しばらく後ろを向いていてもらえますか?」


 僕はそう言って、エミリーに近寄る。


「え? ええ、後ろを向けば良いの?」


 レミリア神官長は、僕の言う通りに素直に後ろを向いてくれた。


「ケイ、まさかここで?」


「ごめん、本当に時間が無いんだ」


「わ、分かったけど。…んっ」


 強引にエミリーを引き寄せて、マナ注入(キス)を始めた。時間が無いので、強めに魔力(マナ)を注入したためか、エミリーは少しあえぎ声を出してしまった。


「さ、サハシさん。な、何をしているの?」


 レミリア神官長は、背後で聞こえたエミリーの声が気になるのか尋ねてくるが、マナ注入(キス)中なので答えることはできない。10秒ほどで全回復の奇跡(リカバリー)を唱えるのに必要な魔力(マナ)を注入して、僕はエミリーと離れた。


「ん…、もうちょっと…」


 唇が離れた時、エミリーが物足りなそうな声で何か言いかけたが、途中で顔を赤らめて黙ってしまった。


「レミリア様、もうこちらを向いてよろしいです。エミリー、全回復の奇跡(リカバリー)をお願い」


「そ、そう。もう良いの?」


 レミリア神官長が僕達の方を向き直る間に、エミリーが全回復の奇跡(リカバリー)を唱え始めた。


「大地の女神よ傷つき倒れ伏したる彼の者に命の息吹を与え給え~、リカバリー」


「どうやってエミリーさんの魔力(マナ)を回復させたのですか?」


 レミリア神官長が興味津々といった顔で尋ねてきたが、「えーっと、それは秘密です」と、某魔族の神官のように人差し指を立てて誤魔化しておいた。





《対象:ルーフェン伯爵をスキャンします。…脈拍50。血圧60-100mmHg。体温35.8度…》


「ふぅ、間に合った~」


 ルーフェン伯爵の状態をチェックして、このまま安静にしていれば大丈夫というレベルにまで回復したことを確認でき、僕は安堵あんどのため息をついた。


「あの、サハシ様。何故このようなことになったのか、教えていただけますでしょうか?」


 状況が落ち着いたとみたレミリア神官長が、僕に状況説明を求めてきた。


(説明しないとまずいよな~。だけど、王宮でクーデターが発生したって話しても良いのかな? まあ、レミリア様は伯爵様と懇意だし大丈夫だろう)


 そう判断して僕は王宮で起きたことを二人に説明することにした。


「えーっと、先程王宮で、…」






「うっ。ここは何処だ?」


 僕が二人に状況を説明してから三十分ほど経ったところで、ルーフェン伯爵が目覚めた。


「伯爵様、お気づきになりましたか。…御無理をなさらず、もうしばらく安静にしていてください」


 ベッドから起き上がろうとするルーフェン伯爵だったが、今ひとつ体に力が入らない状態で、ベッドの上でもがいていた。レミリア神官長は、そんな彼にもう少し安静にするように言って体をそっと押さえた。


「レミリア様! ということは、ここは"大地の女神"の教会か? サハシ、お前の仕業か?」


 部屋の中を見回して僕を見つけると、伯爵はそう言ってまた起き上がろうとした。


「はい。伯爵様は、ウーゴ将軍に斬られた後気絶してしまわれました。

 あの場にいた神官が回復の奇跡で傷を塞いだのですが、それでは助からないと判断して、僕がここ(教会)にお連れしました。

 ウーゴ将軍もギデオンも僕が無力化しておきましたので、国王陛下は御無事だと思います。

 後、復活したソフィア夫人も…倒しました」


 ソフィアが死んだ件についてはいろいろ謎がある。しかし、あの場での決着は付いたと僕は考え、そうルーフェン伯爵に説明した。


「そうか…陛下は御無事か」


 僕の話を聞いて少し安堵あんどしたのか、ルーフェン伯爵はもがくのを止めベッドに横になった。


「サハシよ、儂が倒れた後のことをもう少し詳しく話してくれ」


「はっ。では…」


 僕は、二人に引き続き、ルーフェン伯爵に状況を説明することになった。





「レミリア様、大至急馬車を用意してもらいたい。儂は直ぐに王宮に戻らねばならぬ」


 僕の話を聞き終えると、再びルーフェン伯爵は起き上がろうとする。


「でも、そのお体では…」


 全回復の奇跡(リカバリー)で回復したが、失血が多すぎたルーフェン伯爵は、しばらく安静が必要な状態である。決して無理をして良い状態ではない。


「いや、ウーゴ将軍とギデオンが倒され拘束されたようだが、ロベール殿下にくみする貴族は他にも大勢おる。それがウーゴ将軍配下の指揮下の獣人部隊と手を組んで騒ぎ出せば大変な事になる。儂が行って、軍を指揮すればそれを防げるだろう。…クッ、体が思うように動かん」


 そう言ってルーフェン伯爵は起き上がろうとして、そこで力尽きてベッドに突っ伏していた。


(ルーフェン伯爵がいないと、ウーゴの配下の軍が暴れ出したら押さえきれないか。国王陛下はそう言った方面は伯爵に頼り切っていたみたいだし…。そうだ、この機会に、"大地の女神"の教会と貴族達の間の関係も何とかできないかな)


 "大地の女神"の神官は、その教えから貴族に嫌われており王宮に入ることができない。

 しかし現在、"天陽神"の教会が起こした地下迷宮ダンジョンの事件の影響で、王宮に常駐している神官が少なく、それは問題である。


 それにロベールの反乱が失敗した今、ルーフェン伯爵派は勢いを増す。そこで、ルーフェン伯爵の力で"大地の女神"の神官が王宮に入れるようになれば、"大地の女神"の教会と貴族との仲を少しは改善できるかもしれない。


(そうなれば、"天陽神"の教会の神官に嫌がらせを受けることも減るだろう)


 僕はそう考えると、ルーフェン伯爵とレミリア神官長にこの案を提案することにした。


「伯爵様が王宮に戻られないと大変な事になるのですね。分かりました。僕が伯爵様を王宮にお連れします。

 …しかし今の状態の伯爵様が王宮に戻られるとなると、体調が悪化した時に不安です。

 王宮には今全回復の奇跡(リカバリー)を唱えられる神官がおりません。

 そこでですが、エミリーと後何人か"大地の女神"の神官を王宮に連れて行けませんでしょうか?」


「え? サハシさんそれは…」


 レミリア神官長は、僕が突然言い出したことに驚いていた。


「先ほどお話したように今王宮には神聖魔法を使える神官が少ないのです。是非王宮に"大地の女神"の神官が来て欲しいのです」


「ですが、"大地の女神"の教えは、貴族の方達に評判が悪いのです。そのため"大地の女神"の神官は王宮に入れないのです」


「それは僕も聞いています。しかし、今王宮は大変な状況です。そんな事を言っている場合では無いと僕は思っているのです」


 僕は、レミリア神官長とルーフェン伯爵の二人に向かってそう言った。


「う、うむ。確かに今王宮にはわずかな神官しかおらぬが…。しかし、"大地の女神"の神官を王宮に連れて行くとなると…」


 そう言ってルーフェン伯爵は、ベッドの上で目を閉じ難しい顔をして考え込んだ。


「伯爵様?」


 僕は、ルーフェン伯爵に回答を促した。


「…うむ、あいわかった。レミリア様、"大地の女神"の教会から何人か神官を王宮に派遣してはもらえぬか」


 数十秒考え込んだルーフェン伯爵は、僕の提案を受け入れる事を決断した。そしてレミリア神官長に神官の派遣をお願いした。


「レミリア様、どうでしょうか? 教会から神官の派遣は可能でしょうか?」


 今度は、レミリア神官長に神官の派遣が可能か尋ねる。


「…そうね。今は、教会にいる神官とシスター達は午後からのボランティアがあるから王宮に行くのは無理ね。…私なら…そう、私が王宮に向かいましょう」


 レミリア神官長は自分が王宮に向かうという事を告げた。


「れ、レミリア様が? …い、いや、その方が逆に貴族達の反発も少ないかもしれないな」


 ルーフェン伯爵は、一瞬驚いたが直ぐにそれを受け入れた。

 そして、ルーフェン伯爵とレミリア神官長は手を握り合った。





 レミリア神官長がルーフェン伯爵と王宮に向かう事になったが、彼女もエミリーと同じくボランティア活動で魔力(マナ)を消耗していた。

 エミリーと同じ方法で魔力(マナ)を供給するわけにはいかないので、馬車の準備が整うまでの間に魔力(マナ)を込めたお茶を煎れ、魔力(マナ)を回復してもらった。


 レミリア神官長が僕に背負われたルーフェン伯爵とともに教会の講堂に赴き、教会にいた神官とシスター達を集めて、レミリア神官長が王宮に向かうことを告げた。


「神官長が、王宮に?」


「大丈夫なのですか?」


「貴族達に嫌がらせを受けるのでは」


「おやめください、神官長さま」


「王宮に向かわれる? ついに、レミリア様が立たれるのか」


 最後のはちょっと違う気もするが、神官とシスター達は皆驚いていた。


「我らは"天陽神"の教会に替わり貴族達に使えることになるのですか?」


 シスターの一人がレミリア神官長にそう尋ねる。


「いえ、そうではありません。今王宮は神官が少なく大変な状態です。"大地の女神"様は、人は平等であると教えております。そう、今は貴族も平民もありません。困っている人を救うために王宮に向かうのです」


 レミリア神官長が諭すように話す。


「"大地の女神"の神官とシスター達よ、儂はルーフェン伯爵だ。今王宮の貴族達は神官がおらず、困っておる。

 …確かに今まで貴族達は"天陽神"の教会を優遇し、反対に"大地の女神"の教会を冷遇していた。

 儂もそれを遺憾なことだと思っておったが、口出しすることは無かった。それについては今ここで申し訳ないとびるしかない。

 だが、今後儂は"大地の女神"の教会を冷遇せず、"天陽神"の教会と同じように扱うように貴族達に働きかけるつもりだ。そのためにも是非儂に力を貸して欲しい」


 続けて、僕に背負われた状態でルーフェン伯爵が"大地の女神"の教会を冷遇しない事を宣言する。


「ルーフェン伯爵様、それは本当でしょうか?」


「これで、"天陽神"の教会から嫌がらせを受けることが無くなるのか」


「貴族が困っているのを助けるのですか…」


「貴族でも平民でも俺達は困っている人を助ける。それが"大地の女神"の教えだよな」


「そうよ。困っている人は助ける。それが教えです」


 二人の話を聞いて"大地の女神"の教会の神官とシスターもレミリア神官長が王宮に向かうことに納得してくれた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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