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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
113/192

混乱の収束

明けましておめでとうございます。(遅っ!)

今年初投稿となります。

今年も週一のペースで更新していきたいと思います。

 ルーフェン伯爵がウーゴ将軍に刺されて倒れている。そして、今度はウーゴは、ウード四世に襲いかかろうとしていた。


(いったい何が起こってるんだ。もしかしてクーデターが発生しているのか?)


 ルーフェン伯爵派の貴族達はウード四世を守ろうとしているが、年配の人が多くとてもウードを止められそうにはない。


「ここの私はそろそろ限界ね。またどこかで会いましょう…」


 ソフィアが意味深なことを言いながら目を閉じる。しかし僕にはそれを問いただすだけの余裕が無かった。

 ウードに何か言われた宮廷魔術師のギデオンが、指輪らしき物を指にはめるとこちらに向かって魔法を唱え始めたのだ。


(クッ、こんなところで魔法を使うつもりか)


 恐らく、僕とソフィアを倒すために魔法を放つつもりなのだろう。宮廷魔術師であるギデオンが低レベルの魔法を使ってくるわけがない。


(まずは、爺さんの魔法を止める)


 重傷のルーフェン伯爵のことも気掛かりだったが、今はギデオンとウード四世に襲いかかろうとしているウーゴを何とかするのが先決である。

 僕は、全力(・・)でギデオンに向かって飛び出した。





「この世の力の源たるマナよ、我が手に(いかずち)となりて集い我が敵を撃破せよ」


 ギデオンは雷球の魔法(ライトニング・ボール)の呪文を唱えていた。魔法の目標であるサハシとかいう冒険者を見ると、どうやらギデオンが魔法を唱えていることに気付いたようだった。


(あやつが上級冒険者であってもこの距離では魔法を止めることはできぬわ)


 既に魔法は解き放たれる寸前である。ギデオンは、たとえサハシが斬りかかってきてもそれを避けながら魔法を唱えきる自身があった。


 そして雷球の魔法(ライトニング・ボール)の雷球は、術者の意思である程度軌道を変更できる魔法である。ギデオンほどの熟練の魔法使いであれば、狙いを外すことはない。


「ライトニング・ボ…」


 ギデオンがあと一言で詠唱を終えようとしたとき、突然突風のような風の奔流を受けて、彼は空を飛んでいることに気付く。


「馬鹿な…何が起きたと…」


 ギデオンは、自分の身に何が起きたのか分からぬまま、謁見の間の壁に叩き付けられ気絶してしまった。





 魔法の詠唱が完了するまで余裕がなかったため、僕は50%の出力だったことも忘れて全力で飛び出してしまった。


(まずい、このままじゃ爺さんに衝突して大惨事だ)


 クロックアップしていたため僕は、スピードを出しすぎたことに気付く余裕があった。


 まず、目前に迫ったギデオンの直前で僕は止まるために全力でスラスターを噴かした。


 スラスターを全力で噴射。それによって衝突は回避できた。しかし、超音速から停止状態まで制動する為のスラスターの噴射の勢いは苛烈だった。

 ゴウッと音を立てスラスターから噴出された空気は、ギデオンを壁まで吹き飛ばしてしまった。


(何とか止まれたか。爺さんの方は…ありゃ気絶してるな)


 足で床を削りながら停止した僕は、スキャンログで壁に張り付いているギデオンが死んでいないこと、そして気絶しているのを確認する。


 次にウーゴの方を振り向くと、ウーゴとウード四世、そしてルーフェン派の貴族達は、高速移動による衝撃波のためみな倒れていた。

 皆、何が起きたのか分からず辺りを見回している。


「こっちは…、まだやる気か?」


「くそっ、何だったんだ今の衝撃は? ギデオンは…サハシ、てめぇ何をしやがった!」


 衝撃を受けたといっても突然突き飛ばされたぐらいのダメージである。ウーゴは頭をふりながら起き上がり、ギデオンが吹き飛ばされ代わりに僕がいることに気付くと、小剣(ショートソード)を構えた。


「そっちこそ、国王陛下に襲いかかって、何をやってるんだ。クーデターでも起こす気か?」


「ケッ、ウード四世陛下じゃこの国は大きくならねーから、退位してもらうのさッ」


 そう吐き捨てるように言うと、ウーゴは僕に斬りかかってきた。


「退位は強制的にさせるものじゃ無いよ!」


 獣人の将軍だけあって、ウーゴの剣筋は鋭い。中級、いや上級冒険者クラスの強さを持っていた。

 しかしクロックアップ中の僕にとっては、彼の鋭い剣捌さばきもスローモーションのように遅い。僕にとっては剣を避けるよりも、クロックアップで間延びしてしまう彼との会話を続ける方が難しいぐらいだ。


(ルーフェン伯爵の容態も心配だ…)


 ウーゴの注意が僕に移ったおかげで周囲の様子を見る余裕ができた。

 ウード四世は何とか起き上がって、僕とウーゴとの闘いを見ていた。

 ウーゴに刺され倒れてしまったルーフェン伯爵は、神聖魔法が使える人によって回復の奇跡による治療を受けている。


《対象:ルーフェン伯爵をスキャンします。…脈拍低下、出血による血液の損失により、失血死に至る可能性は80%です》


 スキャン結果のログから、ルーフェン伯爵はまだ死なないが、回復の奇跡では助からないことが分かる。


 回復の奇跡は傷口を治し塞ぐ事は可能だが、失われた血液などを補充してはくれない。失血が多い場合は、上位の神聖魔法全回復の奇跡(リカバリー)による治療を受ける必要があるのだ。


 そんな状況分析を行いながら、ウーゴの攻撃を避け続けた。





「ちょこまかと逃げやがって」


 二メートルを超す巨漢のウーゴに取って、人間用の小剣(ショートソード)など短剣のような物である。将軍となっても日夜戦闘訓練は欠かさず行っており、獣人部隊の部下達が、束になってもかなわないほどの実力を持っている。

 しかし、ウーゴの獣人の力を持って振り回す暴風のような剣をサハシという冒険者はまるでそよ風のよう避け続けていた。


(馬鹿な。俺の剣が当たらないだと。…冒険者ごときがここまでやるとは予想外だったぜ。こうなったら奥の手を出すか)


 ウーゴは、たかが冒険者ごときと侮っていたことを反省する。

 そうすると、今まで高揚していた気が静まり一気に冷静な精神状態となる。

 ウーゴは、政治的な場では短絡的な行動を取る傾向にあり、官僚達からは脳筋だと思われている。

 しかし彼も軍団のトップに立ち将軍となった身である。個人の武勇だけで将軍職は務まらない。

 彼は政治的な駆け引きは苦手だが、戦場や戦いの場では諜報や謀略といった駆け引きにおいては天才的な物があった。


 右手で小剣(ショートソード)を振り回しながら、ウーゴは左手で服の袖から三本の針(暗器)を取り出した。針といっても縫い針ではなく、五寸くぎを少し大きくしたぐらいのサイズである。


 ウーゴは、戦場では勝てば良いと言わんばかりにえげつない戦略、戦術を採用することが多かった。そこがルーフェン伯爵との対立の一因となっているのだが、ウーゴは自分の性格を直すつもりはなかった。


 そして、彼は自身が闘う場でも暗器といった隠し武器を良く使用していた。今では滅多めったに自分自身が闘うことはないのだが、兵士のときから持ち前の怪力で大剣や槍を振るって見せて、その裏で暗器を使って相手を仕留めるといった闘いが得意だった。


「おら、これでも喰らいな!」


 まるで格闘ゲームの乱舞系の技のような勢いでウーゴは剣を振り回し始めた。しかしサハシはその動きを読んでいるかのように全て紙一重でかわしていく。


 ウーゴは、疲れがまったように荒く息を付く演技(・・)をする。そして連続攻撃の最後の突きを外して体が泳がせる。そのウーゴの動きに対してサハシがカウンターの拳を繰り出す。


(ここだ!)


 狙い通り、カウンターを狙ってきたサハシに、ウーゴは顔めがけ左手の針を投げつけた。





 出力が高すぎるのも困った物で、今の僕は注意して動かないと人にぶつかった瞬間に大惨事となってしまう。

 出力を下げてしまえば良いのだが、ウーゴと闘いながら下げるのは難しい。


 クロックアップして思考が加速してるので、慎重に動けば問題はないだろうとウーゴとの闘いを続けることにした。

 そして、最小限の動きでウーゴの攻撃を回避しながら彼を無力化するタイミングを計る。


 自棄やけになったような連続攻撃の中、ウーゴは息切れしたように荒く息を付き始める。そしてその最後の突きによる攻撃が外れたタイミングで、僕はカウンターの右拳を慎重(・・)に繰り出した。


(これで、吹っ飛ばしてしまえば…あれは針? 暗器とか何時の間に取り出したんだ)


 僕は、ウーゴが左手で針のような暗器を投げ放とうとしていることに気付いた。


(顔をめがけて投げてくるのか。意外と芸が細かいな)


 ウーゴとしては完全に不意を突いたつもりだった…いや、僕がクロックアップしてなければ不意を突けたかもしれない。しかし、今の僕は相手の攻撃を見てから余裕で避けることが可能な状態である。


 左膝を頭一つ分沈み込ませることで、投げられた針を回避する。そして右拳によるカウンターを止めて、左拳によるアッパーカット気味のボディブローに攻撃を切り替えた。


「グァラボっ」


 左拳はウーゴの腹部にめり込み、彼は意味不明の叫びを上げて空に舞った。


 細心の注意で力を制御したので、何本か胸骨が折れた感触があったが、僕はウーゴを殺さずに無力化することに成功した。





「国王陛下、御無事でしょうか?」


 僕とウーゴとの闘いを見てほうけていたウード四世に声をかけた。周りの貴族達も同じようにほうけている。


「お、おお。余は無事じゃ。さ、サハシとやら、ウーゴ将軍は殺してしまったのか?」


「いえ、まだ生きています。ですが、しばらくは動けないでしょう」


 僕は、床に倒れてピクピクと痙攣けいれんしているウーゴを一瞥いちべつする。


「う、うむ。良くやってくれた」


 ウード四世が僕を見る目が少し怖がっているように見えた。


(荒事に向いてない人なんだな)


 ウード四世の無事を確認すると、彼の世話は貴族達に任せると、


「ルーフェン伯爵の様態が心配ですので、失礼します」


 と言って、僕はルーフェン伯爵に駆け寄った。





「伯爵様の容態は?」


「余り思わしくありません。私ではこれが限界です」


 ルーフェン伯爵を診ていた貴族…いや、よく見ると彼は"天陽神"の神官だった…が、首を振る。


「ここに全回復の奇跡(リカバリー)を唱えられる人は…いないのですね。貴方以外に、王宮で唱えられる人は?」


「そ、それが…。本来であれば、全回復の奇跡(リカバリー)を唱えることのできる神官が常駐しているのですが、地下迷宮(ダンジョン)の一件で、王宮には私とあと一人しか神官がいません。二人とも回復の奇跡を唱えるのがやっとです」


 ふだん、王宮には"天陽神"の教会の神官が常駐している。しかし地下迷宮(ダンジョン)の事件で、"天陽神"の神官達は皆出払ってしまったため、神官が足りない状態であった。


 彼も"天陽神"の教会の神官であり、地下迷宮(ダンジョン)参集しているはずだったのだが、ルーフェン伯爵派閥にくみしていた彼はディーノ神官長から王宮に残るように言われたそうだ。


「"大地の女神"の教会から急いで神官を呼んでくれば…」


「そ、それが…"大地の女神"の神官を王宮に入れるのは、貴族達からの反対が多くて無理かと…」


 "大地の女神"の教会は、"人の平等"を教えの中に持っているため、貴族達の覚えが良くない。そのため王宮には"大地の女神"の神官は常駐どころか、呼ぶことすらできないらしい。


(そんな状況じゃないだろうに)


 僕は貴族達の融通のきかなさに頭を抱えそうになった。


「では、僕が伯爵様を"大地の女神"の教会に連れて行きます」


「そんな、無茶です。今伯爵様を動かすのは危険です」


 神官はそう言うが、ルーフェン伯爵の傷口は塞がっており、後は至急失われた血と活力を与えるしかない状況である。このまま放置するより僕が背負って運んだ方が助かる確率が高いはずなのだ。


「このままじゃ、伯爵様は死んでしまいます。連れて行くしかないでしょう」


「お待ちください、せめて馬車で…」


「そんな時間はありません。僕が走った方が早いです」


 そう押し切って、僕はルーフェン伯爵を背負った。


 辺りを見ると、気絶しているギデオンとウーゴは、ルーフェン伯爵派の貴族達によって拘束されようとしていた。

 そして、ソフィアの方は…何故か、彼女の遺体の側にカレーラス伯爵夫人が立っていた。


(何をしているんだ? …まあ知己だったのかもしれないし、あっちは貴族達に任せられるだろう)


 ソフィアに関しては、どうやって復活したのかそのカラクリを聞きたかった。しかし、スキャンすると生命活動は停止していると結果(ログ)が返ってきたので、あきらめるしかなかった。


「では、伯爵様は僕が預かります」


「…仕方がありません。伯爵様を助けてください」


 神官があきらめたように言う。

 背負っているルーフェン伯爵の様子を確かめ、あと少しは伯爵の命が持つことをスキャンで確認する。

 そして、衛兵と貴族達で混乱する扉をジャンプで飛び越えると、僕は"大地の女神"の教会に向けて走り出した。





「ソフィア夫人、どうして貴方あなたは生き返って…そして死んでしまったの?」


 アナスタシア・カレーラス伯爵夫人は冷たくなってしまったソフィアの側にたたずんでいた。彼女は、ウーゴやギデオンと組みロベールを王にすべく動いていたのだが、そこにはロベール派の貴族にソフィアがいろいろと吹き込んでいたという背景があった。


 アナスタシアはソフィアとかなり親しくしており、実は彼女が"不死の蛇"の神官であることを知っていた。そして彼女も形だけではあるが、"不死の蛇"の信者としての洗礼を受けていた。

 彼女が洗礼の受けたのは、ソフィアとの女の友情のような物に引きずられただけで、"不死の蛇"など信仰はしていなかった。


「多分ロベールはこれで終わりね。私は、…これらかどうしようかしら?」


 アナスタシアは、今回はただ見ているだけで、何も行動はしていない。ウーゴ達のやったことなど知らなかったととぼければ、恐らく王妃の姉である自分は叱責で済まされるだろうと楽観視していた。


 アナスタシアは、血の付いたソフィア顔が不憫ふびんで、その顔をハンカチで拭き、服装を整えようとした。


「痛っ?」


 ソフィアの亡骸なきがらに触れた瞬間、アナスタシアの指先に静電気のような物が走った。


「別に何もないわよね」


 アナスタシアは、触れた指先を見るが特に何も変わったところはない。不思議に思いながら彼女はソフィアの元を離れた。




「くそっ、ウーゴがいらぬ事をしてくれたおかげで、大変な事になったぞ」


 ウーゴが倒されたとみるやロベールは、謁見の間から逃げ出していた。


「ルーフェン伯爵だけ殺して、父上にはその責で退位を迫るはずだったのに…。父上まで殺そうとするとは…。それに父上を殺すことに失敗しては、本末転倒だろう」


 ロベールは、毒づきながら自分の部屋に戻ると、動きやすい服装に着替え幾ばくかの貴金属を持ち出す。


「しばらく郊外の離宮にでも隠れて、ほとぼりが冷めるのを待つしかないな…」


 ロベールは身を隠す準備を整えて部屋を出たが、その背後にそっと忍び寄る影に気付くことは無かった。


「…」


 影はロベールを気絶させると、そのままどこかに運び去った。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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