謁見の間の混乱
今年最後の更新になります。
「ソフィア!」
「ソフィア夫人!」
僕とルーフェン伯爵の驚きの叫び声が謁見の間に響き渡る。
「サハシ、また会いましたね」
ソフィアは僕の方を振り向くと、妖艶な微笑みを浮かべた。
(馬鹿な、さっき迷宮でソフィアを倒してきたはずだ。何故ここで復活するんだ。あり得ないだろう)
予想外の出来事に、僕は思考がフリーズしてしまった。いや、僕だけでなく、謁見の間にいる全員が沈黙し、動きを止めてしまった。
「そ…ソフィア様。生きておいでだったのですね。私は貴方様が迷宮で亡くなられるなど、何かの間違いだと信じておりました」
沈黙を破ったのは、ロベール側にいた若い男性貴族だった。彼は、"天陽神"の、いやソフィアの熱心な信者であった。そして彼は、止める間もなくソフィアの元に駆け寄っていった。
「あら、ハーヤネン男爵。お久しぶりね。お会いできてうれしいわ」
ソフィアは駆け寄ってきたハーヤネン男爵をその胸に掻き抱いた。突然の抱擁にハーヤネン男爵は最初驚きの表情を浮かべたが、その後恍惚の表情へと変わった。
ハーヤネン男爵は、ソフィアの微笑みが邪悪な物に変わったことに気付くことはなかった。
「ソフィア、止めるんだ!」
ソフィアが何をするつもりか察した僕は、その行為を止めるべく叫んだのだが、それは無駄なことだった。
パサリ
ソフィアが抱擁を解くと、乾いた音を立ててハーヤネン男爵は床に倒れ落ちた。彼は、魔力と生気を吸い尽くされミイラ状の死体と成り果てていた。
「ありがとう、ハーヤネン男爵。おかげでもう少し持ちそうだわ」
そう言ってソフィアは次の獲物を探すかのように辺りを見回した。
「キャー」
「化け物か」
「逃げろー」
ハーヤネン男爵がソフィアに殺されたことで、謁見の間はパニック状態に陥った。
この混乱の中、貴族達の取った行動はおおむね二つに分かれた。
一つは、逃げ出すこと。ロベール側の貴族達の大半は、逃げ出すことを選択して謁見の間の扉に殺到した。
もう一つは、国王陛下ウード四世を護ること。
「国王陛下は、お下がりください」
「衛兵、何をしている」
「陛下をお守りするのだ」
ルーフェン伯爵側の貴族達は逃げだそうとした者は少数で、大半がウード四世を守るように王座の周りに集まっていた。
今謁見の間にいる者達の中でソフィアを何とかできそうなのは、僕と宮廷魔術師のギデオンぐらいである。
しかしギデオンは、ウーゴ将軍やカレーラス伯爵夫人と共にロベールの側にいた。彼等もウード四世を護るためだろうか、王座に近寄っている。
つまり今ソフィアを何とかできるのは、僕だけだった。
(どうしてソフィアが復活したか…それを考えるのは後回しだ。とにかく彼女を倒さないと)
現状、僕は外部装甲だけで、武器は持っていない。つまり徒手空拳で戦うしか無いのだ。
(大太刀で斬っても駄目だったんだ、ただ殴っただけじゃ倒せない。どうすればソフィアにダメージを与えられるんだ…。とにかく時間がない、まずは出力を上げてクロックアップしよう)
《主動力:賢者の石 出力50.0%で稼働します》
魔力出力の上昇とともに体が薄らと光り始めるが、ソフィアに注目が集まっている状況で、それに気付く人はいない。
そして、出力が上昇する一瞬の間にクロックアップした僕は、どうすればソフィアを倒せるか考えていた。
(地下迷宮でソフィアと闘った時、大太刀に魔力を込めて斬ったけど、魔力を吸収されてしまった。ミーナは、魔法を使った後に殴っていたけど、今の僕にあの真似は無理だ。…そうか、ドラゴン・ゾンビを倒した時、魔力を吸収しきれずにあいつは滅んだ。同じような事を再現できなか?)
ドラゴン・ゾンビと闘った時、心臓の出力は100%だった。しかしあの時、100%の魔力を制御できたのは奇跡に近い。今やれと言われてもできないかもしれない。それに出力100%での稼働は、体に負担が多すぎる。
では、どうやってあのときの状態を再現するか、何か手段はないかと考えると、
(やっぱり、魔力を貯めて一気に放出する。それしかないよな)
漫画やアニメでありそうな技だが、ミーナが変身後に放った拳がそれに近いのではないかと僕は考えていた。
やることは決まったが、問題は魔力をチャージして一瞬で放出する方法だった。
しかし、それは僕の体のあちこちにあるエネルギーキャパシタを使うことで何とかなりそうだと思いついた。
エネルギーキャパシタとは、一時的に四肢の出力を上昇させたい時に電力を供給する装置である。
こちらに来る前の体では、重量物を持ち上げる時や素早く動きたい時に使用していた装置なのだが、こちらの世界に来てからは、使用しなくても問題ないほど体のスペックが上がったこともあり使われていなかった機能である。
後、エネルギーキャパシタ以外にも電力の安定供給用のバッテリーもあるのだが、こちらは長時間の安定した出力用途向けで、瞬間的なエネルギーの放出には向いていない。
とにかく、元は電力を貯めるための装置に魔力が蓄えられるかをシステムに聞いてみる。
(エネルギーキャパシタに魔力をチャージ可能か?)
《可能。出力50%では、5,000ミューオンFまでチャージと放出が可能です》
チャージ可能とシステムが回答する。相変わらず魔力関係の単位は謎だが、出力に応じた放出が可能らしい。
(魔力のチャージを開始。解放トリガーはこちらで設定する)
《エネルギーキャパシタにマナをチャージします。最大量のチャージまで1秒お待ちください》
エネルギーキャパシタのチャージに魔力が回されたためか、僕の体の発光が止まる。
ここまで、クロックアップした思考で行っていたため、実際には4秒しか経過していない。
その4秒の間にソフィアは魔法を唱えるでもなく、騒然とした謁見の間の様子を楽しそうに眺めているだけだった。
(ソフィアはいったい何を考えているんだ?)
僕は不思議に思ったが、
《チャージ完了です》
と、ログにエネルギーキャパシタへのチャージが終了したことが表示されたため、ソフィアの不思議な態度について考えるのを止めた。
(何もしないなら、一気にケリを付けるだけだ!)
僕はソフィアめがけて走る。一瞬でソフィアとの距離を詰め、右拳をソフィアの胸に放った。
(インパクトの瞬間に、一瞬で魔力を解放するんだ)
クロックアップした意識の中で、僕は魔力を解放するタイミングを計った。
ガスッと右拳がソフィアの体にめり込む。その瞬間、僕はエネルギーキャパシタに蓄えられた魔力を手から一気に放出した。
(○ャラクティカ・マグナム…いや、閃光○火拳かな)
クロックアップした思考の中で、思わずくだらない事を考えていたが、一気に放出された魔力がソフィアの体に浸透していく手応えを感じていたのだが…。
「あらあら、熱烈なアプローチね」
「クッ、失敗したのか!」
魔力を叩き込むことだけ考えていたため、拳の速度は常識的な速度だった。それでも人を殴り飛ばすほどの威力はあったはずだったのが…。
僕の拳を食らった状態のままソフィアは微動だにしていなかった。
無詠唱魔法を恐れ、慌てて後ろに飛び退こうとした僕の手をソフィアが掴んできた。
(魔力を吸い取りに来たのか? しかし何故魔法を使ってこない?)
魔力を吸い取られるかと手を振り払うと、簡単にソフィアは手放してしまった。
「どうして魔法を使わないんだ?」
魔力も吸い取らず、魔法も唱えないソフィアの態度を僕は訝しんだ。
「だって、魔法を使うなんてこの体じゃ無理だもの…。クハッ…」
僕の問いかけにそう答えたソフィアは、大量の吐血をすると、その場に倒れてしまった。
「なぜ…赤い血が…」
僕はリッチとなったソフィアを斬ったことがあった。しかしその時は、傷口から血など流れなかった。しかし今ソフィアは赤い血を吐いていた。
「…それはね、この体が、人間とリッチとの狭間にあるからよ。それに彼女の体は、私に入れ替わる前に薬と拷問の為にもう死ぬ寸前だったのよ」
《対象:ソフィアをスキャン。脈拍が著しく低下。間もなく彼女の生命活動は停止します》
ソフィアの体をスキャンした結果が表示される。それによると、不死者であるはずの彼女の体では、心臓が鼓動していた。
「人間とリッチとの間って…どういうことなんだ?」
「私は彼女の体を借りただけってこと。もうすぐこの体の私は死んでしまうでしょう。それは分かっていたことよ。彼女の体を借りて復活して、王宮に混乱を起こすつもりだったけど…。私が思っていたより、王宮は混沌としていたみたいね」
ソフィアはそう言って、僕の後ろ…王座の方を指差した。
「何を言ってるんだ? ソフィア、君がいなくなればこの場の混乱は収まるだろ…う」
僕が王座の方を見ると、そこにはウード四世を庇って、ウーゴ将軍に剣を突き立てられるルーフェン伯爵の姿があった。
◇
ソフィアの復活によって、謁見の間は大混乱に陥っていた。
ロベール派の若い貴族達は我先に謁見の間から逃げようと扉に向かった。
扉は開かれたが、そこでは中に入ろうとする衛兵と逃げようとする貴族達が衝突し、激しく怒号が飛び交っていた。
そのような中、ルーフェン伯爵派の貴族の大半は、王座の周りに集まりウード四世を守るように陣取った。武器や魔法の発動体の持ち込みは禁止されていたが、神聖魔法を使える者がいるのか、ソフィアに向かって死霊退散を唱えていた。
「陛下、ここは危のうございます。早くお逃げください」
ルーフェン伯爵にそう言われ、ウード四世はビクッとすると慌てて王座から立ち上がった。
ウード四世は、政治に関しては卓越した采配を振るう人であったが、武芸に関して全く才能が無く、素人に毛が生えた程度の心得しかなかった。
つまり、ウード四世は、人が目の前で死ぬような事態になれておらず固まっていたのだ。
「う、うむ。このようなことになろうとは、余にも予想外じゃった」
ウード四世は、ルーフェン伯爵に促されて、おっとりとした動作で王座の背後にある王家専用の扉に向かおうとした。
「父上、ご無事ですか?」
そこにロベールとウーゴ将軍、宮廷魔術師のギデオン、カレーラス伯爵夫人の四人が駆け寄ってきた。
「ロベールか、お前が馬鹿なことをせねばこのような事には…いや、今はそのような事をいっている場合では無いな。お前も早く逃げるのじゃ」
そう言って、ウード四世はロベールを先に退出するように促した。
「私より、父上こそお先にお逃げください」
ロベールは逆にウード四世を先に退出させようとする。
妙なところで譲り合う親子だが、そこに割り込んできたのはウーゴであった。
「国王陛下、ここはアンタが先に逝ってくれ」
ウーゴは、どこに隠し持っていたのか、小剣を取り出すと、ウード四世に斬りかかった。
「陛下、危ない!」
しかしウーゴの蛮行に気付いたルーフェン伯爵が、国王を庇った。その代償としてルーフェン伯爵は、背中を小剣で刺されてしまった。
剣は、かろうじて急所を外れておりルーフェン伯爵は即死は免れた。しかし重傷を負った彼はその場に倒れてしまった。
「ルーフェン伯爵! …ウーゴ将軍、な、何故こんなことを…」
そう言いながら、ウード四世は、自分にできる精一杯の抵抗としてウーゴを睨むしかなかった。
「そりゃ、国王陛下が邪魔だからさ」
ウーゴは、倒れたルーフェン伯爵から剣を引き抜くと牙をむきだしてニヤリと笑った。
「ウーゴ将軍、止めるんだ。父上には手を出さない約束であったろう」
ウーゴの行動は、ロベールにも思いがけない事だったらしく彼は青い顔をして制止しようとするが…。
「ロベール殿下、あんたは黙ってろ。せっかくソフィア夫人が作ってくれたこの機会を利用しない手はないんだよ。国王陛下を軟禁して実権を握るなんて面倒な事は止めて、ここで国王陛下に死んでもらって、お前が国王になった方が楽なんだよ」
ウーゴは、彼を引き留めようとするロベールを振り払ってそう言い放った。
「や、止めるのだ。そのようなことをすれば、貴族達からの反発が…」
「グタグタ言う奴もブッ殺せば良いんだよ。それに国王陛下を殺すのはソフィア夫人だからな」
ウーゴがそう言ってソフィアを指差すが、既に彼女はケイによって倒されていた。
「チッ、リッチとか言っていた割にもう倒されてやがるのか。それに馬鹿貴族共のおかげで、手なずけておいた衛兵はこれないし…。仕方がない。ギデオンの爺は、サハシとか言う冒険者を殺れ! 俺はこっちを片付ける」
ウーゴは剣を構えて、ウード四世とそれを護ろうとするルーフェン派の貴族達を睨んだ。
ルーフェン派の貴族は年配の者が多く、ウーゴと戦えそうな者はいない。唯一ウーゴと戦えそうだったルーフェン伯爵は傷を負い倒れている。いや、たとえ無傷であっても武器が無ければルーフェン伯爵といえど、ウーゴには勝てないだろう。
「相変わらずその場の勢いで行動するの~。…じゃが、お前さんの案に乗るのも一興じゃな」
ギデオンは、苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが、あきらめた様にその手に魔法の発動体である指輪をはめた。
そして、ケイとソフィアを葬るために雷球の魔法の呪文を唱え始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
一年間この話を続けることができたのは、お読みくださった皆様のおかげです。来年も引き続きこの物語を楽しんでいただけたら幸いです。