制御コアの奪還
少し長くなりました。
制御コアと一体化したソフィアの操るデータ破壊プログラムは、僕達に向かって牙の生えた口を開き襲いかかってきた。
『速い!』
『ホァナノさん、危ない!』
僕とマリオンは辛うじて飛び退き、避け切れなかった触手も鎧ではじき返した。しかし、ホァナノは触手に捕らえられ小馬とともにつり下げられてしまった。
小馬はあっという間に食べられてしまったが、ホァナノは鎧のおかげで何とか無事であった。
『何とかしてくれ~』
ホァナノは騎乗槍を振るってじたばたとするが、そんなことで触手は外れない。抗体プログラムを一撃で無効化していた騎乗槍も触手には全く効果がなかったのだ。
騎乗槍が効かないのは、ソフィアがプログラムを解析して対策したためだろう。
『今助けるぞ』
甲冑姿の小人の触手プレイなど見たくはないが、助けないわけにはいかない。
《主動力:賢者の石 出力5.0%で稼働します》
騎乗槍が触手に効果が無いことを見て、僕は長剣に持ち替える。そして心臓の出力を上げると、僕とマリオンをオーバクロック状態に移行させた。
オーバークロック状態となった僕の長剣は、オーガの時に手こずったのが嘘のように容易く触手を切り裂き灰と化していく。それを見てマリオンも長剣に持ち替え、次々と触手を切り払っていった。
僕達に切り裂かれるままだった触手だが、ホァナノを助け出したあたりからその動きが加速していった。
ソフィアを見ると、全体が薄らと光っており、僕達と同様に魔力を過剰供給してのオーバークロック状態に入っていることが見て取れた。
『人間風情が…何故そんな速度で動けるのですか。あり得ない。ケェェェー』
ソフィアの顔が怒りに歪み、叫び声とともに多数の触手が出現した。
『ただの人間じゃないからね』
そう言いながらも先ほどの倍以上の触手に襲われた僕とマリオンは、防戦一方となってしまった。
(もっと、加速するしかないか。出力アップだ)
《主動力:賢者の石 出力10.0%で稼働します》
僕は心臓の出力を上昇させると、オーバークロックの比率を二倍に引き上げた。そしてさらに、駆除プログラムを二重起動して僕は二刀流の状態となった。
僕とマリオンは今までの二倍速度で動き始めると、新たに作り出された触手を切り払っていく。
『小癪な!』
それに対しソフィアは、更に触手の数を増やしてきた。
(触手の数を増やしたか。でもそれは悪手だよ)
僕とソフィアの戦いは、仮想現実上では触手と長剣による戦いに見える。しかし実際は、僕達とソフィアが相手のプログラムをいかに無効化するか、といった解析とデータのぶつけ合いという、データ処理の競い合いである。
この場合、相手のプログラムの解析とその対処をいかに高速に行うかが勝利の鍵である。
コンピュータのデータ処理においては、高速なCPUで一つの処理を高速に順次終わらせる逐次処理という手法と、高速なCPUで複数の処理を同時に行う並列処理という方法がある。
この場合、僕の戦い方が逐次処理であり、ソフィアの戦い方は並列処理といえるだろう。
単なるデータ処理であればどちらも一長一短があるのだが、今回の僕とソフィアとの戦いに置いては、彼女の取った並列処理より僕達の逐次処理という戦い方の方が圧倒的に有利であった。
僕が繰り出す駆除プログラムは、データ破壊プログラムを圧倒的な速度で無効化していく。触手が長剣のデータを解析しようにも、それが終わる前に全て無効化されてしまうため、触手は長剣なかなか無効化できない。
これは僕が駆除プログラムを高速に処理しており、ソフィアはデータ破壊プログラムをすべて操っているためその速度差が出ているのだ。
また、ソフィアが操る触手は、数が多くても皆同じ内容のプログラムである。一度解析してしまえば、長剣の一降りで無効化できるのだ。つまり単に触手の数を増やしても意味がないのだ。
『なぜ、こちらの攻撃が効かないの。こっちの方が数が多いのよ!』
ソフィアは何故自分が負けてしまうのか理解できてない。自分が繰り出す触手が次々と無効化されて、ソフィアは怒りに顔をゆがめる。足があれば地団駄を踏んでいただろう。
ハッキングというデータ処理という分野において、現代人である僕にソフィアが勝てるはずはないのだ。
『ソフィア、もうあきらめるんだな』
触手を始末した後、僕は槍の形状にした駆除プログラムをソフィア体に向けて投げつけた。
『ぎゃぁあー』
ソフィアが悲鳴を上げて触手で槍を掴むが、駆除プログラムは深々と彼女の体である制御コアに突き刺さり、制御コアの処理を停止させるために活動し始めた。
『こんなモノ、こうシてやル』
ソフィアは触手をまとめて巨大な手を作り上げた。手は突き刺さり潜り込もうとする駆除プログラムを掴むと、それを力任せに引き抜いた。
『往生際の悪い人』
マリオンも同じような槍を作り出すと、それをソフィアに投げつけた。もちろん僕も同様に槍を投げつけていく。
次々と刺さる槍にソフィアは引き抜く速度が追いつかなくなっていった。
(このまま倒せるか? いや、油断はできない)
『こレでも、クらえ!』
そのときだった、ソフィアが吠えると彼女の目の部分から黒いビームのような物が発射された。
『きゃあ』
『うぁっ! 何だこれは。…大量のデータを魔力にのせて強制的に送りつけて来たのか』
『ぐはっ。回線が--切れる--』
黒いビームを受けてしまった僕とマリオンは、そのデータ圧力に抗しきれず吹き飛ばされてしまった。
生身のホァナノは、圧縮データを吸収しきれず、そのまま遙か彼方まで押し出されて回線が切断してしまった。
ソフィアから放たれたのは、制御コアに蓄積されていたデータを魔力に乗せて射出した物であった。
その高密度のデータビームを受けてしまった僕とマリオンは、大量のデータが通信回線に負荷をかけた影響で、仮想体はブロックノイズだらけとなり、通信回線が安定するまで行動することができなかった。
(あんな物、何回も食らったら回線が通信負荷に耐えきれず切断されてしまうぞ)
単なるデータの塊であれば、ポートが開放されていない限り防壁が防いでくれる。しかし、魔力によって後押しされたデータは、無理やり通信回線に割り込んでくるため、データと魔力を処理しきれないと通信が切れてしまう。
そして通信が切れてしまえば、僕達はまた最初から進入のやり直しとなってしまう。他の制御コアの浸食度合いから考えると、切断されてしまえば手遅れとなってしまうだろう。
幸いなことに、あの黒いビームは早々連続で放つことができないようで、次に放たれたのは、僕とマリオンが動けるようになってからであった。
(あれに対抗するには…こっちもデータ量と魔力を付加するしかない。データは…ペリー○ーダンとコチ亀、大英百科事典の電子書籍データを使用してみるか)
《主動力:賢者の石 出力20.0%で稼働します》
よろよろと立ち上がった僕は、心臓の出力を上げると、魔力とデータを込めた防壁プログラムを作り上げた。
『マリオン、この盾を渡すから、魔力を込めるんだ。そうすればあのビームを防げるはずだ』
マリオンも魔力を込めて僕と同様な盾を作り上げ構えた。
『たチあがルなぁああ』
立ち上がった僕達を見て、ソフィアが叫ぶ。再び黒いビームが僕達に放たれた。
防壁プログラムは、黒いビームを何とか受け止めた。しかし、防壁プログラムは大量のデータを注ぎ込まれた影響でエラーが発生し、込めたデータが飛び散り崩壊し始めていた。飛び散ったデータは電子書籍データということで、紙吹雪となって辺りを舞っていた。
(この盾はそんなに持たない。こうなったら一気に突っ込んで、直接アクセスしてソフィアを止めてやる!)
そう判断した僕は、盾を正面に構えソフィアに向かって突っ込んでいった。
ソフィアは当然突撃してくる僕に黒いビームを放ってきた。僕は盾に魔力をありったけ込めてそれを防ぎきった。
『往生せいやああ!!』
任侠映画の鉄砲玉のような台詞を吐きながら、僕はグサリとソフィアに長剣を突き立てた。それと同時に、僕の処理能力を駆使して多数の駆除プログラムの複製をシステムに送り込んだ。
『ぎャアあ』
駆除プログラムを直接送り込むと、制御コアに表示されていたソフィアの顔がブロックノイズ状になりかき消えた。駆除プログラムが制御コアのシステムからソフィアを切り離したのだ。
(このまま駆除されるなら良いけど…そうはならないだろうな。それなら、前と同じように僕の仮想システム内に誘導して浄化するのが良いかな。…って今回はマリオン経由してるから、僕のシステムに直接誘導できないじゃないか)
今回は人形を中継してシステムに接続していることを思い出す。
自分のシステムには仮想システムを設置してあるが、そこに行くまでにマリオンのシステムを通ってしまう。そうすると、ソフィアがマリオンのシステムに入り込んでしまう可能性が高い。
つまり、今回はマリオンのシステム上に仮想システムを作る必要があるだろう。
『マリオン、今から君のシステム上に仮想システムを構築して、そこにソフィアを誘導しようと思う』
『…分かりました。ケイさんが私を託っていたあの部屋を作れば良いのですね?』
託っていたとは愛人みたいで嫌な響きだが、侵入者を閉じ込めるための仮想システムはマリオンが入っていた物と構造は同一である。
『そう。基本モデルはマリオンが住んでいた物と変わらないよ。さっき自分の家を作っただろ。あんな感じで、塀に囲まれた小さな世界…人形サイズの箱庭をイメージすれば作れるはずだ』
『…やってみます』
『ロンパン、マリオンのサポートをお願いできるかな?』
『了解した。その仮想システムとやらが失敗して、人形が乗っ取られても、こいつを破壊すれば良いからな』
『何を言っている、あれは壊させんぞ。こらロンパンなにお…くぁwせdrftgyふじこlp』
僕は、ロンパンにマリオンのサポートを頼んだ。ホァナノが何か文句を言っていたようだが、僕は聞かなかったことにする。
注意を制御コアのシステム内に向けると、送り込まれた駆除プログラムはその数を減らしながらもソフィアを追い詰めていた。
(もう少しプログラムを変更して送り込んでおいた方が良いな)
ソフィアも馬鹿ではない。このまま同じプログラムを使っていると対抗策を取ってくるだろう。
(駆除プログラムのバーションを二つ前の奴が良いかな。あれは速度優先の処理だったはず)
《駆除プログラムのダウングレード版を実行します》
速度優先と言うことで、若干細くなった駆除プログラムを制御コアに刺す。システム内で数百の数に分裂した駆除プログラムはソフィアめがけて飛んでいった。
◇
彼女は地下迷宮の制御コアに取り憑き、その一つを支配下に置いたことで勝利を確信していた。制御コアを一つ支配した時点で、残り二つの制御コアも一気に制圧できると思っていたのだ。
何しろ、小人達が送り込んでくる駆除プログラムは、リッチである彼女の霊体の実行スピードについて来ることができず、簡単に無効化できた。システム内に彼女の敵となる物はいなかったのだ。
しかし、小人達は厄介な相手を援軍として連れてきた。
『サハシがこんな所に来るとは…』
システムに入ることができるのは、霊体となった者だけである。しかしサハシは、生身の体を持ちながらここに入ってきた。そして、あろう事か地下迷宮の魔力と力を持った自分を追い詰めるほどの力を持っていた。
『とにかく、この制御コアはもう制圧できない。サハシのいない別なコアに移動してやり直そう』
ソフィアは、サハシの放った駆除プログラムの包囲網が薄くなった部分を見つけると、そこを強引に突破した。そして別なコアに繋がる門に向けて全力で走り出した。駆除プログラムはその彼女を追い立てるように追いかけた。
『何としても地下迷宮を支配するのよ。そして世界を不死者で浄化する。それが神から与えられた私の使命』
そして、ソフィアの進む先に門が見えてきた。
◇
『お前のいう"仮想システム"とやらにあの女が向かっておる』
ロンパンがソフィアの行き先を教えてくれる。
『分かりました。マリオンのシステムに作った仮想システムは、制御コアにうまく偽装できたようですね』
『ああ。まさかこんな方法があるとは。儂も目から鱗が落ちたわい。どこの氏族が考えた方法だ?』
『いえ、これは地球の…』
『あの女が"仮想システム"に侵入したぞ』
ロンパンの追求に答えようとしたところで、ソフィアが罠として設置した仮想システムに進入した。
『マリオン、仮想システムを停止するんだ』
『はい、今停止中です…』
制御コアを止めることはできないが、仮想システムであれば停止させるのは簡単である。外部から与えている魔力の供給を止めればよいのだ。
『終わりました』
マリオンから仮想システムの凍結の報告を受け、僕はマリオンのシステムに移動した。
『これが、ソフィアさんの入っている仮想システムのデータです』
差し出されたのは、黒いボーリングの球のような物であった。
『ロンパン、このデータはどうすれば良いのだろう。単に削除してしまうか…』
霊体=魂が入っているデータを削除する。僕は魂がデータ化され、簡単に消せるのではということに恐れを抱いた。
『そうしたいのは山々なのだが…移動も削除できないのだ』
『削除できない?』
『うむ。恐らく霊体が入ってるためだろう』
ロンパンが言うには、霊体が入っているデータは消すのが難しいらしい。試しにデータを僕のシステムに移動しようとしたが、
《エラー:このデータを移動する権限がありません。アクセス権を変更して下さい》
とエラーとなってしまった。
(アクセス権って…。マリオンがシステム管理者なのに、それより上の権限があるのか?)
管理者より上位のアクセス権が必要なことに疑問を抱いたが、魂が入ってるデータを簡単に消せないことに僕は安堵の溜め息をついた。
◇
仮想現実システムを解除し僕は目覚めた。
「うぁっ!」
「どうしたのですか?」
目を覚ますと、僕とマリオンは抱き合うような形で床に横たわっていた。僕は、直ぐ目の前にマリオンの顔があったので驚いたのだ。しかも右手はマリオンの胸にしっかりと当てている。
「い、いや。何でもない」
そう言いながら、僕はマリオンから手を離すと慌てて起き上がった。
『サハシよ、お前のおかげで迷宮は危機を脱することができた。感謝する』
起き上がった僕に、ロンパンがお礼を言ってくる。
『儂の手助けがあったからだろ。痛っ』
そんなことをいうホァナノをロンパンが殴りつけていた。
「ところで、ソフィアはどうすれば良いんだ?」
『それなのだが…。データの移動も削除もできない以上、その人形ごと破壊するしか『駄目だ!』』
『だがそれ以外方法が…『駄目だ!駄目だ!駄目だ!』』
ロンパンが人形を破壊することを提案したが、ホァナノが絶対壊させないと反対した。
「君達は、死霊退散は使えないのか?」
マリオンの時は、悪霊の部分を僕の体ごとエミリーの死霊退散することで浄化した。同じようにすれば、恐らくソフィアのデータも消せるはずである。
『儂らは神の力を借りることはできない。そういうことになっておる。第一、使えておればあんな悪霊にシステムを乗っ取られるわけが無かろう』
ロンパンはそう答えてくれた。小人達は聖属性の武器や聖水を持っていたが、それではマリオンの中にあるソフィアのデータを浄化することはできない。人形を破壊するのに使うなら浄化は可能らしいが…。
『駄目だ。人形を破壊するのは許さんぞ!』
とホァナノがマリオンに抱きついて抗議する。
「となると、死霊退散を使える人に浄化して貰うしか無いけど、心当たりは?」
そう尋ねると、小人二人はそろって首を横に振る。
『地下迷宮に引きこもっている儂らに、そんな知り合いがいるか』
『胸を張って自慢するな。知り合いはいるが、地下迷宮までこられるような奴はいないのだ』
「僕の仲間に、"大地の女神"のシスターがいる。彼女なら死霊退散で浄化できると思う」
そう僕が告げると、小人達は考え込んだ。
『…人形を破壊しないとなると、それしかないか』
『早く、そいつを連れてくるんだ』
小人達と協議の末、僕はエミリーを迷宮に連れてきて、ソフィアを浄化することになった。
◇
『これで、お前が記録している映像データを写すことができるはずだ』
「ありがとう」
『こんなマジックアイテム、三分もあれば作れる。お前がしてくれたことの対価にしては安い物だ』
『さっさと王都から浄化できる人間とやらを連れてくるんだ』
この迷宮に来た目的を小人に話し、僕は目的のマジックアイテムを作って貰った。
それを持って僕は王都で自分の無実の証明、ソフィアが邪教徒だった事を証明する。そしてそれが終わった後、エミリーを連れて地下迷宮に戻ってくるのだ。
「ケイさん、待っています」
マリオンは念のために人形に取り憑いたままでいてもらうことになった。
小人達とマリオンに見送られて、僕は制御室を後にした。
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