大暴走(2)
05/12 改稿
教会は怪我人であふれかえっていた。
低級回復薬や"回復の奇跡"で治療が行われているが、それが間に合わないほど怪我人が続々と運び込まれてくる。
それに、低級回復薬も無限ではないし、"回復の奇跡"を使える人の数とその回数も限度がある。
命に別状がない怪我人は、止血だけされて教会の床に寝かされていた。
そんな怪我人の中を僕は歩いていった。
背負っている怪我人は、骨折だけなので命に別状はない。低級回復薬か"回復の奇跡"を使えば、すぐにも回復して前線に戻れる。しかし、この状況ではそれも難しいと僕には思われた。
怪我人を床に下ろして、手伝いをしている村の女性に症状を説明する。彼は、"回復の奇跡"の順番待ちに入ったようで、僕はそこで分かれることになった。
そこでエミリーの姿を探すと、彼女は教会の壁にもたれかかって眠っているのを発見した。
近寄ってもエミリーは起きる気配が無かった。近くにいたシスターに話を聞くと、エミリーは"回復の奇跡"を唱えすぎたため、魔力が欠乏してしまい休んでいるとのことだった。
エミリーの使う"回復の奇跡"は神聖魔法と言われるもので、神様に祈りと魔力を捧げることで奇跡を起こす物である。リリーが使う魔法も同様に、体の魔力を消費して、火をおこしたり凍らせたりと様々な現象を起こすものである。
その魔力だが、この世界では人間を含め生き物は魔力を体内に持っている。しかし魔力を使って魔法を行使するには、魔法の素質と体内魔力の量が重要であった。その両方がなければ魔法は使えない。
魔法を唱えると、体内の魔力は消費される。そして体内から魔力がなくなると、人は脱力感を感じ、最悪死んでしまうこともある。魔力は生命力と近い存在とこの世界では考えられていた。
つまり、魔力を使い果たしたエミリーは、生命力が失われた状態で、顔色が悪いのはそのためだった。
「(がんばったんだな~)」
眠っているエミリーの頭を僕は撫でた。
失われた魔力は、時間とともに回復する。魔力を回復するポーションも存在するが、もの凄い貴重品であり普通の冒険者では買うことも難しい。つまり、魔法使いは魔力を回復するのに睡眠を取るのが最善の手段であった。
「(僕に魔法が使えれば…いや機械の体に魔力が在るわけないか。…ん、そういえば僕の心臓は賢者の石だったな。これって錬金術とか魔法で凄く貴重なモノだったはず。魔力を生み出すとか増幅するとか、そんな機能があったりしないのかな?)」
意識を心臓の辺りに向けると、
《主動力:賢者の石 現在出力1%で稼働しています。魔力は100ミューオン/秒で生成されています》
というログが表示された。
どうやら僕の心臓である賢者の石は、常に魔力を生み出しているようだった。動力源と言うことは、魔力は電気に変わって僕の体を動かしていると思われた。稼働率1%で、とんでもない力を出せるのだ、もっと稼働率を上げれば、エミリーに魔力を渡せるかもしれない。
「(主動力の稼働率を上げる)」
心臓を意識しながら念じる。
《主動力:賢者の石を出力2%で稼働させます。マナは200ミューオン/秒で生成されています》
賢者の石の出力調整は上手くいった。出力が上がったためか、胸の辺りが熱くなった気がする。これが魔力なのだろう。
「(後は、この魔力をどうやってエミリーに渡すかだな)」
取りあえずエミリーの手を握ってみた。彼女の手のひらは、農作業の為かごつごつしていたがそれでも女性らしい柔らかさを持っていた。
《魔力を伝達中: 2ミューオン/秒で伝達されています》
ログから、効率が悪いが魔力がエミリーに受け渡している事が分かった。そのまましばらく握っていると、エミリーの顔に赤みが差してきた。
「ん、ん? ケイ…なの?」
少しは魔力が回復したのか、エミリーは目を覚ました。
「ど、どうして手を握っているのです。それにケイがここにいるって、もしかして大暴走は終わったのですか?」
起きると僕が手を握っていたので、エミリーは顔を真っ赤にしてテンパってしまった。
「エミリー、落ち着いて。大暴走が少し落ち着いた野で、教会に怪我人を連れてきたんだ」
それを効いて、エミリーは少し落ち着いたのか、僕の手を握り返した。
「体の調子はどう?」
「ええ、大分良くなりました。もしかしてこの手の…ケイのおかげですか? 何か手から暖かいモノが流れ込んできます」
エミリーは、僕の手を取るとじっと見ていた。
「エミリー、ちょっと外に出られないかな?」
「魔力が回復するまで休憩中なので、大丈夫だと思いますが」
エミリーが教会の人に断りをいれて、僕達は教会の外に出た。
僕はエミリーの手を引くと教会の裏手に回った。教会の裏手は雑木が生えており、教会内部とは異なり誰も居らず静かであった。
「ケイ、一体どうしてこんな所に…」
エミリーは僕がどうしてこんな所に彼女を引っ張ってきたのか分からず、不思議そうな顔をしていた。
「ここなら誰にも話を聞かれないと思ったんだ」
「誰にも聞かれたくない話ですか」
エミリーの顔が真っ赤になり、何かそわそわし始めた。
「(今から話すのは、エミリーが期待している事じゃないんだけどね) 実は、僕は魔力を人に渡せるみたいなんだ」
「えっ、……そ、それってすごいことですよ!」
エミリーは期待していた内容と異なる僕の話に、しばらく呆然としていたが、話の内容を理解すると驚いていた。
「(魔力を渡せるのは、僕の心臓が魔力を生み出す、賢者の石だからだろうな。そんな事をばらしたら大騒ぎになりそうだ。うん、口止めは必要だよな) うん、凄いと思う。だから知られると困ると思って、ここに連れてきたんだ。このことは、誰にも言わないでほしいんだ」
「わ、分かりました。誰にも話しません」
僕のお願いに真剣に返事をするエミリーは、とても可愛らしかった。
「(エミリーは、可愛いな~)」
思わず僕はエミリーの唇を奪ってしまった。
「ケイ!」
突然キスされてエミリーは驚いたようだったが、そのまま僕のキスを受け入れてくれた。
《魔力を注入中: 20ミューオン/秒で伝達されています》
「(ん?)」
キスをしていると、魔力をエミリーに受け渡しているというログが表示される。
「ケイ?」
エミリーが僕とのキスに違和感を感じたのか唇を離す。
「(これは、確かめないと駄目だな) エミリー、もう少しキスをして良い?」
キスによって魔力を受け渡るし、その効率が良いという現象は検証しておく必要がある。決してエミリーともう少しキスをしたいという話ではないのだ。
「ケイがそうしたいなら」
エミリーが、恥ずかしいのかますます顔を赤くして頷いた。
「(本当、エミリーは可愛いな)」
再びエミリーの唇を奪うと、
《魔力を注入中: 20ミューオン/秒で伝達されています》
とログは表示された。
「(間違いない。キスでも魔力を人に受け渡せるんだ。しかも手を繋ぐより効率が良いな)」
検証を終えたが、僕はそのままエミリーの唇を塞ぎ続けた。
魔力はどんどんエミリーに流れていく。そうしていると、エミリーの顔がだんだん恍惚としてきて最後には気を失ってしまった。
「(どうやら魔力を注入すると、気持ちよいみたいだな。しかし気を失ってしまったのは、急速注入が良くなかったのかな)」
センサーでエミリーの体温や心音を調べたが、特に体に問題はないようであった。そしてしばらくすると、エミリーは目を覚ました。
「ごめん、ちょっとキスが長すぎたね。大丈夫? 気分は悪くない?」
「いえ、大丈夫です。気持ち悪いどころか、逆にものすごく気持ちよかったです。…それに、何か体の魔力があふれているような気がします」
エミリーは、「気持ちよかった」と言った所で顔が真っ赤にしてしまった。見たところ、魔力を注入することによる問題は無いようだった。
「気持ちよかったなら、キスした甲斐があったよ。また気分が悪くなったらキスしてあげるよ (…って何を言ってるんだよ僕は)」
どこのプレーボーイだって言うような恥ずかしいセリフを吐いてしまい、少し自己嫌悪で落ち込んでいると。
「その時はお願いします」
蚊の鳴くような声でエミリーが答えてくれた。
「うん」
そのまましばらく二人で見つめ合ってしまった。
◇
エミリーと別れた僕は、再び壁に戻った。
「あっ、戻ってきた」
「ケイさん、遅いですよ」
エステルとリリーの所に戻ると、
「ケイったら、急に壁から飛び降りるんだもの。びっくりさせないでよ」
「壁から下に飛び降りるとか、余り心配させないで下さい」
と二人に怒られてしまった。
「下で岩頭猪に襲われている人が危なかったんだ。飛び降りないと間に合わなかったんだよ」
「せめて、飛び降りるって言ってよね」
「ええ、そうですわ」
「分かったよ。次はそうするよ」
二人にそんな約束をして、僕は森に目を向けた。
「(魔獣の音は聞こえてるけど、姿は見えないな) なかなか次がやってこないね。もしかして大暴走って終わったんじゃないの?」
「いや、まだまだ出てくるって」
「そうです。少なくとも一日は様子を見ないと、大暴走が終わったとは判断できません」
「そうなんだ」
周囲を見渡すと、そろそろ夜になるという時刻なのに、冒険者達は誰も持ち場を離れようとしない。まだまだ大暴走が続く事を僕は理解した。
◇
太陽が完全に暗くなり、しばらくすると、月のようにぼんやりと明るくなってくる。この世界の太陽と月は同じで光り方が変わるだけという、不思議なモノだった。
魔獣が出てこないので、村の人が炊き出しで作ってくれた夕食を冒険者達は順番に食べていた。
ちなみに、炊き出しで出たのは堅パンとスープとエールだった。この村では生水を飲む事ができないので、小さな子供でもエールを水代わりに飲んでいた。僕はアルコールが体にどう作用するのか心配だったが、酔っ払うこともなく普通に飲むことができた。
食事の最中に、「魔獣が出てきたぞ~」と、森を監視してた冒険者から、警告の声が上がった。冒険者達は、不満の声を上げながらも、食事を中断して魔獣の襲撃に備え始めた。
月があっても周囲は暗いので、僕は森の方向を暗視モードで見ることにした。すると、森から鉄鋼蟷螂やオーガらしき大型の魔獣が出てくるのが見えた。そして大型の魔獣だけでなく、ゴブリンやオークといった小型の魔獣も群れをなして森から飛び出してきた。
「鉄鋼蟷螂とオーガ、それにゴブリンとオークが一杯出てきたな」
「…おかしいね、普通の大暴走ならそんなにオークやゴブリンは出てこないんだけど」
エステルが、僕の報告を聞いて首をかしげた。
「そうなのか?」
「ええ、ゴブリンやオークは魔獣といっても少しは知性があります。そのため暴走の興奮状態から冷めるのも早いので、大量に森から出てくることはないのですよ」
そう言って、リリーも不思議そうな顔をしていた。
「オーガに従っているとか?」
「へっ、オーガにそんな頭があるわけないじゃん」
「そうですね。でもそうなると、この大暴走は普通じゃない事になりますね」
リリーは少し心配そうな顔をするが、魔獣は待ってくれない。
「おっと、そろそろ闘いが始まるよ」
エステルの宣言通り、魔獣との戦いが再び始まった。
◇
暗い夜の闘いでは、弓はかなり接近しないと当たらない。そうなると魔法と近接戦闘が戦いの主流となる。
大型と言っても、岩頭猪のような重量級の魔獣がいないので、冒険者達は壁の上に篝火を焚き、上から魔獣を狙い打つと言う戦術をとることになった。
壁の外に出ていた冒険者は、一旦壁の中に引っ込んでいった。
壁の外には誤射する味方がいないので、僕は拾い集めた石を使っての狙撃を行う事にきめた。
「相変わらずケイの投石はすごいね。どれだけ倒してるのさ」
「うーん、鉄鋼蟷螂は当たれば倒せるけど、オーガには投石は効かないな」
殴ったら鉄棒のほうが曲がってしまうくらいオーガは堅く、石は表皮で砕けてしまうので投石では倒すことができなかった。試しに鍛冶屋でもらった鉄の固まりを投げると、表皮を貫いて倒すことができた。しかし鉄の固まりは数に限りがあるので、多用はできない。
壁の側まで魔獣の群れがたどり着いた時、先程と同じく一斉に火属性の魔法が放たれた。炎に炙られ燃やされて、多数のゴブリンやオーク、鉄鋼蟷螂が焼け死んでいく。しかしオーガは魔法に耐えきると、壁に向かって突進してきた。
オーガは壁に体当たりをするが、岩頭猪ほどの衝撃はない。しかし壁が壊れないと悟ったオーガは、何と壁をよじ登ってきた。冒険者は弓や槍、投石でオーガを落とそうとするが、頑丈なオーガ相手に上手くいかないようだった。
エステルの目の前にオーガの手が引っかかり、オーガが登ってこようとしていた。そしてオーガの顔が壁の上に出てくる。
「いやっ!」
するとエステルは、オーガの顔を見ると小さく悲鳴を上げて座り込んでしまった。オーガはそんなエステルを格好の得物と思ったのか手を伸ばす。
「エステル、逃げろ」
剣を抜いてエステルの前に滑り込むと、僕はオーガの頭を幹竹割りに切り捨てた。頭を割られたオーガは、そのまま下に落ちてゴブリンを下敷きにして死んだ。
「大丈夫か?」
腰を抜かしたのか、エステルは立ち上がれないでいた。
エステルが手を伸ばすと、
「い、いいの、あたしに構わないで」
彼女は顔を赤くして僕の手を拒絶した。
「?」
「エステルは私が見ます。ケイさんは、オーガが登ってきていないか注意して下さい」
リリーがエステルの様子を見て何かに気づいたのか、そう言ってきた。暗いため周囲の人間は誰も気付いていないが、暗視モードのある僕には、エステルの状態が良く分かってしまった。エステルは、オーガが目の前に現れたショックで、粗相をしてしまっていた。彼女の名誉のためにここは知らない振りをするのが一番である。
僕が視線を壁の外に向けている間に、リリーはエステルを立たせて壁を降りていった。
「ごめんなさい。エステルは昔オーガに追いかけられた事があって、オーガを見るとああなってしまうのです」
「腰でも抜けちゃったのかな?」
しばらくして戻ってきたリリーが謝るが、僕はエステルが粗相したことに気付かないふりをした。
「ケイさん、お気遣いありがとうございます」
リリーは僕に頭を下げると、戦いに戻った。
◇
リリーと二人でオーガを何度か撃退したが、他の場所ではオーガを倒しきれない所があるようだった。
この場所にしばらくオーガが登ってこないのを確認して、僕はそのオーガを倒しに向かうことに決めた。
「リリー、オーガに苦戦している場所があるみたいなんだ。こっちはしばらくオーガが来ないみたいだし、いまからそっちを手伝いに行くよ」
「ええ、分かりました」
リリーが頷くのを見て、僕は壁の上を駆けだした。
オーガの体表はしなやかなかつ強靱で、並の冒険者の振るう剣を弾き返し、僕が鉄棒で殴ると鉄棒の方が曲がるくらいの硬度を誇る。つまりオーガを倒すとなると、並以上の剣の腕が必要なのだ。
しかし、そんな剣士がゴロゴロいるわけもなく、オーガへの対応は、戦士が盾となり魔法使いが魔法で倒す事になる。しかし、いま魔法使いの多くは火属性の大魔法の行使で魔力を消耗しており、オーガを倒しきるほどの魔法を使える者は少なかった。
そうなると、戦士ががんばるしかないのだが、その為にオーガとの戦いで死傷する者が多数出てしまっていた。
僕はそんな中を駆け抜け、壁の上で暴れているオーガを大剣で斬り殺していった。突然現れた全身鎧の男が、オーガを一太刀で斬り殺していく。そんな光景が壁のあちこちで起こると、冒険者達の戦況は次第に好転していった。
最後の一匹は、僕が退治する前に壁の内側に飛び降りてしまった。慌てて後を追いかけて僕は飛び降りたが、そこは民家だった。その家の住人と思わしき親子が、突然振ってきたオーガと僕に驚いている。オーガはその親子を引き裂こうと手を伸ばした。
「間に合え」
大剣でオーガを切るには、親子は近すぎだ。僕は力強く踏み込むと、背中からオーガに体当たりを仕掛けた。なんちゃって鉄山○を喰らったオーガは、そのまま家の壁にめり込んだ。
「手間かけるなよ」
僕は壁にめり込んだオーガを大剣で一頭両断に切り捨てた。オーガは血しぶきを上げ、ついでに家の壁も真っ二つに切り裂かれた。壁まで切り裂くとは、ヴォイルの作った剣の切れ味は最高である。
「どうも…ありがとうございました」
「お兄ちゃんありがとう」
助けた親子にお礼を言われたが、家はオーガが飛び降りたことで壊れており、更に壁はオーガごと僕が切り裂いたので酷い状況であった。
お礼を言われることに罪悪感を感じた僕は、無言で手を振って逃げるようにその場を去るのであった。
◇
リリーの所にたどり着くとにエステルが戻ってきていた。エステルの顔は粗相したことが恥ずかしいのか少し赤かった。
「どこ行ってたのさ?」
「オーガが壁のあちこちに取り付いていたから、それを退治してたんだ」
エステルの問いかけに答えていると、リリーが無言で青い顔をしている事に気付いた。
「りリリー、顔色が悪いけど大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。これは単に魔法を使いすぎた事による、魔力切れの症状です」
壁の外を見ると、多数のゴブリンとオークが凍りついていた。リリーの得意魔法は氷属性の魔法で、火炎魔法と違って群れをなす敵をなぎ払うような魔法は、高レベルの魔法となってしまう。しかしリリーはそんな魔法を覚えてはいないので、低級な魔法を唱えてあれだけのゴブリンとオークを凍りつかせたのだ。それなら魔力が切れても不思議ではなかった。
「(リリーにも魔力を補充してあげたいけど、今は無理だな) ここは僕とエステルで何とかするから、リリーは下で休んできて」
僕が魔力を補充できることはできるだけ秘密にしたい。そこでリリーには魔力が回復するまで休んでもらう。
「ですが、魔法がないと大変ですよ」
リリーはそう言うが、魔力が無いのに魔法を使えるわけはない。
「リリーが魔力切れで倒れてしまう方が大変だよ」
「…分かりました」
リリーは、渋々といった感じで壁の内側に降りていった。
「さっきは助けてくれてありがとう」
リリーがいなくなると、エステルが壁の外でうごめくオークに矢を打ち込みながらそんな事をいう。
「ああ、仲間を助けるのは当たり前だろ」
投石でオークを始末しながらそう答えると、
「リリーから何か聞いた?」
エステルが、恥ずかしそうに聞き返してきた。
「うん、話は聞いたよ。まあ、僕も苦手な物あるからよく分かる」
「ケイが? 信じられない」
エステルは、矢を放つ手を止めて僕の方を向く。
「黒くててらてら光るゴキブリって虫とか、大の苦手だよ。ゴキブリにあったら、きっと悲鳴を上げて逃げまわるだろうね」
「はは、あたしを慰めてくれるならもっと上手い嘘を吐いてよ」
「嘘じゃなくて本当に嫌いなんだけどね」
「そうなんだ、それを聞いたら少し勇気が出たよ。冒険者の癖に、オーガが出たらちびっちゃうなんて恥ずかしかったんだ」
エステルからそんな風にカミングアウトしてくるとは予想外だった。僕も石を投げる手を止めて、エステルを見つめてしまった。
「何?」
「いや、まあこれからもパーティを組むんだし、エステルがまたちびったら助けてあげるよ」
「ちびったって言わないでよ」
エステルが顔を真っ赤にして怒鳴るが、そんな彼女を僕は可愛いなと思ってしまった。
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