地下迷宮の制御システム
(ファイヤウォールを最高レベルに設定。仮想現実システムを起動して、仮想システムを通信経路上にダミーとして作成するんだ)
《仮想現実システムを起動します》
マリオンのシステムに接続する前に念のためにシステム防壁を準備する。
「じゃあ、マリオン接続するよ」
胸に手を当てた状態でマリオンにそうささやく。
「はい」
マリオンが頷いたのを確認して、僕はマリオンのシステムに接続した。
《マリオンと接続中……接続しました》
マリオンとの接続は特に問題なく行えた。
接続と同時に、仮想現実システム内に門が表示される。僕はそれをくぐるとマリオンのシステム内に進入した。
『へぇー、こっちはこんな感じになっているんだ』
『はい、ケイさんの"仮想しすてむ"と違って、こぢんまりとしています』
門から入ると、そこには庭付きの小さな一軒家が建っていた。ログハウスのような小さな小屋だが、テクスチャと良い質感といいリアルに設定されている。触ってみるとちゃんと木の感触まで感じられる。これはシステムリソースが十分に無いとできないことだ。
『この小屋は?』
『ここに取り憑いた時に何も無かったので、昔住んでいた家を参考に作ってみました。"仮想しすてむ"と違って、制限がないのでいろいろ創造できて面白いです』
マリオンはそう言って小屋の周りに白い木の柵を作り出した。
僕がマリオンを住まわせていた仮想システムは、メモリもCPUパワーも制限されていたので仮想空間で作成できるオブジェクトには制限がかかっていた。
しかし人形のシステムは、"瑠璃"本体と同等程度の性能を備えているみたいで、仮想システムより自由にオブジェクトを創造できるようだった。
『快適そうだね。…おっと、こんなことしている場合じゃない。地下迷宮の方に入らないと。マリオン、入り口はあっちだよね?』
『あっ、すいません。こちらの門から行けるみたいです』
僕が入ってきた門と小屋を挟んで反対側にある黒い門が、地下迷宮システムへの入り口であった。
『門を開く前に、ここにもファイヤウォールを設置しておこう』
僕の使っているファイヤウォール・プログラムが小人達のシステムでも実行できるか分からない。それを実験するためにも、まずマリオンのいる人形のシステムで試してみることにした。
ファイヤウォールの作成を念じながら手を振ると、黒い門の前にシステム防壁が現れた。
(どうやら、システムが違ってもプログラムは実行できるみたいだな。どうして実行できるかは…考えないでおこう)
僕は原理はともあれ、ファイヤウォール・プログラムが実行できたことに安堵した。
『マリオンはこの壁の後ろに隠れててね』
『私も付いていきます』
僕はマリオンには待機して貰うつもりだったが、彼女は僕の手を握りそう言ってきた。
『うーん、マリオンはこんなことしたことない…って、そういや"瑠璃"に取り憑いていたか』
『はい。それに"瑠璃"さんにいろいろ教えてもらったのでお役に立てると思います』
マリオンが手を振ると、僕が作ったのと同じようなシステム防壁が現れた。服装もワンピースのような服から金属鎧に変わっており、手には長剣を装備している。
『…大丈夫そうだね』
僕もマリオンと同じような装備を纏うと、地下迷宮システムに続く門に近寄った。
《対象システムをν-TORION Ver8.1と識別。プロトコル・バーションチェックOK。接続可能です》
僕のシステムが、地下迷宮システムをチェックしていく。
(ν-TORIONって、どうして小人がそんな物を使ってるんだ。…理由を聞いても教えてくれないだろうな。まあ、公開されていた通信プロトコルと仕様も変わってないみたいだし、接続できるから良いか。これならマリオンの中継が無くても接続できたんじゃないかな)
地下迷宮のシステムに使われていたのは、昔日本政府が企業に呼びかけて作らせた国産OSであった。本来なら日本政府で使われるはずだったのだが、当時"窓OS"を作っていた某国の圧力によって採用が見送られた曰く付きのOSである。
それをどこで入手したのか、小人は独自にバージョンを上げて使用していたのだった。
《IDとパスワードを入力してください》
僕がそんなことを考えているうちに、門にIDとパスワードを入力するダイアログが浮かび上がった。
「ロンパン、進入用のIDとパスワードを教えてくれないか?」
外部音声出力に切り替えて尋ねると。
『root,rootでおk』
と、もの凄くありがちなIDとパスワードをロンパンが教えてくれた。
(こんなIDとパスワードじゃ、子供でも進入できるんじゃ無いか?)
小人達のセキュリティのずさんさに頭を抱えながら、僕はIDとパスワードを入力する。
するとギィギィギィと音を立てながら、地下迷宮システムに続く門は開いていった。
◇
『遅い。もっと早くこんか!』
門の前にはホァナノが立って僕達を待っていた。
『ホァナノも入ってきたんだ』
『儂がいなければ、誰がシステムの案内をするんだ?』
『…まあ、案内してくれるなら助かるけどね』
ホァナノは全身板金鎧を身に付けており、ポニーのような小馬に乗っていた。手には騎乗槍と盾を持っており小さな騎兵といった出で立ちである。
もちろん彼が身に付けている物は本物の鎧や武器ではなく、僕達と同様の防壁や駆除プログラムなのは言うまでもない。
『では、地下迷宮システムの構成を説明するぞ…』
ホァナノの説明によると、地下迷宮システムは迷宮を模した作りとなっていた。重要な機能を司る部分ほど奥の階層にあるところも地下迷宮そっくりである。当然、システムを守るファイヤウォールや仮想システムによる罠、侵入者駆除システムが設置されている。
『ところで、地下迷宮の動力ってどうなってるんだ? 動力炉…魔力を発生させるような物があるのか?』
『お前も胸に持っているだろう。あれの大型版だ。ただ、それ以外にもいろいろと仕掛けはある』
この地下迷宮は、とある大型魔獣の核を魔力発生源として使用していた。しかし、幾ら大型魔獣の核を使っているとはいえ、迷宮の維持や魔獣の管理にはとても足りない。
そこで魔力を貯めておく巨大な蓄積設備があり、ジェネレータとバッテリーを合わせてエネルギー源としている。
魔力蓄積設備は、冒険者が地下迷宮で放出する魔力を回収して保管するためにある。
例えば冒険者が魔法を使うと魔力が放出されるのだが、それを回収して蓄えるのだ。それ以外にも魔獣が倒されると、それを魔力分解して保管する。冒険者も死んで地下迷宮に放置されると魔力として分解される。
こうやって地下迷宮で魔力を循環させることで魔力の消耗を必要最小限に抑えて、小型の魔力発生装置で運用を可能としているのだ。
そしてその魔力循環を管理しているのが、システムの最深部にある制御コアブロックである。そこを押さえれば、地下迷宮の魔力を全て制御でき、魔獣や階層の管理も思いのままに操ることができるのだ。
制御コアブロックは3つのコアで構成されており、それぞれが独立して動作して互いを監視している合議制システムをとっている。
現在はその一つにソフィアが取り憑いている状態だ。
ソフィアが制御ブロックに進入できたのは、彼女が死ぬ間際に魔力の循環システムの機能により地下迷宮に吸収されたためであった。
魔力として吸収された彼女は、そのまま悪霊としての力を発揮してコアの一つに取り憑いたのだ。
それに気づいた小人達は、ソフィアを追い出すために駆除プログラムを始め様々な手段をとったが、制御コアの処理性能と魔力リソースを手にした彼女を追い出すことができなかった。
現在ソフィアの制御下にあるコアは一つのため、まだシステムは小人達の制御受け付けている。しかし残り二つのコアにもソフィアの進入が始まっており、全てのコアがソフィアの支配下に置かれるのも時間の問題という状況であった。
(ソフィアが地下迷宮を乗っ取ったら、恐らく不死者を量産するつもりだろうな。そして不死者による世界の浄化を目指すに違いない)
そんなことになれば一大事である。ソフィアを絶対にシステムから駆除する必要があるのだ。
『制御コアの近くまではこれで行けるはずだ。…今確認したが、無事な制御コアブロックの侵食率は50%と78%だ。浸食スピードが上がっている』
ロンパンの声が聞こえると目の前に魔法陣が出現した。魔法陣は制御コアブロックの近くまで移動するショートカットだった。
『もうそんなところまで侵食されているのか。急がないとまずい』
ホァナノが慌てて魔法陣に乗って転送されていった。
『おいおい、案内を忘れるなよ。マリオン行くよ』
ホァナノを追いかけて僕とマリオンは魔法陣に飛び込んだ。
◇
転送された先でホァナノは、真っ赤なオーガと戦っていた。もちろん本当の魔獣のオーガではない。あれはシステムの進入者駆除システムが作り出した、抗体プログラムが可視化された物である。僕のシステムでは立方体のロボットのような形で表現されるが、こちらのシステムではファンタジーらしく魔獣の姿で表現されている。
『抗体プログラムが儂を襲ってくるぞ。ロンパン、システムは今どうなってるんだ?』
『侵入者駆除システムが、あの女の浸食の影響を受けて暴走状態だ。抗体プログラムは見境なしに襲ってくるから気を付けろ』
『そういうことは、早く言え!』
ホァナノはそう叫ぶと、騎乗槍をオーガに突き入れた。彼の持つ騎乗槍はかなり高性能なようで、オーガは瞬く間に細かなブロックに分解され無効化された。
『システムが汚染されているのか』
『ケイさん、来ます』
僕とマリオンの周りにもオーガが数体出現して襲いかかってきた。僕達は長剣で切りつけるが、ホァナノの持つ騎乗槍と違いなかなか無効化できなかった。
『さっさと倒せ』
『僕が使っている駆除プログラムは、こちらのシステムにうまく対応できていないようだ。倒すには何回か切りつけないと…』
『しょうがない、これを使え』
ホァナノが騎乗槍を複製して僕達に放り投げた。僕とマリオンはそれを受け取りすぐさま装備してオーガに突き入れた。騎乗槍は一撃でオーガを無効化してくれた。
『へえー』
『一撃ですね』
『儂が作った侵入者駆除システムだ。無効化する武器を作れて当たり前だろう』
制作者が作った機能停止プログラムは強力で、ホァナノと僕達はどんどんオーガを無効化していった。
◇
最初は順調に抗体プログラムを無効化していたが、進めば進むほどその数が増えていった。
最初はオーガの姿をした物ばかりだったが、だんだんミノタウロスや巨人、飛竜といった大物の姿をした抗体プログラムが混じりだした。
大きさにかかわらず、騎乗槍の一撃で消すことが可能なのだが、その数が問題であった。多数の魔獣が僕達を取り囲み進路を妨げる。また防御しきれない攻撃を受けて、鎧が削られていく。
『これじゃきりが無いな』
『そうですね、倒す数より出現する数の方が多い気がします』
『ぐぬぬ、このままでは制御コアブロックに近づくことすらできん。ロンパンどうにかならんのか』
『侵入者駆除システムは暴走状態だ。制御を受けつけんのだ』
『魔法陣は作れないのか?』
『あの女がアクセス権を書き換えたのか、今は作れん。とにかく自力で何とかしてくれ』
『くっ、それしか無いのか。しかし三人では処理が追いつかん』
『お前は無理でも、人形が性能を発揮すれば良いのだ。マリオンとやら、もっと速度を上げるんだ!』
『えっ、私ですか? そんな、急に速度を上げろと言われても何をどうすれば…』
ロンパンにそう言われて、マリオンは慌てた。彼女はこの人形に取り憑いただけで、まだどんなことができるか知らされていない。
『ロンパン、こいつの体には速度を上げるするだけの魔力は無いぞ。どこかから供給してやらないと…』
ホァナノが数体の魔獣を倒しながらそう答えた。
『確かに、今の魔力量では数秒しか持たんな。しかし、魔力を供給しようにも今システムはそんなことができる状態じゃない』
ロンパンの悔しそうな声が聞こえる。
(クロックアップって、魔力の過剰供給による制御コアのオーバークロックってことだよな。それに魔力なら…)
『…ロンパン、僕の手からマリオンの体に魔力は供給できるかな?』
今僕の体はマリオンに手を押し当てている状態だ。通信が確立している状態だし魔力を供給することも可能だろうと思い聞いてみた
『…うむ。コアに近い位置だし、そのまま供給できるはずだが…お前はそんなことができるのか?』
『できるはずだ。じゃあ、やってみるよ』
《主動力:賢者の石 出力5.0%で稼働します》
出力を上げて手から魔力をマリオンの体に流し込んでいく。ついでに僕も魔力を自分の制御コアに集中させてオーバークロックさせる。
《警告:制御コアに過剰なマナが供給されています。ベースクロック上昇。発熱に注意してください》
ログに警告が表示されるが、ドラゴンとの戦いの時より魔力供給は少ないので、しばらくはこの状態を維持できるだろうと判断する。
『…凄い、魔力があふれている…スペックの5倍のエネルギーゲインが…こいつは化け物か…』
クロックアップの影響だろう途切れ途切れに聞こえるロンパンの声を無視して、魔力をマリオンに供給していく。
『ケイさん、体が熱いのですが?』
『オーバークロックしてるからね。マリオン、回りが遅く見えている状態?』
『はい。そう見えます』
僕と接続されているためだろう、マリオンと僕は同期してオーバークロック状態に入っていた。
『じゃあ、一気に魔獣達を倒してしまおう』
『はい』
オーバークロックして加速状態になった僕とマリオンは、騎乗槍をふるって、次々と抗体プログラムを無効化していった。
抗体プログラムを全て消すのは非効率なので、僕達はシステムの奥の方を目指して邪魔な魔獣だけを始末していく。
『ホァナノ、付いてこられるか?』
『大…丈夫…だ。馬…が…付い…てい…く』
ホァナノの乗っている小馬は、彼の移動をサポートする乗り物だったのだろう。僕達が切り開いた道を駆け足で付いてきていた。
しばらく走り抗体プログラムの集団を後方に置き去りにしたところで、一旦オーバークロック状態を解除した。
《主動力:賢者の石 出力1.0%に落とします》
《制御コアの温度が上昇中。規定温度に下がるまで後20秒、19、18、…》
ログから、オーバークロック状態による熱の上昇はそれほどではなかったが、再度行うにはクールダウンが必要なことがわかる。
『あの女が取り憑いている制御コアはこっちだ』
ホァナノはそう叫ぶと小馬を駆って走り出す。
『もう一つのコアの侵食率が90%になってしまった。急いでくれ』
ロンパンは、侵食率が上がったことで悲鳴のような声を上げた。それを聞きながら僕達はホァナノを追いかけて走り出した。
◇
ホァナノの後を追いかけていくと、巨大な植物の怪獣の姿をした物が見えてきた。その姿は某怪獣映画の植物とG細胞を融合させた怪獣にそっくりであった。植物系の魔獣らしく、たくさんの触手がウネウネと動いている。
『ビオ○ンテ?』
『何じゃそりゃ。こいつが制御コアの一つだ。実物も同じような姿をしているぞ。植物系の魔獣を改造して作ったコアだから、自己再生・自己最適化・自己防衛をするメンテナンスフリーの優れものだ』
『そのおかげで、物理的に破壊もできない。だからこんな事態に陥るんだがな』
得意そうに制御コアの自慢をしているホァナノにロンパンが突っ込みを入れる。
(どこのデビル○ンダムだよ)
内心突っ込みつつ、どこにソフィアがいるのか僕は探していた。
そして、僕は植物の花のように見える場所に巨大なソフィアの顔があることに気づいた。
その時、巨大なソフィアの顔が動き目が僕の姿を捕らえた。
『サハシ、何故ここに』
『ソフィアを倒すためだ』
(ちょっと格好付けすぎかな?)
と思いつつ、僕はビシッと指をソフィアの巨大な顔に突きつけた。
『はっ、笑わせる。たかが人間が迷宮の制御コアと一体化した私に勝てるわけがない』
ソフィアは笑うと、その周りの触手が僕達を狙って一斉に動き出した。
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