再び地下迷宮へ
(今から地下迷宮に向かうとして、エミリー達を誘うべきか…。どうしよう)
王宮から宿に向かう道を歩きながら僕は悩んでいた。
最悪、僕一人でも地下迷宮に入ることは可能だが、ミシェルがいた方が安心できる。しかし、ミシェルだけを連れて行くとなると、他のメンバーから不平が出るのは目に見えているので、悩んでいるのだ。
(みんなようやく地下迷宮から解放されたのに、また入るとなると可哀想だよな。…ん?)
人通りの多い道を外れて小道に入ったところで、僕は数人の男達に囲まれてしまった。
前に三人、背後に二人。柔皮鎧を着込んだいかにもチンピラ風の男達だった。
「あんたがサハシって奴か?」
前に立ちふさがった男達の中でも強面の大男…おそらく五人のリーダーだろう…が誰何してきた。身長二メートル三十センチ、毛深い熊のような大男だった。
「…人違いだけど?」
僕は、取りあえずとぼけてみたのだが…。
「…そうか。済まなかったな」
すると、大男は僕の言葉を信じたのか、頭を掻きながら素直に謝りきびすを返して立ち去ろうとした。
「ちょっ! リーダー、騙されるな!」
「黒い鎧に黒い髪、こいつがサハシに間違いないんだよ。リーダー!」
そんな大男を慌てて二人の仲間が引き留めている。
(あれ、チンピラっぽい外見だけど…根は素直な人?)
男達をよく観察すると、装備している武器も柔皮鎧も使い込まれており、手入れもちゃんとされていた。どうやら彼らはチンピラなどではなく下級の冒険者のようだった。
「うちのリーダーを騙すなんて、何て奴だ」
「リーダーはなあ、ああ見えて純真なんだよ!」
僕は、背後の二人からそう怒鳴られる。
「いや、普通あんなふうに聞かれた…正直に答える奴はいないだろう?」
「ははっ、そりゃそうだな」
僕の言葉に熊面の大男が笑いながらうなずいた。
「で、あんたが冒険者のサハシで良いんだよな?」
「…ああ、そうだけど。僕に何か用かな?」
今度は肯定すると、笑い終えた大男の雰囲気が剣呑な物に変わった。
「直接恨みはないんだが、あんたが悪人って聞いてな。悪いが少し痛い目にあってもらう」
指をバキバキと鳴らしながら大男は近寄ってきた。
「悪人? 痛い目にって、誰からそんなことを頼まれたんだ?」
「知らん!」
「知らないのかよ!」
大男は問答無用と、素手で殴りかかってきた。
(ヘビー級ボクサー並みのパンチだな)
当たればノックアウトされそうな大男のパンチを僕はスウェーで避ける。大男は次々とパンチを繰り出すが、素直な攻撃なので避けるのは簡単であった。
「畜生、当たらねーぞ」
「リーダーのパンチを避けるなんて」
「がんばれリーダー!」
大男の攻撃を避けていたのだが、仲間の男達はリーダーを応援しているだけで、手を出してこなかった。
「他の連中は襲ってこないのか?」
「はぁはぁ、そんな卑怯なことするかよ…。それより何であんたは避けてばかりで攻撃してこないんだ?」
「あんた達の素性が分からないから、ちょっと手を出して良いものか迷ってた」
恐らく彼らはソフィアの件で僕に恨みを持つ貴族達に雇われたのだと想像がついていた。ただ彼等が武器を抜かずに素手で殴りかかってくるだけだったので、逃げるか、それとも反撃するかで迷っていたのだ。
「それに、別な奴も来たようだ」
「別な奴?」
大男が僕の呟きを聞いて動きを止めた。その直後、僕の背後から撃たれたクロスボウの矢を振り向きざまに掴み取った。毒でも塗られているのか鏃は怪しく光っていた。
『マリオンのおかげで助かったよ』
『ケイさん、矢を射た男が逃げていきます。どうします? 追いかけますか』
『…追わなくても良いよ』
いくら人通りの少ない道とはいえ、男達に取り囲まれてから誰もやってこないというのは怪しい。そこでマリオンに頼んで上空から見張っていてもらったおかげで、僕はこの不意打ちに対応することができた。
「矢を射てきたのは、君たちの仲間かな?」
「…俺はこんなのは知らねーぞ。おめーら、知っていたか?」
大男は仲間の男達に問いかけたが、皆「知らない」と首を横に振った。
「君たちは、さっきの男にダシに使われたんだな」
「…どうやらそうみたいだな。おい、エドメ。おめーがこの依頼を持ってきたんだよな。何か聞いてないのか?」
「お、俺は何も聞いてない」
「おい、エドメ。これは本当に冒険者ギルドからの依頼なのか?」
「…い、いや。本当は、ギルドを出たところで知らない男に頼まれたんだ。俺、金に困ってて、前金って銀貨を二枚くれたし…それで…。済まないリーダー」
今回の僕を襲ってくれという依頼は、エドメという男が見も知らぬ男…クロスボウを射た男から引き受けたものだった。
「どうやら、俺達は騙されたみたいだな。サハシ…さん、済まなかった」
大男は地面に両手と頭をつけて、見事な土下座で謝ってきた。
「いや、あんた達も騙されたみたいだし…」
「人を一人痛めつけてくれって、変な依頼だとは思ってたんだ。だけどエドメから、"サハシは、護衛任務の相手を地下迷宮に置き去りにして見殺しにした悪人だ"って聞いて…。前金も貰ったって言うし、それで引き受けてしまったんだ」
大男の話を聞いて僕は内心苦笑いしてしまった。確かに護衛依頼には失敗しているし、ソフィアも死んでしまっているからだ。
大男は、「俺はアーベっていう中級の下の冒険者だ。この借りはいつか返させてもらうよ」と言って仲間を連れて去っていった。仲間の男達も僕にひたすら謝っていた。
『マリオン、悪いけどしばらく上空から監視をお願いする』
『分かりました』
『"瑠璃"、状況は分かっているね。教会なら早々襲われないと思うけど、エミリーに教会から出ずに警戒するように伝えておいて』
『了解しました。今のところ教会の周囲には不審な人物はいないようです』
"瑠璃"にエミリーの警護をお願いすると、僕はエステルとリリーが待っている宿に向かって走り出した。
◇
「ケイ、早かった」
宿に戻るとミシェルがいた。
「ミシェルがいるってことは、二人とも事情は理解してるのかな?」
「ええ、ミシェルさんに聞きました」
「貴族に雇われた暗殺者がケイを狙ってるんだって?」
「ああ、さっき襲われた」
「「えーっ!」」
僕が襲われたと聞いてリリーとエステルが慌てる。
「大丈夫、怪我はしてないよ」
三人に冒険者に絡まれたことと、暗殺者らしき男にクロスボウで狙われたが無事だったことを説明した。
「それでミシェル、暗殺者に狙われてるのは僕だけなのかな?」
「貴族達には、ルーフェン伯爵と共謀してソフィアを謀殺したのは、ケイだけだと思われているみたい。あたい達は、今のところ暗殺のターゲットになっていないね」
「そうか、良かった…」
エミリー達パーティーのメンバー全員が狙われているのかと心配したが、狙われているのは僕だけだったので、安堵の溜め息をついた。
「後、貴族が雇っているのはギルドのメンバーだけど、盗賊ギルドは今回の件にノータッチ、不干渉だってさ。メンバーが勝手に動いているだけだから組織だった行動はないと思う」
「それは助かるな。できればメンバー同士で足を引っ張り合ってくれると助かるけど…。それで、今後も君たちは狙われる恐れはないと思ってよいのかな?」
「エミリーは"大地の女神"のシスターだし、教会が絡むから盗賊ギルドも狙わないようにメンバーに通達は出すと思う。あたいも外様とはいえ一応盗賊ギルドの幹部だから、狙われることはないはず。ただ、エステルとリリーの二人は、ケイの巻き添えを食らうかもしれないね」
「エステル、リリー、済まない」
「ケイさん、謝らないで下さい」
「そうだよ、元はアタシのためにソフィアの依頼を引き受けたのが原因なんだから」
エステルとリリーは僕に謝る必要がないと言ってくれた。
「それで、これからどうするんだい?」
「ソフィアが邪教徒であることが証明できれば、後はルーフェン伯爵が何とかしてくれる。そこで、僕はこれから地下迷宮に入って、ソフィアが"不死の蛇"の信者だった証拠をとってくるつもりだ」
「証明する物が地下迷宮にあるのかい?」
ミシェルが首をかしげる。
「多分…あるはずだよ」
実際には小人達に証拠を見せるためのマジックアイテムを作成して貰うつもりだ。しかし、小人のことを知らない三人に詳しく説明することは難しので僕は口を濁したのだが、
「ケイさん、もしかして証拠って、あの巨人ですか?」
「あたし達をケイの所に連れて行ってくれた巨人か! そういやあの巨人はしゃべったね?」
「巨人のくせに人の言葉をしゃべる奴か。あんた、もしかしてあいつを捕まえて証言でもさせるつもりなのか?」
三人は、ホァナノが操縦していた日緋色金巨人を思いだした。
(そういえば、みんなホァナノが操縦していた日緋色金巨人は知ってるんだっけ)
「巨人を捕まえるのは難しいかな。だけど、あいつは地下迷宮について詳しいからソフィアが迷宮でやったことを証明する物を提供してくれると思うんだ。…つまり、僕はまたあの隠し部屋に行くことになるね」
僕の言葉に、三人はどうしようかという顔になる。
「盗賊のミシェルには、一緒に来てもらうつもりだったけど、エステルとリリーも地下迷宮に入った方が良いかな?」
地下迷宮は入り口を兵士が守っているため暗殺者が入ってくることはできない。冒険者として潜り込もうとしても、今は封鎖中だからそれも無理である。
地下迷宮には魔獣や罠があるが、そんな物より暗殺者の方が遙かに恐ろしいのだ。
「それとも"大地の女神"の教会で保護してもらう…」
「「一緒に入ります」」
僕の言葉を遮って、エスエルとリリーは、地下迷宮に入ることを主張した。
「分かった。じゃあ善は急げということで、今から地下迷宮に向かおうと思うんだけど…良いかな?」
「「「了解」」」
エミリーには"瑠璃"を通じて地下迷宮に入ることを知らせると、夕暮れの王都を後にして僕達は地下迷宮に向かった。
◇
「本当に地下迷宮に入るのか?」
「はい。ルーフェン伯爵様から何か聞いておられませんか?」
「伯爵様からの通達は来ているが、お前達は一昨日ここから出てきたばかりだろ?」
「そうなのですが、伯爵様の命令で地下迷宮で捜し物をすることになりました」
「…そ、そうか。がんばれよ!」
地下迷宮の入り口を警護していた兵士は、温かい目で僕達を見送ってくれた。
「魔獣と会わないね…」
「うん。一昨日地下迷宮から出る時みたいだね」
「あの巨人が魔獣が出ないようにするとか言ってた気がするけど…まだそれが続いているのかな?」
地下迷宮に入った僕達は、全く魔獣に出会わないまま31階層に到達していた。
(小人達なら僕が地下迷宮に入ったことを察知しているはずだよな。魔獣が出ないのは彼等の仕業だと思うけど…)
小人達は、僕に「迷宮にちょっかいをかけるな」と言って去っていった。僕が再び地下迷宮に入れば、すぐに様子を見に来ると思ったのだが、当てが外れたようだった。
その後、僕達は32階層に降りる階段を下りて、隠し扉の場所にたどり着く。
「隠し扉は…まだ存在しているな」
11階層にあった隠し扉を消したように、制御室に通じる通路を封鎖していたらと不安だったが、隠し扉はまだ存在していた。
「あたい、ここのことよく覚えてないんだ」
「一度来たような気がするのですが」
「ソフィアに操られていたときの記憶が不明確だよね」
三人はここに来るときソフィアに操られていたので、記憶が不明確だった。
僕はミシェルに開け方を教えると、彼女は罠が仕掛けられてないかを確認して、隠し扉を開けた。
「開いたよ」
隠し扉を開けると、前に通った通路が現れた。
「…順調すぎてちょっと怖いな」
「この先にあの巨人がいるのですか?」
「多分ね。取りあえず入ろう」
リリーの問いかけに答えると、僕は先頭を切って隠し扉をくぐった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。