ペナルティと伯爵からの依頼
「サラさん、こんなペナルティってギルドの横暴ではないでしょうか?」
「あたしもそう思うよ。幾ら慣習だっても厳しすぎるよ」
僕はサラが提示したペナルティを受けるつもりだったのだが、リリーとエステルはサラに詰め寄り、文句を言い始めた。
「地下迷宮に入るのも、食料とか消耗アイテムとか金が必要なんです。その地下迷宮の地図を無料で作成しなさいというのは酷すぎませんか」
「地下迷宮の地図って、ギルドは既に持っているじゃん。それを再度作ってこいなんて嫌がらせにしか思えないよね」
「そ、そう言われても。このペナルティはギルドマスターが決められたことなので、私にはどうすることも…」
勢い良く二人に詰め寄られてサラはタジタジとなった。
「では私たちをギルドマスターに会わせてください」
「サラじゃ駄目ならギルドマスターに会って話を付けるよ」
「ちょっとお待ちください。ギルドマスターもお忙しいのです。そうそう会える方では…」
リリーとエステルは逃げ腰になったサラの両腕をがっちりと掴み逃亡を阻止した。
「二人とも、サラさんが悪いわけじゃ…」
「その辺でそいつを勘弁してくれないか。今回のペナルティを決めたのは俺だからな。文句は俺に言ってくれ」
僕が二人の暴走を止めようとしたところで、背後から声がかかった。
「ギルドマスター!」
「「ギルドマスター?」」
背後に立っていたのはギルドマスターのアルバートだった。元冒険者の彼は、傷だらけの顔をしており、隻眼を隠すために眼帯を付けているという某宇宙海賊のような容姿である。冒険者を引退する原因となった怪我により彼の片足は鉄の棒でできた義足だが、それで音を立てずに歩くという特技を持っている。
リリーとエステルはアルバートと初見である。二人はギルドマスターの迫力のある顔に驚いていた。
「ああ、嬢ちゃん達、俺がギルドマスターのアルバートだ。…取りあえずサラを離してやってくれないか」
「「は、はい」」
アルバートがそう言うと、リリーとエステルは慌ててサラを解放した。
「サハシ、今回のペナルティの件だが、ギルドとお前のためにも引き受けてはもらえないだろうか?」
打ち合わせコーナーからギルドマスターの部屋に移動して話をすることになった。そして部屋に入るなりアルバートは僕にいきなりそう頼み込んできた。
「えっと、引けるも何もペナルティなので、引き受けないとまずいのでは?それにギルドと僕のためと言うのは?」
「いや、今回のはペナルティとしては厳しすぎる。それは俺も分かっているが、冒険者ギルドとしては、そうせざるをえなかったんだ」
「「「?」」」
僕達はギルドマスターから何故こんなペナルティを課せられたか、その理由を聞かされた。
「今回の護衛依頼はルーフェン伯爵様からの依頼だった。つまり貴族が依頼主で、貴族を護衛する依頼だった。そんな依頼を失敗したのがまずかったのだ」
「やはり、貴族が依頼主の場合はペナルティが厳しいのですか?」
「冒険者ギルドは国家権力とは別枠と言われちゃいるが、王国や貴族連中の力を無視できるほど立場は強くない。貴族からの依頼…しかも貴族の護衛の依頼に失敗したとあれば、貴族連中からの風当たりもキツいんだわ。何せソフィア夫人は貴族の間じゃ人気あったからな」
ソフィアは、表向きは真面目な"天陽神"の教会の神官だった。貴族に信者が多い"天陽神"の教会の神官であり、しかも若く美人で、そして人当たりの良かったソフィア。元冒険者という出自にもかかわらず、彼女は貴族の社交界では人気があったのだ。
「彼女が邪教徒だったと言うことは報告したはずですが?」
僕がリリーとソフィアの方を見ると、二人は「報告したよねー」って感じで首を縦に振っていた。
「それについては、俺もさっき王国から説明されたんだが」
「それなら…」
「邪神降臨の神託の件と地下迷宮で起きたことについて、王国はまだ正式な見解を発表していないんだ。まだ知っているのは一部の貴族だけなんだ」
「…」
王国の正式な発表がないため、王都の貴族達の間では"天陽神"の教会が地下迷宮で邪教徒と戦い、神官長とソフィア夫人が亡くなったという噂が広まっていた。
そして、ソフィア夫人が地下迷宮に入るのに護衛の冒険者が付いていたことが貴族達にも何故か伝わっていた。
そのため貴族達から冒険者ギルドに問い合わせや苦情が舞い込んできているのだった。
「ソフィアの護衛をしていた冒険者を処分しろとうるさいんだ。ああ、冒険者ギルドは、当然そんなことをするつもりはない。しかし、依頼の失敗に対してペナルティを与えない訳にはいかないのも分かるよな」
「そういう事情であれば、僕に厳しいペナルティが与えられるのは仕方がないのでしょう」
「それに地図の作製は、お前の実力なら余裕だろうと俺は思っているんだが?」
「…ええ、32階層までならそれほど難しくはありません」
「そうか、見込み通りだな。お前がペナルティを受けたと言えば、少しは貴族達も治まるだろう」
アルバートはそれが癖なのか、顔の傷を指でなぞりながら少しほっとした顔をした。
「分かりました。ペナルティの方は受けます」
そう答えて僕達はギルドマスターの部屋を後にした。
◇
「王国が今回の件について正式に発表しないのは、どうしてなんだろうね?」
ギルドマスターの部屋を出て、すぐにエステルがそう聞いてきた。
「神託の噂が広まると民衆に動揺が広まるでしょう。その前に発表してしまうのが良いと思うのですが…。ケイさんはルーフェン伯爵様とともに事情を国王様に報告されたのですよね?」
リリーも僕に聞いてくる。
「うん、ルーフェン伯爵様が報告したよ。伯爵様は、僕がソフィアを滅ぼしたことにして王国に取り込みかったようだけど、それはあれで回避した。あの通りに、王国軍が邪神を追い返したと発表すれば良いと思うんだけどね」
僕も何故発表が無いのか分からなかった。
「きゃあっ」
僕達はそんなことを話しながら冒険者ギルドを出ようとしたところで、駆け込んできた男とリリーが衝突しそうになった。
「危ない」
とっさにリリーの腕を掴んで引き寄せて衝突は回避しできたのだが、彼女を抱きかかえる形になった僕は、バランスを崩して床に倒れ込んでしまった。
「済まない、ちょっと慌てていたので…って、ケイさん! 良かった探していたんですよ」
「危ないじゃないか、気をつけてくれよ。あれ、ヘクターさん?」
リリーが衝突しそうになった男は、ルーフェン伯爵家の下っ端徴税官のヘクターだった。
「宿にもいないし、"大地の女神"の教会に行ったらどこかに出かけたって言われて…探し回りましたよ」
ヘクターは王都での大水晶陸亀の素材販売を監視するためにゴディア商会にいたはずだが、何故か僕を探して王都をかけずり回っていたようだった。
「それは申し訳ない」
「とにかくケイさんは私と一緒に王宮に向かってもらいます」
そう言って、ヘクターは僕の手を掴んで立たせてくれた。
(ヘクター、文官のくせに意外と力持ちだな)
リリーを抱きかかえている僕を片手で引き起こすヘクターの力に僕は驚いていた。
「リリー大丈夫だった?」
エステルが心配そうにリリーに聞く。
「…だ、大丈夫。ケイさんに庇ってもらったから」
リリーは僕に突然抱きかかえられたことで硬直していたのだが、現状が把握できたのか今は真っ赤になっていた。
(そういえば、リリーとこんなふうに密着したことは少なかったっけ)
エミリー、エステル、リリーの三人とは魔力注入ということでキスをしている。しかしそんな中で、エミリーやエステルの二人に比べリリーは少し引いた感じで僕に接していた。
これは、リリーが三人の中で年齢が一番上なのでお姉さん的な役割をしているからだった。
リリーが真っ赤になったので、僕も少し照れくさくなって顔が赤くなってしまった。まるで少女漫画のようにリリーと僕は見つめ合ってしまった。
「リリー、ずるーい!」
抱き合い見つめ合って顔を真っ赤にしていたのは数秒だったが、エステルがそんな僕達にブーイングを送ってきた。
「えっ? ごめんなさい」
エステルにブーイングされて、我に返ったリリーは僕を突き放すようにして離れていった。
「ケイも、あれぐらい倒れなくても余裕で避けられたでしょ?」
「いや、ちょっと油断してた」
僕は頭を掻きながら言い訳を言う。
実は、リリーを引き寄せて抱える程度で僕がバランスを崩すことはない。僕がバランスを崩してしまったのは衝突しそうになった男、ヘクターが妙な動きをしたからだった。
ヘクターが見せた動きというのは、柔道や合気道にあるような組技の兆候だった。それに対して僕の体が自衛行動をとろうとした。ただそこにリリーを抱きかかえるという不確定要素が入ったため、僕はバランスを崩して倒れてしまったのだ。
(ヘクター、一瞬組技を出すような仕草をしてたよな。文官でもそんなこと習うのかな)
そう思いながらヘクターの動きを見るが、先ほど見せた姿が嘘のように素人っぽい動きであった。
「そろそろ良いかな? 急いでケイさんを王宮に…ルーフェン伯爵様の所に連れてくるようにと言われているんだけど」
ヘクターにそう言われて、僕達が冒険者ギルドの入り口を塞いでいることに気づいた。ギルドホール内の冒険者達の注目を集めていた。
慌てて僕達はヘクターを伴って冒険者ギルドを飛び出した。
「ヘクター、どんな用件で僕はルーフェン伯爵様に呼ばれているんだ?」
「いや、僕も詳しくは聞かされてないんだ。とにかく急いでくれると助かるんだけど」
「ああ、分かった。王宮に向かうよ。…リリーとエステルも連れて行って良いかな?」
「悪いけど、ケイさんだけって言われているんだ」
ヘクターにそう言われれば仕方がなく、二人と別れた僕はヘクターとともに王宮に向かった。
◇
「済まんな急に呼びつけて」
僕は王宮の来客用の部屋ではなく直接ルーフェン伯爵の執務室に通された。僕を出迎えたルーフェン伯爵は少し焦っているような感じがした。
「いえ。僕が呼ばれたのは何故でしょうか。また地下迷宮の件で証言しろとかでしょうか?」
「うむ、それなのだが……実はお主にソフィア夫人の殺害の容疑がかけられているのだ。そしてそれを命じたのが儂だという噂をロベール殿下が貴族の間で広めているのだ」
「ロベール殿下は何故そんなことを…」
「恐らく儂に対する嫌がらせだろうな」
謁見の間での報告について、国王ウード四世はルーフェン伯爵の証言を全面的に信認していた。しかしロベール殿下はそれに反発し、逆にソフィア夫人はルーフェン伯爵によって謀殺されたと貴族の間に噂を広めているのだった。
ルーフェン伯爵を支持する貴族、官僚は多いが、第一王子であるロベール殿下の言葉も無視はできない。そして一番の問題は、ソフィアが邪教徒の信者であったことの物証が少ないことである。
「僕が引き渡した邪教徒達の自白では証拠にならないのですか?」
「あやつらの証言では証拠にならんとロベール殿下は仰せでな。今必死で物証を探しているが、ソフィア夫人の遺体・遺品すら見つかっておらぬ」
ソフィアは超リッチとなりミーナによって滅ぼされてしまった。遺体は粉微塵となっているので見つかるわけがない。装備品は、3階層の部屋に残されていたはずだが、誰かが回収してしまったのか見つかっていないようだった。
「本当ならば今日邪神降臨の神託と邪神による世界滅亡の危機が回避されたことを発表するつもりだったのだが、ロベール殿下が噂を広めたおかげで延期になってしまったのだ」
ルーフェン伯爵は苦々しげにそう言って机をドンと拳で叩き付けた。
「それで、僕が呼ばれたのは…もしかして、証拠を探して持ってこいと言うことでしょうか?」
「ソフィアが滅ぼされた時に側にいたのはお前だけなのだ。何か証拠となりそうな物を探してきてほしいのだ」
そうルーフェン伯爵は僕に頼み込んできた。
(ソフィアが"不死の蛇"の神官でリッチになってしまったことを証明する物証か…。物じゃないが、決定的な証拠はあるんだが。それを見せることは…できない)
邪神降臨からソフィアが滅ぼされるまで、僕が見た映像記録が内部ストレージに保存されている。"瑠璃"の機能を使えばそれを見せることは可能だが、それでは僕の体や"瑠璃"の機能がルーフェン伯爵どころか王様や貴族達に知られてしまう。そんな危険なことは絶対にできない。
(困ったな。映像を僕や"瑠璃"の機能を使用せずに見せる方法って何かないのかな。たとえば僕の思った映像を映し出す…魔法の水晶球みたいなマジックアイテムとか有りそうなものだけど)
ルーフェン伯爵にそんなマジックアイテムが存在しないか聞いてみたが、そんな便利な物は無いと即答された。
(これが地球なら簡単なんだけど。…こっちの世界にテレビやパソコンなんて無いよな。地球じゃ無理だった巨大ロボット=巨人とかは作れるのにな~。ん?)
そこで僕は何か引っかかった。
(巨大ロボット=巨人…日緋色金巨人。小人達なら何とかなるかもしれないな)
どう見ても○ジンガーZにしか見えない日緋色金巨人を作り出した小人達。彼らがどうやって地球のアニメを知ったのか知らないが、恐らくテレビを見る設備を持っているはずだと僕は考えた。それなら、僕のストレージ内の動画を映し出すマジックアイテムを作り出せるかもしれない。
「伯爵様、証拠ですが何とかなるかもしれません」
「む、本当なのか?」
ルーフェン伯爵は、僕の言葉に一瞬驚いた顔をした。
「ええ、確約はできませんが、地下迷宮で証拠となる物を見つけ出してきます」
「…何か当てがあるのか?」
ルーフェン伯爵は、探るような目で僕を見る。
(ダンジョンキーパーの小人に証拠を作ってもらいますなんて言えないし…さて、どう誤魔化すか…)
僕はルーフェン伯爵にどうやって説明するか、しばし考え込んだ。
「…地下迷宮に巨人が出ることは御存じでしょうか?」
「ああ、知っている。堅くて足の遅い魔獣らしいな。冒険者は戦うより逃げる方が多いと聞くが。それがどうした?」
「僕は地下迷宮で巨人を何体か倒したのですが、その残骸から変な物を見つけたことがあるのです」
「変な物とは?」
「なんと言えば良いか説明が難しいのですが、それには倒された巨人が今まで見てきた物が映し出されていたのです」
「ほう。儂はそんな話は聞いたことが無いが?」
「それは、黒鋼鎧巨人を倒したときに出てきました。ソフィアが滅ぼされた時、その部屋には黒鋼鎧巨人がいた気がするのです。もし同じような物が巨人にあれば…ソフィアが邪教とで、リッチとなり吸血鬼の真祖に滅ぼされたという状況を皆に見ることができでしょう」
「…なるほどな。確かにそれならば証拠になるかもしれん。しかし、本当にお前が言うアイテムが存在するのか?」
「無ければ、恐らくもう証拠となる物は出てこないでしょう」
僕にそう言われて、ルーフェン伯爵はしばらく考え込んだ。
「今地下迷宮は王国軍が封鎖している。明日から再び冒険者達に開放するつもりだが…。どうする?」
と言ってきた。
(小人達に会うならほかの冒険者がいない方が都合が良いだろうな)
恐らく他の冒険者がいない方が小人は出てきやすいだろうと考えた僕は、
「では、今から僕は地下迷宮に入って証拠を探して参ります」
と答えたのだった。
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