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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
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ペナルティ

「ケイ、ケイったら。…起きてくれないかな?」


「ん、誰だ? 眠いんだ。もうちょっと寝かせてくれ…」


 声から起こそうとしていたのはエステルだということが分かったが、疲れていたため僕は眠りから覚めるのを拒絶した。


「ケイさんが寝ぼけるなんて珍しいですね。よほど疲れていたのでしょうか?」


「先ほどまでこれを一生懸命描いていましたから…。何度も回復の奇跡を使って癒やしましたが、かなり大変な作業でした。もうしばらく休ませてあげてください」


「これを描いたのはやっぱりケイなんだ。冒険者ギルドにも回ってきてたよ」


「盗賊ギルドにもこれが置いてあったよ。どれだけばらまいたんだい?」


 どうやらリリーやミシェルも教会に来ているようだった。


「スラム街だけじゃなく王都のあちこちに配布するようにお願いしたのです。それで邪神が降臨するという神託の噂が広まる前に先手を打っておこうと思ったのですが…。リリーさん、ミシェルさん、これを見た冒険者や盗賊ギルドの反応はどうでした?」


「冒険者たちは王国軍が邪神を倒すなんて馬鹿な話だなと笑ってましたね。おかげで神託の噂を聞いてもみんな落ち着いていました」


「盗賊ギルドは、スラム街で暴動が起きるのを防いでくれて助かったと思ってるだろうね。スラム街で暴動が起きたら盗賊ギルドも迷惑だからね」


(そうか、スラム街の暴動は回避できたんだな)


 夢うつつの状態で彼女たちの会話を聞いて、僕は漫画によってスラム街での暴動を防ぐことができたことを知った。


《指定の時間になりました。覚醒システムを起動します》


 眠りに落ちる前に何とか設定した目覚ましアラームが発動し、僕はシステムによって目覚めさせられた。

 机に突っ伏して寝ていたはずの僕は、いつの間にかベッドに寝かされていた。寝ている場所も神官長の部屋ではなく来客用の部屋に移されていた。


「…おはよう…で良いのかな?」


「ケイさん、起きられたのですか」


「おはようって…もうお昼近くだよ」


「まだ休んでおられた方が…」


「ケイが起きたのならちょうど良いじゃない。みんなでお昼を食べようよ」


 声から判断した通り部屋にはエミリー達四人が勢ぞろいしていた。

 時刻はお昼少し前で、僕が漫画を量産し終えてから半日ほど経っている。


「そうだね。朝食べてないからお腹がいているし、そうしようか」


 ミシェルの提案に乗って僕はお昼を食べることにした。





 教会の食堂に焼けた()の良い香りが漂っていた。


「ケイの手料理って久しぶりですね」


「ほんと、ハンバーグ(これ)が食べられるなんて、うれしいね~。前に作ってくれたのとちょっと違うけど、美味しいよ」


 最初は教会からどこかに食べに出かけようと思ったのだが、ミシェルとリリーが久しぶりに僕の手料理…ハンバーグが食べたいと言い出したため、教会でハンバーグを作る羽目になったのだ。


 エミリーが教会の人に調理場を借りたいと申し出たら「どうぞどうぞ」と快く貸してくれた。ついでに食材も自由に使って良いと言われた。

 ただ、"大地の女神"の教会の食糧倉庫に豪華な食材がそろっているわけもなく、質の悪い肉が少量と大豆のような豆、野菜が少々といった在庫しかなかった。


 外に食材を買いに行こうかと思ったのだが、質素が基本の教会に肉を大量に持ち込むのは良くないだろうと僕は思い直した。そこで質の悪い肉と豆を使った豆腐ハンバーグならぬ豆ハンバーグを作ることにした。


「この赤いソース、本当にハンバーグに合うね」


 エステルが、美味しそうに赤いソース(・・・・・)のかかったハンバーグをほおばる。

 そう、今回のハンバーグにはケチャップのようなソースをかけてある。

 "大地の女神"の教会の菜園に野菜をもらいに行ったところ、その隣の花壇(・・)でトマトによく似た…というかトマトその物を見つけた。おかげで僕は念願のケチャップ(のような)ソースを作り上げることに成功した。


 "大地の女神"の教会でトマトが花壇に植えられている理由を聞いて、今まで僕がトマトを見つけることができなかった理由がわかった。昔の地球でもあった話なのだが、こちらの世界でもトマトは毒草に似ていると言うことで食用にされていなかったのだ。

 そのため、エミリーは僕がトマトの実をかじったら慌てて解毒の奇跡(キュア・ポイズン)を歌えていた。その後、僕に毒が無いと聞かされてエミリーは赤面していた。


 そしてケチャップ(もど)きの赤いソースのおかげで、普通の食事を食べても味がしないというエステルも美味しくハンバーグを食べられる。


「あんな質の悪い肉と豆からこんなすばらしい料理ができるなんてすごいです。それにあの赤い実は食べることができたなんて…それに気づかなかったなんて、"大地の女神"のシスターとして恥ずかしい限りです。あの赤い実はスラム街の住人が持ち込んだのですが、毒草に似ていたので誰も食べようなんて思わなかったんです」


 教会のシスターは、僕の作った豆ハンバーグとトマトソースを見て驚いていた。


「ええ、あの赤い実は体に良いんですよ。それに痩せた土地でも栽培することができますので、スラム街で育ててみるのも良いかもしれませんね」


「そうですか。体に良くて痩せた土地でも栽培可能ですか。それなら"大地の女神"の教会でスラム街の住人に栽培を勧めてみます。サハシさんはあの作物の栽培方法をご存じでしょうか」


 食事の後、豆ハンバーグの作り方と、トマトソースの作り方(レシピ)を渡したシスターが僕にトマトの栽培方法も尋ねてきた。


「それほど詳しくないのですが…」


 僕はシスターに、内部ストレージに記録されていた"家庭の菜園"電子版からトマトの栽培方法を羊皮紙に書き写してあげたのだった。





 王宮のとある一室。そこでバイストル国王ウード四世はルーフェン伯爵と額を付き合わせて羊皮紙を覗き込んでいた。


「伯爵よ、これが王都で出回っているという怪文書なのか? 文書などではなく絵が描かれているではないか。小さく描かれておるが、精密かつしかも見ただけで内容がよく分かるの」


「おそらく文字の読めない者達にも分かるようにと絵を描いたのでしょう」


「"大地の女神"の教会の神官達がこれを配っていたと聞くが?」


「その通りでございます。王国軍が戻ってきた直後に王都のあちこちで配られたようです」


「儂には邪神は王国軍が追い払ったように見えるのだが…」


「…私にもそう描かれているように見えます」


「もしかして、これに描かれていることが本当に起きたことなのか?」


「いえ、先ほどお話したとおりです。リッチを倒したのは地下墓地の吸血鬼(ヴァンパイヤ)の真祖だと報告を受けております。謁見の間では、真祖が眠りから目覚めた(・・・・)ということを貴族達に公表したくないため、あのような御報告をいたしました」


「なるほどの。…しかしこれ(羊皮紙)を見た国民は、邪神は王国軍が追い返したと思うだろうな。…これで邪神降臨の神託を発表しても民の動揺は最小限に抑えられるし、王国軍が倒したと言えば皆信じるであろう。王国軍の帰還とともにこのような物を配るとは、"大地の女神"の教会もなかなか考えたものだな」


 もちろん"大地の女神"の教会はそんなことを考えてはおらず、漫画の配布タイミングが王国軍が地下迷宮(ダンジョン)の帰還タイミングと偶然に一致しただけである。しかし、ウード四世とルーフェン伯爵には、教会がタイミングを狙って羊皮紙を配布したようにしか見えなかったのだ。


「神託で騒ぎが起こることを"大地の女神"の教会は望んでおりませんからな。…ですが、羊皮紙(これ)はレミリア神官長の考えた物ではありません。たぶんあの者が考えた策でしょう」


「策? あの者とは…お前が謁見に連れてきた冒険者のことか」


「はい。おそらく"大地の女神"の教会にこれを配らせたのはあの者でしょう」


「"大地の女神"の教会がなぜ冒険者のいうことを聞くのか分からぬな。一介の冒険者が教会を動かすなど、儂には信じられぬ。…が、もしお前の言うその通りであれば、爵位を与えて王国に取り込みたいという考えも分かる。しかし、本当にあの者がこのような策を考え出したのか?」


「あの者、サハシはただの冒険者ではございませぬ。何しろ、我が領地に巣くっていた小悪党どもを一掃できたのは、サハシのおかげだとフィリップ(息子)から聞かされております」


「ほう、お主の領地(ところ)で最近悪徳貴族が取りつぶされたと聞いたが、それもあの者が関係しておるのか?」


「その通りでございます」


「お主の話では王国軍に召し抱えたいと聞いておったが、この羊皮紙やお主のところの件を考えると、武よりも知の方が優れた者の様じゃな」


()も有ると言うことにございます。…王は先日北の村が不死者(アンデッド)の軍団に襲われたという話を覚えておられますか?」


「覚えておるぞ。確かお主が軍を出そうとしたところで、不死者(アンデッド)共はどこからかやってきたドラゴンに倒されたと…ん? もしかしてそれにもその冒険者が絡んでおるのか」


「ドラゴンが不死者(アンデッド)の軍団を消滅させたと証言したのは、サハシです。そして今回の件も…真実は先ほど話した通りでございます」


「お前の話を聞くと、あの者は厄介ごとをこの国に呼び寄せているようにしか聞こえぬのだがな」


「それは逆でございます。私はサハシが偶然出会った厄介ごとを片付けたと考えております。手の者からもそのような情報が少しずつ集まってきております。…そのような力を持つ者が、冒険者のままではこちら(王国)も監視を付けるのも面倒でございます。そこで王国に取り込みたいと思い、今回の件で報償として爵位を与えるつもりだったのですが…」


「ふむ。じゃが、今回の件は王国軍の手柄として発表するしかないの。そうなればあの者に爵位は与えられぬだろう。…それにロベール(第一王子)も反対しておるからの。そのほかの褒美も難しいであろう」


「ロベール殿下にも困りましたな。私に対抗心を燃やすのはよろしいのですが、あのような者達の諌言を聞いているようでは…」


「すまぬな。何とかしたいのだが、最近儂の忠告も聞かぬのじゃ。このままではまずいと思っているのだが…」


 ウード四世とルーフェン伯爵は二人そろって溜め息を付くのだった。





 昼食後、ミシェルは教会は居心地が悪いらしく街に出かけていった。エミリーは回復の奇跡の奉仕活動に参加していた。部屋には僕とエステルとリリーの三人が残りお茶を飲んでくつろいでいた。


 エステルとリリーと雑談をしながら、僕が「そういえば今回の依頼は冒険者ギルドにどう報告したの」と二人に訪ねたところ、二人は苦い顔をしたのだった。


「えっとね、ちゃんと事情は説明したんだけどね」


地下迷宮(ダンジョン)で起きたことについてギルドマスターに説明したのですが、ソフィアさんの依頼は無効とならなかったのです」


「えっ? もしかして依頼失敗って判定されたの?」


 昨晩、エステルとリリーは地下迷宮(ダンジョン)から戻ったその足で冒険者ギルドに向かった。冒険者ギルドに"天陽神"の教会と"不死の蛇"教団がどうなったかを報告し、僕達が受けたソフィア護衛の依頼を無効扱いにしてもらうためだった。


「依頼は彼女(ソフィア)の護衛だったから。理由はどうあれソフィアは死んじゃったし、依頼は失敗扱いになっちゃうんだってさ」


 エステルが残念そうな顔をする。


「そっか。それなら仕方ないけど。それで失敗の場合ってどうなるんだっけ? 普通は依頼書に書いてあるはずだけど、今回は…」


「ええ、今回の指名依頼ですが書類に記載がなかったらしくて、依頼失敗としてのペナルティは無いと言われたのです。ですが…」


 そこまで言ってリリーが不安そうに顔になった。


「ペナルティは無いはず?」


「依頼を受けたのはケイなので、一度ギルドの方に来てほしいと言われました」


「…冒険者ギルドがそう言うなら仕方ないね。じゃあ僕は今から冒険者ギルドに行ってくるよ」


 このパーティのリーダは僕であり、今回のソフィアの依頼を受けることに決めたのも僕だ。冒険者ギルドが来いというなら行くしかない。


「私も一緒に行きます」


「あたしも行くよ」


 結局三人で冒険者ギルドに向かうことになった。





「サハシ様、お呼び立てして申し訳ありません」


 ギルドで僕達を応対してくれたのはサラさんだった。


「それで、依頼の失敗の件で何かお話があると聞いたのですが」


「ええ、それなんですが…。受付カウンターでするお話でもないので、向こうでお話をさせていただきます」


 サラは受付業務を後輩のモニカと交代すると、僕達を冒険者ギルドの奥にある打ち合わせコーナーに連れて行った。




「サハシ様が受けられた護衛依頼ですが、やはり失敗という判定になります」


 サラはそう言って失敗と赤い判子が押された依頼書を僕に差し出した。


「事情は彼女達が説明したと思うのですが…依頼は無効にできないのでしょうか?」


「本来であれば、ソフィアさんが邪教との信者…犯罪者ですので、本来であれば依頼自体が無効となるのですが…、実はこの依頼書、依頼主がルーフェン伯爵となっているのです」


「…確かに。依頼主はルーフェン伯爵様となってますね」


 僕は依頼書を確認すると、サラの言うように依頼主はルーフェン伯爵となっていた。僕は王宮で使命依頼を受けることになり、そこでソフィアを紹介されたため、彼女からの依頼だと思っていた。しかし実際はルーフェン伯爵からの依頼となっていたのだ。


 冒険者ギルドは様々な依頼を受けるが、例外が一つだけある。それは犯罪者からの依頼は受けないということである。依頼主が犯罪者と分からずに受けてしまう場合もあるが、後で犯罪者と分かれば依頼は無効となり、取り消されることになる。


 しかし今回の依頼は本当の依頼主がソフィアだったが、それを冒険者ギルドに提出したのはルーフェン伯爵であった。そのため、ソフィアが犯罪者と分かっても依頼は無効とならなかったのだ。


「それに、依頼失敗時のペナルティの記載が無かったのも良くないのです」


「それは何故でしょうか?」


「失敗時のペナルティの記載が無い依頼は無効にしづらいのです」


 サラの説明によると、


「失敗のペナルティが無いことで冒険者が自分の能力を超える依頼を受けたり、依頼を真面目にこなさないなどの事例が過去にあったのです。そこで、そのようなことを防ぐため、ペナルティの記載の無い依頼は無効にしない、ペナルティは別途冒険者ギルドが与えることになったのです」


 と、冒険者ギルドとしてそういった慣習ができているらしい。


(確かに失敗のペナルティが無いとそんなことをする冒険者も出てくるかもしれないが、厳しすぎないか?)


 僕はそう感じたが、


「冒険者ギルドとしては依頼を正しくこなすことが重要です。依頼の失敗にはいろいろな理由があり、時には回避できない又は理不尽な理由で失敗となる場合もあります。でもそういった事情で例外を作ってしまうのは冒険者ギルドとしては避けたいのです」


 と、残念そうな顔でそう言われてしまった。


 要は例外を作り始めると、どんどんそれが増えてしまい冒険者ギルドの信用が落ちてしまうだろう。また依頼の失敗を例外として取り消されるとなると、「俺たちも認めろ」などと言い始める冒険者達も出てくるだろう。

 つまりそのようなことが起きないように例外を一切認めないという慣習ができてしまったのだ。


「…冒険者ギルドの方針は判りました。では今回の失敗で僕達はどのようなペナルティを受けるのでしょうか?」


 僕もこの判定を覆すのは難しいと理解したので、ギルドが指定するペナルティを聞くことにした。


「普通は罰金となるのですが、…サハシ様は今地下迷宮(ダンジョン)の地図を作成する依頼を受けておられますよね」


「ええ、既に何枚か提出していますが?」


「その地図の依頼を無償で行ってもらいたいと、ギルドマスターから言われております」


「地図の無償作成ですか。…どの階層まででしょうか? まさか攻略完了までとか言われませんよね」


 今のところ僕達がたどり着いたのは31階層である。そこまでならすぐにでも提出できるのだがそれ以上となると、また地下迷宮(ダンジョン)に入ることになる。


「さすがにそんな無理なペナルティを課しませんよ。サハシ様が攻略されたのは31階層までと聞いております。その次の32階層までの地図をお願いします」


 サラは苦笑しながらそう言った。


(32階層までか。一度入ったけど、地図を作るだけのデータが集まってないんだよな。…また地下迷宮(ダンジョン)に入るしかないのか)


 地図を作るために、僕は再び地下迷宮(ダンジョン)に入ることになってしまった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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