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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
104/192

世界初の…試み

 僕は王宮を退場すると、"大地の女神"の教会に向かった。


(エミリーは、ちゃんとレミリア神官長に"不死の蛇"が帰ったって説明できたのかな?)


 "大地の女神"の教会に近づくと、何時にも増して教会は人で溢れ返っていた。

 人々は、回復の奇跡のボランティアを求める怪我人や病人では無いようだった。彼等は不安そうな顔をしてシスターや神官に口々に「この世の終わりでしょうか」とか「神託は本当でしょうか?」と訴えていた。

 どうやら、神託の内容が漏れてしまい不安にかられた人達が教会にやって来ているようだった。


 そんな人達の相手をしているシスターや神官も不安そうな顔をしていたが、訪れた人に「大丈夫です」とか「神に祈りましょう」と励ましていた。


 そんな人達を横目に、僕は教会の奥に進んでいったのだが、


「サハシさん。もしかして貴方も神託の噂を聞いてこちら(教会)に来られたのですか?」


 と、顔見知りのシスターに呼び止められてしまった。

 彼女も不安そうな顔をしている。


「神託って、もしかして邪神降臨の神託ですか?」


 「邪神降臨」の部分は、周りの人に聞こえないようにシスターに耳打ちするようにして伝える。


「ええ。どこで漏れたのかスラム街に広まってしまって。スラムの住人は王都から逃げ出すこともできないので…不安に駆られた人達が教会に駆け込んできたんですよ」


 レミリア神官長も"邪神降臨"の神託を一般人に伝える危険性は理解していた。しかし、王宮に神託を伝えるために何人かの神官にその話をしてしまったのだが、その内の一人がポロリと礼拝に来た人に漏らしてしまったのだ。

 後はその人からスラム街に噂として神託の内容が広まっていったのだった。


「なるほど、もう噂は広まっているのですね。…所で先にエミリーが来ていると思うのですが、彼女は今どこに?」


「はい。エミリーさんは神託に付いて話したいことがあると、レミリア神官長の部屋に入っていかれました」


 エミリーは教会で回復の奇跡のボランティアを献身的に行なっていた為、神官やシスター達の覚えが良い。


「僕もレミリア様に会ってお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ、サハシさんなら大丈夫でしょう。どうぞお通りください」


 僕はシスターと別れてレミリア神官長の部屋に向かった。

 僕と別れたシスターは教会を訪れた人達の話を聞く神官達の仲間に加わった。





「レミリア様、サハシですが入ってもよろしいでしょうか?」


 扉をノックして尋ねると、


「サハシさん。ああ調度よい所に来てくださいました。どうぞお入りください」


 と返事があり、僕は部屋に入った。


「ケイ、どうしましょう。このままではスラム街で暴動が起きるかもしれません」


 部屋に入るなり、エミリーが僕に泣きついてきた。


「暴動ですか?」


「ええ、そうなの。私の神託の内容が漏れたせいで、スラムの住民が不安から暴走しそうなの」


 レミリア神官長は自分のせいで暴動が起きようとしていることに精神的に追い込まれているのか、物凄く青い顔をしている。


「エミリーから邪神は降臨しましたが、何もせずに帰ってしまったとお聞きになられましたか?」


 本当はリッチを一人作ってしまったのだが、エミリーには「邪神は神様の都合で何もせずに帰ってしまった」と伝えるように言っておいたのだが…。


「ええ、それはエミリーから聞きました。…でも、邪神が何もせずに帰ってしまったなんて…そんなこと街の人達に言っても信じてくれないでしょう」


 とレミリア神官長はガッカリしていた。


(確かに、僕もそんな話を聞かされたら相手の頭を疑ってしまうだろうな)


「…エミリーさんが嘘を付く理由はないし、それが事実であると私は受け止められるけど。こんな話では、街の人どころか教会の神官やシスター達ですら説得させることはできません」


 レミリア神官長はちょっと涙目であった。


「そうですか、レミリア様でも無理ですか…」


(さすがにレミリア様でも事実を話して説得するのは無理か。じゃあ、どうすればこの状況をうまく治める事ができるんだ)


 二人が無力感から沈黙する中、どうすればスラム街の暴動を防ぐことが出来るか、その方法を僕は考えていた。


 :


「邪神が何もせずに帰ったのではなく、勇者に追い返されたと…まあ作り話ですが、そういう話をすればどうでしょうか?」


 ポツリと僕は呟いた。


「作り話ですか? 確かにそんなお伽話は有りますが…。ごめんなさいサハシさん。そんな話をしても騙されるのは子供ぐらいだと思います」


 レミリア神官長は申し訳無さそうに僕に謝る。


「いえ、思いつきで言ってみただけですから。…でも、作り話であっても神官やシスター達でそれを広めれば、スラム街の人達は少しは落ち着くのではないでしょうか?」


「…やらないよりはましという感じでしょうか。でも、神官やシスター達全員でスラム街にそんな話をして回っても、やっぱり悪い噂を払拭出来るだけの力はないと思います。それにスラム街全体に話を広めるだけの人手が…」


(悪い噂ほど根強いからな。○witterみたいなSNSでもあれば簡単に話が広まるんだけど。こんな場合昔の人はどうやって情報を広めていたんだろう?)


 僕は昔学校で勉強したことやテレビで見た歴史物の内容を思い返しながら、レミリア神官長に尋ねた。


「レミリア様、王都の人達はどうやって王国からの通達…お触れを知るのでしょうか。立て札などを立てたりとかするのでしょうか?」


「立て札ってどんな物なのでしょうか?」


 レミリア神官長は立て札を知らなかったようで、僕に尋ねてきた。


「ええっと、立て札って言うのは、板や羊皮紙にお触れを書いて棒に付けてあちこちに立てるって物なのですが…どうやら、こちらには無いようですね?」


 僕はレミリア神官長に立て札を説明したが、彼女は首を横に振ってそのような物、いやシステムがこの国には無いと教えてくれた。


「サハシさん、街の人の大半は文字を読めません。ましてやスラム街の人達はほとんど文字を読めないのです」


 レミリア神官長はため息を付いてそう言った。


「識字率か…」


 時代劇で立て札やかわら版等が出てくるが、あれは江戸時代の日本人の識字率が高いからという背景がある。中世のヨーロッパでは貴族でも字が読めない人が居るほど識字率が低かったのだ。

 こちらの世界では読み書きできなくても生活していけるため、読み書きできない人が多い。江戸時代の寺子屋みたいな教育期間もなく、教育を受けようと思ったら貴族のように家庭教師を雇うか、冒険者を引退した魔法使いが開いた私塾などに通うしかない。


 ちなみに、リリーは母親が魔法使いだったので母親から読み書きを教えてもらったそうだ。エステルは冒険者になってからリリーに文字の読み方を習ったけど、まだ字がうまく書けない。

 エミリーはローダン神父に読み書きを習っていた。ミシェルは盗賊として読み書きが必要であり、書類の偽造が出来るほどうまく字を書くことが出来る。


(最悪、かわら版みたいに記事を書いて(・・・)ばら撒こうと思ったけど…文字が読めないんじゃ駄目だな)


 レミリア神官長に聞いたところ、この国では国民にお触れを出す場合は、あちこちで役人がその内容を読み上げて伝えるという方法が取られていた。

 これは情報の伝達に時間がかかるシステムである。つまり王宮から神託について何かお触れがあったとしても、それがスラム街まで伝わるのはかなり後になってしまう。


「スラム街で暴動が起きてしまったら…おそらく王宮は軍を出すでしょう。そうなればあの街の人達は居場所を失ってしまう事になります」


 王国は、スラム街は必要な場所として黙認している。しかし、治安を考えると、必要以上に大きくしたくはない場所である。

 暴動を起こせば、絶好の機会とばかりに、スラム街の規模を縮小するために軍が動くだろう。そうなれば力のない人達は王都から叩きだされしまう。

 そして、王都から追いだされてしまった人は、再び王都に入ることができず、街の外で野垂れ死ぬことになってしまう。


「そんなことはさせたくありません…」


 僕は何か良い方法が無いか、部屋の中をウロウロと彷徨きながら考えていた。その時僕の目は、神官長の部屋の一角に吸い寄せられた。


(ん? あれは…)


 僕の目に止まったのは壁にかけられた絵だった。水墨画のようなタッチで羊皮紙に描かれた人物画にはレミリア神官長が描かれていた。


「この絵は?」


「これですか? 確かスラム街に住んでいる老人が、回復の奇跡のボランティアのお礼にと描いてくださったのです。物凄く絵の上手な方で、元は貴族付きの画家だったとか聞いています。その絵が何か?」


「これだ! レミリア様、少し机を貸してください」


 僕は地下迷宮(ダンジョン)の地図を書くための羊皮紙とペンを取り出すと、しばらく動きを止めた。


「ケイ、何をするつもりなの?」


「サハシさん?」


 エミリーとレミリア神官長は動きの止まった僕を怪訝な様子で見ていた。

 その時僕は仮想現実(VR)システム内でスラム街の住人を説得出来るだけの漫画(・・)の執筆を行なっていた。


(文字は読めない。だけど絵なら、漫画ならスラム街の人達でも理解できるはずだ。)


 仮想現実(VR)システムでドローイングツールを立ち上げた僕は邪神降臨からそれが勇者に倒されるまでのストーリを考えた。


(勇者が邪神、いや魔王を倒すイメージで。元ネタは○ラクエって事で勇者カイの冒険が良いかな。あれの電子書籍は確かデータベース内にあったはず。このキャラクターを流用して、ストーリーもそのままで使えそうだな。…)


《主動力:賢者の石 出力2.0%で稼働します》

  :

《主動力:賢者の石 出力3.0%で稼働します》

  :

《主動力:賢者の石 出力4.0%で稼働します》


 ストーリーとデザインを考えている間に僕のシステムはいつの間にか加速状態に移行していた。そのため心臓の出力が無意識に上昇していった。

 そのため実時間では三分ほど僕は動きを止めていただけだが、仮想現実(VR)システム内では十数時間経過していた。


「ケイが光ってる?」


「サハシさん、どうしたんですか?」


 出力が上がり、僕の身体が輝き始めたことで二人は慌てていた。

 だがそれ(輝き)も数秒で治まり、仮想現実(VR)システム内で原稿を書き上げた僕は、それを○ミックマスターJか○辺露伴かと言うスピードで羊皮紙に書き写していた。


《主動力:賢者の石 出力を1.0%に戻します》


 加速状態が終わり通常速度に戻った僕は、描き上げた原稿を二人に手渡した。


「これならスラム街の住人にも判ってもらえ無いでしょうか?」


「…すごい、こんな精緻な絵をあんな一瞬で。確かに絵なら文字の読めないスラム街の住人でも理解できます」


 僕から羊皮紙を渡されたレミリア神官長は、原稿を読んで絶賛してくれた。


 これが、この世界に漫画が生まれた瞬間だった。


「レミリア様、羊皮紙をありったけ持ってきてください。これ(原稿)を量産します」


「…ええ、判ったわ。教会の羊皮紙を此処に運ばせます」


「エミリーは、ゴディア商会に行って羊皮紙を買ってきてほしい」


「判ったわ」


 僕はその能力をフルに活用して漫画の量産にとりかかった。





 それから半日後。千枚の羊皮紙に漫画を書き終えた僕は、机の上に突っ伏していた。


「疲れた…」


 僕の周りには空になったインク壺と折れた羽ペンが山のように積み上がっていた。


「ケイ、お疲れ様」


 エミリーは机に突っ伏している僕に回復の奇跡をかけてくれた。

 千枚の写しを短期間で描くのは機械の身体といっても負担が大きかった。両手で原稿を書き上げていったのだが、何度も手の駆動機構が過負荷による警告を上げてきた。その度に回復の奇跡で身体を癒して書き上げたのだ。


「サハシさん、羊皮紙は神官やシスター達にお願いしてスラム街の住人に配らせています。…でも良く考えると、本当にあの内容で良かったのかしら」


 レミリア神官長は出来上がった羊皮紙をまずは教会に来ていたスラム街の住人に配布した。彼等はこの世界初の漫画を奪い合うようにして読んで、邪神の危機が去ったことを理解した。


 そして、スラム街に"大地の女神"の神官とシスター達によって漫画が配布されていった。


「あの内容で良いんですよ。邪神が一人の勇者で倒されるのは物語なら良いでしょう。でもそんな勇者なんて本当は居ません。それなら王国軍(・・・)が頑張って追い返したという話のほうが実感が湧くでしょう。それに王国もこの内容なら文句を言ってこないでしょう」


 僕は最初勇者が邪神を倒すストーリーを考えていたのだが、途中で王国軍が力を合わせて邪神を追い返すといった内容に変更した。


(勇者が倒したストーリーだと、僕が倒したことにルーフェン伯爵がしてしまいそうだからな。それは避けたい)


 王宮でルーフェン伯爵は僕がリッチを倒したことにして国に取り込もうとしていた。それを潰す為に漫画では王国軍が邪神を倒すといったストーリにしたのだ。

 この内容が王都に広まれば、国民は王国軍を絶賛するだろう。そうなればリッチを僕が倒したなどという話を持ち出せなくなると考えたのだ。


(ルーフェン伯爵がこれ(漫画)を見たらびっくりするだろうな)


 などと考えながら、疲れた僕は机に突っ伏して眠ってしまった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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