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どうやら僕の心臓は賢者の石らしい  作者: (や)
ルーフェン伯爵編
102/192

後始末(2)

 "天陽神"の教会の建てた天幕は、魔法によって外に音が漏れないようになっている。周りは王国軍の兵士が固めているし、秘密の話をするにはうってつけの場所である。


 天幕に入ると中は更に布によって小部屋に分けられていた。外壁の布と同様にそれらも全て音を漏らさないような魔術的な仕掛けがしてあるようだった。

 ルーフェン伯爵の後を付いて行くと、天幕の中心にある部屋に辿り着いた。部屋には丸いテーブルが置かれていた。ルーフェン伯爵はテーブルに着くと、僕達に彼の対面の席に付くように促した。

 席に着くと少年兵がお茶を運んできた。少年兵が部屋から出るのと入れ替わりにルーフェン伯爵の秘書をしているドルー男爵夫人グレースが部屋に入ってきた。


 グレースが伯爵の横に座り部屋の入り口の()が閉じられると、


「それで今、地下迷宮(ダンジョン)で何が起きているのか教えてもらおう」


 と伯爵は口を開いた。


「起きていることですか…。ところで、伯爵様はどこまで情報を掴んでおられるのでしょうか? ソフィアが"不死の蛇"の信者であったことはご存じだったのですか?」


「うむ、ソフィアが邪教の神官であることは掴んでいた。…なぜ彼女を放置して置いたのかと聞きたいようだな。ソフィアを放置しておいたのは、彼女の元に邪教徒共を集め一網打尽にするつもりだったからだ。ついでに"天陽神"の教会の勢力を削ぐつもりだったのだ」


「そうですか」


 ルーフェン伯爵としては、地方都市や地下に潜って邪教徒が活動するよりも、目の届く範囲で活動してくれたほうが御しやすいということだったのだろう。僕もその考え方は判るつもりだ。


 後、ルーフェン伯爵は王都の貴族社会で権威のある"天陽神"の教会勢力を削りたく、その機会を伺っていた。そこにソフィアが正体を隠して"天陽神"の教会に入ってくれたことは渡りに船だったのだ。


「儂の思惑通りソフィアは邪教徒共を集めてくれた。信者を集めて地下迷宮(ダンジョン)で何かするつもりなのだろうが、逆に逃げ場がない所に入ってくれて良かったわい。…それでソフィアとディーノ神官長は今どうしておるのだ?」


(伯爵は"不死の蛇"の降臨の情報は掴んでいなかったか)


 良く考えれば、"不死の蛇"が降臨してから半日も経っていない。エミリーの言うようにレミリア(神官長)が降臨に気が付いてルーフェン伯爵に伝えたにしては王国軍の動きは速すぎる。

 つまり、伯爵はソフィアと"天陽神"の教会が地下迷宮(ダンジョン)を封鎖した時点で、彼等を拘束するために軍を動かしていたのだろう。


「ソフィアとディーノ神官長ですが、二人はすでにこの世にはおりません」


「ディーノ神官長が亡くなったのか。それをお前が知っているということは、ソフィアが絡んでいるということだな」


「ええ、彼はソフィアに騙されて邪神降臨の生贄にされてしまったのです」


 僕は地下迷宮(ダンジョン)で起きた事をルーフェン伯爵に話していった。


 ソフィアが地下迷宮(ダンジョン)魔力(マナ)を使って邪神(不死の蛇)の降臨を目論んでいたこと。

 降臨の生贄としてディーノ神官長が使われたこと。

 そして多数の"不死の蛇"の神官の犠牲とともに神が降臨して、受肉したこと。

 しかし、"不死の蛇"はこの世の浄化を望んでいなかったこと。

 ソフィアは"不死の蛇"によってリッチになったこと。

 そのリッチを倒したのは、王都の地下墓地に住んでいる吸血鬼(ヴァンパイヤ)の真祖であること。


 なお、地下迷宮(ダンジョン)のダンジョンキーパーの小人(精霊人)については、「そんな存在がいるみたいである」と曖昧に話しておいた。


 彼等は今のところ僕とミーナにしか見えない為、その存在を語っても証明することはできない。また、小人達の技術力を考えると、たとえ国家といえども彼等にちょっかいを掛けてもらいたくない。

 小人達にとっては、地下迷宮(ダンジョン)の管理が至上であり、それを邪魔する者には容赦をしないだろう。王国がその邪魔になるのであれば、あの日緋色金巨人ヒヒイロカネ・ゴーレムで王都を灰燼に帰すことぐらいやってしまうだろうと僕は思っていた。


(触らぬ神にたたり無しだな)


 それが小人達に対する僕の考えであった。




 ルーフェン伯爵とグレースは、"不死の蛇"が受肉したと聞いて物凄く驚いていた。


「邪神が受肉…まさに世界の危機だったのだな」


「いえ、確かに"不死の蛇"はとてつもない存在でした。しかし彼女は…"不死の蛇"は女神だったのですが…彼女は世界を滅ぼすつもりは無かったようです」


「…そうなのですか? 神話や物語では邪神は世界を滅ぼす者と語られているのですが。邪神が世界を滅ぼすつもりは無かったなどと信じられないのですが」


 グレースは僕の話に納得できないようだった。


「ええ、どうやら神の間にもいろいろあるようで…。邪神といえどもこの世界を滅ぼすようなことはしないと、"不死の蛇"は言っていました。…しかし、信者(ソフィア)はそれに納得出来なかったのです。そこで彼女は"不死の蛇"の力でリッチとなり、教団の教義である不死者(アンデッド)による世界の浄化を実践しようとしたのです」


「それを阻んだのが地下墓地の吸血鬼(ヴァンパイヤ)の真祖様か…。十年前に眠りについたと聞いておったが、今回の件で目が醒めたのか。…しかしサハシはどうやってあの者(真祖)と知り合ったのだ?」


 と伯爵に尋ねられてしまった。


「ええっと、実は王都への旅の途中で吸血鬼(ヴァンパイヤ)と戦ったのですが、それが真祖の下僕だったのです。それで真祖は僕のことを知っていたのです」


「ふむ、そういえばそういう話も聞いておったな。しかし、真祖がリッチと成ったソフィアを滅ぼしてくれたのは幸いじゃったが…地下墓地の吸血鬼(ヴァンパイヤ)の真祖という別な問題ができてしまったな」


 一難去ってまた一難、と言った感じでルーフェン伯爵は呟いた。


 王国にとっては真祖(ミーナ)も脅威の一つである。たとえ今まで問題を起こしてこなかったとしても、王都の地下墓地に潜在的な脅威である吸血鬼(ヴァンパイヤ)の真祖がいるということは、ルーフェン伯爵としては無視できない事柄なのだろう。


真祖(ミーナ)を目覚めさせたのは僕だなんて言えないな)


 そんなことを思いながら僕は話を続けた。


「真祖の方は人間には興味が無いようでした。おそらく王都には手を出さないかと…」


「いや、それは儂も判っておる。ただ真祖が地下墓地に居る事が問題なのだ」


 ミーナは王都の地下墓地に数百年以上潜んでいる。その間特に危機的状況が無かったからと言って放置しているようでは、国防を司る者としては失格である。それに吸血鬼(ヴァンパイヤ)の真祖が目を覚ましたことで、ディーノ神官長の様に不老不死を求める馬鹿な権力者が出てこないとも限らない。

 ルーフェン伯爵は、今後の地下墓地の警備体制の強化や、どうやって真祖が目覚めたことを隠し通せるか悩んでいた。


「サハシがソフィア(リッチ)を倒したことにしては駄目だろうか」


吸血鬼(ヴァンパイヤ)の真祖が目覚めた事が知れ渡るより良いかも知れませんね」


「やめてください」


 ソフィア(リッチ)退治の手柄を僕に押し付けようとするルーフェン伯爵とグレースを思いとどまらせるのに僕は苦労するのだった。


 :


「…以上で僕の話は終わりです」


「急いで出陣してきたつもりだったが、王国軍が地下迷宮(ダンジョン)に進軍する必要は無いようだな」


「そのようですわね。では伯爵様、早速軍を王都に引き返させましょう。今なら商人に魔力回復薬(マナポーション)や消耗品の発注を取り消せます」


「うむ、無駄な支出は抑えないとな」


 ルーフェン伯爵とグレースは王国軍を地下迷宮(ダンジョン)に進軍させる必要が無くなったことが判り、「助かった」とホッと息を付いた。


「まだ地下迷宮(ダンジョン)に"天陽神"の教会の信者が残っているはずですが、彼等の探索は行われないのでしょうか?」


 王国軍が引くと聞いて、エミリーは"天陽神"の教会の神官達の救助について伯爵に進言した。嫌がらせをしてきた"天陽神"の神官達に対しても気づかえるあたりは、さすがエミリーは慈悲深い"大地の女神"の神官である。


「そんな奴らの探索に王国軍を使うつもりはない」


 しかしルーフェン伯爵はそう冷たく言い放ち、グレースも当然ですという顔で頷いていた。


 "天陽神"の教会の信者は貴族の三男坊以下が多く、ある意味余剰人員である。そんな者達の為に軍の人員を消耗するわけにはいかないというのが伯爵とグレースの考えであった。


「必要であれば、実家が冒険者なりを雇って捜索してくれるだろう」ということでその話は終わってしまった。





「伯爵様、王都から早馬で伝令が参っております」


 報告も終わり僕達はそろそろ伯爵から開放されると言う時、部屋に兵士が慌てて飛び込んできた。


「馬鹿者、今は余程のことが無い限り誰も通すなと言っておいたであろう」


「それが、国王陛下からの緊急の伝令でして…」


「国王陛下から? 通せ」


 兵士と入れ替わりに息を切らせた伝令兵が部屋に入ってきた。彼はルーフェン伯爵に国王陛下からの書簡を手渡すとそこで座り込んでしまった。


 書簡を読んだルーフェン伯爵の顔色が変わった。それを見たグレースが伯爵に内容を尋ねた。


「伯爵様、何が書かれていたのですか?」


「「邪神が降臨した」と"大地の女神"の教会の神官長に神託があったそうだ。しかもそれが貴族共に漏れたらしく、王宮では御前会議が開かれるとある。儂には神託の真偽を確認するようにと国王陛下から命が下った」


「…そ、それはまた、タイミングの悪い事で」


 神託を受けたリオネル(神官長)は、信者の貴族を経由して神託を国王に伝えたのだった。国王も神託となれば無視できず、ルーフェン伯爵に確認するように急ぎ伝令を送ったのだった。


 ルーフェン伯爵とグレースは既に事の真相を知っている。神託は事実であるが、それによる危機は無いことも判っている。しかし国王や貴族たちはそんな事実(こと)は知らないため、パニック状態に陥っていた。


「儂は至急王都に戻って事の詳細を国王陛下に報告せねばならなくなったようだな。サハシよ、貴様もそれに付き合って貰うぞ」


 苦虫を噛み潰したような顔をしてルーフェン伯爵はそう言った。それに対し僕は頷くしか無かった。





「邪神が復活したそうだ…」


「俺達はそんな恐ろしいものと戦うのか?」


地下迷宮(ダンジョン)に逃げ込んだ邪教徒共の摘発じゃなかったのか?」


「邪教徒共が邪神を降臨させたらしいぞ」


「そんな、王都はこれで終わりなのか?」


 天幕の外では伝令の内容が漏れたのか、兵士達は「邪神降臨」の噂(実は真実だが)に騒ぎ始めていた。


「ええい、騒ぐでない、これ以上騒ぐものには処罰を言い渡すぞ。邪神は降臨などしていない。…王国軍は地下迷宮(ダンジョン)での任務を終え、王都に帰還するのだ」


 ルーフェン伯爵の一喝で軍の指揮官が我に返った。彼等は慌てて兵士達の騒ぎを収めていった。


「サハシは儂と馬車で先に王都に戻る。…グレース、地下迷宮(ダンジョン)からの撤退の指揮を任せる」


「承りました」


 本来なら秘書役のグレースが軍を指揮する権限は無い。しかしルーフェン伯爵はあえて彼女に撤退の指揮を一任した。

 これはルーフェン伯爵が先んじて王都に帰ってしまう事で、兵が動揺しないようにするための策であった。女性のグレースが残り撤退の指揮を執ることで「邪神降臨」が誤報であり、何ら危険が無いと兵に信じさせたのだ。


 兵達の動揺が収まったのを見て、ルーフェン伯爵は僕を引き連れて出口に向かおうとしたが、その前にエミリーが飛び出した。


「伯爵様、私も王都にお伴させてください」


「理由を申せ」


「私は"大地の女神"の神官です。おそらく"大地の女神"の教会も神託のことで大騒ぎになっていると思います。私に今回の件について話す許可をいただければ、レミリア様に真実を伝えて、教会の混乱を収めたいと思います。教会から民衆に神託が漏れてしまうと、王都は大パニックに成ってしまうでしょう」


 ルーフェン伯爵は少し考えた後、


「…うむ。レミリア神官長に伝えることを許可しよう。では付いてまいれ」


 とエミリーの同行を許可した。


 そしてルーフェン伯爵と僕、エミリーは馬車で王都に向かうことになった。





 僕達を乗せた馬車は地下迷宮(ダンジョン)から王都への移動の最短記録を更新する勢いで走った。さすがにこの短時間で民衆まで噂は広まっておらず、王都は通常通りであった。

 "大地の女神"の教会でエミリーを下ろし馬車は王宮に向かった。


 スピード優先で馬車は裏門ではなく王宮の正面に乗り付けた。本来なら衛兵に咎められるだろうが、ルーフェン伯爵の御威光でほぼ素通りで僕達は王宮内を進んでいった。


(前と雰囲気が違うな)


 前に王宮に来た時も廊下でかなりの人とすれ違った。その時も皆忙しそうであったが、どこか余裕のある態度だった。しかし今日は皆余裕が無く、まるで戦争でも始まったかのような感じで小走りに駆けていく者が多かった。そんな人は王宮内に進むほど増えていった。


(どうやら、神託の内容が漏れているようだな)


 ルーフェン伯爵もそれに気付いており、だんだん顔が険しくなっていった。


 小一時間ほど廊下を進むと、数人の兵士と侍女が居る部屋に通された。


「サハシ、武器の類はそこの兵士と侍女に渡してくれ」


 ルーフェン伯爵も腰の剣を外し、兵士に渡していた。僕もそれに習って大太刀などの武装を兵士に預けた。外部装甲()も一旦外し、身体のどこにも武器が無いことを確認された。


(チェックが厳しいな。脱ぐのが外部装甲()だけで良かったよ)


 さすがに服まで脱げとは言われず僕はホッとしていた。黒いウェットスーツのように見える部分を脱げと言われたら、は脱ぐことができないため僕が普通の人間ではないことがばれてしまうところであった。


 外部装甲()もチェックされて、武装などが無いことを確認して着用が認められた。

 部屋を出ると、そこは馬車が並んで通れそうな大きな廊下だった。廊下の幅は十メートル、高さは四メートル、長さは百メートルほどで、両脇に数メートル間隔で衛兵が槍を持ちたたずんでいた。廊下の突き当りには高さ三メートルはある巨大な扉があった。


 僕とルーフェン伯爵は衛兵の立ち並ぶ廊下をゆっくりと歩いていった。


(空港でゲートを通っているみたいな感じだな~)


 衛兵たちは通路を通る者が危険人物かどうかを見極めるのが役目である。ルーフェン伯爵で数えきれないほどここを通っているはずなのに、彼等は僕と同じように伯爵の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくをも見張っていた。


 そんな中、ルーフェン伯爵は歩きながら僕に呟いてきた。


「あの扉の向こうに国王陛下がおられる。お前は王宮の作法を知っていないだろう。基本的には儂の真似をしておれば良い。今回は緊急事態ということで多少の無礼は許してもらうつもりだ」


「作法は全く知りませんので、そうさせていただきます。…それ以外に注意することはありますか?」


「…国王陛下を見ても驚かないことだな」


「それはどういうことでしょうか?」


「言葉では説明し辛い。驚いて失礼な態度を取るな。儂から言えるのはそれだけだ」


 そう言って、ルーフェン伯爵は少し笑っていた。

 そんな会話をしている間に、僕達は巨大な扉の前にたどり着いていた。


「ルーフェン伯爵様のおなーりー」


 まるで時代劇の様な台詞とともに、屈強な衛兵が数名扉に取りついて押し開けた。


(○ンターx○ンターでこんなシーンがあったな。それにあの衛兵、○ドンと○ムソンそっくりだな)


 扉は一枚の大理石から削りだされた物で、大きさと厚みから十数トンはある事がわかる。普通の人間では開けるのに数十人は必要だろう。

 しかし扉を開ける衛兵は魔力(マナ)による身体強化をしているのだろう、一枚の扉当たり三名ほどで扉を押し開けていた。彼等はボディビルで鍛えたような筋肉をピクピクと震わせて扉を押していた。


 扉が開くと、そこには豪華な椅子に座った国王と十数名の貴族が僕達を待ち構えていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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4/24 リオネル->レミリア修正

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