後始末(1)
「私達、どこに転送されたの?」
「あの巨人は、ケイのいる場所だと言ってましたが」
「あ、あそこにケイがいます」
「ケイ、無事で良かった」
僕とミーナ、ロンパンが話している所にエステル、リリー、エミリー、ミシェルの四人が突然転送されてきた。彼女達は僕の姿を見つけると駆け寄ってきた。
「みんな、無事に魔法を解除できたようだね。でも、どうして此処に転送されてきたんだ?」
『こちらの決着がついたとロンパンから連絡があったから、連れてきたのだ』
僕の問いかけに、四人から少し遅れて転送されてきた日緋色金巨人が答えてくれた。
日緋色金巨人に人と会話をするだけの機能はない。答えたのは登場しているホァナノである。
彼は僕が壊したのとは別の日緋色金巨人に乗っていた。新しい日緋色金巨人は、僕が壊したものとは若干形状が異なっていた。前の物よりサイズも大きく、それに操縦席が小型のヘリからジェット戦闘機に変わっていた。
(こっちはグレートらしいけど、まだ未完成みたいだな)
日緋色金巨人は、まだ装甲が付けられていない部分もあり製作途中という感じであった。
後で小人達に聞いた所、こちらはロンパンが乗るために作っていたものらしい。ホァナノの日緋色金巨人より高性能だが、そのため僕との戦いに間に合わなかったのだった。
未完成で戦闘は無理だが動くことはできるので、破壊された奴の代わりにホァナノが乗ってきたのだった。
もしこれが完成していたら…僕は二体の日緋色金巨人と戦う羽目になっていただろう。
閑話休題
『マリオンがエミリー達の傀儡の魔法を解除したのですが、四人がなかなか意識を取り戻さなくて困っていたのです』
『そこに、この巨人が突然現れて、エミリー達を魔法で治療してくれたのです』
「あたいは、気付いたら巨人が目の前にいてびっくりしたよ」
「私はもう終わりだと思いました」
「でも、こいつが、3階層にケイがいるから連れて行ってやるって言うから」
「言われるままに魔法陣に踏み込んだら、此処に転送されたのです」
"瑠璃"やマリオンも現れて、六人は僕がいない間に制御室で起きた事を話してくれた。
「なるほどね。ホァナノ、彼女達を治療してくれてありがとう」
『お前には魔力を地下迷宮のために分けてもらったからな。それに制御室に人間を置いておきたくなかったのだ。それと、男共の方は1階層に転送しておいたからな。始末はお前に任せるぞ』
四人を治療してくれたホァナノにお礼を言うと、ちょっと照れくさそうな声で返事が返ってきた。
それから、エミリー達は魔法にかかってからの状況を僕に話してくれた。
傀儡の魔法にかかっていた時は、まるで夢を見ているような感覚でソフィアからの命令に従っていたとの事だった。
「操られてしまって、ごめんなさい」x4
四人は操られていた事を謝ってきた。僕は、「悪いのは操ったソフィアだから気にしていないよ」と言ったのだが、それでは気が済まないと言われた。
「じゃあ、一日僕のお願いを聞いてもらうことにしようかな」
と僕が冗談交じりに言ったところ、何故か四人に真剣な顔で「ぜひそれでお願いしますと」と、お願いされてしまった。
◇
エミリー達と合流できたので、僕は地下迷宮を出ることにした。
そこで問題となったのは、"不死の蛇"の神官達の扱いであった。生き残った神官は十九名。僕達だけで彼等を連れて行くのはかなり面倒である。
「ロンパン、神官と僕達を地上に転送できないかな?」
『此処にはそんな仕掛けが無い。地上まで魔獣が出ないようにしてやるから歩いて行ってくれ』
「それは面倒じゃな。このまま迷宮に放置して、魔獣に始末させればよいじゃろう」
これも宗教対立なのだろうか、"不死の蛇"の神官に対して、ミーナはひどく冷たかった。
「…そんなことはできないな。神官達は王都に連れて行って、ルーフェン伯爵に引き渡したいんだ」
ルーフェン伯爵に引き渡せば、神官達は確実に極刑=死刑となるだろう。ミーナに言わせれば、魔獣に殺させるのと違いが無いというだろう。しかし、日本人である僕の倫理観では、犯罪者は法で裁きたいのだ。
それに神官には、自分達がやったことを伯爵に白状して貰いたいというのもある。
今回の事件で多くの人が死んでいる。全てソフィア達"不死の蛇"の信者がやったことなのだが、それを証明する物的証拠が極端に少ない。
小人の二人やミーナは論外として、今回の顛末を証言できるのは、僕達と"不死の蛇"の神官達だけである。
ルーフェン伯爵は僕の証言を信用してくれるとは思うが、やはり"不死の蛇"の神官達を連れて行った方が良いだろう。
話し合った結果、神官達は全員ミーナの吸血鬼の特殊能力"魅了の魔眼"で催眠状態にして、ロープで数珠つなぎで僕が引っ張っていくことになった。
◇
『では儂らは迷宮の管理に戻ることにする』
『神祖よ、またいつか会おうぞ』
"不死の蛇"の神官達の処遇が決まると、小人達は全て終わったとばかりに地下迷宮の奥に消えていった。
『お前の創造主に「もう我らの迷宮にちょっかいを掛けるな」と伝えておけ』
ホァナノに別れ際にそう言われて、僕が人間だと信じてはもらえなかったことにがっかりするのだった。
「僕は人間だ!」
去っていく小人達に向けての僕の抗議の声は、虚しく地下迷宮に消えていくのだった。
僕達は神官達を連れて地下迷宮を登っていった。小人達の言う通り、魔獣が出ないので一時間ほどで1階層に辿り着くことができた。
1階層の途中で縛られたアーノルド達を発見した。アーノルドはソフィアの死を知って、がっくりとうなだれた。彼等もミーナの"魅了の魔眼"で催眠状態にして列に加わることになった。
地上へと続く階段を僕達は登っていく途中で、先頭を進んでいたミシェルは地上が騒がしいことに気付いたのか、僕の方を振り返った。
「外が騒がしくない?」
ミシェルに言われるまでもなく僕の聴覚センサーは、地上に大勢の人間が出す騒音を拾っていた。
足音から分析すると、迷宮の出口の部屋には少なくとも100人以上の人間がいることが判った。
「地上に大勢の人がいるみたいだ。迷宮に入らなかった"天陽神"の神官達かな?」
「そういえば、地下迷宮は"天陽神"の協会によって封鎖されてましたね」
「彼奴等は真相を知らないよな」
リリーとエステルが警戒するように身を引き締める。
「ディーノ神官長とソフィアが連れてきた人達は、実は"不死の蛇"の神官でした。…って僕が言っても信じてくれないだろうな~」
「ソフィアが言えば信じてくれるかもしれないけど、あんたが言っても信じてくれないだろうね」
「私は"大地の女神"の神官なので…余計信じてもらえませんね」
ミシェルとエミリーにどうしようかと聞いてみたが、二人共良い案は無いようだった。
どうやって"天陽神"の教会の人達を説得しようかと僕達が悩んでいると、地上の様子を見に行った"瑠璃"から通信が入った。
『慶、地上には王国の紋章入りの金属鎧を着た兵士が大勢います。どうやら王国の軍隊が来ているみたいですね。兵士達は"天陽神"の神官達を捕縛しています。…ルーフェン伯爵が指揮を取っているのが見えます。伯爵は、地下迷宮に軍を進軍させるつもりのようですね』
王国上層部で何があったのか、ルーフェン伯爵は"天陽神"の教会による地下迷宮の封鎖を解いて王国軍を進軍させるつもりらしい。
そのことをみんなに伝えると、
「…もしかして、"不死の蛇"の降臨に気付いたのでしょうか? レミリア様なら気付かれても不思議ではありません。そのことを伯爵様にお伝えしたのかも」
とエミリーが王国軍がやってきた理由を推測してくれた。
(確かに、邪神が降臨すると聞けば軍が動くだろうな)
実際には、すでに降臨は終わっており、"不死の蛇"も帰っている。今更地下迷宮に進軍しても手遅れも良い所であるが、そんなことはルーフェン伯爵には判らない。
ともあれ、狭い階段で兵士達と鉢合わせするのは御免被りたいので、僕達は地上を目指し階段を慌てて登っていった。
◇
「邪教者共め、大人しくしろ」
地上に出ると、僕達は入口付近で待ち構えていた兵士達に取り囲まれてしまった。兵士達は僕達が"不死の蛇"の信者だと思っているようだった。
「僕達は"不死の蛇"の信者じゃありません。冒険者です」
「冒険者? それらしい格好だが、地下迷宮は封鎖されていて冒険者は入れなかったはずだが…お前達は何者だ?」
兵士は胡散臭そうに僕達を誰何する。
「いや、この人達は"不死の蛇"の神官ですが、僕達は"天陽神"の教会に雇われた冒険者ですよ」
「こいつらが、"不死の蛇"の神官だって?」
僕の後からぞろぞろとロープに繋がれて出てくる"不死の蛇"の神官達を見て、兵士は目を丸くして驚いていた。
「その者達は儂の命令で内偵を行なっていた冒険者だ。捕縛の必要はない。開放してこちらに連れてくるのだ」
兵士達から僕達を開放してくれたのは、"天陽神"の教会が建てた天幕の前で指揮を執っていたルーフェン伯爵だった。伯爵は僕達に気付いて兵士に開放するように命じてくれた。
僕は連れてきた神官達を兵士に引き渡し、伯爵の元に向かう事になった。
(ミーナとジークベルトが伯爵に合うのは不味いな)
僕達五人は仕方がないが、吸血鬼であるミーナとジークベルトの二人が、伯爵と会うのは問題がある。ミーナにどうするつもりか聞こうと思って後を見ると、二人の姿はどこにも無かった。
「ミーナとジークベルトの二人は?」
二人と一緒に後ろの方にいたエミリーに尋ねると、
「二人は、出口の直前で地下迷宮に戻って行きました。後、ケイに伝えたいことがあるから、近い内に地下墓地に来てほしいと言ってました」
と教えてくれた。
「サハシ、心配はしていなかったが、どうやら無事のようだな」
ルーフェン伯爵は護衛の兵士を置き去りにして僕に近づくと、笑いながら僕の肩をバシバシと叩いてきた。相変わらず豪快な人である。護衛の兵士が慌てて伯爵と僕の間に割り込んできたが、それまで僕は叩かれっぱなしであった。
「僕は何時から潜入捜査員になっていたのですか?」
膝をついて臣下の礼を取りながら僕は苦情めいた質問を伯爵に投げた。
「ん、お前をソフィアに紹介した時からそのつもりだったぞ。"天陽神"の教会が不審な事をしていることは薄々掴んでいたのだが、神官長のディーノ男爵とソフィア夫人がなかなか尻尾を出さなくて困っていたのだ。そんな時ちょうどソフィアから優秀な冒険者を紹介してほしいと打診が有ってな。そこにアルシュヌの街でドヌエル男爵を排除してくれたお前が現れたのだ。ソフィアと組ませれば何か起こしてくれると信じていたぞ」
「そんな裏情報は聞いてませんが?」
「お前にそんなことを伝えてどうする。それに伝えなくともちゃんと役目を果たしてくれたではないか」
と伯爵は豪快に笑った。
(本当に、食えない伯爵様だな)
僕は体よく"天陽神"の教会、いやディーノ神官長とソフィアの企みをあぶり出すための餌に使われたことに気付かされた。
「まずは、地下迷宮で何があったか詳しく聞きたい。こちらに来てくれ」
伯爵は僕達を天幕の中に入るよう促した。
「判りました。ソフィアの件については伯爵様に詳しくお話したいと思っておりました。ところで、私の仲間も一緒でよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわん」
僕達は武装を護衛の兵士に預け、伯爵と共に天幕の中に入っていった。
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