決着
《警告:ソフィアのマナ密度の上昇を確認》
ログにそう表示が出る。と同時にソフィアが放った炎の嵐がミーナを中心に発動した。しかしミーナは魔法が発動する直前に縮地(仮)でその影響範囲から逃れて、ソフィアの側に移動していた。
そして「ドスッ」という音とともに掌打が叩き込まれソフィアには吹き飛ばされる。
そんな戦いを二人は幾度と無く繰り返していた。
ソフィアは魔法を発動した直後にミーナが攻撃を仕掛けてくる事が判っており、時々自爆覚悟で自分を中心にして魔法を発動させるのだが、ミーナはどうやってか自爆攻撃の気配を察知して、その時は別な場所に移動していた。
(僕にも魔力の検出ができるから、魔法の発動のタイミングは判るけど、どこで魔法が発動するかは判らないな。ミーナはどうやって効果範囲を察知しているのだろう?)
僕は後でその極意をミーナに尋ねたが、なんとなく判るとしか答えてもらえなかった。
「尽く魔法が避けられるなんて…。どうして当たらないのですか?」
「それが年季の差というものじゃ。魔力の高まりすら抑えられぬ者が放つ魔法など簡単に避けられるのじゃ。…どれだけ高位の不死者だろうと、生まれたてではヒヨコも同然、妾に敵うわけがなかろう」
悔しがるソフィアに対し、ミーナは余裕の態度であった。
この世界では、彷徨う死体やスケルトンなどといった自意識の無い下位の不死者とは違い、リッチやファントム、吸血鬼といった高位の不死者は歳を経る程強くなっていくらしい。
超リッチと吸血鬼の神祖は同格の高位の不死者であるなら、おそらく数百年生きてきたであろうミーナの方が圧倒的に強いのも頷ける。まあそれだけでも無い気がするが、ミーナが圧倒的な優位にあることは確かであった。
「まだです。私は叩き飛ばされていますが、致命的なダメージは負っていません。それに対して貴方はこちらの攻撃を避け続けているだけ。つまり攻撃が当たれば私にも勝ち目があるということです」
しかし、ソフィアはあれだけ叩き伏せられても心は折れておらず、戦いを諦めるつもりはないようであった。
「ふぅ、まだ力の差が判らんとは、愚かなのじゃ。…しかし超リッチとは意外としぶといのじゃ。この姿ではお主を倒しきるのは難しいかもしれぬな」
ミーナも今のままではソフィアを倒しきれないと感じているらしく、幼女な自分の手足を見てため息をついた。
「ミーナ様、まさかあのお姿に? おやめください」
そんなミーナに対し、いつの間にか復活していたジークベルトが僕の隣で叫んでいた。
「ジークベルト、気づいていたのか。…それであのお姿とは?」
「ミーナ様のあの姿は仮の姿。もしミーナ様が元のお姿に戻られるのなら…あのようなリッチ一撃で消滅させる事など簡単でしょう」
「なにそれ、どこの○リーザ様?」
ジークベルトの語った内容に僕は盛大にツッコミを入れてしまった。
「しかし、あのお姿になられるのはリスクが…」
ジークベルトは僕の突っ込みを無視して、ハラハラしながらミーナを見守っていた。
(リスクって、まさか時間制限有りの変身じゃないだろうな)
漫画にありがちな設定の変身じゃないかという僕の心配を他所に、ミーナはそれから更に数回ソフィアを叩きのめしたが、ソフィアの吹き飛び方が派手な以外は同じことの繰り返しであった。
そして「やはり、お主の頑丈さは妾の予想以上なのじゃ。此処はさっさと終わらせることにするかの」と、いい加減面倒だという感じでミーナは呟いた。
「ミーナ様!おやめ下さい…グハッ」
そんなミーナに対し、ジークベルトが制止しようと慌てて飛び出していって…足をもつれさせて盛大にコケてしまう。
ジークベルトは意識は回復していたのだが、まだまだ本調子では無い。その状態でいつものスピードで走ろうとしたのだ、身体付いてこれずコケてしまうのも当然であった。
うつ伏せでコケている全裸のジークベルトの尻を視界に収めないように努力して、僕はミーナの変身を見守った。
「ルナティック・パワー・ビルドアップ~」
ミーナは右手を上げると、某月の戦士の様な聖句を唱えた。それによって彼女の足元に"月の女神"の神聖文字で描かれた魔法陣が現れた。そして魔法陣から月の光の様な柔らかな光りが立ち上った。
その光の中でミーナはクルクルと回りながらその姿を変化させていった。
(いや、確かにあれは月属性だけど、なんで十数年前のアニメの変身のキーワードが聖句なんだ。お約束すぎるだろう。精霊人もそうだったが、"月の女神"までどうして地球のアニメを知ってるんだよ…)
僕は内心"月の女神"のセンスに呆れていた。
そんな僕の内心の突っ込みを他所に、ミーナは変身を行なっていく。
《警告:ミーナのマナ密度の上昇を検出しました。ソフィアと比較して1.3333倍のマナ密度です》
システムがミーナの魔力密度の上昇をログで報告する。
この手の変身シーンはBGMが流れ服が一旦弾け飛んで、その後再構成されるといったパターンが多いのだが…残念ながらミーナの変身は無音で服も光りに包まれると一瞬で変化してしまった。
「…って期待させて、それだけなのか?」
僕はミーナの変身した姿に思わず突っ込みの叫びを入れてしまった。
ミーナは、その姿を幼女から小学生へと変えていた。ちなみに装いも巫女服からブレザー風の制服に変わっていた。さすがにランドセルは背負ってはいなかったが、小学二年生という感じの姿であった。
「お主は、妾の変身に何を期待しておったのじゃ?」
叫び声を上げた僕をミーナはじろりと睨んだ。
ゾクリ
体格的にも殆ど変わっていないはずのミーナに睨まれただけで、僕はプレッシャーを感じ数歩後退ってしまった。
(…確かに、幼女の時とは別物だ)
幼女の時と違い今の姿のミーナからは隠している力が漏れだしていた。
「ふぅ、良かった。あれなら…三倍程度で済みます」
起き上がったジークベルトが安堵のため息をついてそう呟いた。
「三倍って、戦闘力?」
僕はジークベルトに…全裸の彼を極力視界に入れないように努力しながら…尋ねた。
「戦闘力ですか? 戦闘力というのが"戦う力"を指すのであれば、今のミーナ様の力は前の三倍程度ではありません。三倍というのは、魔力の消耗のことです」
「魔力の消耗?」
「ええ、我々吸血鬼は不死者なので活動するには魔力を消耗します。神祖様ともなれば通常の吸血鬼とは比べ物にならない程魔力を消耗するのですが…ミーナ様はそんな神祖の中でも特殊な御方で、魔力の消耗が非常に激しいのです。そのため本来のお姿で活動されると、あっという間に魔力欠乏状態と成ってしまうのです」
ジークベルトの話から、どうやら元の姿のミーナは魔力の燃費が悪いらしい事が伺えた。元の姿に戻って過ごすだけで魔力欠乏状態とは、米軍の主力戦車M1エイブラムスかと言いたいぐらいの燃費の悪さであろう。
(まあ、それに見合うだけの力も持っているのだろうけど…不死者って不便だな)
実はミーナが神祖と成った時、その燃費の悪さに気付いた"月の女神"が、そのままでは彼女がこの世界に多大な被害を与えてしまうと恐れ、魔力の消耗を抑える為に聖句が与えられたのだった。
この聖句の役目は、"月の女神"の加護により彼女の姿を若く、いや幼くすることで、それに比例した魔力消耗に抑えこむというものである。その際の魔力の消耗度合いは、変身した年齢に比例して変化するため、彼女は通常は幼女の姿を取っているのだ。
当然この聖句は"月の女神"が彼女だけに託した物で、他に使える"月の女神"の神官や巫女、吸血鬼の神祖は存在しない。
今の小学生の姿であれば、魔力の消耗は幼女時の三倍程度である。これならば、十年間の眠りの間にジークベルトによってもたらされた魔力と僕が供給した魔力の蓄積があるため、ミーナは魔力欠乏状態を心配すること無く戦えると判断したのだ。
「…化け物ですか貴方は!」
ソフィアもミーナの実力を感じ取っているのか、ブルブルと恐怖に震えていた。
「お主も化け物じゃろうに。…しかし久しぶりのこの姿、手加減はできぬぞ」
ミーナがそう言った瞬間、ソフィアは自分が霊体だけに成ってしまったことに気付いた。
ソフィアの目の前には掌打の一撃を放った状態のミーナが立っていた。先ほどまでは、この掌打によってソフィアの身体は吹き飛ばされただけだったが、今回は文字通り木っ端微塵に粉末レベルにまで彼女の身体は砕かれていたのだった。
『えっ?』
霊体状態のソフィアは、自分に何が起きたのか理解できずにいた。
「ちょっと、力加減を間違えたのじゃ」
(力加減なのかよ…。どうやればそんなことが出来るんだ)
確かにリッチの実体は飾りのようなもので本体は霊体であるが、通常はそれは不可分である。それを掌打の一撃で分離させてしまったミーナの非常識さに僕は心のなかで突っ込みを入れてしまった。
「うむむ、魔力をもう少し込めておけば霊体毎吹っ飛ばせたのじゃ。さすが"不死の蛇"がその手で変身させただけあって意外と頑丈だったのじゃ」
本当はミーナは一撃で片付けるつもりだったのだろう。彼女は少し悔しそうに一撃を与えた右手を閉じたり開いたりして眺めていた。
一方ソフィアは、
『私の身体が…"不死の蛇"様が特別に作って下さった身体…この程度で再生できぬ訳が…』
と、必死に消えてしまった身体を再生させようと魔力を集中させていた。ソフィアが魔力を集中させる度に薄っすらと身体が再生しかけるが、魔力を抜いてしまうと直ぐに消えてしまう。神ならぬソフィアの力では、粉末状態にまで粉砕された身体の再生はできないのだった。
『再生できない…』
どうやっても身体を再生できないと悟ったソフィアは、両手と両足を床に着いてガックリとするのだった。
「次でその霊体も吹き飛ばしてやるのじゃ」
そんなソフィアに対し、ミーナは拳に魔力を集中させて、情け容赦無く止めを刺す体勢に入った。
ミーナの「これで、終わりじゃあ!」という某格ゲーの親父のようなセリフと共にその拳がソフィアに打ち込まれる。拳が霊体に触れた瞬間、閃光が部屋を満たして、僕は視界を奪われてしまった。
《光学センサーがオーバーフローしました。回復まで後10秒…9,8…》
視界が元に戻った時、ソフィアの霊体は綺麗に消え失せていた。どうやら完全に消滅してしまったようだ。
「ん、手応えが変じゃったな?」
しかし、ソフィアの霊体を消し去ったミーナは、どこか不満気であった。
◇
「さすがです、ミーナ様~」
「ええぃ、鬱陶しいのじゃ。それに裸で近寄るでない」
身体のダメージが回復したジークベルトがソフィアに駆け寄るが、元の金髪幼女に戻ったミーナに蹴り飛ばされていた。
(あれじゃどう見ても幼女を襲う全裸の変質者だよな~)
ミーナに近寄っては蹴り飛ばされるを繰り返すジークベルトを生暖かく見守りながら、僕は生き残った"不死の蛇"の神官達を縛り上げていった。
『吸血鬼の神祖よ久しぶりだな』
神官達を拘束した所で、今までどこかに隠れていたのロンパンが僕達の前に現れた。
「精霊人か、五十年ぶりじゃな。地下迷宮に入らぬという約束破ってしまったのじゃが、許して欲しいのじゃ」
『あ奴は地下迷宮の魔力を奪っていったのだ。倒してくれて感謝する』
ミーナはロンパンを知っていたらしく、二人は挨拶を交わしていた。
「ロンパン、ミーナと知り合いだったのか?」
『王都の地下墓地と地下迷宮、数百年も隣同士だったのだ知り合いにもなろう。まあ出来ることなら神祖には地下迷宮には来てほしくなかったが、今回は仕方がない』
とロンパンに言われ僕は納得した。
「ミーナ様、誰と話をされておられるのですか?」
精霊人が使う認識阻害の魔法は、知己の者同士には引っかからないが相手を知らない場合は認識できないというお便利魔法である。そのためジークベルトはロンパンを認識できず、僕達の会話に付いてこれない蚊帳の外状態であった。
誤字脱字修正しました(10/13)
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