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大樹が満ちる時  作者: 川乃 
第一章:出会い
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6.回復

 昼食会と同日の夜。

 エレスは今度は夕食に出されたものを嘔吐することになる。翌日の朝食も口にいれてすぐではなかったが同じ結果だった。昼食時にはとうとう見かねたチェルシーがサラを呼んだ。 サラとの質疑応答を繰り返していると、どうやら昼食会の時に初めて固形物――即ちデニー特製のパンだったのだが――を食べて吐き気を催したのだと気づく。

 ラファより助けだされてからずっと水、お茶、果実水、そしてチェルシーの野菜スープしか体に入れていなかった。

 野菜スープと言っても野菜がゴロゴロ入っているものではなくて、よく煮込んで裏ごししてある滑らかなものだった。よっていきなりパンという固形物に体が拒絶したのではないのか、それともパン自体がエレスの体に合っていなかったのではないかというのがサラの所見であった。

 その後、パンではなく別の物を食べてみたのだが、やはり結果は同じ。

 不思議なことに口に食べ物を含んで飲み込むとすぐに吐き気を催し、体の外に出してしまえば途端に楽になる。その後必ず水を飲むのだが、体はすんなり水を受けつける。水以外の飲み物も平気だった。

 何回かの試みで分かったことは、食べ物を飲み込んでから吐き気を催す間の時間が徐々に長くなっていったことだった。それに気づいてからは根気よく様々な種類を食べるように心がけた。そうして数日経つと、エレスはまったく吐き気を感じることなく、出された食事を完食するまでになった。


「きっと体が慣れたんでしょうね。良かったです」

「はい。毎回工夫して食事を作ってくれるチェルシーさんとデニーさんには感謝してもしきれません」

「感謝なんていいんだよ。ほんとに、食べられるようになって良かったさ。一時は見ている方も辛かったよ。デニーなんか毎回涙目になって心配してたしね」


 三人でテーブルを囲んでお茶を啜る。


「エレスさん、やっと体も落ち着いたことですし、少しずつ勉強の時間を取り入れて行きたいと思うのですが、どうですか? 勉強といっても堅苦しく考える必要はありません。エレスさんの今後の為に知っておいた方がいいだろうと思うことをお教えしたいのです。もしかしたらその中でエレスさんの過去と結び付くものがあって記憶が戻るかもしれませんしね」

「是非! 私の方からもお願いしようと思っていました。サラさんにお願いできますか?」

「毎日こちらに来れるようにしますが、もしかしたら患者によってはそうもいかない時もあると思います。その時は誰か代理を立てますね」

「ああ、そういえばリアム様が王宮に来て欲しいって言ってたよ、エレス」

「リアム様が?」

「なんでもサラが来られない時もあるだろうし、リアム様からも教えられることがあるだろうからってさ」

「そう、ですか」


 リアムの名前を聞いてその隣にいる黒の男の存在を思い浮かべる。

 昼食会での自分の嘔吐物を何事もなかったかのように片付け、なおかつリュークと共にその場を和やかで明るい雰囲気に戻した男。

 エレスは次にその男に会う時にはどんな顔をして会えばいいのか全く見当もつかず、泣きそうになってしまう。


 せっかく会えたと思ったら、目の前であんなみっともないとこを見せてしまって……そういえば私はラファにずっと助けられてるわ。またお礼言わないと。でもいつ会えるのかな? でも、会いたくない。でも、会いたい。あああ――――


 一人で赤くなったり青くなったりしているエレスをサラとチェルシーは目の当たりにし、これは何かあるぞと二人は思ったのだが、エレスの愛らしい姿をもっと見ていたくて二人は敢えて見て見ぬ振りをしつつ、沈黙を守ったまま再びお茶を啜ったのだった。






 エレスが百面相をしていた同時刻、王宮の一角ではリアムとラファがエレス達と同じようにお茶を啜っていた。もっぱらラファはお茶と一緒に出された焼菓子ばかりをつまんでいたのだが。以前の昼食会の時に出されたお茶と同じものが用意されたこともあって、自然と話題はエレスのことになっていた。


「サラによるとどうやらエレスの体調は良くなったらしいね」

「みたいだな」

「知ってたのか」

「まぁ、自分の家だし。帰れば嫌でもチェルシーが付き纏っていちいち伝えてくるし」

「自分の家だなんて自覚あったんだ。というか帰ってたんだ」

「別に毎日じゃないけど」

「へえ。エレスが現れる前とは大違いだね」

「なんだよ、それ」

「ただ、お前が『家』だなんて呼んだの初めて聞いた気がする」

「そうか?」

「帰ってるなんて初めて聞くし」

「チェルシーが心配するから帰れってお前がいつも言うからだろう」

「あぁ、チェルシーね」

「なんだよ」

「どうだか」

「なんだっていうんだよ」

「そういえばエレスをここに呼んだから。まぁ私から王家の事を教えるって形で」

「へぇ。いつ」

「教えない」

「……お前、ほんとに王太子か」

「たまに帰ってエレスの様子を聞いていたのに主である私に報告を怠った臣下の言葉とは思えないね」

「……悪かったよ」

「本当に悪いと思ってるならエレスが来る時はお前はどこかに消えろよ」

「……護衛が消えてどうする」

「エレスに見られないようにするなら得意だろ、この前みたいに」

「……」

「それからリュークは預っておいてくれ。エレスの気が逸れる」

「……リュークに嫉妬してどうする」


 嫉妬というラファの言葉にリアムは瞬時に両耳を赤くさせ、左の耳飾りを指で軽く弾くとラファから顔を背けた。そして一つ焼き菓子を無作法に口に投げ込む。

 その姿にラファは一瞬目を細めると、再びお茶を啜り皿に残る最後の焼き菓子に手を伸ばしたのだった。





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