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大樹が満ちる時  作者: 川乃 
第一章:出会い
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5.昼食会 Ⅱ

後半に嘔吐する場面があります。苦手な方は飛ばして下さい。

 

 すっかりリアムの好きなように話を進められ、エレスは悔しさと恥ずかしさが混在した気持ちのままで、テーブルへと導かれた。先ほどデニーが摘んだ葉がさらにその香りを膨らませてお茶となり、エレスの目の前に置かれてある。それを一口飲むと、先ほどの複雑な思いはどこかへと吹き飛んでしまった。爽やかな香りで甘いのは少し蜂蜜を入れたのだとチェルシーが教えてくれる。そうして目の前に置かれた昼食の数々にエレスは目を奪われてしまった。ふと視線に気づいて顔をあげるとリアムがこちらを見て微笑んでいる。


 ほんとうに笑顔が似合う人……


 リアムは先ほどからずっとエレスから目を外らすことはなかった。

 エレスは両手でお茶のカップを包み込み、たまにリアムに視線を向ける。その度に彼と視線が合い、エレスに微笑むのだ。


 サラからリアムが王太子だと聞いた時は素直に頷くことができた。身形も然る事ながら気品ある物腰は人々の憧憬の的だろう。そして偽りを許さぬあの力強い瞳は人々を導く力があるだろうとエレスは思っていた。初めて会った時はエレスを恐怖に陥れたが、今では温かい光を帯びている。


「あら、ラファはどこに行ったんだかね。さっきまでその辺りにいたのに、用意ができたとたんいなくなっちゃって」

「その辺にいるんじゃないかな、あいつのことだから。その内ひょっこり来るよ」

「リアム様、あの子呼んでもらえませんかね。じゃないといつまでたってもエレスはお礼が言えないって落ち込むんですよ」

「チェルシーさん!」


 エレスは飲みかけたお茶を溢しそうになりながらチェルシーの方を向いた。目が合うと、エレスに少し頷いてみせる。エレスにはチェルシーが真に何を言いたいのかが一目で分かった。


 川に飲まれた時の状況を知るのは森で出会ったリュークとラファだけなのだ。リュークは気まぐれな性格なのか十回話しかけたら一、二回答えてくれたらいい方で、ほとんど何も返ってはこなかった。だからいくらエレスが森でのことを聞きたいと願ってもリュークは当てにならなかったのだ。よってエレスはラファに会わなくてはいけないと思っていた。


 ラファはリアムの護衛で、ほぼ二人は一緒に行動しているらしかった。なのでこちらから会いたいと思っても王太子の護衛を簡単には呼びつけられず、なおかつ王太子自身を呼びつけるにも覚悟が定まらなかった。だから今回の昼食のお誘いは二人にお礼をまとめていうことができる絶好の機会であったのだ。


 やっと会えるんだわ……


 落ち込んでいるとチェルシーに言われたのはただからかわれたのだと分かっていた。ずっと会いたいと思っていたエレスの気持ちをチェルシーも知っていて、なんとか早くエレスにラファを会わせようと彼女なりにリアムに進言してくれているのだ。


「落ち込むって? エレス、ラファに会いたかったの?」

「ただ、お二人にお礼を言わなくてはと思っていただけで、やっとリアムさ……、リアムにお礼が言えたし、あとはラファさんにお礼を言いたいと思っていただけで……それに森でのことを聞きたいし……」


 会いたいのかと聞かれると会いたい。でもそれを口にするのはなぜか恥ずかしい。上手く返事ができず語尾が定まらない。エレスのそんな様子を見てリアムは軽く溜め息をつく。


「ラファ、隠れていないで出てくれば。お前の分も用意されているよ、遠慮することない」


 リアムが姿の見えぬラファに声を掛けると一口お茶を口に含む。そうすると庭の隅に置かれてあった腰掛けの背後から大きな黒い影が日向に姿を現した。


 あぁ、ラファだ!


 エレスが再び会いたいと願った男が目の前に姿を現した。

 森で出会った時はその姿は黒一点しか見えなかったのに、今目の前にいるラファは様々な色に溢れていた。

 濃い褐色の肌に瞳は黒であったが、陽が差し込むと金色に光る。

 森で出会った時は紐のようだとエレスが思ったものは、どうやらラファの髪のようで、短髪であったが右側面の髪を長く編み、紐状にして肩に垂らしてあった。それはなんだか獣の尾のようでラファが歩を進める度に様々な方向に揺れた。黒の外套がラファの体を包んでたが、時折見える腰の所で光る金色の飾り紐がその存在を主張し、全体をあまり暗く見せないように一役買っていた。

 体の所々に葉や蜘蛛の巣がついていて、チェルシーが側に駆け寄ってそれらを軽く叩き落としてやる。二人は一、二言言葉を交わし、テーブルまで近寄ってくる。エレスは目線をラファに向けたまま思わず立ち上がった。


「エレス、ラファだよ。やーっと出てきたね」


 チェルシーがぽんとラファの背中を軽く叩いてエレスの前に押し出す。


「ラファ……さん。またお会いできて良かったです。助けて頂いたお礼が遅くなってごめんなさい。森で助けて頂いてほんとうにありがとうございました」

「別にいい」

「えっ、あっ、あの」

「ラファ、そんな言い方はないんじゃないか、女性に対して失礼だよ」


 リアムも立ち上がってラファの隣に立つ。ラファはちらりと横目でリアムを見た後、エレスと視線を合わせる。


「助かって良かったな」

「はい。ラファさんが居なかったら私、どうなっていたか」


 黒に金色が混じる瞳は正面で見ると透き通っていて、ラファの奥深くまで見えるようだった。森で感じたのと同じように今度は瞳に吸い込まれて体が動かない。


「エレス、こいつはラファ・ザエリア。私の護衛をしている。愛想は全くないけど、良い奴だよ。私の数少ない友人の一人でもある」


 なっ!とリアムはラファに軽く殴る真似を見せてラファはそれを避ける。


「さぁ、ラファがやっと出てきたところで、昼食としようか。エレスは何が好きなの?」


 その一言が合図となって3人はテーブルについた。チェルシーとデニーが忙しく3人の間を行ったり来たりして世話を焼く。


「チェルシーさんとサラさんが今まで用意してくれたものは全部大好きです。このお茶もとっても美味しい」

「そうか。今までどんなものを?」

「野菜のスープですか、チェルシーさん?」

「そうだよ、母から譲り受けた秘伝のスープだ。体が弱っている時はそれが一番さ」


 チェルシーが豊かな胸をさらに前へ突き出してとても得意そうだ。それを見てエレスは笑顔になる。


「チェルシーの野菜スープは世界で一番だ。一見何も入っていないように見えるけれど、実は多種類の野菜が使われている。一匙口にするだけで体が底から温まる。それから、まだデニーのパンを食べていないのなら、ぜひ試してみるといい。他で出されたものは食べられなくなるよ」


 リアムはパンが入った籠をエレスに渡す。小さめのを一つだけ皿に置いて籠をラファに渡す。ラファは一つを口に加えて二つのパンを目の前の皿に置いた。

 チェルシーがラファを諌めるのを微笑みながら見つつ、エレスは小さくパンを千切って口に運んだ。

 何回か噛んで飲み込むと、突然喉の辺りが締め付けられるような違和感を覚え、エレスは激しく咳き込んだ。



「エレス!?」



 せっかくのデニーのパンを美味しいと思える前になぜか体がパンを受け付けるのを拒否しているかのように咳が止まらない。さらに体の中心部から沸き上がってくるものを手で押さえつける。こんなところで吐いたりしてすべてを台無しにしたくなかった。


「止めるな! 吐いてしまえ、エレス。チェルシー、水をくれ」

 

 リアムの大きな手がエレスの背をゆっくり撫でる。

 チェルシーが食器の音を大きく立てて水をグラスに注ぐ。

 ラファはエレスの前に大きい深めの鉢を置く。


「吐け」


 涙目になりながら、ラファとリアムに従ってエレスは込み上がってきたものを吐き出す。その後でチェルシーが横から水を差し入れる。口を洗いでから一瞬躊躇ったものの、一口のみ口に含んで飲み込む。そうしてもう一口。もう吐き気が込上がってこないと分かるとそのままグラスに残っていた水を飲み干して、チェルシーにもう一杯頼んだ。今度は一度に飲み干して大きく息を吐く。いつの間にか椅子から降りて芝生の上に座っていた。傍らにはリアムがいる。背中を摩っていた手を止め、エレスの顔にかかる髪を後ろへと流してやる。


 ラファは鉢をエレスの前から下げる為に家の中に入っていった。


「ごめんなさい。みっともない所を見せました」

「エレスが謝ることじゃないよ。もう吐き気はない?」

「もう平気です」

「念の為にサラを呼んでこようかね」


 チェルシーが口元を拭く為の布をエレスに渡しながら顔を覗き込む。

 チェルシーの顔は少し青ざめていた。そして彼女の後ろではさらに顔を青くしたデニーがエレスを心配そうに見つめていた。


「大丈夫、チェルシーさん、デニーさん。ごめんなさい、驚かせて。もう大丈夫だからサラさんは呼ばないで下さい。これ以上迷惑かけたくない。それと、デニーさん」


 俯き加減で今にも泣きそうなデニーにエレスは体を向ける。その外見からは想像ができないくらい内面は繊細で、きっと自分の作ったパンが原因だと己を責めているのだろう。エレスはデニーに近寄ってその巨体を抱きしめる。


「今まで食べたことがないくらいおいしくて、急いで飲み込んだらちょっと体が驚いたんです。私がもっと落ち着いていたら良かったのに。ごめんなさい、デニーさん。これからは気をつけます」


 そっと見上げると、丸い碧色のデニーの目が細められ、低い声で「なんでもなくて良かった」と呟いてエレスを抱きしめ返してくれた。


 エレスとリアムが再び席について、チェルシーがスープをそれぞれに配っているところへラファが庭に戻ってきた。彼の肩には見慣れたふさふさの尻尾が左右に揺れている。

 

「エレス、リュークが感謝している」

「え?」

「おい、こっち向けよ」


 リアムとエレスは顔を見合わせた後、ラファは口角を上げて見せた。そして小さな縞の身体を両手で掴んで二人の方へ向かせる。

 リュークの頬ははちきれんばかりに膨らんでおり、なおも詰め込もうと両手にパンのかけらを持って後ろ足をばたつかせた。降ろせよと言わんばかりにラファの手の中でもがき、そのままテーブルの上に飛び降りた。


「さっきエレスが落としたパンの欠片だ。よかったな、無駄にならなくて」

「ああ、ほんとにリュークは食いしん坊ですからね。きっとこれからずっとエレスの食事中に纏わりつくかもしれませんね。おこぼれを期待して」

「あれ。あんたの分は別に取り分けてあるのにねぇ。そんなに詰め込んで。誰も取ったりしやしないのに」

「リューク、おいで。クルミ入りのパンも作ったんだ」


 リュークは皿の間を器用にすり抜けエレスの目の前まで来ると、肩に飛び乗ってエレスに頬ずりをした。その後はデニーの後ろについて家の中へと消えていった。

 彼の愛らしさに一同は破顔すると、和やかな雰囲気の中、昼食を再開したのだった。





誤字脱字を修正しました。(9/23)

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