溶けて、隠れて
それから、やっと街中の人々が起きだして行動を開始する頃、奴は自転車に女を乗せふらふらと出掛けていった。
「こんな朝早くから出かけても、どこも開いていないのにねえ」
残された私はミレトスの顎を中指で撫でながら、一枚のガラスと向き合っていた。
そのガラスには自分の姿が映ってはいたのだが、奥に広がる風景の中に殆どが溶け込んでいた。
「気持ち悪いねえ、ミレトス。お前と私、体の中に変なものが浮かんでる」
体の中には小さな庭があった。手入れされていない草たちが無造作に私の背中をつつく。端に寄せられたいくつかの鉢には何も植えられていなくて、栄養も何も無くなった土が盛られているだけである。頭の方に目をやれば、そこには判透明な色気が感じられた。
この部屋には今、人の気配がまるで感じられない。確かに私はそこにいるのだけれど、すっかり溶け込んじゃって、意識もそっちに持っていかれて、空中に浮かんでいるように不安定で、そんなことを思っていたらミレトスがにゃあ、と鳴いて私の膝の上から逃げてしまった。ミレトスはキャットフードが大好きだから、それが置いてある台所に行ったのだろう。少なくとも、ミレトスは暇さえあればいつもそこにいる。お前は猫なんだからもう少し猫らしい行動をしなさい、とも思ってみたけれど、ミレトスにはそんな気はさらさら無いようだ。
さて、私は部屋の中心に掛かっている時計を見た。
今はまだ朝の時間帯である。だけど私にはもう夕方、夜のような気がしてたまらなかった。
ついさっきの出来事が濃密すぎて、まるで夢のようで、体も心も疲れ切っていた。
疲れ切っていた?ただ単に見届けをするだけなのに?
お前はだからダメなんだ、当たり前のことなのにくよくよしやがって。あの女には来るべき時が早く来ただけなんだ。
そりゃあ、文章として起こせばそんなものだけれど、表された文字がすべてってわけじゃない。
・・・・・
なんだか私、本当におかしくなっちゃったみたい。
お昼までにはまだ時間があるもの、何かしようかな。
私が小さい頃は、もし地球が滅びるとしたら、何をやるって質問、必ず最後に出てくるのは、「お金をたくさん使う」。
・・・・・・
そんなわけで私は早速コンビニへと向かった。
買ったものは100円の紙パックに入った紅茶。
大学生だもの、そんな言い訳をしながら私は別の道を歩いていった。
だって大学生だもの、勉強をしなくちゃいけない。持つものは持ってきたし。
こうやってアパートへ戻らなければ、きっと普通の日常、暇な時間を使って依頼人からのノルマをやったり、ミレトスと遊んだり、そんなことが流れるように過ぎていくだろうと思っていた。
お昼を過ぎた辺り、男の兄貴から電話が掛かってきた。