一人の女
慣れた足付きでサンダルを履く。
いつもこんな調子だ。
彼の部屋にはよく自分の跡を付けている。
別に私と彼との間に深い関係はない。
勝手に上がり込んで、そこら辺に置かれている新聞を開きながら持参したそら豆をつまむ。
友達?違う、そんなんじゃない。
もっと馬鹿らしいもの。
もう一つの薄汚れたドアの前に立つ。
この貧相な景色の中で足りないものがある。もし、恋人同士になりたいのであれば、友人同士になりたいのであれば、私はバケツを鳴らした。ぶっきらぼうな声が耳をかすめる。必要ないだろう?ああ、本当にその通りなんだ。つまらないほど、欲しがらない。
だが、いくら待っても返事はなかった。
私はいつものようにドアノブを握った。
男の横には一人の女性がいた。歳は二、三歳上ぐらいで、余り変わりはない。栗色の髪は胸の辺りまであり、顔の中央に伸びるすらっとした鼻、上品な二重、睫毛が動く度、その下には髪と同じ色の瞳が潤む。
だって、ほら、私もあの男も大学生なんだから、もういい歳じゃない、こんな人がいたっていいのよ。朝、自分が何の音で起きたと思う?物が壁に当たるけたたましい音。時々聞こえる、誰かを怒るような、男の怒号。まあ、その相手がまさか女なんて思いもしなかったけど。
しかし、私は知らずのうちにおかしな身構えをしていた。私以外でこの部屋に上がった女は今、目に見える、栗色の髪の彼女だけなんだ。そういえば、
こめかみにくすぐったい、しかし熱い体温を持つ記憶がほとばしる。
そういえば男には地元に置いてきた彼女がいたはずだ。あの彼女も彼女で、部屋で寝っ転がる私に対して言った最初の言葉が
「話は聞いています。これからもこの人をよろしくお願いします」
そうしてそのまま、男にお弁当がはいったスーパーの袋を渡すとさっさと帰っていった。少し幼さが残る顔だったが、人形のような大きな黒い瞳は今でも印象に残っている。さっぱりとした声から分かるように、彼女は私に対して嫉妬心をもたなかった。男とも何も話さずに去っていった。それで関係が果たして続くのだろうか。
いや、続くのかも知れない。
今、何年生?もう、三年生。
少なくともそれだけの間付き合っているんだ。
二人は堅い何かで包まれているようで、私のような人物の声さえも無視をする。そんな出来事をずっと記憶していたのに。だって、あんな重いものをどうするの?
いや、なんでもいいの。彼がどうなろうが。
男と私の間にはそんな互いを心配するような関係なんてない。妙な関係、同じ大学なだけ、古いアパートの住人隣同士、遅刻しそうなとき車に乗せてってくれる、そう、そんな馬鹿らしい関係。
「この人、は?」
「今日の相方。大丈夫、食べたりしないから」
この男、私は怒鳴ってやろうとした、だが、私はこの男の名前を知らないんだ。