プロローグ
手先を雨戸にかけると、手先の感覚が冷えた空気に染み込んでいくようにして失くなった。
やはり厚い板の先にはほの暗い街が広がっていた。まだ埃、もたっていない、風が吹き込んでこなければ人はまだ屋外に出ようとしない。きっと隣部屋に住んでいる男はそうなんだろう?全く、朝から何やっているの、まだ今は四時ちょっと過ぎよ、そりゃ壁に耳を当てれば毎回何かしらおかしな音は聞こえるけれど。まあもう少ししたら隣部屋のベルを鳴らしましょう。もっとも、小綺麗な物じゃなくて、固い紐を左右に触れば上に吊されたバケツが音を出す、小汚いベルなんだけれど。
隣部屋に住んでいる男と私は妙な関係で結ばれている、そう言ったのは男の兄であった。この兄というのがまた妙な男であって、今は作家をしながら、時々地方の新聞紙に小さなコラムを書いている。私は一度だけそのコラムを見させてもらったのだが、これがまたおかしい。覚えている限りでは、あの番組がわかるようになれば君はもう一人前の大人だとか、君はあの伝説の技を覚えているかとか、やはり作家なだけあって一般人にはわかりにくい内容であった。
そんなことを考えている間に窓辺に漂う空気は変わっていた。さっきまでとは違う、人肌になじんでいく。はあ、少し首を動かせば、ほら、人も鳩もいる。それじゃあ私も、バケツを鳴らしに行きましょう。