第一幕…第一場「自称、『世界一モテるイケメン』の悲劇」
第一幕、始まります!
夜、メアリー・リード邸の前にある庭園を、一人の男が歩き回っていた。
彼はメイゼル。
メアリー・リード邸に入っていった主人の帰りを待つ、執事だ。
彼はぶつくさと文句を言いながらチラチラと周りの様子を伺っている。
「はぁ…昼も夜もへとへとになりながら喜んでもくれない人のために…雨にも風にもめげず、いつも腹ペコ…。あっしも貴族になりたいものです…。」
彼は皮肉たっぷりに、目の前の豪邸を見上げた。
「あぁ、なんてご立派な旦那様!あなたは美女と一緒に家の中。あっしなんか、その見張り番ですよ!もう!」
彼は庭園を一周し、騒がしくなってきた邸宅の前で立ち止まった。
先程まで静かだったはずの邸宅からは皿の割れる音や主人の悲鳴、さらには女性の怒り狂った叫び声まで聞こえてくるのだが、わがご主人は無事だろうか?
そこで人の気配を感じ、彼は慌てて身を隠す。
「誰か来たんですかね…。」
彼が物陰から様子を伺っていると、勢いよく開いたドアから色々なものが飛んできた。
花瓶、皿、ゴミ箱、バナナの皮…数え上げたらキリがない。中にはナイフなんて危ないものもあった。
それらに追われるようにして、顔を隠した主人が走り出てくる。
「おい!俺の話を聞け!」
「誰が!あんたみたいな女たらしの話なんか聞くもんですか!」
慌てている主人の後を追ってきた女性…メアリーが、主人を捕まえる。むんずとばかりに掴んだ腕からミシミシと嫌な音がしている。
メイゼルは頭を抱えて独白した。
「ああ神様!なんということです!うちの旦那がまた新しい火遊びを!」
その間にも、メアリーは捕まえた主人を殴り続けている。
「この!変態!悪党!変質者!スケベ!さっきはよくも胸触ってくれたわね!」
「いたっ!いでっ!喚くな!いや、スーパーボインだったもんでっ。Gカップか?Hカップか?」
「きくなーっ!!」
バキイッ!
彼女のパンチは主人の顔面にクリーンヒットしていた。
「誰かーっ!くせ者よ!助けて!」
彼女は大声で邸宅に向かって叫んでいる。
いや、もう十分ボコボコだし助けを呼ぶ必要はないんじゃ…。
しばらくすると、ドアの向こうからメアリーの父だと思われる体格のいいオヤジが出てきた。
彼はメアリーの横でへばっている主人を見るなり、剣の柄に手をかける。
「娘を放せ!変態!この場で成敗してくれるわ!」
剣を抜き放ったオヤジを見てメイゼルは焦った。
確か、メアリーの父は騎士団の団長を務めていたはず。
イコール、強い。
イコール、主人が殺られる可能性大。
主人がやられると職がなくなる。
イコール、自分が路頭に迷うことに。
「ああああーっ!何で次々とトラブルを呼び込むんですかあなたはー!」
メイゼルは再び頭を抱えた。
その間に、メアリーは主人に蹴りを入れ邸宅に入っていってしまった。
近づくオヤジに、主人が怒鳴り散らす。
「引っ込め!老いぼれが!お前では、俺の相手にもならない!」
「逃げる気か、貴様!」
自信満々な発言とともに逃げ出そうとする主人に、オヤジが叫ぶ。オヤジの目は本気だった。
そのまま剣を構え、突っ込んでいく。
『終わった…』
虚ろな目で後先を考えるメイゼル。
しかし、彼の前で意外な事が起きた。
キンッ!ガキンッ!
なんと、主人が剣を抜いて応戦しているのだ。
しかも、騎士長と互角に渡り合っている。
いつの間に!
彼をただの弱っちょろいスケベ貴族かと思っていたメイゼルには驚きだった。
「死ね!くたばれジジイ!」
「よくも!ワシのかわいい娘を!」
二人はいまだに決着がつかないでいる。
だが、経験が浅い主人の方が不利に決まっている。
徐々に、主人が押され始めた。
メイゼルは再び失業の覚悟を固める。
その時…
つるっ!
場に似合わないふざけた音とともに、騎士長がすっ転んだ。バナナの皮で滑って。
「死ねぇ!」
そんな隙を逃すはずはなく、主人の剣が騎士長の胸を貫いた。
「ぐはっ…!」
苦しそうな声を上げて倒れる騎士長と、門を出て走り去る主人。
メイゼルは、慌てて主人の後を追った。
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門を出てすぐの茂みに隠れ、主人は口を開いた。
「メイゼル、どこだ?」
「ここです。ところで旦那、やられたのは誰です?旦那ですか、それともあの爺さんで?」
メイゼルの皮肉に、主人は不機嫌そうな表情で言う。
「馬鹿なことをきくな!あの老いぼれさ。」
メイゼルはため息をつき、主人の隣に座った。
「お見事!粋な冒険二つ…娘を襲い、その父親を殺め…」
「自業自得さ。俺はただ、じいさんの望みを叶えてやったまで。」
「で、メアリー・リードはどうしたんです?旦那の悲鳴が聞こえましたけど。」
「黙れ!これ以上、俺を困らせるな。給料減らすぞ。」
主人に詰め寄られ、メイゼルは両手を振った。
「結構ですよ、旦那。もうしゃべりません。」
主人、もとい貴族のエドワード・ブラックソーン、そしてその執事、メイゼルは立ち上がり、その場を後にした。
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