2話 詰み
(はい、ウィルです。ただいま絶賛、見知らぬ森の中で迷子になっております)
足元を包んでいた天界の光が消え、気づけば俺は鬱蒼とした森の中に放り出されていた。
手には武器一つない。
「……は? 嘘だろ。始まりの街は? ギルドの受付嬢は? 初心者用の銅の剣と500ゴールドは!?」
頭の中にインストールされた知識によれば、魔法という概念もあるようだ。
だが、そんな壮大な設定の前に、俺はあの水色の女神に言いたいことがある。
(『現地に着いたらまずは近くの街を目指してくださいねー!』じゃねえよ! その街への行き方をナビしろって言ってんだよ!)
ブツブツと文句を言いながら歩き出そうとした、その時だ。
ガサガサッ……ボヨンッ。
「……ん?」
茂みから飛び出してきたのは、ヘドロを丸めたような半透明の生物――そう、ファンタジーの定番、スライムである。それが4、5匹。
俺は一瞬ホッとした。なんだ、スライムか。これなら素手でも……。
ボゥッ!!
「うおっっっ!?」
スライムの体から突如として灼熱の火の玉が吐き出され、俺の顔の横を掠めて後方の木を黒焦げにした。
「いやいやいや! スライムが火とか吐くのおかしくない!? 物理攻撃オンリーの最弱モンスターじゃないの!? ちょっ、待って、俺まだレベル1……いやレベルすら無い一般ピーポー――」
ジリジリと距離を詰めてくるスライム軍団。再び火の玉を放つべく、ブヨブヨの体を膨らませている。
あ、これ死んだわ。異世界転生からわずか5分。俺の短い第二の人生、完。
ギュッと目を瞑り、両腕で頭を庇った――その瞬間。
「『ウィンドカッター』!」
凛とした声と共に、見えない風の刃が火の玉ごとスライムたちを一刀両断にした。
―――――――――――
仲間をやられたスライムたちが、蜘蛛の子を散らすように森の奥へ逃げていく。
俺はへなへなとその場にへたり込んだ。助かった……。
「……あの、大丈夫ですか?」
見上げると、そこには同い年くらいの少女が小ぶりな杖を持って立っていた。
「あ、あぁ……助かった。マジで死ぬかと思った……」
「あなた、魔法とか使えないんですか? 冒険者の格好もしてないし。というか、あれこの辺りじゃ一番弱い部類のスライムですよ?」
少女の呆れ半分、同情半分の言葉に、俺は心の中で盛大に毒づいた。
(あのなぁ! こちとら平和な現代日本から来た一般人なんだよ! スライムだろうが火を吹く時点で立派な殺戮兵器なんだよ!)
「……あー、ちょっと訳あって、今は魔法とか使えなくてさ。俺はウィル。恩人さん、名前は?」
「私はリーネ。近くの街から薬草を採りに来てたんです。最近、魔物が急に凶暴化してて危ないんですよ。これから街に戻りますけど、ウィルさんも来ますか?」
「行く行く! 絶対行く!」
(魔物の凶暴化って、絶対魔神の影響だろ……。俺、こんなハードモードな世界を救うのか?)
リーネの背中を追いかけながら森を抜けると、巨大な石壁に囲まれた街が見えてきた。
門をくぐると、そこは活気あふれるファンタジーな光景。屋台からは肉を焼く凶悪なまでに良い匂いが漂ってくる。
ぐきゅるるるるるっ。
俺の腹が、これ以上ないほど情けない音を鳴らした。
「……ウィルさん、お腹空いてるんですか?」
「リーネちゃん。俺、実は一文無しなんだ。でもほら、俺ってば未来の英雄じゃん? 今ここで俺に串焼きを奢れば、将来何倍にもなって返ってくるという超優良投資案件なんだけど……」
「絶対嘘ですよね。目が完全に『タダ飯うめぇ』って言ってますよ」
ジト目で睨まれながらも、俺は必死に泣き落としをして、なんとか串焼きを一本ゲットした。いやぁ、異世界で食う他人の金で買った肉、マジで最高。
モグモグと肉を頬張りながら、俺はふと本来の目的を思い出した。神の力を持つ『神人』を探さなければならないのだ。
「ところでリーネ。この街に、自分のことを『神様だ』とか言い張ってる痛い……もとい、変わったやつとかいない?」
俺の問いに、リーネは心底呆れたようにため息をついた。
「ああ、いますよそういう痛い人。最近、商業区で手当たり次第に食べ物をくすねる小泥棒が出没してるらしいんですけど……そいつが衛兵に追い詰められた時に、こう叫んで逃げたとか」
リーネは少し声色を作って、大げさに両手を広げた。
『フッ、この俺を捕まえようなど100年早い! なぜなら俺は、偉大なる主神ゼウスの息子! 旅と商売の神、ヘルメス様だからな!』
「……って。痛いですよねぇ、ただの食い逃げ犯のくせに」
クスクス笑うリーネの横で、俺は死んだ魚のような目をしていた。
(……絶対それだ。間違いない)
俺が一番最初に出会うべき神の末裔は――どうやら、ただのタチの悪い泥棒に成り下がっているらしい。
俺の異世界生活、初っ端から詰んでないか?




