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第17話 余韻の酒とSSS級

リリアとルミナが街に戻ったのは、夕暮れ時だった。

夕焼けに染まる城門をくぐる二人の姿は、

とても“英雄”とは言い難いものだった。


「……あーきつい」


「す、すみません……リリアさん……」


ルミナの肩に、リリアがぐったりともたれかかっている。


血まみれ、服は裂け、腹と肩には応急処置の跡。

顔色も決して良いとは言えなかった。

門番が気づいた瞬間、言葉を失った。


「……え……?」


街中に入ると、その異様な光景に人々が次々と足を止める。


子供が笑いながら走り抜けていく横を、

血に濡れた英雄が、静かに歩いていく。

その光景は、どこかちぐはぐで――あまりにも、この街らしかった。


「……え、あれ……英雄様……?」

「な、なんで……あんな……」


ざわめきが広がる中、二人はそのままギルドへ向かった。



ギルドの扉を開けた瞬間。


――空気が、凍った。


血だらけのリリアの姿を見た瞬間、

冒険者も受付嬢も、言葉を失って固まる。


「……リ、リリア……様……?」


受付嬢が震える声で名前を呼ぶ。

リリアは、にこっと笑って片手を上げた。


「ただいま〜。依頼、完了でお願い」


「え……え……?」


「キノコもちゃんとあるよ。ほら」


ルミナが、籠を掲げる。

一瞬、静寂。


そして――


「いやいやいやいや!!!」


ギルド内が一斉に騒然とした。


「その姿で“依頼完了”とか言うな!」

「誰にやられたんだ!?」

「魔王軍か!?」

「いや、まさか……」


受付嬢は顔を青くしながら、慌てて言った。


「ガ、ガレイン様を……お呼びします……!」



数分後。


ギルド奥の部屋で、

ガレインは腕を組み、無言で二人を見下ろしていた。


沈黙が、重い。

やがて、低く口を開く。


「……よく生きて帰ってきたな」


それだけで、場の緊張が少しだけ緩んだ。


「それどころか――

剣神相手に引き分けまで持っていくとは」


リリアが一瞬だけ目を見開く。


「……やっぱりバレてた?」


「当たり前だ」


ガレインは溜め息混じりに言う。


「ディルク・ザルヴァートだろう。

あれと戦って無事な者など、そういない」


ルミナがごくりと喉を鳴らした。

ガレインは続ける。


「……やはり、お前はこの街に留めておいていい人材ではない」


リリアは即答した。


「無理。私はここに居る」


「……即答か」


「今日のはディルクとちょっと“じゃれただけ”だし」


「はぁ……じゃれただけでその姿になる人間がいるか」


ガレインは額を押さえた。


「……まぁいい。いい機会だ。話しておこう」


ガレインは一度、視線を落とし、そして言った。


「この世界に、SSS級と認定されている人間は前も言ったが四人だけだ」


部屋の空気が、ぴんと張り詰める。


「ひとりは――

突如現れた規格外。英雄えいゆう リリア・ヴァルハート」


リリアは目を逸らした。


「ひとりは――

剣神けんしんディルク・ザルヴァート。世界一の剣の使い手にして戦闘狂のバカ男だ」


ルミナの背筋が伸びる。


「ひとりは――

魔導王まどうおう ノクティア=アル・マギナ。世界一の魔法使い。あらゆる魔法体系の“外側”に立つ女」


その名に、ルミナが小さく息を呑んだ。


「そして――

聖導王せいどうおうアーク=ラグナロク=ルシフェリア。この世界最大の宗教『聖導教』の教祖。信仰と権威、そのすべてを“武器”にする男」


ガレインは、ゆっくりと締めくくった。


「この四人が、人類における“最上位”だ」


詳細は、語られなかった。


だが――


それだけで十分だった。



話を終えた後、二人はギルド酒場に戻ってきていた。

リリアは椅子に深く腰掛け、ジョッキを傾ける。


「……生き返るね」


「生き返ってから言ってください……」


ルミナが呆れた顔で言う。


その時だった。

リリアの身体から、ふわりと白い煙のようなものが立ち上る。


「……え?」


次の瞬間。

リリアの傷が、みるみるうちに塞がっていく。


裂けていた腹部、貫かれていた肩。

すべてが、ゆっくりと、だが確実に“元に戻っていく”。


「……な、な、な……!?」


ルミナが固まる。

リリアの頭の中に、情報が流れ込む。


――《自動回復》

――あらゆる傷を時間経過で修復

――深手ほど時間を要する

――回復量には上限あり


「……あ」


リリアはぽつりと呟いた。


「便利なスキル、またゲットしちゃった」


(……スキルって……こんな、簡単に……?)


ルミナは、リリアを見て、言葉を失った。


「そんな軽いノリで……

私の存在意義、奪わないでくださいよ……」


ルミナが膝から崩れ落ちた。



リリア達が酒を2杯ほど飲み終えた時。


「やぁ」


間の抜けた声と共に、目の前に現れた男がいた。


「……バカじゃん」


リリアが顔を上げる。


そこにいたのは――


完全回復した、ディルク・ザルヴァート。


「……再会、早くない?」


「いや〜、自動回復、便利だよね〜あれ」


「……え、ディルクも持ってるの?」


「まぁね」


ギルド内が、ざわつく。

英雄と剣神が、同じテーブルで酒を飲んでいる。

異常事態だった。


ディルクは酒を頼み、リリアとジョッキを合わせる。


「いや〜久々に来たよここ」


「そうなんだ。私のホームだよ」


「はは、英雄が守ってる駆け出しの街か。タイトル詐欺にも程があるね」


ディルクはジョッキを回しながら、ちらりと店内を見渡した。


冒険者たちは皆、視線だけでこちらを窺っている。直接は近づけない。近づいたら“何かが起きる”と本能が告げている顔だった。


「……怖がられてるよ、君たち」


「怖がらせてるのはだいたいあなたです」


ルミナが即答する。ディルクは「え〜」と口を尖らせた。


リリアはジョッキを置き、顎に手を当てる。

軽い酔いが回っているはずなのに、目は妙に冴えていた。


「ってかさ、ディルク」


「ん?」


「私以外の二人と、戦ったことあるの?」


店内の空気が、ほんの少しだけ固くなる。

ルミナの指が、無意識に杖を握り直した。

ディルクは、まるで天気の話でもするみたいに笑った。


「あるよ〜」


「へぇ」


リリアが面白そうに眉を上げる。

ディルクはジョッキを傾け、氷が鳴る音のあと、ぽつりと言った。


「魔導王はさ……見たこともない規格外の魔法を使ってくる化け物」


その言葉だけで、ルミナの背筋がぞわりとする。

“化け物”――それを、この男が軽く言うのが恐ろしい。


「魔導王ノクティア様……」


ルミナは、思わず呟いていた。

自分が魔法使いとして目指す頂。教科書の中の存在。伝説の中の女。


「私たち魔法使いが目指す最上位……」


ディルクは頷きも否定もしない。

ただ、遠いものを見る目をした。


「魔法ってさ、普通は“世界のルール”に沿ってるじゃん?」


「うん」


リリアが相槌を打つ。


「でもノクティアは、そのルールを……手で掴んで、ねじ曲げてくる感じ」


笑ってるのに、声音だけが少し冷たい。


「撃ち合い? 耐久? 駆け引き? そんなの関係ない。

“そこに居たら負け”って盤面にされる」


ルミナは息を呑む。

魔法の強弱じゃない。“盤面”そのものを変える――それはもう、戦いではなく支配だ。


「……じゃあ、聖導王は?」


リリアが聞く。

ディルクは、今度は肩をすくめた。


「聖導王は……たぶん一番厄介かもね」


「え」


ルミナが思わず声を漏らす。


「この世界の第三勢力。規模も、個人の強さも、化け物だよ」


ディルクは軽く言う。

だが、その“軽さ”が、逆に重い。


「宗教ってさ、祈りとか救いとか、綺麗な言葉で出来てるじゃん?」


「……うん」


「でも、あいつの祈りは――武器なんだよね」


ディルクの視線が、ふっと鋭くなる。

一瞬だけ、剣神の顔が剣みたいに冷たく見えた。


「信仰が集まる場所は、あいつの領域になる。

人が多ければ多いほど、強くなる。

しかも本人も、単体で普通に強い。ずるいよね」


「ずるいって言い方」


リリアが笑う。


「じゃあさ」


リリアは身を乗り出した。

まるで子供みたいな目で。


「ディルクは、勝ったの?」


店内のざわめきが一段、静まった気がした。

ルミナは、息を止める。

ディルクは、すぐには答えない。


ジョッキを置いて、指先で水滴を弾く。

そして、楽しそうに口の端だけを上げた。


「……負けたと思う?」


「……っ」


リリアが吹き出しかけて、やめた。

ルミナは、言葉が出ない。

勝ったとも負けたとも言っていない。

でも、その返しだけで分かる。


――“簡単に勝てる相手ではない”どころか、

――“勝ったと言い切れない何か”がある。


ディルクは、何でもない風に言って締めた。


「ま、君が今ここにいるってことはさ」


リリアに視線を向ける。


「退屈は、もう終わったってことだよね」


その言葉に、リリアはジョッキを持ち上げた。


「……あー、やだやだ。平和がいちばん」


「それを言いながら、目が楽しそうだよ」


「うるさい」


ルミナは二人を見て、乾いた笑いを漏らすしかなかった。


――英雄と剣神が、酒を飲みながら世界の頂点を語る。


この街の酒場で起きていい光景ではない。

けれど、そんな“おかしさ”こそが、今のこの街の平和の証だった。


その時。


「……おい」


低い声。


ガレインが、そこに立っていた。


「ディルク。貴様、どういうつもりだ」


「ガレインくんひさしぶり〜、親友と飲んでるだけだよ?」


「……はぁ。SSS級というやつはクセの塊だな」


溜め息混じりに言う。


「あまり揉め事は起こすなよ」


そう言い残し、ガレインは去っていった。



その後も、三人は酒を飲みながら話した。


たわいない話。

戦いの愚痴。

街の噂。


やがて、ディルクが立ち上がる。


「じゃ、そろそろ行くよ」


リリアが見上げる。


「もう?」


「うん」


一瞬、間を置いて、ディルクは言った。


「リリア。魔王軍幹部が、君のこと狙ってるよ」


空気が、変わる。


「それも――とーっても卑劣なやつがね」


リリアは、静かに笑った。


「……上等よ」


少しだけ真剣な目で続ける。


「私もこれ、勘でしかないんだけどさ。近々、ディルク。私レベルの強さのヤツと、ぶつかる気がする」


ディルクは、楽しそうに笑った。


「お互い、生き残ろうね」


二人は、拳を軽くぶつけ合った。



ディルクが消えたあと、酒場のざわめきだけが遅れて戻ってきた。


リリアはジョッキを置き、肩を軽く回す。

ルミナはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと尋ねた。


「……リリアさんは、ノクティア様とも戦いたいんですか?」


「ん〜……」


リリアは天井を見上げ、考えるふりをする。


「平和がいちばんなんだけどさ。この街に来て、戦うのが好きになったのも事実ではあるのよね」


ルミナが小さく頷く。


「……でもまぁ」


リリアは笑って、指でジョッキの縁をなぞった。


「男作るのが目的だから。ぶつからないに越したことはないわね」


「……そうですか……」


ルミナの返事が、ほんの少しだけ小さい。

リリアは横目でそれを見て、首を傾げた。


「ノクティアって子と、なんかあるの?」


「……あるっていうか……」


ルミナは言葉を探して、胸元をぎゅっと握る。


「私、魔法使いとして……ずっと、あの人のことを目標にしてきたんです。

だから……怖いし、憧れだし……近づきたいのに、近づいたら壊れそうで」


リリアは一拍置いて、優しく笑った。


「壊れるのは、たぶん相手の方だよ。ルミナがちゃんと生きてればね」


「それ、慰めになってるんですか……?」


冗談みたいな口調のまま、リリアはジョッキを持ち上げた。


「憧れは、いつか会うための理由にすればいい。怖いなら、なおさらね」


ルミナは少しだけ目を丸くして――小さく、笑った。


リリアはジョッキを掲げる。


「さ、飲も。生きてる祝い」


ルミナは、少しだけ微笑んで、ジョッキを合わせた。


英雄たちの夜は、静かに更けていった。


だが――


嵐は、すでに近づいていた。

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