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第14話 英雄凱旋

ギルドへと続く大通りに足を踏み入れた瞬間、

街の“空気”が、明らかに変わった。


「……あ」


ルミナが、思わず小さく声を漏らす。

通り沿いの人々が、こちらを見ている。


視線が集まり、ひそひそと声が交わされ、

やがてそれは、はっきりとした“ざわめき”へと変わった。


「……あの人たちじゃない?」

「魔王軍幹部を倒したって……」

「まさか……本当に……?」


数歩進むごとに、視線の密度が増していく。

子どもがひとり、指をさして叫んだ。


「英雄だ!」


その一言で、堰が切れたようだった。

人々が集まり、声が上がり、拍手が起こる。


老人が帽子を取って深く頭を下げ、

母親は子どもの肩を抱き寄せながら、震える声で「ありがとう」と繰り返した。

誰もが、言葉にしなくても“生き延びた理由”を二人に向けていた。


その感謝は、ただの称賛じゃない。

「明日が来る」と知った人間の、安堵そのものだった。


「……え、え……?」


ルミナは、どうしていいか分からず、きょろきょろと周囲を見回す。


一方、リリアはというと。


「……え、なに、ちょっと待って……」


完全に、気後れしていた。


「いや、違うから。英雄とかじゃないから。たまたまだから」


誰に向けた言葉か分からない言い訳をしながら、

半ば逃げるようにギルドの扉を押し開ける。


中に入った瞬間――


今度は、ギルド内が静まり返った。

受付嬢たちが、一斉に顔を上げる。

冒険者たちの会話が止まり、視線が集中する。


そして――


「……魔王軍幹部ネクロディウス討伐……報告、届いてます……!」


受付嬢のひとりが、震える声で言った。


次の瞬間、

どっと、歓声が上がった。


「マジかよ!」

「骸王を……二人で……!?」

「生きて帰ってきたのか……!」


ルミナは、思わず一歩下がる。


「……あの……英雄は……リリアさんだけで……」


そう言いかけた瞬間、

リリアがすっと手を伸ばして、ルミナの口元を押さえた。


「ダメ。二人でやった」


リリアは、はっきり言った。


「私ひとりじゃ、無理だったから」


ルミナは目を瞬かせ、

そして、少しだけ照れたように、頷いた。


その時だった。


「……よくやったな」


低く、落ち着いた声が響いた。

振り返ると、

そこには腕を組んだガレインが立っていた。


ギルド内が、再び静まる。


「奥へ来い。話がある」


二人は、ガレインに導かれ、

ギルドの奥の部屋へと通された。


重い扉が閉まると、

外の喧騒が、嘘みたいに遠ざかった。


「……正直に言えばな」


ガレインは、椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。


「“帰ってこれたら奇跡”くらいには思っていた」


ルミナが息を呑む。


「だが、お前たちは――それを現実にした。少なくとも、この街にとっては“奇跡”じゃない。

“必然”だったと、俺は思っている。」


ガレインは、しばらく沈黙してから、低く言った。


「……ネクロディウスはな、“災厄”と呼ばれていた」


ルミナが、はっと息を呑む。


「奴が根城にしていた廃城跡は、この街からそう遠くない。

 討伐隊は何度も送ったが、戻ってきた者はほとんどいない。

 正直に言えば――街の人間は、ずっと怯えていた」


リリアは、視線を伏せたまま黙って聞いている。


「いつ、あの骸の王が動き出すか分からない。

 いつ、この街に“骸の軍勢”がなだれ込んでくるかも分からない。

 だから皆、夜になると戸を閉め、子どもを外に出さなかった」


ガレインは、静かに拳を握りしめる。


「それが……今日で終わった」


その言葉に、ルミナの肩がわずかに緩む。

だが、リリアの胸の奥は、逆に締め付けられた。


(……“災厄”……か)


確かに、街から見ればそうだったのだろう。


だが――


彼女の脳裏に浮かぶのは、 王だったネクロディウスが見せた、あの疲れ切った目。 国を“素材”として切り捨てられた、ひとりの王の姿。


(……ただの怪物じゃ、なかった)


倒した相手が“救われなかった誰か”だったことを、 リリアは、誰よりも知っている。

だからこそ、胸の奥に、誇らしさと同じくらいの重さが残っていた。


机の上に、金貨の入った袋が置かれる。


「報酬だ。約束通り、金貨十枚」


リリアの目が、一瞬だけ輝いた。


「それと」


ガレインは、淡々と続ける。


「……ホストクラブの未収金だがな。

 こちらで支払っておいた」


リリアが、固まる。


「……え」


「英雄が安い酒で身を滅ぼしてどうする」


ガレインは、きっぱり言った。


「二度と行くな。……いいな?」


「……はい」


リリアは、しょんぼりと頷いた。


「……ごめんなさい」


なぜか、ルミナまで一緒に反省していた。


そして――


ガレインは、ルミナに視線を移す。


「それと、ルミナ」


ルミナは、ぴくっと肩を揺らした。


「今回の戦い――

 支援職として、あれ以上ない働きだった」


ルミナは、思わず目を見開く。


ルミナの中で、“自分は英雄の後ろにいるだけ”という思いが、音を立てて崩れた。


「骸王の質量攻撃を受け止め、

 英雄の剣を最後まで支え続けた。

 あれは“同行者”ではなく、“戦力”だ」


ガレインは、静かに告げる。


「ギルドとして、正式に認める。

 ――A級冒険者ルミナ・エルフェリス。

 本日付で、S級への昇格を承認する」


一瞬、音が消えた。


「……え……?」


ルミナの声が、かすれる。


「……わ、私が……S……?」


「当然だ。

 英雄の横に立ち、折れずに支えた者に、

 それ以下の評価はありえん」


ルミナの目に、じわっと涙が滲む。


「……ありがとうございます……!」


深く、深く頭を下げる。

リリアは、その横顔を見て、ふっと笑った。


(……よかったね、ルミナ)


英雄の隣に立つ“支援”が、

ちゃんと“英雄の一部”として認められた瞬間だった。



部屋を出た二人を待っていたのは――


祝勝会だった。

ギルド酒場は、すでに“お祭り”の様相を呈していた。


「英雄様!こっちこっち!」

「一杯奢らせてくれ!」

「いや二杯だ!」


テーブルには酒が並び、

乾杯の声が、何度も響く。


ルミナは顔を真っ赤にしながら、

ぎこちなく杯を持ち上げていた。


「……あ、ありがとうございます……」


一方、リリアは。


「え、なに、もう一杯?じゃんじゃんもってこぉおおい!!!」


完全に調子に乗っていた。


その様子を、

酒場の隅で静かに眺めながら、

ガレインは、わずかに口元を緩めた。


――英雄を称える顔だった。



――魔王城。


重く、静かな空間に、声が響く。


「ネクロディウスが、やられたようだな」


玉座に座る魔王が、淡々と言った。


「へぇ。あいつ、強さだけなら幹部の中でも頭ひとつ抜けてたと思うけど」


軽い調子の声が、場の空気を崩す。


「やはり、あの時始末しておくべきでしたね」


カインが、冷静に言った。


「無理にこちらから危害を加えるのは得策ではありません」


別の幹部が口を開く。


「今の最優先は、英雄リリア・ヴァルハートではなく――

 SSS級冒険者、《剣神》ディルク・ザルヴァートの対処が先でしょう」


ざわ、と場が揺れる。


「……あいつに、もう何人やられてんの?」


「三人、ですね。すべて単独で…それも全員一撃で」


一瞬の沈黙。


そこで、ひとりの幹部が言った。


「ですが……英雄リリアの方が、危険なのでは?ネクロディウスは幹部の中でも、相当の実力を持っていました」


その言葉に、魔王が初めて視線を動かした。


「……リリアとかいう奴は」


低く、淡々とした声。


「男漁りが目的だろ?」


場が、一瞬だけ凍った。


「……戦う理由が、己の欲望と金と男だ。

 あれは“英雄”だが、“破滅”にはならん」


魔王は、ゆっくりと指を組む。


「だがディルクは違う」


その声に、冷たい確信が滲む。


「《剣神の加護》を持つ男は――

 我らを、狩り尽くすつもりで剣を振っている」


「……!」


「英雄は、守るために戦う。

 だが《剣神》は、斬るためだけに存在している」


魔王は、静かに立ち上がった。


その瞬間――


空気が、沈んだ。

まるで重たい水の底に沈められたかのように、

呼吸が、わずかに重くなる。

誰も何もしていない。

誰も魔力を放っていない。


それなのに――


“ここにいる”というだけで、世界が軋む。

幹部たちの誰一人、視線を上げられなかった。

背筋を伝う冷たいものが、

「敵意」でも「殺気」でもないことに、逆に恐怖を覚える。


(……違う……)


それは、

この空間に“存在していい存在”が一人だけいる、という圧だった。


魔王は、ゆっくりと玉座から一歩、踏み出す。

床が軋み、

城そのものが、呼吸を止めたかのように静まり返る。


「……我が行こう」


その一言で、

魔王城という“世界”が、彼の言葉に従った。

誰も異を唱えない。 誰も、疑問を挟めない。


それは命令ですらない。

“決定事項”だった。


一斉に、空気が張り詰める。


「これ以上、こちらの戦力を削られるのも癪だ。

剣神と英雄――

 どちらが“世界にとって異物”か、見極める必要がある」


魔王の言葉が、空間に沈んだまま――

誰ひとり、声を発せずにいた。


張り詰めた沈黙。 まるで、城そのものが息を止めているような静けさ。


……その時だった。


「……あー」


間の抜けた声が、ぽつりと響いた。

場違いなほど、軽い声。


全員の視線が、一斉にそちらへ向く。

声の主は、椅子にだらしなく背を預け、

片手で頭を掻きながら、退屈そうに言った。


「じゃあ俺さ」


一拍置いて、にやっと笑う。


「リリアとかいう奴、ちょっかいかけてきていいかな?」


一瞬。


――空気が、凍った。


「……は?」


誰かが、素で呟いた。


「……今、何て?」

「……ちょっかい……?」


幹部たちの間に、理解不能な沈黙が走る。


その次の瞬間――


「……ぶち殺すぞ、三下」


低く、怒気を孕んだ声が響いた。


声の主はカインだった。


「今は、魔王様が話している」


一歩で距離を詰め、 その男の襟首を掴み上げる。

椅子ごと引きずり上げられ、 男の身体が宙に浮く。


「……冗談のつもりか?」


カインの目は、完全に“殺す側”のそれだった。


「この場で軽口を叩ける立場だと、誰が許した」


男は、ぶら下げられたまま、けらけらと笑った。


「いや〜、だってさぁ」


掴まれていることなど気にも留めず、気楽に言う。


「英雄とか言われてる割に、金と男目当てって聞いたからさ。

 ちょっと興味湧いたんだよね」


何かが、決定的に“壊れる音”がした。


「貴様……!」


カインの魔力が、露骨に膨れ上がる。


「その口、今すぐ裂いて――」


だが。


「……よい」


その声ひとつで、空気が凍りついた。


カインの動きが、ぴたりと止まる。

男の襟を掴んだまま、ゆっくりと振り返る。


「……離せ」


淡々とした一言。


カインは、歯を食いしばりながらも、

男を乱暴に突き放した。

男は床に転がりながら、けらけらと笑う。


「へぇ……怒ると怖いねぇ」


魔王は、男を見た。


否、“観察した”。


感情のない視線。

生き物というより、壊れかけの道具を見るような目。


「……リリア・ヴァルハートに、近づきたいと?」


男が、にやりと笑う。


「うん。ちょっと興味あるんだよね。

 英雄様ってどんな顔して死ぬのかさ」


その言葉に、カインの魔力が再び膨れかけたが――

魔王は、それを止めなかった。


代わりに、静かに言った。


「……ならば、やってみせろ」


場が、一瞬で静まり返る。

男が、きょとんと目を瞬かせる。


「……え?」


「英雄リリア・ヴァルハートに近づき、

 貴様が“狩れる”というのなら――」


魔王の声が、低く落ちる。


「――証明してみせろ」


その一言で、

男の目に、明確な“火”が灯った。


「……へぇ」


ゆっくりと、口角が吊り上がる。


「いいね。そういうの、好きだよ」


魔王は、淡々と続ける。


「だが、ひとつだけ覚えておけ」


男を見る、その目が――

一瞬だけ、“深淵”を覗かせた。


「英雄を壊せぬなら、

 壊れるのは“お前”だ」


その言葉に、男の笑みが一瞬だけ止まり――

すぐに、楽しそうに肩をすくめた。


「……それ、賭けってことでいい?」


「好きに解釈しろ」


魔王は、ゆっくりと玉座に腰を下ろす。


「だが――」


場に、再び“王の重さ”が満ちる。


「無意味に死ぬな。

 “面白い結果”だけを持ち帰れ」


男は、ひらひらと手を振る。


「りょーかい、魔王様」


そして、ぼそりと呟く。


「……英雄ねぇ。どんな声で鳴くんだろ」


誰も、それに答えなかった。

魔王は、玉座に深く背を預ける。


「……会議は終わりだ」


その一言で、

魔王城の夜は、再び動き出した。



夜。

宿屋の一室。


たらふく飲んだ二人は、

それぞれのベッドに倒れ込んでいた。


「……うぅ……飲みすぎた……」


リリアは天井を見上げ、

ぼんやりと目を瞬かせる。


脳裏に浮かぶのは、

ネクロディウスの国を潰した“人間たち”の言葉。

そして同時に、

“王だった骸”の、最後の目。


――「小さな国など、あっても仕方がない」


英雄とは、なんだろう。


そんなことを、考えながら――


「……おやすみ……」


ルミナは、すでに静かな寝息を立てていた。

リリアも、目を閉じる。

静かな夜が、二人を包んだ。


だが、その眠りの先には、

すでに、次なる影が迫っていることを――

まだ、誰も知らなかった。

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