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第11話 王と英雄

玉座の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


――いや、空気が“死んだ”。


冷たい、という言葉では足りない。

皮膚の内側を直接撫でられるような悪寒が、背骨を這い上がる。


「……っ……」


ルミナの喉から、掠れた息が漏れた。

汗が止まらない。

背中から、首筋から、額から、じわじわと流れ落ちる。

手足が勝手に震え、杖を握る指に力が入らない。


(……重い……)


魔力の圧だ。

これまで感じてきたどんな敵とも、桁が違う。


横を見ると、リリアもまた、静かに息を整えていた。

だが、恐怖とは違う。


武者震い――


戦士が強敵を前にした時にだけ現れる、昂り。


玉座の間は広かった。

天井は半壊しているのに、崩れていない。

壁一面に、無数の骸が埋め込まれている。

まるで城そのものが、死者を抱え込んで呼吸しているようだった。


そして、玉座。


砕けかけた石の王座に、ひとつの影が座っていた。


「……来たか」


低く、乾いた声。

影が立ち上がる。

人型。

だが、生者のものではない。


全身は黒ずんだ骨と鎧で構成され、内部から青白い光が漏れている。

眼窩の奥で揺れる光は、感情を持つ“意志”そのものだった。


巨大な大剣を肩に担ぎ、一歩、前に出る。


「我が名は――骸王ネクロディウス」


その名が、玉座の間に落ちた。


「この国の終焉であり、王であり、墓標だ」


ルミナの心臓が、嫌な音を立てた。

魔力が、逃げ場を失ったように暴れる。


その声音には、不思議と誇りが混じっていた。


滅びを悔いているのか、それとも――それすら誇っているのか。


ルミナには、どちらとも取れなかった。


(……ダメ……)


理性が、危険だと叫んでいる。

視線を合わせることすら、本能が拒んでいた。

だが。


「……へぇ」


リリアが、一歩前に出た。

その瞬間だった。


空気が――鳴った。


見えない衝撃が玉座の間を駆け抜け、壁に埋め込まれた骸が一斉に軋む。


天井の亀裂から、ぱらぱらと砂埃が落ちた。

玉座の石が、きし、と嫌な音を立てて沈み込む。

まるでこの空間そのものが、リリアに頭を垂れているみたいだった。


リリアの身体から、光が溢れ出す。

魔力ではない。

もっと根源的なもの。


――存在そのものの重さ。


「……」


ルミナは、息を呑んだ。


(……なに、これ……)


隣に立っているはずなのに、遠い。

同じ空間にいるのに、次元が違う。


例えるなら――


虎と龍が、真正面から向かい合った瞬間。


英雄威圧。

リリアは、それを一切の制限なく解放していた。

ネクロディウスの身体が、僅かに揺れた。


「……英雄……」


低い声。

だが、そこに混じるものを、ルミナは聞き逃さなかった。


恐怖だ。

魔王以外で、初めて抱いた感情。

ネクロディウスは無意識のうちに、大剣を構えていた。


――防御。


「……ふーん」


リリアは、静かに笑った。


「怖い?」


その一言が、刃のように突き刺さる。

ネクロディウスは答えない。

ただ、剣を強く握りしめた。


その時。


「……ルミナ」


リリアが、振り返らずに言った。


「大丈夫。落ち着いて」


次の瞬間、温かい何かが、ルミナの胸を満たした。

恐怖が、すっと引いていく。

思考が澄み渡り、視界がクリアになる。


(……え……)


「私がいる限り負けは無いよ。私めっちゃ強いから」


リリアの声は、戦場にありながら優しかった。


スキル 英雄領域。

英雄が纏う、守護の領域。味方に大幅なバフを付与する、英雄威圧とは違った優しい領域。

折れないための力。


ルミナは、大きく息を吸った。


「……ありがとうございます」


震えは、もうない。


「行くよ」


リリアが剣を構える。

ネクロディウスもまた、一歩踏み出した。



大剣が、唸りを上げた。

振り下ろされる一撃。

床が割れ、衝撃波が玉座の間を薙ぐ。


だが、リリアはもうそこにいない。


紙一重。


剣先が、髪を掠める。


反撃。


一閃。


確かな手応え。

ネクロディウスの胸部に、深い裂傷。


だが――


傷口が、即座に塞がる。

城壁から黒い魔力が流れ込み、骨と鎧を再構築していく。


「……城から、供給されてる……」


ルミナが呟く。

ネクロディウスが、再び剣を振るう。


連撃。

重く、速い。


リリアは避け続ける。

無駄がない。

必要最低限の動きで、致命を回避し、反撃を叩き込む。


(……私、入る隙、ない……)


支援魔法の詠唱すら、思いつかない。

速すぎて、重すぎて、次元が違いすぎて。

これは“共闘”じゃない。


――英雄の戦いだ。


確実に、リリアが押している。

だが、終わらない。


「……厄介だね」


リリアが低く言った。

何度斬っても、回復する。

だが、その再生にも、限界がある。


やがて――


ひびが入った。

ネクロディウスの大剣に。


「……っ!」


リリアが踏み込む。

全体重を乗せた一撃。


乾いた音とともに、大剣が砕け散った。

破片が宙を舞い、床に突き刺さる。


ネクロディウスの身体が、僅かに沈む。


「……王の剣が……」


ルミナの息が止まる。

砕け散った大剣の破片が、床に突き刺さったまま、ぴくりとも動かない。


リリアは、間合いを詰めた。


「終わりだよ」


その言葉に――


ネクロディウスの眼窩の奥の光が、強く揺れた。


「……いいや……」


低く、掠れた声。


「……まだだ……英雄……」


次の瞬間、城全体が、脈打った。

どくん、と。

床の紋様が赤黒く発光し、壁に埋め込まれた骸が一斉に呻く。

黒い魔力が、玉座の間に雪崩れ込むように集束していく。


「……っ!?」


ルミナが、思わず一歩下がった。


「な、なに……この魔力量……!」


空気が、重い。

呼吸するたびに、肺が潰れそうになる。


ネクロディウスは、両腕を大きく広げた。


「我が城よ……我が国よ……」


声が、低く反響する。


「――滅びを、もう一度……」


その瞬間。

天井が、砕けた。


いや、正確には――


内側から、吹き飛ばされた。


黒い光の奔流が、ネクロディウスの身体を中心に膨張する。

暴風のような魔力の嵐。

骨片、瓦礫、空気そのものが、巻き上げられる。


「……っ!!」


ルミナは反射的に腕で顔を庇った。


「リ、リリアさん――!」


だが。

次の瞬間、世界が“止まった”。


リリアが、片手を前に突き出していた。


(……来る……)


そう思った瞬間だった。


――何かを“思い出した”みたいに。


リリアの頭の奥に、映像が流れ込んでくる。


光が広がるイメージ。

自分を中心に、半球状の壁が展開される感覚。

魔力の流れ。

編み上げるみたいに、層を重ねていく構造。


(……なに、これ……?)


魔法なんて、習ったことはない。

詠唱も、術式も、理論も知らない。

なのに。


(……知ってる……)


やり方が、分かる。


身体が勝手に、その“正解”をなぞっていく。

リリアは、片手を前に突き出した。


「――防壁展開」


口からこぼれた言葉は、

自分でも意図したものじゃなかった。


だが、その瞬間。


空間が、歪んだ。

見えない膜が、ばし、と音を立てて広がる。

半透明の光の壁。


まるで水面みたいに、揺らめきながら固定される。

魔力の奔流が、それにぶつかって、弾け飛ぶ。


轟音。


城が揺れる。

床が割れる。

柱が倒れる。


それでも――


二人のいる場所だけ、無傷だった。


暴風が止んだ。

玉座の間は、半壊していた。

天井は完全に抜け、瓦礫が山のように積み上がっている。


それでも、リリアは――


服の裾ひとつ、乱れていなかった。


「……」


ルミナは、ゆっくりと腕を下ろした。


「……え……?」


信じられない、という顔。


「……い、今の……」


リリアは、手を下ろしながら、あっけらかんと言った。


「結構ド派手だったね」


ルミナは、喉を鳴らした。


「……あれ、城一個、消し飛ばせる規模ですよ……?」


「うん。多分ね」


リリアは、ネクロディウスの方を見て、にやっと笑った。


「すごすぎでしょ。今の魔法」


その一言に――


ネクロディウスの動きが、僅かに止まった。

青白い光が、乱れる。


「……っ……」


息が、荒い。

城から供給されているはずの魔力が、明らかに不安定になっている。


「……称賛とは……余裕だな……英雄……」


声に、苛立ちが混じっていた。


「だって、本当にすごかったし」


リリアは、剣を肩に担ぎ直す。


「でもさ」


一歩、踏み出す。


「……それ、切り札でしょ?」


ネクロディウスの眼窩の光が、強く明滅した。


「……」


沈黙。

それ自体が、答えだった。


リリアは、楽しそうに目を細めた。


「じゃあ――そろそろ、追い詰められてるって自覚した方がいいよ」


ネクロディウスの指が、ぎし、と音を立てて閉じられる。


「……黙れ……」


その声には、もう“王の余裕”はなかった。


ただの――


追い詰められた存在の焦り。


その瞬間。

崩れたはずの城が――再び、呻いた。


壁が割れ、床が隆起する。

黒い魔力が、ネクロディウスの身体を包み込む。


ネクロディウスが、歪んだ笑みを浮かべた。


「……ならば……この身ごと……王国に還ろう……」


その瞬間、床下から“脈打つ音”が聞こえた。

心臓みたいに、どくん、と。


城が――悲鳴を上げた。

壁が割れ、床が隆起する。


黒い魔力が、ネクロディウスの身体を包み込む。


ネクロディウスが、笑った。


「城と、同化するつもりね……」


「リリアさん!」


ルミナが叫ぶ。


「離脱する!」


リリアは即断した。

ルミナの腕を掴み、後方へ跳ぶ。


次の瞬間。

玉座が、動いた。


城そのものが、歪み、立ち上がる。


……いや、“立ち上がった”なんて生易しい言葉じゃ足りない。


床が、持ち上がる。

壁が、引き剥がされる。

天井だったはずの瓦礫が、軋みながら空中で組み替えられていく。

骨と石と黒い魔力が、渦を巻くように収束していく。


「……っ……」


ルミナは、思わず後ずさった。


それは――


城が、自分の“形”を思い出していくみたいだった。

やがて、輪郭が生まれる。


まず、脚。

崩れた城壁が折り重なり、山のような二本の脚を形作る。

その表面には、無数の骸骨が縫い付けられていて、

一つ一つが呻くように顎を開閉している。


次に、胴体。

玉座の間そのものが、胸郭として組み込まれていく。

かつて王が座っていた場所が、心臓部みたいに赤黒く脈打っていた。


そして、腕。

崩れた尖塔が、無理やり引き延ばされ、

骨と絡み合いながら、巨大な腕へと変形する。

指先は、墓標の石板と剣の残骸で構成され、

一振りするだけで都市一つ消せそうな禍々しさを放っていた。


最後に――頭。

王座の残骸と、無数の骸骨が絡み合い、

不格好な“王の顔”を形作る。

眼窩の奥では、先ほどよりもはるかに巨大な青白い光が燃えていた。


それは、もはや城でも、アンデッドでもない。


――“王国そのもの”だった。


圧倒的な威圧感。

立っているだけで、空気が押し潰される。

重力が、倍になったみたいに身体が重い。

魔力が、呼吸を拒むほど濃く、重く、禍々しい。


「……っ……なに、これ……」


ルミナの声が、震えた。

膝が、勝手に笑い出す。

頭では分かっているのに、身体が“立っていろ”という命令を聞かない。


(……勝てる……の……?)


本能が、否定している。

あれは、戦う相手じゃない。


災害だ。

国家規模の破壊兵器だ。


だが。

リリアは――


その巨大な骸の王を、真っ直ぐ見上げていた。


「……うわ」


ぽつり、と。

場違いなくらい軽い声。


「……でっか……」


そして、にやっと笑う。


「これは……流石に、ちょっとテンション上がるかも」


その一言で、ルミナは逆に理解した。


(……あ、この人……この状況、楽しんでる……)


巨大な王が、ゆっくりと一歩踏み出す。


それだけで、床が割れ、衝撃波が走る。

城の外壁が、音を立てて崩れ落ちた。

低く、重い声が、空間そのものを震わせた。


「……我が国……我が骸……我が王国の形を、思い出しただけだ……英雄……」


その声には、誇りと狂気が、ないまぜになっていた。


「――第二形態、ってやつね」


リリアは、剣を握り直した。


背後で、城が軋む音がする。

低く、重い声が、空間を満たした。


「……来い……英雄……」


骨が擦れるような笑い声。

ルミナは、ごくりと喉を鳴らした。


(……ここからが、本番……)


リリアは、前を見据える。


「行こう、ルミナ」


その時、リリアの目が――ほんの一瞬だけ、楽しそうに細められた。


「……はい」


国の墓場が、完全に目を覚ました。


英雄と王の戦いは、

ここから、真の姿を現す。


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