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番外編:シシィ視点 名前のない気持ち

私が、ルーカス様を好きだと気づいたのは――

いつだっただろう。


はっきりした瞬間は、思い出せない。


ただ、

気づけば視線を追っていた。

声を聞くと、胸の奥が静かになる。


でも。


(……だめ)


私は、その感情に名前をつけなかった。


彼は、

お姉さま――シェリアの婚約者。


それを一番分かっていたのは、

私自身だったから。


だから私は、距離を保った。


近づかない。

期待しない。

勘違いしない。


お姉さまは、

とても優しい人だから。


私が何かを欲しがれば、

きっと――譲ってしまう。


そんな未来だけは、

絶対に嫌だった。


ある日。


お姉さまに、静かに呼ばれた。


「シシィ、少し話があるの」


部屋には、

私たち二人だけ。


その時点で、

胸がざわついた。


「あなたは……」


お姉さまは一度言葉を切ってから、

はっきり言った。


「ルーカスを、好きでしょう?」


否定しようとした。


でも――できなかった。


喉が、動かなかった。


「……ごめんなさい」


それしか、言えなかった。


罪を犯したみたいで、

顔を上げられなかった。


でも。


お姉さまは、

私を責めなかった。


怒りもしない。

泣きもしない。


ただ、静かに私を抱きしめて言った。


「謝らないで」


その言葉が、

一番つらかった。


「これは、

 お姉ちゃんの役目だから」


その意味を、

私はまだ理解できていなかった。


――数日後。


その日は、

何気ない外出になるはずだった。


護衛もいた。

人通りも多かった。


危険なんて、

考えもしなかった。


背後から、

乱暴に引きずられた感覚。


視界が揺れ、

地面が近づく。


何が起きたのか理解する前に――

お姉さまが、私を抱き寄せた。


次の瞬間。


世界が、

白く染まった。


音も、

時間も、

すべてが遠ざかっていく。


ただ――

お姉さまの腕の感触だけが、

はっきり残っていた。


気がついたとき、

私は無傷だった。


周囲は騒然としていた。


護衛も、

人々も、

必死に動いている。


でも。


お姉さまは――

静かに、その場に座り込んでいた。


後日。


父に、呼ばれた。


「……シシィ」


いつもより、

重い声。


嫌な予感がした。


「シェリアは、

 ルーカスとの婚約を解消した」


一瞬、

意味が分からなかった。


「……え?」


「そして、

 婚約者は――

 お前に交代する」


息が、

うまくできなかった。


「どうしてですか……?」


絞り出した声に、

父は目を伏せた。


「……本人の強い希望だ」


私は、

そのまま姉の部屋へ向かった。


扉を叩く手が、

震える。


「……お姉さま!」


部屋に入ると、

お姉さまは机に向かっていた。


振り返って、

いつものように笑う。


「どういうこと?」


声が震えた。


「どうして婚約を解消したの?」


「どうして、私なの?」


しばらく、沈黙。


そして――

お姉さまは、静かに話し始めた。


外出中に襲われた時、私は気づいていなかったが凶器で刺されていたこと。

私を守るために、女神アルカディアに願ったこと。


その代償として――

音の世界を失ったこと。

でも、ある程度は口の形で読めるから心配しなくていいとも。


こんな時だってお姉様は私を安心させようとする。


言葉を、失った。


「……そんな」


喉が、

うまく動かない。


お姉さまは、

少し困ったように笑った。


「大丈夫よ」


「ちゃんと、

 考えた結果だから」


大丈夫なわけがない。


私はお姉様が幸せじゃないと嫌なのに。


「……私、

 そんなこと望んでない」


震える声で、

そう言った。


それでも、

お姉さまは優しく微笑むだけだった。


その日、

私は理解した。


――姉が、

すべてを引き受けて

私をここに立たせたのだと。


だから私は、

誓った。


この幸せを、

無駄にしない。


いつか――

お姉さまに胸を張って言えるように。


「ありがとう」と。


そして、

「お姉さまも幸せになって」と。

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