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畑のランチタイム

「今日はサンドウィッチを持ってきてしまったわ……」


毎日恒例、教員室でメイクを落としながら私はつぶやいた。


アラン様にランチに誘われたのが昨日のこと。

あの後呆然と座っていた私にステラおば様が心配して話を聞いてくれた。

しかし話せばおば様は呆れ返ってしまった。


「魂が抜けたように座っていると思ったら…………」


ステラおば様はハアと息をつく。


「私からすれば『ようやく』だわ。婚約者とお昼を共にするのはまったく不思議な事じゃないし、そもそもあなたは授業など受けなくていいのにアラン様と交流の為だけにわざわざ王都の学園に通っているのよ。今まで一緒に食べていないのが不思議なくらいだわ!いつアラン様が貴方を誘うのかと思っていた位だというのに。」


そう言われてしまった。


だからセレーナ様はアラン様が首を縦にするまで誘えと言っていたのね!


でも今ならわかるの。

きっと私が断られたのは不躾に皆の前で誘ったからだ。


(手紙でお誘いするべきだったのかも……)


今更そんな考えが浮かんだ。


でもこうしてアラン様から誘ってくれた。


そして今日はエイレン侯爵家のシェフがサンドウィッチを持たせてくれたのだ。


朝からランチが気になって仕方がなかった。

アラン様との朝の交流も心ここに在らずだ。


「王城の近くにできたスイーツ店が令嬢達の話題を攫っている。」


セレーナ様に教えてもらったそんな話をしたと思う。



セレーナ様が言うには「お兄様は甘いものが大好きなのに痩せ我慢して甘いものは苦手だって顔をしているのよ。好ましいものは全部隠しているの。」だそうで、私なりにお店を調べた事を話した。

半分自暴自棄のようになりながら。


だけどもやはり、アラン様はいつも通りの無反応だった。


メイクを落とし終えるとぼんやりとする。


もし「冗談に決まっているだろう。空気が読めないな。」なんて言われてしまったら……


いいえ、そもそも来なかったら?!


そんなことばかりが頭をよぎる。


ブンブンブンと首を振った。


「いいえ!考えても仕方がないわ!!時間になるまでは分からないことよ!」


一緒に食べていないのがもともとなのだ。

塩対応だって今更だ。


そう思い室内で育てている植物の観察をしようとするも、なかなか集中できず、ぼんやりとしている内にお昼の鐘がなってしまったのだった。






サンドウィッチの入ったバスケットを持ち畑に続くドアの前に立ったまま動けない。


ドキドキと息苦しいほど私の心臓が鳴っている。


なんだか顔があつくなり、汗まで吹き出してきた。


いる?いない?


ドキドキドキドキ


ああ、こんなに期待してしまって居なかったら……立ち直る事ができるかしら。


ええい!


どうにでも、なれ!!だわ!!


ガチャ!!


勢いよく扉を開けバスケットを胸に外に飛び出す。





いたあ!!




アラン様が居た!!


そして、顔はひどく驚いていた…………



やっぱりお誘いは社交辞令だった?


そう思った瞬間、今度は嘘のように青ざめていく。


泣きそうになった。



とその時。


アラン様はスッと立ち上がり、自分の隣を勧めるように優雅に手を差し出した。


さっきまでの私はどこへやら。


アラン様の美しい所作にうっとりして、ふらふらと促されるままアラン様の横に座った。


「来てくれて嬉しいよ。ひとりのランチは寂しかったからね。」


リップサービスまで!

しかも朝のアラン様とは違って口調も柔らかい。


「お誘い頂きありがとうございます。あの……嬉しいです。」


カアっとまた赤くなるのがわかる。

なんだか鈍臭い話し方をしてしまった。

セレーナ様達ならもっと洗練された事を言うのだろう。


形式的とも言える言葉を交わしたあと……何を話していいのか分からず黙り込んでしまった。

アラン様が来てくれるのかどうかばかり気にして、話すことなど何も考えて居なかった事にまた青ざめる。


鈍臭い私と、クールなアラン様。


場が静まり返るのは当然のことと言える。


アラン様が来てくれて隣を許してもらったのはいいが……その先が続かない。


どうしようと手が震えそうになった時だった。


「王城の近くに最近できたスイーツ店が話題なのだろう?君は行ったのかい?」


!!


朝!


私が話した話題!!



「え、ええ!店先に花がたくさん植えてあって、中もまるで植物園のような店内なのです!!」


反射的に知っている情報を話す。



(ちゃんと……ちゃんと聞いていてくれたのね……)


いつも一方的に話して、相槌など帰ってきたことはない。

手紙ではいつも喜んでくれていたものの……実際の反応はクールそのものだった。

でも……


(ちゃんと私の話、本当に聞いてくれていた……!)


手紙では反応があるので聞いてくれているのは確かなのだ。

だけど実感がなかった。


うれしい!!


「へえ、それは確かに御令嬢達に人気が出そうだ。」


アラン様はそう言うと柔らかく微笑んだ。



ドッッッ!!



心臓が止まるかと思うくらい強く打った。


ああ、誰もいないとこんなに柔らかい表情をなさるのね。


今の私は汚い普段着で、アラン様の理想の悪役令嬢とは程遠い。

それでもランチに誘ってくださった。



嬉しい



きっと私もアラン様の期待に応えよう。


悪役令嬢だって、なんだって、アラン様が喜んでくれるのなら、頑張ってみせるわ!!





それからは毎日畑のベンチでランチをするのが日課となった。

朝私が話した話題がランチでの会話になる。


そうして話している内に、侯爵家としての評価や体裁を気にするというのが実感としてよくわかるようになった。


モリス侯爵家は貴族筆頭侯爵家。すなわち王族を除けば序列一位だ。

そしてただでさえ注目されているアラン様。


甘い物が好きだ


悪役令嬢が好きだ


そんな事堂々と言えないというのは実感できるようになってきた。

実際誰も居なければこんなにも、くだけて話してくださる。


そうして距離が少しずつ縮んでいる。

そう信じ始めていた。


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