その後のアランと自業自得
「やあ。そろそろお困りの頃かと思って伺ったのだけれど、どうだろう?」
先触れが届き、モリスの領主邸に現れたのはエイレン次期侯爵。
彼の第一声はこんな言葉だった。
なんでわかったんだ。
確かに困っていた。
タイミングにゾッとする。
「見事な自業自得だけど辛いよね。」
何もかもお見通しな訳だ。
じっとりと見つめる俺を気にもせず、次期侯爵は書類を取り出し机に置いた。
「私ならリーネを説得できるが、契約書を交わさずに事を進めるほどお人好しでもなくてねえ。」
相変わらず人のいい喋り方でも隙がない。
しかし迷いなく俺は書類を手に取った。
確かに今俺は袋小路にいたのだったのだ。
先日リーネの学園の友人、ジョーことオルコット子爵令嬢のジョアンナ嬢が橋の建設の見学に来た。
「氷の貴公子の想い人はリーネではなく王都の子爵令嬢だと言ってなかったかしら?あなたは侯爵令嬢に相応しくないんでしょう?」
挨拶もそこそこに言われた言葉がこれだった。
彼女はリーネの友人らしく知的なご令嬢だった。
可憐な外見に似合わず、建築が大好きだそうだ。
ざっくばらんな性格だと聞いていたが、本当にざっくばらんだ。
リーネの腰に無意識に手を回していた俺を見て言ったひとことだった。
一緒に来ていたオルコット子爵が気の毒なほど慌て出し、頭を下げ、大汗をかきながらジョアンナ嬢を高速で連れ去った。
残された俺とリーネ。
キンと空気が張り詰める。
「リーネ……」
かろうじて名前を絞り出す。
「も……申し訳ありません!ジョーは気になった事は聞かなければ気が済まない性分で!率直な物言いで誤解されることも多いのですが、悪気はないのです!」
凍りついたように固まった俺に、怒ったと思ったのだろう。
はっきりとした物言いは気にしない。
いちいち目くじらを立てていればリーネの兄達とも話せないだろう。
俺が引っかかったのはそんな事じゃない。
固まったままの首をなんとか動かし、カクカクとリーネに顔を向ける。
「俺の想い人は君だという事はわかってくれていると思っていたのだが、違っただろうか。」
情けなくも震えそうになる声を堪えながら聞く。
「えっ!いいえッ!今は疑ってなどおりません!ジョーとその話をしたのはアラン様と再会する前の話です。学園で新聞にあるアラン様の想い人は誰なのか話題になったようで……その、その時はそう思っておりましたので……。」
オロオロと視線を動かしながらリーネが言う。
そういえば以前もカーティス子爵令嬢はいいのかと聞かれたな。
後から知るのだが、そうセレーナに吹き込まれていたらしい。
あいつは本当にどうしようもない。
しかしこの時はそんなこと知るべくもない。
腰に回した手に力がこもる。
自然と抱き寄せるような形になり、向かい合う。
確かに私たちは婚約はしていない。
ランチだけを許されている仲だ。
しかしゆっくり時間をかけて、また婚約を結ぶつもりでいた。
もちろん結婚後もリーネが心置きなく研究が出来るように。
いつでもハーフナー家やトウプチ先生とも議論をかわせるように。
きっちり環境を整えてから、また婚約を成せるように説得に臨むつもりだった。
侯爵夫人に相応しくないなど、まるでリーネは俺との結婚を躊躇しているように思えた。
「リーネ、何故……相応しくないなどと……」
もちろんリーネも俺と同じ気持ちでいてくれていると全く疑わなかった。
一体何故そんな事を。
誰かにそんなことを言われたというのか。
誰が……
ヒュッと喉が鳴った。
「俺か!!!」
「はひぃ!!」
いきなり大声を出した俺にリーネが怯えたような悲鳴をあげた。
ようやく辿り着いた答えは残酷だった。
自分で自分の首を絞めていただけなのだから。
そこからはもうどうしようもなかった。
「侯爵夫人に相応しくないというのは一度目の婚約から思っておりました。」
リーネが言ったのはそんな言葉だった。
それでも一度目は頑張ろうとしてくれていた。
その覚悟を折ったのは他の誰でもない、俺だ。
リーネから垣間見れるのは正しく俺を恋人と思ってくれているようだが、結婚となれば他の令嬢を選んでも仕方がないという態度だった。
そんな事はないと、リーネ以外考えられないと懇願するも、「ありがとうございます」と彼女は少し寂しそうに微笑むだけだった。
これは全く信用されていない。
その事実は俺を落ち込ませた。
しかし考えれば当然だ。
一度婚約を破棄している実績があるのだから。
俺にとっては台詞を口にしただけのただの言葉。
だがその言葉はリーネを深く傷つけまだ癒えていない。
自業自得にも程がある。
運悪く悪天候が続いて、橋の建設のお休みになり、リーネに会うこともかなわず、領主邸でひとり塞ぎ込む。
そんなところに届いたのが次期侯爵からの先触れだった。
「まったく悪い話ではないだろう?君も考えていたはずだ。ただそれを書面にしただけだよ。やはり書面にしないとね。」
笑顔で話す次期侯爵。
確かにその通りだった。
俺が思っていた事が書面になっている。
結婚後も存分にハーフナー家とリーネが研究できるように、環境も設備もしっかり整える事。
そして研究結果の権利はしっかり守る。
しれっとハーフナー家の権利も守るように書かれているが、まあリーネの権利を守れば自然とそうなるだろうと思うのでこれはいいだろう。
リーネとの婚約において最難関が彼だと思っていた。
今は橋の工事のために仕事の長期の休みを取っているが、王都に戻ったらエイレン侯爵家に挨拶に行くつもりだった。
だがサイン一つでその心配も不要となる。
この契約書に損はまったくなかった。
ただただリーネとハーフナー家の権利が守られるだけの書類。
俺がリーネに何を言っても無駄な今、この条件で次期侯爵がリーネに話をしてくれるなら万々歳だ。
躊躇なくペンを取りサインした。
「うんうん、じゃあこっちが君の控えの契約書ね。」
次期侯爵はそう言いながら書類のサインを確認し仕舞い込む。
「じゃ、後は任せたまえよ。」
そう言うと手を差し出したので俺も差し出す。
力強く握り返される手。
誰も損をしない契約が成立したはずだった。
それなのに悪魔と契約でもしたような、背中に薄ら寒さを感じるのは何故だ。
次期侯爵はそんな事を考える俺を見透かすように見つめると、口の両端を吊り上げて嗤った。




