再会
私はモリス領との境の川に来ていた。
治水が終わったその川は穏やかな流れとなっている。
思い切って兄さん達に橋の建設の事を聞こうとしたその日、ロビン兄さんの方から見学に来るかと言われ驚いた。
「隠していたわけではないんだが……」と気まずそうにする兄さんに迷う事なく行きたいと答え、今日がその日だ。
「そこともっと川上に、新たな川筋を作ったんだ。それにより川の氾濫は大幅に減った。それまで川の越水が酷かったところはここだな。」
治水工事の終わった川を見渡せる場所で、地図を指差しながら説明してくれるのはロビン兄さん。
「おおい!!リーネ!今度はこっちへおいで!」
大きな声で私を呼んでいるのはギブ兄さんだ。
「ははは、リーネに橋の説明をしたくてウズウズしているじゃないか。これは長くなるぞ。」
笑いながらロビン兄さんが言い、2人でギブ兄さんの所に歩き出す。
ギブ兄さんがいる所がガヤガヤと騒がしいのは、橋の建設を手伝うハーフナーの領民達も一緒に下見に来ているからだ。
そこに合流すれば本当に話は長かった。
「おい。ギブ兄、リーネ。怪しい雲が近づいているぞ。皆を呼び戻さなければ急な雷雨が来そうだ。」
どの位話し込んでいただろうか。
ロビン兄さんの声にハッとすれば、周りに居たハーフナーの領民達はいなくなっており、皆三々五々散らばっていた。
「皆は?」
「見張り小屋に居る者もいるが、大体は治水工事の後を見に行っている。」
兄さん達は私に荷物を預けて急ぎ川上へ向かい、私には見張り小屋に行くように言った。
そうして小屋に急いでいる途中、ふと向こうにある丘の上に人が立っているのが見えた。
「あれは……」
見上げればその人は川上の方を見ているようだった。
「きっと治水工事の後を丘の上から見ているんだわ!」
ロビン兄さんは雷雨と言った。
確かに向こうのほうに黒いもくもくとした怪しげな雲が見えるが、今いるここは雨が降ると言われても嘘じゃないかと言うくらいの日差しがある。
きっと雨が降るなんて気付かない。
あんな丘の上で雷雨なんて危ないわ。
私は慌てて小屋に走り、中にいる馴染みの領民の女性に帽子や荷物を預ける。
そして丘の上にも人がいるので呼び戻しに行く事を告げすぐに向かった。
丘は思ったよりも遠く、ずいぶん回り込まなければ行けなかった。
少し登ると木がまばらに生えている林に出た。
そのまま林の中の小道を抜けると、パッと視界が広がり向こうから見えてた丘の上に出た。
人影を見つけ、声をかける。
「そこの御方!」
第一声を発した瞬間すぐにわかってしまった。
後ろ姿のその人が誰なのか。
胸がチクリと痛む。
懐かしいその痛みは忘れたはずの4年前の傷だ。
止まらないかのように、雨が降りますよの言葉が口から出ていく。
振り向かないで
振り向いて
矛盾した思いが同時に胸に湧き上がる。
振り返ったその人はすっかり大人の男性になっていた。
アラン様……
口からこぼれた名前は音にならなかった。
目の奥が熱くなる。
と、その時だった。
頬にポツリと水滴が当たる。
瞬間切り裂くような轟音が辺りに鳴り響いた。
悲鳴を上げたはずなのにまったく聞こえない。
雷鳴と共にいきなり降り出した雨が音も視界も奪っていた。
気付けば耳を劈くような雷の音に座り込んでいた。
激しい雨が体を叩く。
すると、ばさりと何かが頭から被される。
「こちらへ!」
そう言って立たされると肩を抱いて誘導される。
肩が熱い。
懐かしい声に心が震える。
岩が突き出た所に来てようやく私たちは雨から逃れられる。
一息つくものの、私たちの間には沈黙しかない。
それはそうよ。
(私と何を話すというのよ……)
頭から被せられたのはアラン様の上着。
そのおかげで顔が隠れているのがせめてもの救いだった。
きっとみっともない顔をしているに違いないもの。
申し訳ない気持ちがムクムクと湧いてくる。
とてもじゃないけど居た堪れない!
「こ、この上着は乾かして兄に渡しますので、それまで暫しお借りします。では、私は、これで……!!」
奮い立たせるように、早口で挨拶とお礼を述べた。
そして早くこの場から離れようと走り出した時だった。
「リーネ!」
そう呼ばれたかと思うと腕を掴まれる。
奇しくも思い出と同じところを。
体が傾いたと思ったら、たちまちあの時のようにすっぽり彼の腕の中に収まってしまった。
どうして…………
大きな強い手は今も私の心を掴んで離してはいない。
わざわざそんな事を私の目の前に突きつけてくるなんて、神様はなんて残酷なんだろう。
いつの間にか終わるもの。
いつの間にか消えるもの。
そう思っていたのに、気持ちは何も変わっていなかったなんて、気付きたくなかった。
いつも私の心にあるのは罪悪感。
身の程知らずにも婚約者になったこと。
想い人がいる事を知りながら見て見ぬふりをしたこと。
アラン様から婚約を破棄させたこと。
ああ
違う
そうではなくて
一番心を占めるのは……
私はみっともなくもすがる様にアラン様を見上げた。
「好きです。」
この一言を伝えなかった事だ。
「好きなんです。アラン様が。」
とうとう想いを口にすると一瞬にして涙があふれ、こぼれ落ちた。




