アランと制裁
「本気でセレーナを戻すおつもりですか、父上。」
「あいつも一年以上あの厳しい北の修道院で弱音を吐くことなくやっておるようだ。王都での評判も悪くはない。戻してやっても構わんだろう。」
どうやら父上は高等部入学に合わせてセレーナを呼び戻そうとしているらしい。
そんな話を母上から聞いた。
リーネの名誉回復などまだされていないと言うのに。
俺はすぐに父上の執務室に向かい抗議した。
「娘だからと甘いのではないですか?セレーナの評判が悪くない代わりにハーフナー伯爵令嬢の評判は下がっています。彼女は私たちの被害者だと言うのに。」
「ハーフナー伯爵令嬢の悪評の火消しはやっている。」
間髪入れず父上が言うが俺も素早く言い返す。
「ですが消えていません。このままセレーナが戻ればカーティス子爵令嬢もマーチ男爵令嬢も帰ってくるでしょう。そうなれば王都に居ないハーフナー伯爵令嬢の評判が戻ることはないのではないですか。」
父上は一瞬黙ったがすぐ口を開く。
「罰はこちらに一任されている。」
「ああ、だからこんなゆるい罰に?」
「なにを?」
ギラリと父上の目が光る。
「そうでしょう?こんな一年少し修道院に入るくらいで許される事ではないはずです。セレーナは犯罪を唆している。モリス侯爵家の名に泥を塗った子爵家も男爵家もすっかり許してしまうとはゆるいと言って何が悪いのです。」
「制裁は加えている。」
「ですが潰れてはいない。ああ、そうでしたそうでした。彼らは我々の派閥でしたね!」
エイレン次期侯爵に言われた事をそのまま言えば、こちらを鋭い眼差しで射抜くも父上は黙り込んでしまった。
やはりそうだったのか。
「ハーフナー伯爵家と領境にある川の治水工事に伯爵家は惜しみなく知識を提供してくれています。私があんな事を仕出かしたというのに、困っている領民がいるのならと言って。そんな伯爵家にあまりにも不誠実だとは思わないのですか。」
父上は俺を見据えたまま動かない。俺は続けた。
「人の良いハーフナー伯は治水工事や橋の建設を降りるとは言わないでしょう。ですがハーフナー領の権利を取り纏めているエイレン次期侯爵はどうでしょうね。」
俺も父上をまっすぐ見つめ、はっきりと言う。
「父上。モリス侯爵家の名に泥を塗った代償は随分軽い。ただでさえそう思われています。」
「どうしろと?」
少し考えた父上が問うてきた。
俺の答えは決まっている。
「この件私に一任してください。」
「お前に?」
「私やセレーナの評判が上がっているのはハーフナー伯爵令嬢が厳罰を望まなかったおかげだと私は正しく理解していますよ。」
自分なら相応しい罰を与えられると暗に示す。
しばしふたりで睨み合った後、折れたのは父上の方だった。
「わかった。お前に任せよう。」
「ではこの件に関しては一切口出ししないと一筆書いていただけますか。」
「抜かりないな。わかった。」
父上はため息を吐きながら机に戻りペンを取った。
そこからの俺の行動は迷いがなかった。
修道院に居るセレーナに会いに行く。
貴族のまま死ぬまで修道院で暮らすか、貴族籍を抜き隣国で生涯暮らすかを選ばせた。
もう家に戻れると思っていたらしいセレーナは、反省を口にしながらも、どうして何故となかなか選ばなかった。
薄い反省だな。
やはり性根などそうそう変わるものではない。
隣国に行くなら監視付きで高等部卒業までは面倒を見てやると言うと、セレーナは隣国で暮らす方を選んだ。
「高等部の3年間で誰かに見染められると良いな。でなければ隣国で放り出されるぞ。」
そう言えば信じられないものを見るような目で俺を見ていた。
カーティス子爵もマーチ男爵も娘を修道院から出す算段をつけているらしいが、構わない。
どちらにしても子爵家も男爵家も俺が潰すのだから。
どちらも領地を持たないからそこまで大変ではないとは言え、根回しはそれなりに時間がかかった。
全て終わる頃には俺は学園を卒業し、王城に勤める様になっていた。
自身への罰は、と自問するも答えなどあるはずもない。
未だブルネットの髪の女性を見かけると振り返ってしまう俺は、その度初夏の目映い陽の下で煌めいていた琥珀の瞳を思い出す。
そして心に途方も無い大きな穴が空いている事を思い知るのだ。
しかしその気持ちが罰なのだと言われても俺は否と答えるだろう。
暗闇を照らす強い光。
彼女が居たから俺は道を踏み外す事なく歩くことが出来るんだ。




